第10話 リンネとリン
「姫咲リンです、よろしくお願いします」
白のセーラーワンピースに身を包んだ姫咲リンネはそう言って頭を下げる。教室の中にはリンネと同じ制服を着た女生徒が20人ほどいる。
教室の作りは一般的な物で、一人に対して机と椅子がワンセットとなっている。女生徒の髪の色が多彩を極めバラエティーに富んでいることを除けば、昔からある一般的な教室の風景だろう。
「それでは姫咲さんは、空いてる席に座ってください」
「はい」
リンネが歩き出した先では姫咲レイネが手招きをしている。レイネの隣の席は空席となっていて誰も座っておらずリンネはそこへ着席する。リンネを案内してきた職員は、幾つか連絡事項を話した後、いそいそと教室を出ていった。
授業開始のチャイムが鳴るとμαが起動を促してくる。μαを起動すると教壇の位置にホロディスプレイが浮かび上がり授業が開始される。大検を済ませ、大学のオンラインによる大学卒業課程を終えているリンネにとって高校の授業は退屈なものだった。
淡々と進む授業で眠気を我慢するほうがリンネにとって強敵だったかもしれない。そのような授業を午前で4つ耐え抜き昼休みになる。
「おに、リンちゃん食堂行こうか」
「ああ」
リンネは叔父のゲンタとリオン、それとレイネを交えて相談した結果、学園内ではリンと名乗ることになった。元のリンネとは姿形が変わっているが、レイネの同級生の中にはリンネという名前を聞いただけで関連付けられ、リンネのことに気がつく生徒がいるかも知れない。
リンとリンネは対して変わらないような気がしなくもないが、意外と違って聞こえるものかもしれない。という事で、少しでもリスクを回避するためリンネはリンと名のりレイネの従姉妹ということにしている。
家ではレイネに散々言葉遣いを指導されたリンネだが、どうしても定まらないようで結局は無口キャラとして振る舞うことになっている。仮に喋っても今まで通りの男言葉で通すことになった。レイネ的には不満ではあるが見た目とのギャップで、これはこれでありかなとは思っていたりする。
リンネ的には授業と授業の合間の時間に質問攻めでもされるのかと気が気でなかったのだが、そういうこともなく平穏に昼休みを迎えてホッとしている。食堂に着いたリンネはレイネに教えられながら学生パスを使い支払いを済ませる。
学生パスは学生証に電子決済機能が付いているカードだ。学内の様々な施設の出入りにも必要なものだったりする。なくすと困るのでカードケースに入れて首からかけ胸元に入れるのが一般的になっている。
出てきた食事をトレイに乗せ空いてる席に座り食事を開始する。味は学生食堂と思えないほど美味しいと思えた。ちなみに学生食堂の一般的な味など初めて食べたリンネにわかるわけがないのだが、そこは引きこもり生活で得た知識を基準としている。
「それにしても、もっと質問攻めをされるかと思っていたけどそういうこともなかったな」
「あー、それは私が対処しておいたからだね」
「ん? どういうことだ?」
「先にお、リンちゃんの情報をクラスのコミュに流しておいたんだよね。コクーンでの覚醒がうまく行かず、ほとんど人と接触しない生活をしていたから、急に質問攻めとかは遠慮してあげてねって」
「そうか、それは助かった」
「まあ、あれだね、もう少し学園生活に慣れたら他の人とも交流を持ってみるといいよ。結構リンちゃんのこと気になってる子多いからね」
「レイネに頼りっぱなしってのも悪いしな、努力はする」
「私は別に頼ってくれるのは嫌じゃないよ」
「頼りにしてるよレイネ」
リンネとレイネは会話をしながら食事を進める。そこに一人の女生徒が声をかけてきた。
「レイネ、ボクも一緒して良い?」
レイネが振り返ったそこには、ショートボブの赤い髪と赤銅色の瞳をした少女が立っていた。首には赤い宝石のようなものが埋め込まれたチョーカーをしており、手にはリンネたちと同じ食事が乗せられている。
「アカリ遅かったね、私たちもうちょっとで食べ終わっちゃうよ」
「日直で呼び出されてたんだよ。えっと、はじめまして? 焔坂アカリです」
「あ、ああ、姫咲リンだ、リンと呼んでくれて良い、よろしくアカリちゃん」
レイネと同級生のアカリは、男の頃のリンネを知る人物だ。正体を隠しておきたいリンネにとっては関わりを持つことはリスクでしか無いのだが、レイネのパーティーメンバーの一人であるアカリとは共にダンジョンへ潜ることになるのかもしれない。
「そう? それじゃあボクのこともアカリでいいよ、よろしくねリン」
「こちらこそよろしく頼むよアカリ」
アカリはなにかに納得するように頷いて急いで食事を始める。先に食事を終えたリンネはレイネと共に食器やトレイを片付けに行き、食後の飲み物を持って戻ってくる。
「ごちそうさま」
リンネ達の倍くらいの速度で食べ終わったアカリも食器を片付け、食後の飲み物を持って戻ってくる。
「レイネはしばらくリンと二人で実習するんだって? ボクも手伝おうか」
「ダンジョン実習ね、でもこっちはしばらく実績にならないよ。ほらリンちゃんって今日が初のダンジョンだし中等部管理のダンジョンにしばらく通うことになるから」
「そっか、リンって今日が初めてのダンジョンなんだ。まあそれでもこっちはレイネが戻ってこないと先に進めそうもないからしばらく自主練なんだよね、だから手が必要なら言ってね」
「わかったよ、その時はお願いね。私たちもなるべく早く中等部のダンジョン実習は終わらせるよ、遅くても二週間以内にはなんとかするつもり」
「了解、他の子にはボクから言っておくよ、それにしてもレイネは残念だったね」
「ん? なにが」
「リンネさんのことだよ」
一瞬どきりとするリンネだったが、手に持つコーヒーカップを口元に運ぶことで表情を隠すことに成功している。
「お兄ちゃん?」
「ほら、せっかくリンネさんも覚醒出来たのに、親戚のいる第三都市に引っ越したんだよね」
対外的にリンネは覚醒したことが原因で研究施設の多く集まる第三ダンジョン都市に引っ越していることになっている。
「うんそうだよ、お兄ちゃんは第三都市に行っちゃったからね、でも今はリンちゃんと一緒に暮らしてるから」
「へーほーそうなんだ、リン、レイネのことお願いね、この子お兄ちゃん子だったから───」
「ちょっとアカリ何言ってるのよ、もうその話はおしまい、ほら昼休み終わるから戻るよ」
「そうだ、リンよかったらボクとアドレス交換しておこう」
そう言ってアカリがμαを操作すると、リンネのμαにアドレスを双方向登録しますかとポップアップされる。
「あっ、おに───」
レイネがリンネを止めようとしたが間に合わず、リンネは特に何の疑問も抱かずに了承を選んだようだ。そしてその後に出てきた表示を見て自分がミスを犯してしまったことに気がついた。
・既に登録済みです
と、リンネの視界にはそう表示されていた。





