ブラは付けるより脱がしたい
少し暴走気味だった結月が大人しくなってから一分が経過した。
結月が気まずそうに下を俯いている。顔は赤らめており、今になって下ネタを言ったことに羞恥心を思い返したようだった。
「なあ結月。その……そろそろ上の付け方を教えてもらいたいんだけど」
「そだね。髪も乾かしたいし、巻いてくよ」
結月は依然としてテンションは低いままだったが、僕にスポブラを手渡してくる。
洗濯をするときに意図せず、結月の下着を触ったことは多くあるが、マジマジと触るのは今日が初めてだった。
本当は自分が脱がす立場になりたかったのだが、まさか自分が付ける立場になるとは思わなかった。
「初めてスポブラを触った感想はどう?」
嬉しそうに結月は話しかけてきた。
僕があまりにも質感を確かめたり伸ばしてみたりしていたのをガッツリ見られていたので少し恥ずかしい。
「精神は男子だからやっぱり脱がしたかったよね」
「まあ……ね。うん……なんか虚しくなったよ」
さすが血の繋がった妹だ。僕の考えていることを見事言い当てる。
「まま、お兄ちゃん、気を取り直して! じゃあ、スポブラの付け方講座だよ!」
再び教育番組の導入のような話の流れで結月は話を進める。少し空回りじみているが、それを鼻歌でごまかしている姿が健気に見えてくる。
「スポブラを下から履いてみる感じでおっぱいの方まであげてみて」
「したからなのか? こう言うのって頭から被るって思ってたんだけど」
「それでもいいんだけどね。下からの方がおっぱいが大きくなるらしいんだよ」
これが男女の性知識の差というものなのだろう。
別に胸を大きくしたいわけでは無いのだが、大きいに越したことは無いと僕は思うので素直に結月の言うとおりにする。
初めての経験なのでどうしたら良いのかが全くわからないが、胸もとまでスポブラを持ってきた。
「これで紐をかければいいのか?」
「そそ。その後は前屈みになってね」
言われるがままスポブラを肩にかけて待機する。前屈みで待機しているときに自分の胸もとを見てみるが、谷間は無かった。
「わかりにくいかもしれないけど、背中と脇におっぱいがこぼれてると思うからそれを……なんか良い感じに!」
「説明を放棄したね」
「むう」
結月は完全に説明を諦めていた。
口での説明が難しそうなので一端、自分の力でやってみる。
格闘すること数分間。
なんとか形にはなったような気がするので結月に確認をもらう。
「これでいいのか?」
結月の方を見るとハンズアップをしており、これで正解のようだった。
付け方は間違っていないとのことだが、やはり違和感がある。この胸を締め付けられる感じが受け付けない。
「そろそろ髪を乾かさないと生乾きになっちゃうからドライヤーしに行くよー」
そう言って結月は僕をだっこした。
何の予備動作も無かったため、スンナリと確保されてしまう。
「何で持った!?」
暴れる僕をお構いなしに結月は脱衣所へ向かう。
ちらりと結月の顔を見ると言葉を選んでいるようで、首を少しだけ傾けていた。
「強いて言うならノリ?」
考えて出た台詞は軽い。結月は良い笑顔を浮かべているので、文句を言う気にはなれない。
一回の会話のキャッチボールが終わる頃には脱衣所に戻っていた。
「さてお兄ちゃん。髪を乾かすわけですが」
「訳ですが?」
「お兄ちゃんがお兄ちゃんの時にドライヤーって使ったことある?」
「無いな」
「だよねー」
やる気の無い返答を結月はしながら、ドライヤーのコンセントを刺す。
「それじゃここは私にお任せを」
結月はキリッとした顔で言い切った。声色もイケボに近づけていた。
だが、椅子をポンポンと叩いて座るように促しているその仕草は格好良くは無い。
「ドライヤーくらい僕でも出来るけど」
「女の子の髪は綺麗な方が良いからね。ちゃんとしたのが大切なんだよ」
依然として結月はイケボのまま会話を続ける。声の安定感が抜群で意外と芸達者と言うことに驚かされる。
気になる点があるとしたらホストが言いそうな安い言葉を選んでいることくらいだ。
そして椅子を叩くペースも速くなっている。
座れと言う行動の圧力が強いので結月に任せることにした。
「それじゃあ第一会ドライヤー教室。今回は――」
流れるような手つきでドライヤーの使い方のイロハを結月が実践しながら教えてくれた。
「――最後に冷風でブラッシングするよ」
結月は丁寧に僕の髪を梳かしてくれる。満足がいったようで満面の笑みだった。
「はい終わり! ちょっとそのまま!」
そう言って結月は何かを思い出したかのようにポケットからスマホを取り出した。そして流れるようにして写真を撮った。
この一連の動作速度はかなり洗練されており、現代のガンマンとでも言えようか。
そんなくだらないことを考えていると、結月がスマホの画面を近づけてくる。
「どう? お兄ちゃん。可愛くない?」
女子の言う可愛いはイマイチ信用できない。
しかもここで可愛いと言ってしまっては、自分が可愛いというぶりっこになってしまうのでは無いかと言う素朴な疑問が頭を過ぎってしまったことも大きい。
「可愛い……のか?」
「私は好きだよ」
不意打ち過ぎて思わず二度見してしまった。その二回とも結月と目が合ってしまい変に恥ずかしい。
結月の言葉が本心なのかはわからないが、小悪魔的な笑顔を浮かべたまま自分の髪を乾かし始めた。