D-9 タダよりコワイものは無い
ここは隠り世、代官所。
「・・・・・・ハァァ。」
人事課長、仁。思わず溜息。実はね、ヤラカシタのよ。自称、期待の星が。
向水無慙。
某藩主の九男として生まれ、流行り病に罹り死亡。享年十。座右の銘は『天上天下唯我独尊』、好きな言葉は『我が世の春』。
富士の御山より高い自尊心を持つ、とっても残念な若君。失敗を失敗と思わず、果敢に攻め続ける。鋼のメンタルを持つ男。
長いので纏めると、こうなります。情状酌量、罪一等を減じられて、舌抜きの刑と相成りました。
大人しく引っこ抜かれれば、転生できます。他の亡者は素直に従い、列に並んで、その時を待ちます。
待つと、思いますか? 待ちませんよ、無慙サマは。
地獄から、送りつけようとしました。不服申立書を、奉行所へ。
再審請求する権利は有ります。けどね、日本地獄の裁判は、一つじゃ無いのよ。次の裁判で言えばイイの。なのに裁判官を指差し、大暴れ。
このまま転生させて良いのか、いや良くない。良くは無いが、裁判は続く。モンスター被告、無慙が落ち着くまで待って、次の裁判へ。
全ての裁判が終わり、有罪判決。地獄へ落ちました。で、大暴れ。泣こうが喚こうが、地獄から出られません。刑期を終え、転生。
すると思いますか? しませんよ、無慙サマは。
獄卒の手に余ると泣きつかれ、代官所へ。営業課、資材課、庶務課と盥回しの末、更正課勤務。
コンコン。
「どうぞ。」
「失礼します。」
最優秀代官所員、桜。更生課、改善係長です。
「仁課長。少し、お休みください。」
目の下には隈、頬は痩けゲッソリ。桜じゃなくても驚きます。
「ありがとう。」
「何か、悩み事でも?」
「現世で謂う所の、『ゆとり』がね。」
もう直ぐ昼休み。桜は、外回りから帰ったばかり。程よく、お腹が空いています。
「湯鳥ですか。サッパリしていて、良いですね。」
「良い、のか?」
「お腹の虫は、焼き鳥を求めています。」
・・・・・・?
良く考えろ、仁。『ゆとり』という言葉は、ひとつでは無い。一般的には、余裕の有る事。他には。
湯取。船中に溜まった淦を汲み取る器。若しくは入浴後、滴を拭い取るために身に着ける衣。
或いは、水を多く入れて炊いた後、その湯汁を取り去り、再び蒸した飯。
・・・・・・飯?
「いや、その『ゆとり』ではない。」
「揚げ鳥ですか。いいですね。」
ジュルリ。
「いや、そうでは。」
「蒸し鳥ですか。辛子醤油を少々。」
ウフッ。
「・・・・・・鳥から、離れよう。」
「嫌です、食べます。食べたいです。」
桜の目が、キラキラ輝いている。
「わかった。食券だ、使いなさい。」
「お気持ちだけ、いただきます。」
「なぜ?」
「無料より怖いものは、ありません。」
確かに。
「シッカリしているネ。」
「はい。」
キリッ。
人事部から、明るい笑い声が。
モチロン無慙の失敗は、無かった事にナリマセン。けれど仁の心が、ほんの少し軽くなりました。