第118話 相槌
クラステイマーが開放されてから数日後、リンネたちはサキナの家であり仕事場である場所へ来ていた。くだんのミノ太郎はあの日以降サキナの所に厄介になっているようだ。聞いた所によると食事なども必要ないようで食費がかかるということはないようだ。
なぜ食事などが必要ないのかなどの情報は、サキナ以外のテイマーからの報告が覚醒者協会に届く形で知れ渡っている。テイムされた魔物の中には意思疎通が容易なものもおり、そこから様々な情報を得ることが出来ている。
一方のミノ太郎は意思疎通は可能だが、おかしな方向に全振りなためにその辺りの知識はなかったようだ。
そして今リンネたちの目の前にるミノ太郎の手には槌が握られておりそれを振り下ろそうとしている。ミノ太郎の正面にはサキナがおり、サキナも槌を手にしている。ミノ太郎の格好は相変わらずのボンテージ姿だが全身からは汗が滲んでいるようだ。
サキナとミノ太郎は交互に槌を打っている。いわゆる相の槌、相槌というものだ。二人が槌を打ち付けるたびに響いてくる音が心地よく聞こえる。サキナは今まで一人で打つか、もしくは祖父としていた相槌を今はミノ太郎としている。
鉄が冷えてきた所で再び炉に入れ、熱すると再び取り出し槌を振るう。そうしてサキナとミノ太郎によって一本の刀が作り出された。
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「ごめんね待たせてしまって」
「いえ、かなり見入ってしまいました」
「思った以上に武器づくりってすごいんだね」
「ボクも見ているだけで手に汗かいちゃったよ」
「何もしていないのに汗をかいてしまいましたわ」
「鍛冶場はただでさえ暑いからね、風邪を引いてもなんだし帰る前にお風呂に入っていくといいよ」
場所を移動して応接間で着替えを済ませたサキナとリンネたちは向かい合っている。ちなみにミノ太郎は鍛冶場で片付けをしながらお留守番である。サキナの家の敷地内にはいつの間にか牛舎のような物ができており、ミノ太郎はそこで暮らしているようだ。
「さてと今日来てもらったのはこれらを渡すためです」
サキナはそう言ってそれぞれの前に武器を一つずつ置いていく。
「まずはリンネはこれね」
リンネの前には鞘に収められた直剣が置かれている。
「抜いてみてもいいですか?」
「ええ、抜いてみてください」
リンネは直剣を手にとり鞘から少しずつ抜き出していく。抜き出された直剣はリンネがずっと使っていたものに比べるとこころなしか小さいように思えた。ただ重さに関しては同じ位に思える。
「すごく綺麗ですね」
直剣の表面には鏡のようにリンネの姿が写し込まれている。直剣というものは刀などとは違い、斬るのではなく叩きつけるように攻撃するのが普通だ。だがこの直剣は見た目からもわかるように、その重さを利用して叩きつけると言うよりも斬る事に特化しているように見えた。
「見てもらってわかるように、刃の部分はかなり薄くなっていてる」
リンネは直剣の刃部分に目を向ける。リンネが今まで使っていた直剣は硬い鎧などに当てても問題ないように、切れ味よりも頑丈さを重視した作りになっていた。それに比べると今手にしている物はかなり薄くなっているようだ。
「だけどね、薄くなっているからと言って硬くないかというとそうでもない。そのために今までのように叩きつけるように使っても問題はないけど、どちらかというと刀のように斬る使い方をしてもらったほうがいいかもしれない」
リンネはこの直剣をどういうふうに使ったものかと考えながら、再び鞘に収める。
「サキナさんありがとうございます。大事に使わせてもらいますね」
「雑に扱わないでもらえるなら、多少の無茶な使い方をしてもらっても構わないよ。武器なんて使ってこそだしね」
「それにしてもあの変態……、えっとミノタウロスがこういうふうに役に立つとは思わなかったですね」
「見た目や性癖はあんなだけど、力は強いというか筋肉がすごいからね。試しに相槌をしてもらった所、今まで以上に出来の良い鋼を作ることが出来るようになったんだよ。これらの武器はその御蔭だね」
そうは言うもののサキナは遠い目をしている。この後鍛冶の手伝いをした報酬としてサキナのムチを使った攻撃の特訓をする事になっている。ミノ太郎を対象に実践さながらの特訓だが、その御蔭とはいいたくないがサキナのムチ使いの腕は確実に上がっている。
ただあの変態は、ムチを打たれるたびになんとも言えない鳴き声を上げることだけは未だになれないでいた。
「ほんとあれさえなければね……」
サキナは周りに聞こえない声量でつぶやき、ため息をついた。





