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最終話 怪物の花嫁

 地図をもらったので、それを頼りにコンパスで方角を確認しながら進みます。

 手入れされていない森だから歩きにくいですが、色づきはじめた木の葉がきれいですね。


 この地図に載る家に魔女がいるのなら、どうにか会って話を聞いてもらいましょう。

 魔女が化けていたとはいえ、おばあさんを雨の夜に追い返したのはひどいことです。

 でも、10年。たった一人で魔法を解く方法を探していた。

 なにをするでもなく私のところに来て、座っている。会話をするわけでもないのにです。


 本当は一人でいるのがすごく寂しかったのかもしれません。


 アレクサンダーはわがままだし横暴だし、私、ここに来た初日はアレクサンダーが気絶するまでぶん殴ってやろうと思っていたのに。

 なんで私、ここまでしてアレクサンダーのために動いているんでしょう。自分でも不思議です。

 父さんたちが手紙で提案してくれたように、さっさと離婚して他の土地に移り住んでしまうこともできるのに。


 でもそうなると、アレクサンダーは真実の愛を見つけることができず、一生オオカミの化け物として生きていくことになります。

 そうなることが分かっていて即離婚なんて、できそうもありません。


 ばかですねえ私。アレクサンダーが呪われたこと、私には関係ないはずなのに。

 強制的に夫婦にならざるを得なかったから婚姻届にサインしただけで、私たちの間に愛情なんてみじんもないのに。


 日が沈み、ランタンの明かりだけが頼りになります。

 視界が悪い中を歩くのは得策ではありませんね。

 膝も疲労でガクガクいってるし、ここで休みましょう。


 近くの木のうろに潜り込みます。

 風が遮られるから少しだけ温かいです。たき火をするのは火事になる危険があるのでできません。

 背負っていた毛布にくるまって夜を明かすことにしました。


 満天の星空がきれいで、感動してしまいます。私の生家は町中だから、ここまでたくさんの星は見えません。 風で揺れる木々の葉の音や虫の鳴き声を聞きながら、持ってきたりんごをかじります。


 途中で迷子になって時間を浪費してしまう可能性も考えて、多めに持っています。

 水筒の水で口をぬらして、コルクを締めてすぐまた鞄に戻しました。


 一日も早く魔女に会えるといいのですが。



 小鳥のさえずりで目が覚めて、空を見ると雲に覆われていました。

 日の位置を確認できないから時間を予測しにくいですが、日が昇ってそう経っていないようです。

 昨日食べていたりんごの残り半分をお腹におさめて、再び魔女の家を目指して踏み出しました。


 別邸を出てから5日。

 本来ならそろそろ着いてもいい頃です。

 でもどうしてでしょう。景色が変わらないです。

 コンパスが指す方に歩いているのに。


 足が痛いので20分だけ休みましょう。座ろうとして、気づきました。


 目の前にあったのは、初日に寝た木のうろでした。

 草木は同じ種を植えたって、同じ形になるわけがないです。枝の生える位置や方向は個体差があります。

 それなのに、癖のある形をしたうろが全く同じ。


 ……何日も北東に向かって歩いているのに、どうして。

 頭の中をよぎったのは、魔法という言葉です。


 魔法でなければ、こんなこと考えられません。

 アレクサンダーに魔法をかけた魔女がかけたのでしょうか。それとも他の魔女?



「まさか、そんなはずないですよね」


 試しに、来た方角に戻ります。つまり、南西に向かって、まっすぐ。

 20分ほど歩いた気がするのに、また木のうろのところに出ました。


 魔法以外に考えられません。

 私、魔女の機嫌を損ねるようなことをしてしまったのでしょうか。


 ……なにはともあれ、むやみに歩いても解決しないですね。

 うろのところに座って休みます。リンゴの残りは3つ。

 1日食べる量はリンゴ半分だけにしましょう。

 これを食べきるまでに、謎のループから抜け出せるのでしょうか。


 ランタンのオイルはとっくに切れてしまっています。

 とにかく寝ましょう。日が出ている間だけ歩くようにするんです。




 リンゴを食べきって2日経ちました。

 なにをどうしても木のうろの前に戻っています。

 もう喉がからからで、歩く速度が日に日に遅くなっています。

 そこらに成っている野いちごを食べて飢えをしのいでいますが、そろそろまずいです。


 でも、ふと考えました。私が無限ループに迷い込むように魔法をかけているなら、魔女は声が届く範囲、もしくは見える範囲にいるのでしょうか。


「まじょ、様。アレクサンダーに、魔法をかけた魔女様。近くにいるのですか」


 久しぶりに出した声はかすれています。水も食事も足りていないから、当然ですよね。

 声は森の中に消えていきます。


 きっと聞いているはずです。独り言じゃないはずです。

 だから私は精一杯の声を出します。


「聞いているのなら、お願いを聞いてください。アレクサンダーがした非礼は、私がお詫びします。だから、人間に、戻してあげて、ください」


 地面に膝をついて頭を下げると、どこからともなく若い女性が現れました。

 真っ黒なローブをまとい、髪は燃えるように赤い。

 赤い瞳が私を見据えます。


「なぜそなたが謝る。罰はアレクサンダーに与えたものだ」

「妻、だから、です」

「紙の上では、だろう」


 そう。私が渋々サインしたに過ぎない、書類の上だけの夫婦です。

 魔女はすべてわかっているんですね。


「紙の上の関係でしか、ありませんが、アレクサンダーが、離婚届を出すまでは、妻です」

「ふむ。奇特な娘よ。気に入った。……そなたの心意気に免じて、新たな選択肢をやろう。アレクサンダーを人間に戻すかわりに、そなたは命が終わるまでこの無限に続く森の中をさまよい続ける。アレクサンダーを戻すことを諦めるなら、そなたを今すぐ家族の元に送り届けてやろう」


 迷うまでもありません。


「なら、アレクサンダーを人間に戻してください。私は私で脱出する方法を考えるので、このまま放置していただいてかまいません」


「なんで会って7日かそこらしか経っていない愚か者のためにそこまでする」


「魔女の言葉には魔法が宿るのでしょう。なら、もうアレクサンダーは人間に戻っていますよね。私はここに来た目的を果たしたので、無事離婚成立です。自力で森を出て、家族の元に帰ります。それでは、ごきげんよう」


 魔女にお辞儀をして、私は歩き出しました。

 アレクサンダーは人間に戻ったなら、今度こそ全うに優しく生きてくれるでしょう。

 本当は庶民との結婚を望んでいなかったのだから、約束通り貴族の娘と再婚して跡取りの問題も解決。

 いいことづくめですね。




 はびこるツルに足を取られ、転んでしまいました。

 痛い、けど、もう立つのも無理みたいです。



 倒れて、意識がもうろうとする中、誰かの手が私をつかみました。




 暖炉の火が燃えている。炭がはぜる音でわかります。

 外気で冷えた体が温まります。


 いつの間にか、私はふかふかなベッドの上に寝かされていました。


「……ここ、は」


 まぶたを開くと、そこは別邸の私の部屋。サイドチェアに座っていたのは、若い男性です。

 なんか見たことありますね…………。

 薄茶色の髪、性格悪そうなつり上がった眉、明るい緑の瞳。

 そうです、この人、子爵様にいただいたアレクサンダーの写真みたいな顔をしています。


「気がついたか、リリア」

「どちら様ですかね」


 一応確認してみると、顔に湿ったタオルを投げつけられました。


「ぶふ!!」


 湿ったと言えば聞こえはいいけれど、きちんと絞れていないから水がドバドバしみ出してきて、私の顔がずぶ濡れです。ずり落ちて枕がぐっしょり。


「アレクサンダー・オズウェルと名乗ればわかるかドアホウ」

「アホではないですよ、私、庶民の学校だけど成績は上から数えた方が早……」


 って、この口の悪さは間違いなくアレクサンダーですね。

 まだ頭がクラクラします。


「魔法が解けたんですね。おめでとうございます」

「おかげさまでな」

「いやに素直ですね。やはりこれは夢」

「お前俺をなんだと思ってんだ」


 不満そうですが、過去の行いの結果ですよ。


「どうやって、あの場所に。魔女が、死ぬまで永遠にさまようようにするって言ってたんですけど……。つまりここは死後の世界?」

「現実だバカ。臭いがあのあたりで消えていたから、ずっと近くを探していたんだ」


 そういえばモンスター時は睡眠不要の体なんでしたね。

 それでなんかの弾みであそこに入れた?


「そうしたら魔女が現れて、お前と魔女の取引のことを聞いた」


 なんか本人に聞かれるとこっぱずかしいですね。


「だから俺は答えた。ずっとオオカミのままでいいから、リリアは家に帰してやれと」

「…………でも、人間に戻ってますよね」

「知らん。答えは魔女に聞け。どこに行ったかも知らんが」


 理由を聞きたいですが、会いに行こうとしてまた無限ループに放り込まれたら困ります。

 とにかく、アレクサンダーは人間に戻れて、私は迷いのループから出られた。

 万事解決。


 安心したら力が抜けてしまいました。

 ベッドに倒れ込むと、アレクサンダーが上掛けを掛け直してくれました。

 このひと別人じゃないですよね。


「料理人にかゆを作らせるから、大人しく寝ていろ」

「え、りょうり、にん? 使用人はいないはずじゃ」

「お前、あの森から帰って10日以上眠っていたんだぞ。その間に父上を呼んで魔法が解けたことを話したし、本邸から使用人を呼んだ」

「……私、そんなに長く寝込んでいたんですか……」


 衝撃の事実です。

 頭の中で日付をカウントして、思い至りました。


「ていうことは、もうすぐ約束の30日になるんですか」

「今日が30日目だ」


 寝込んで30日目が終わろうとしているって、なんてなんていうか残念ですね。

 なんだかんだいって、口が悪いオオカミと口げんかする日々は楽しかったんです。



「それでは、私は出ていかなければなりませんね。約束通り離婚届を出しますので、貴族令嬢からいい人をみつけてきちんと再婚して、領地を良き方向に運営してください」


 体が辛いので寝転がったまま会釈するの、申し訳ないですが、最後の挨拶をします。


「しなくていい」

「はい?」

「……考えたんだ。お高くとまった貴族の娘より、自然体のお前の方が気楽だと」

「褒めてんですか、それとも貶してんですか」


 やっぱり人間になっても性格の悪さまでは直りませんか。

 アレクサンダーは視線をさまよわせて、深呼吸してから私を見ます。


「離婚はしない。お前はこの先もリリア・オズウェルでいればいい」

「バカなんじゃないですか」

「バカとは何だ」


 離婚しない、つまりそれって紙の上だけでなく、ちゃんと夫婦になるってことでしょう。

 バカとしか言いようがありません。

 私、仕方なく、誰でもいいからって理由で決まった嫁ですよ。

 急場しのぎの嫁(仮)を本妻にするって何考えてんですかこの人。


「私、貴族のしきたりとか振る舞いとか何も分かりませんよ」

「教育係をつければいい」

「堅苦しいの嫌いだから、夜会は出ませんよ」

「商人の娘だろうが。取引相手増やすつもりで出ろ」

「……ぬぬぬぬ」


 ここに来た日は大嫌いでどうしようもなく殴りたかったのに、今求婚みたいなことを言われてちょっと嬉しい私がいるのが悔しいです。


「お前が離婚したいと言っても、もう紙は破り捨てたから無い」

「私、傲慢な人はキライなんですよ」

「けっこうだ。俺は生まれてこの方そういう性格だからな。好かれるために自分を曲げてこびようなんて思わん」


 ここまで我が強いといっそすがすがしいです。


「逃げられないよう、お前の体調が戻ったらきちんと披露宴をするから覚悟しておけよ」

「……しかたないですね。そこまで言うなら、この先もおつきあいしますよ」


 こうして、魔法を解くために契約した30日は終わり、私は本当の意味でアレクサンダーの妻となりました。


 熱が下がってから、家族に事情を説明する手紙を送りました。

 もう呪いが解けているので、アレクサンダーの許可を得て、隠していた事情も記します。

 アレクサンダーは10年ぶりに公の場に姿を現し、雲隠れしていた事情も包み隠さず公表しました。


 貴族の皆様、アレクサンダーがオオカミにされていたことに驚きしたが、嫁が庶民の私だってことに一番驚いたみたいです。ですよね、驚きますよね。


 なにはともあれ、私は回復してからドレスをしたててもらい、入籍から3ヶ月後。

 年が明けた良き日に、披露宴と相成りました。

 出会った日にはオオカミだった旦那様と、こんな風に挙式をするなんて想像もつきませんでした。






 出会ってから10年後。

 アレクサンダーと一緒に、子どもたちを連れて劇場でオペラを観覧しました。

 私達は4人の子宝に恵まれまして、長男ロベルトはもう8歳になります。

 毛皮のお面をかぶった役者さんを指して「あのオオカミのモデルは父上なんですよー」って言っても信じてくれませんでした。 

 アレクサンダー、だいぶ性格が丸くなりましたからね。

 末娘のアリーシャがおねむで倒れちゃいそうなのを、アレクサンダーが抱き上げます。



「あれ、リリアの方を美化し過ぎじゃないか。本物は板みたいなのに」

「その板にプロポーズしたのはどこのどなたでしたっけ」

「そのプロポーズを受けたのはどこのどいつだったかな」


 前言撤回、丸くなってません。 

 見た目はオオカミだった頃の面影はないけど、こんなふうにときどき、ひょっこり口の悪いオオカミさんだった頃の性格が顔を出します。

 帰ったら一発おみまいしましょう。


 


 私とアレクサンダーの一風変わったなれ初めは、後に作曲の手でまとめられ、人々から愛される歌曲(オペラ)となったのです。


 演目名は「怪物の花嫁」

 庶民の女の子が、呪われた令息と結婚してから恋に落ちる、そんな歌です。




 END



挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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