第12話 早着替え
ダンジョンに入り込んだリンネは、眩しさに目を眇める。明るさに慣れて目を開けるとそこはどこまでも続く草原だった。
「ようこそ初ダンジョンへ、お兄ちゃん」
「驚いた? すごいよねダンジョンって」
「ああ、すごいな……、これって現実だよな? μαが見せているARでもVRでもないよな」
「うん違うよ、感じる風も土や草の匂いも全部現実だよ」
初めてダンジョンへ入った者はほとんどがこの目の前に広がる草原が現実とは思えなく戸惑うようだ。中にはここが異世界で、ダンジョンの入口とは異世界への通り道だと思われていた時期もあった。
だがダンジョンの広さは有限で一定の場所まで進むと見えない壁のようなものがありそれ以上進めなくなっている。何らかの攻撃を加えてもその壁より先にそれが届くことはない。
「さってと、お兄ちゃんは装備のテストからだよね」
「そうだな、とりあえず試してみるか」
リンネが腕のブレスレットに触れると、ブレスレットに収納されているアイテムや装備の一覧がμαを通してARとして表示されている。リンネはその中からセットになっている装備を選択する。
選択が終わると同時にリンネの衣服が変わっていた、といっても制服はそのままで、上半身には黒色の革鎧と籠手が追加されている。それ以外の変化は腰にショートソードと左腕には小さな円盾がつけられている。
「サイズはピッタリだな、だけどスカートが合ってないよな」
「確かにそれだとちょっと微妙かも、ちなみに中はどうなってるの?」
そう言っておもむろにレイネがリンネのスカートを捲った。
「おい、いきなり何すんだ」
捲くられたスカートの中はパンツではなく革の短パンになっていた。そのことに「チッ」っと舌打ちしたレイネは何事もなかったようにリンネのスカートから手を離す。
「今日はこれで仕方ないね、スカートの外側を守るようになにか工夫してもらうと良いかもね」
「大鎧の草摺と脇楯みたいなものをスカートに合わせる感じでリクエストしてみるか、このままじゃスカートがすぐぼろぼろになりそうだからな」
「くさずり? わいだて? なんですかそれ?」
「ほら昔の戦国時代とかの鎧の腰から下の部分って言えばわかるかな、もしくは洋風に言うとタシットだったかな」
「あー、μαで調べてなんとなくわかった、それで試してみるのもいいかもね」
「まあ、俺の方はこれでいいとして、レイネとアカリちゃんはどんな感じなんだ?」
「それじゃあ私達も着替えよっか」
「そうだね」
そう言ってレイネはリンネと同じように手首につけていたブレスレットに触れる。レイネのはリンネのと違い宝石のようなものは一つしかついていない。一方アカリは首のチョーカーに触れている。
レイネとアカリの衣装が変わる。レイネは一般的な巫女の衣装へと変わり、赤い鞘に入った刀が腰に下げられている。そしてアカリの姿は制服姿から全く違う服装に変わっていた。
その姿はファンタジーここにありといったような布製の衣服へと代わり、腕、胸部、腰部、脚部が金属製の鎧になり、手は穴あきグローブへと変わっていた。
それ以外の肩、お腹、太ももの部分は機能性そっちのけにしたように素肌が露出されている。武器関係としては腰の左右には片手斧が一本ずつ下げられている。
リンネとレイネのブレスレットやアカリのチョーカーについている宝石はご想像通り魔石を加工したものになる。ダンジョンから持ち帰られた収納系のアイテムを覚醒者協会が解析し、作られた物がこれらのアクセサリだ。
ダンジョンから発見された収納アイテムとの違いは、一つの魔石では一種類しか収納出来ないことや収納されたものの時間はそのまま経過するといったところだろうか。
魔石を大きくしたら一杯収納できるというものではないので、極力魔石を小型化して使われている。今までは一つのアクセサリに一つしか魔石は使えなかったのだが、試作品としてリンネに渡されたものは、そこから改良が進められ複数種類の魔石を使うことでその問題を解決することとなった。
ちなみに、ダンジョン製の収納アイテムは容量以内ならなんでもいくらでも収納できる。そして先程も言ったように中に入れた物の時間は止まる。そういうことなので発見された場合は覚醒者協会が買い取り管理している。
「レイネの職業は巫女だったよな、それにしても……家でもたまにそれ着てるよな。それとアカリちゃんはその格好からして蛮族ってところか? その斧なんかそれっぽいから間違いないだろ」
「誰が蛮族ですか、戦士ですよ戦士」
リンネは改めてアカリの姿を足元から頭の天辺までじっくりと観察する。
「ふむ(ビキニアーマーではないのか)」
「リンさんいまなにか言いました?」
「いや、似合って……エロいな」
「な、な、な、そんなに見ないでください、恥ずかしいじゃないですか」
急にモジモジしだすアカリだが、普段は誰もはばかることなく、この格好で大立ち回りしている。ちなみにレイネの巫女服姿は家の中でたまに見かけるので特に言及することはなかったようだ。
「だからいつも言ってるじゃない、そんな露出多めでいいのって。それなのにいっつも「女子校だからへーきへーき」って聞かなかったのはアカリでしょうに」
「だってー、男の人に、それもリンネさんに見られるなんて思いもしなかったんだよ」
「今日はそれで行くしか無いけど、次までにはなんとかしなさいよ」
「わかったよ、リンさんもいつまでもジロジロ見ないでください」
「おっとすまん」
リンネは体ごと後ろを向いてアカリから目線を外す。
「お兄ちゃん、そろそろ課題を確認して今日できるだけ消化していこう」
「そうだな」
リンネはそう言ってμαから中等部ダンジョン課題の項目を確認する。
「最初がパーティーを組むってなってるがこれどういう意味だ?」
「それはね、パーティー申請のアイコンがあるよね、それを選んで私とアカリを選択してみて、μαの範囲内にいる人物なら選べるようになっているから」
「これか、選んだぞ」
リンネがレイネとアカリにパーティー申請を送ると同時に、レイネとアカリのμαにパーティーに入りますかとYESorNOの選択肢がポップアップしている。
「へー、こうなってるのか」
申請が受諾され、リンネの視界にはレイネとアカリの名前とバイタルデータが表示されるようになった。心拍数や現在の状況を100として、負傷したときなどに数値が減りパーティーメンバーの状況を見ることができるようになっている。
「おっ、課題が一個クリアになったな、なんというかゲームのチュートリアルみたいだな」
「ゲームですか?」
「あー、最近のゲームにはないけど、かなり昔のゲームにはこういったチュートリアルっていうのがあって基本操作的なものを順番にこなしていくんだよ、だから今のこれがゲームっぽいなって思ったわけだ」
「昔のゲームですか、元々ゲームはやらないので知らなかったです」
このまま放っておけばリンネがレトロゲームについて語り始めそうなのを感じ、レイネが静止するように話しかける。
「ゲームは良いから、お兄ちゃん次の課題は?」
「お、おう、そんなイライラするなって、えっとだなここからは順不同って感じだな。ほほう、こういう機能もあるのか」
リンネはμαを操作し、レイネとアカリに課題の共有表示を実行した。





