剣士俺、憧れだった「蛇腹剣」をついに手に入れたけど扱い難しすぎワロタwwwww
俺の名はアスベル。剣士だ。
剣士としての実力は、まあ可もなく不可もなくといったところ。目立った功績もないし、異名で呼ばれたりもしない。
だが、そんな地味な剣士生活はもう終わりだ。
俺はやっと手に入れたんだ、ずっと憧れてた「蛇腹剣」ってやつを!
蛇腹剣がなんなのか分からない奴のために一応説明しとこう。
普通の剣は柄から一本の刃がまっすぐ伸びていて、これで敵を斬ったり攻撃を防いだりするって武器だ。
だが、蛇腹剣はこの刃が分解されている。もちろんそのままじゃバラバラになっちゃうから、刃同士は中に仕込まれたワイヤーで連結されてるんだ。一見ヘビの腹のようにも見えるから、この名がついたんだな。ようするに“鞭みたいに扱える剣”と思ってくれればいい。
この剣なら、普通の剣では到底できない変幻自在の攻撃が可能だ。
例えば敵が防御のために盾を構えても、蛇腹剣ならそれをすり抜けて相手の体を攻撃できる。敵を突いて、攻撃をかわされたとしても、刃をUターンさせることで敵を背中から刺すなんてこともできる。
使いこなせればまさに天下無敵。俺も強豪剣士の仲間入りってわけ。
ただ、俺が蛇腹剣を買った時、古物商のオヤジは気になることを言ってたんだよな。
「高い金払ってこんなもん買うなんてあんたも変わってるね。まあ、コレクションってやつなんだろうけどさ」
バカにするにも程がある。俺はコレクションのつもりじゃなく、実戦で使うために買ったんだ。
そういえば確かに蛇腹剣の使い手は見たことがない。高いし、見た目がカッコイイから使わずにいる奴が多いんだろうけど、俺は違う。蛇腹剣を使いこなして、名声を轟かせてやるんだ!
***
さっそく俺は人気のないところで蛇腹剣の訓練を開始する。
なぜそうするかっていうと、他人に情報を与えたくないってのはもちろんそうだが、この蛇腹剣は10メートルは伸びる代物だからだ。うかつに振り回すと誰に怪我させるか分かったもんじゃないから、訓練は広くて人のいない場所でやるしかない。
「んじゃ、さっそく……」
持ってみると分かるが、この蛇腹剣、かなり重い。
中にかなりの強度のワイヤーが仕込まれてるし、そのワイヤーは10メートルあるってことだから、普通の剣とは比べ物にならない重量になってる。
「片手じゃ無理だが、両手ならなんとか……」
どうにか持ち上げることができた。
いよいよ訓練を始めよう。記念すべき一振り目だ。ちょうど釣竿を投げる時のような要領で、俺は蛇腹剣を振った。
刃がぐんぐん伸びていく。
「おお、すごいぞ! これは!」
思わず声が出てしまう。
しかし、感動したのも束の間、刃の先端が俺めがけて戻ってきた。
避ける暇もなく、刃は俺の肩をえぐった。
「いぎゃぁぁぁぁぁ!」
肩に激痛が走る。痛い痛い痛い痛い痛い。泣きそう。というか泣いた。
鞭のような剣なのだから、当然刃が自分に戻ってくることもある。ちくしょう、油断してた。
負傷はしたが、心にまで傷は負ってない。もう一度チャレンジだ。今度はもう少し低めに振ってみよう。
「それっ!」
低めに振った刃は地面にぶつかり、俺の方に跳ね返ってきた。避ける間もなく、刃は俺の足にぶつかってきて――
「ぐあああああっ! いだいぃぃぃぃぃ……!」
今度は右足を斬った。浅手だがこの蛇腹剣なかなか鋭いので出血は多い。
たった二振りだが、俺には分かった。なぜ蛇腹剣の使い手を見たことがないのかを。なぜ古物商のオヤジがコレクション扱いしたのかを。
この蛇腹剣、扱いがメチャクチャ難しいのだ。普通の剣ならば、振るだけなら子供にだって振れる。だが、蛇腹剣はそうではない。重くて振るのすら一苦労だし、振ったら刃が自分に返ってくる恐れもある。こんな武器、普及するわけがない。
俺の頭に後悔がよぎる。だが、すぐに気持ちを切り替える。
「難しいなら……使えるようになるまで練習すればいい!」
そう決心して、もう一度振る。
今度は戻ってきた刃が俺の顔面に炸裂した。
「あがぁぁぁぁぁぁっ!」
感触からして頬にかなりの傷ができたのは間違いない。
「お、お母さん……」
あまりの痛みにお母さんのことまで呼んでしまう。剣士になってからはなかなか田舎に帰れてないが、元気にしているだろうか。俺、お母さんにもらった顔に傷をつけちゃったよ。自分で。
顔からの出血が止まらないので、今日のところは訓練を中断した。
しかし、俺は諦めなかった。お母さんのことを思い出したことで、蛇腹剣を極めて絶対故郷に錦を飾ってやると誓った。
それから俺は幾日も蛇腹剣の訓練を続けた。
「うげっ!」
「いだぁぁぁぁい!」
「あぶねえ、目をやっちまうところだった……!」
「あぎゃっ!」
「うぎゃあああっ!」
一向に上達しない。上達しないどころか自滅の連続で、どんどん傷が増えていく。この訓練を誰かに見られたら、きっと一人SMプレイとでも誤解されたことだろう。
そして、ついに来るべき時が来てしまった。
俺は自分に向かってくる刃に反応が遅れ――
「――やばっ!」
刃が俺の体に突き刺さる。深手を負ってしまった。喰らった瞬間、命に関わる傷だと直感した。
俺は仰向けに倒れてしまう。
「ああ……ダメだ、これは……」
体に力が入らない。
すぐに起き上がって応急処置をしなければならないが、その気力が湧かない。
このまま起きなければ、俺は失血で死ぬだろう。
「俺は、死ぬんだな……」
憧れだった蛇腹剣、ついに手に入れたけど、結局使いこなすことはできなかった。
自分の不甲斐なさが悔しい。歯がゆい。
だけど、俺はもう立ち上がることができない。
全てを諦めてゆっくり目を閉じようとする。
「ちょっと待ってよ!」
声が聞こえた。
「せっかく私を買ったのに、もう諦めちゃうの? 頑張ってよ!」
なんだ、この声。
「もう少し頑張れば、きっと私を使いこなせる!」
蛇腹剣から聞こえてくる。これは蛇腹剣に宿る魂のようなものの声なのだろうか。やはり本人も骨董品になっていたことが辛かったのだろうか。ていうか、この蛇腹剣は女だったのか。
俺はどうにか体を起こす。
もう声は聞こえない。幻聴だったのかもしれない。だが、たとえ幻でも俺の心に火を灯すきっかけになったのは確かだった。
「とりあえず、この傷を手当てしないとな……!」
俺は傷口の止血を始めた。何とかなりそうだ。
使いにくいにも程がある蛇腹剣だが、きっと武器として使って欲しいんだ。
だったら俺が使いこなしてやる。
もう二度とくじけない。
俺は絶対諦めない。
***
五年後――
悪名高い盗賊団の危機に晒されている町があった。
地平の彼方から、100人以上の盗賊が迫ってくる。
対する町の自警団はたったの十数名。中には戦いの経験のない者もおり、この時点で勝敗は明らかだった。
しかし、町を訪れていた旅の剣士が言った。
「あんたらは下がってろ。俺一人でいい」
黒髪でまだ若いが、顔にいくつもの傷がある剣士だった。いや、顔だけではない。腕にも足にも大量の傷がある。鎧や衣類で隠れている箇所にも無数の傷があることは誰にでも想像がついた。
「無茶だ! そりゃあんたは強そうだけど、相手は殺しだって平然とやる腕自慢が100人以上も……!」
自警団が止めるのも聞かず、剣士は駆け出した。盗賊集団の中に突っ込んでいく。
そこからは鮮やかなものだった。
剣士が右手で剣を振るうと、その剣はまるで鞭のような軌道で、次々に敵を切り裂いていく。
「うぎゃあっ!」
「ぐげっ!」
「ぐはぁっ!」
中には全身を鎧で固め、自信満々で剣士に突っ込んでいく盗賊もいたが――
「ぐわぁっ!? そ、そんな……鎧の隙間を蛇のように……」
剣士の武器に、防具は無意味だった。
変幻自在の刃が盗賊を仕留める様子は、まさに大蛇が獲物を喰らうが如く。
バンダナをつけた盗賊の首領が、剣士の正体に気づく。
「この妙な剣……まさか! こいつは“毒蛇”アスベル!」
盗賊如きが敵う相手ではないと気づいた時には、首領も首を刈り取られていた。
頭がいなくなった盗賊団は哀れなものだった。統制が取れず混乱する中、剣士アスベルによって一人残らず討ち取られてしまった。
大戦果を挙げたアスベルは平然としたもので、「町を守ったってことで、とりあえず今日の酒代はタダにしてもらえないかな」とおどけてみせた。
町の英雄となったアスベルは、住民たちから感謝され、酒場で大勢に囲まれた。
「アスベルさん、本当にありがとう!」
「あんたがいなきゃこの町は終わってた!」
「ささ、どんどん飲んでくれ! 酒どころか何もかもタダさ!」
アスベルは剣の達人でありながら気さくな人柄で、住民の質問にも快く答えた。
「この剣はなんて名前なんですか?」
「蛇腹剣っていうんだ」
「今までで一番つらかった戦いはなんでしょう?」
「ミール王国に雇われて、落ちる寸前の砦を守り抜いた戦いは死闘だったよ」
「彼女はいるんですか?」
「あいにくいないよ。絶賛募集中さ」
そんなアスベルであったが――
「体じゅう傷だらけですけど、きっとよほどの修羅場をくぐったんでしょうね?」
全身の傷に関する質問にだけは言葉を濁した。
「まあ……色々あってね」
おわり
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