第110話 初詣とその後
リンネたちは拝殿に到着した所で、形だけ据えられている賽銭箱にμαを通じて電子貨幣で賽銭をいれる。大体の人が自らの足で神社で通うようになっており、現金が使われなくなってからも拝殿には賽銭箱が据えられている。実際賽銭箱は形だけなもので、何かを入れようとしても入らないように加工されている。
四人は一緒に本坪鈴を手にとり鳴らす。カランカランという音の後に横並びになり二拝、二拍手の後に手を合わせ願い事をして、最後に一拝をする。
「リンはなんてお願い事をしたの?」
「世界平和?」
レイネの質問に適当に返すリンネ。
「そうなんだ」
「いや冗談だからな。クランメンバーの無事と健康と言った所だな。レイネはどうなんだ?」
「えっ私? 私は……内緒」
なぜか頬を染めるレイネ。それを見てなんとなく察してしまう面々。アカリとミレイも似たような物のようで何と願い事をしたのかは黙っている。
「あっライチにアズサだ」
神社を出てお昼は何にしようかと話しながら駅前に向かっている途中でアカリがライチとアズサを見つけた。
「あれ? みんなこんな所でどうしたん?」
「あけまして、です」
「そうやな、あけましておめでとさん」
「「「あけましておめでとう」」」
とりあえずということで挨拶を交わす。
「俺たちは初詣の帰りで、お昼に何食べようかなと。ライチとアズサは?」
「そうなんか、うちらは家のお勤めが終わった所や」
ライチとアズサは旧家ということで新年には実家で何らかの行事があるということだった。詳しくは話されることはなかったがその行事も終わり少し散歩がてら歩いていたようだった。
「お昼かー、お昼はええけど空いてる店あるんか?」
「あると思うよ、年末年始もダンジョンに休み無く入っている人はいるし覚醒者協会も空いているからね」
「言われてみればそうやな、その人ら相手の店が空いていてもおかしくないか」
「一緒に行く、です?」
「そうやな、よかったらうちらも行ってええか?」
「いいよ、いいよね?」
誰も拒否をする事無く皆で昼食をする事になった。
「今年で卒業ですわね」
「そうだねー、まあ卒業と言っても卒業後も同じクランだからね」
「それでも学園を卒業というのは寂しいものがありますわ」
「確かにね」
少し寂しそうに言うミレイだが、卒業後も確かにこのメンバーが変わることはないが人生の半分以上を学生として過ごしてきたことを思うと寂しく感じてしまうのは仕方がないのかも知れない。
一方リンネは一時期引きこもっていたことからあまり学生生活というものに思い入れがない。今のところ再会をしたことはないが卒業してクランの代表となれば同級生と会う機会もあるかも知れない。ただ十二歳から会っていない相手が、姿形が変わったリンネと見てもまず気が付くことはないだろう。
◆
「それで結局開いていた店がここしかなかったわけか」
駅前に着いて空いている飲食店を探したリンネたちが見つけた店は蕎麦屋だった。考えてみれば妥当とも言える。いわゆる年越し蕎麦の延長と言った感じで開いていたようだった。
「まあメニューを見たら蕎麦以外もあるみたいだしボクはここでいいかな」
「そもそも選択肢がないともいいますわね」
駅前に来た時点でμαの検索機能を使い空いている店を探してみたが引っかかったのがこの蕎麦屋だけだった。検索に引っかからないだけで開いている店はあるかも知れないが今から探すのも面倒なので結局は眼の前の蕎麦屋に入ることにした。
「いらっしゃい、六名様ですね。座敷へどうぞ」
店は昼を過ぎているということで席は半分ほど埋まっているようだった。ただテーブル席に六人が座れるものはなく座敷へと案内された。
「さてと何を食べようか」
「昨日年越し蕎麦は食べたからね」
「うちらも食べたから蕎麦以外がええかな」
「そばは好き、です」
アズサはそう言うとμαを通して蕎麦を注文した。
「わたくしはこのおにぎりセットにしますわ」
ミレイはおにぎりが三つと味噌汁が付いているセットにしたようだ。
「うちもそれでええかな」
ライチもおにぎりセットを頼む。
「よし決めた、ボクはこのカツ丼にするよ」
アカリはカツ丼を選んだようだ。
「それじゃあ、俺はこの「親子丼」で」
リンネが言うと同時にレイネも同じ物に決めたようだ。偶然にも言葉がかぶり二人は視線を交わして恥ずかしそうに笑う合う。
◆
「初めて入ったお店だったけど美味しかったね」
「他のメニューをまた食べに来たいね」
全員が美味しいと言っているので満足できるほど美味しかったようだ。
「それで今日はもう帰る?」
レイネがこの後帰るのかどうか確認する。
「いやここまで来たのだからおじさんとリオンさんに新年の挨拶を市に行こうと思うけどどうだろ」
「今日も協会にいるの? お正月だよ」
「おじさんあれでも協会の支部長だからな」
「そう言うことで、私とリンは協会に行くけど皆はどうする?」
「ボクも行こうかな」
「わたくしも行きますわ」
「うちらは帰らせてもらうわ」
「今日は帰る、です」
ライチとアズサは帰り、アカリとミレイはリンネ達と共に行くことにしたようだ。
「そっか、それじゃあライチ、アズサまた学園で」
リンネたちはライチ達と別れ覚醒者協会へ向かった。