第125話 彼女を何が変えたのか
リンネがこの世界にたどり着いてから一週間経った。μαが使うことが出来ず、最初はどうしようかと頭を抱えていたリンネだった。ただ不思議なことに少しずつ今の身体の記憶を得ることが出来ていた。
「それで私に連絡をしてきたというわけだな。ふむ、面白い」
駅前にある喫茶店。リンネの眼の前でリオンがコーヒーを飲んでいる。リオンの連楽をする手段を失っていたリンネ。ただこの世界のリオンとリンネの関係性は皆無といえる。
「今の俺が頼れそうなのはもうリオンさんしかいないと思ってます」
「こことは違う世界。リンネ君の言うことが本当のことなら興味深い話だ」
当初μαが使えないため、どうにかリオンに連絡をしようとしたがそこまでにはかなりの手間をかけることになった。
リンネはμαの代わりにあったスマートタブと呼ばれる情報端末を使いこの世界の事を調べた。リンネが最初に情報を得て驚いたのは、この世界にはダンジョンが存在しないことだった。
ダンジョンがなければ、ダンジョンから得た知識で作られたとされているμαがないのも理解できた。それだけではなくダンジョンがなければ、両親が行方不明になることもなくは生きている。その両親は海外へ出張で家にはいない。
この世界にはダンジョンが存在しないことで、リンネがコクーンに入り覚醒の失敗をすることもなかった。覚醒に関するイベントすらないということは、リンネが引きこもることもなく、順調に歳を重ねて大学へ進んでいることになる。
ダンジョンのない世界と元々自分がいた世界の違に戸惑いながらも、叔父であるゲンタを通すことで、リオンと接触を果たすことが出来ている。こうも世界の在りようが違うと、この世界のリオンと会ったとしても、帰還できるかどうかは全くわからなかった。それでも藁にも縋る思いでリンネは今この場にいる。
「そういう訳で、今の俺は別の世界の俺ということになる」
「ダンジョンとμα、どうもそれらが色々と鍵を握っているようだな」
リンネは自分の知る限りの事をリオンに話した。最初は訝しんでいたリオンだが今は頭の中で様々なことが駆け巡っているのだろう。世界は違えどもリオンはどの世界でも似たようなものなのかもしれない。
「よしリンネくん、君が元の世界に戻るための協力をさせてもらおう」
「いいのですか?」
「ああ構わないよ。それに何より面白そうだからね。なにはともあれ多少の実験には付き合ってもらうよ」
「よろしくお願いします」
「そうだな、二日後この場所まで来てくれ。ここは私の研究室でなまずはリンネ君の体を隅々まで調べさせてもらうよ」
こうしてリンネは、この世界のリオンという協力者を得ることになった。
◆
「お兄ちゃんどこか行くの?」
「ん、ちょっとな」
「私もついて行っちゃ駄目?」
「あー、どうかな……」
「もしかして浮気?」
「いや、違うからな。ほらゲンタおじさんって知っているだろ? そのおじさんの知り合いに少し相談をしていて」
ものすごく訝しんでいるレイネに言い訳をするリンネだが、何かをいう度にレイネの目からハイライトが消えていくように感じる。元の世界では感じたことのないレイネの様子に冷や汗が背中を伝う。
「ちょ、ちょっと先方に聞いている」
「……」
何をどうしたらあのレイネがこうなるのか、単純に世界が違うからか元の世界ではリンネ自身の性別が変わったからか。様々な考えが頭を駆け巡る中リオンに連絡をした所、連れてきても良いとの返事をもらった。
「レイネも一緒で良いらしいから一緒に行く?」
「行く。着替えてくるから少し待っててね」
結局一緒に行く事になったが、レイネには事情を何も話していない。今のレイネに、今のリンネが別の世界のリンネだと話した場合どうなるのか全く想像できないでいる。見た目は元の世界のレイネと全く変わらないだけに、どうしてこういう性格になったのか全くわからないでいた。
「お待たせお兄ちゃん」
「あ、ああ、それじゃあ行こうか」
家を出る前から腕を絡めてくる。
「それでどこまで行くの?」
「電車で一駅先にある白桜女子大学だな」
「あそこか、それじゃあ私が一緒で良かったかもね」
「なんでだ?」
「だって女子大学だよ。男のお兄ちゃんが一人で言ったら怪しいと思わない?」
「確かに……」
今更ながらレイネに言われて、それもそうだと思っている。若い男が一人で女子大学の敷地に入るというのはかなり難易度の高い行為に思えた。そういう意味ではレイネが着いてきてくれるのは助かったといえた。