メス堕ちさせたがるのは悪い癖
僕としたことが、風呂に入る結月に着替え忘れたと言っておきながら、自分も忘れてしまった。
別に見られて困るものでも無いのだが、思春期真っ只中の、更に言うなら、僕のことを性的対象で見ている結月がいることを考えると、あんまり良い行動には思えない。
しかしながら、結月の行動ルーティーンを考えると、きっと今は届いた郵便物の商品レビューをしている頃のはずだ。
仮定で物事を語るのは好きじゃ無い。
それに妹のヒメゴトルーティーンを知っていることが前提条件になっていることに妙な背徳感を感じ、趣すら感じる。
いくら考えていても僕は寒いままなので、サッサと自室へと向かうことにする。
そう思って脱衣所を出たタイミングにて。
「あっ」
結月と鉢合わせてしまった。
どうやら、トイレを出たタイミングらしい。しかも、僕の予想は外れたようで、別に肌はつややかになっていなかった。なんなら、ヘッドフォンを首にぶら下げていたので、ゲーム中のようだった。
結月は僕の裸体を頭からつま先まで品定めするように見て一言。
「誘ってる?」
「誘ってない。着替えを忘れたんだ」
ふーん。と結月は僕の裸体を更に眺めている。具体的には胸。視線が男子と一緒過ぎる。
「慌てん坊だなぁ。アタシだって、初めてくらいは襲わないって。ムード大切にしたいし」
僕の胸を見ながらそう言う結月は変態だが、時に律儀だ。
ムードと言ったとき、どことなく悲しそうな表情を浮かべているところから、僕がムードを壊した先ほどの事を根に持っている気がする。
だけれども、慰める術は今の僕にはわからない。
正確には、わからないことも無いのだけれども、それはきっと間違いな選択だろう。
あれだ。同人誌みたいにって奴になってしまう。
「胸見過ぎなんだけど」
「おっと、お兄ちゃんも気付くようになったんだね。うんうん。女の子してるね」
その反応は予想外だ。
女子が言う「おっぱい見られてるのはわかるんだよね」っていうお決まりの台詞を言っただけなのだが――
「――!」
「ふっふっふ。気付いてしまったようだね、お兄ちゃん。己が着実にメス落ちして言っている事実に!」
頗る嬉しそうな表情を浮かべる結月。
別に、その事実を知ったところで僕に電流は走らなかったけれども。
でもなんか。指摘されると恥ずかしい。
「ま、服着たらアタシの部屋に来て。変なことはしないからさ」
にこやかな顔で結月は自室へと戻っていった。
変なことはしないという言葉の裏を読むべきか否か。
尿意を感じるくらいに寒さを感じてきたので、サッサと服を着ることにしよう。
パジャマを着てから結月の部屋に向かった所、話しの顛末としては、風呂に入る前に貸してくれた漫画を全巻貸してくれただけだった。
全巻というと、多い気がするが、全10巻程度のアニメ化していない数年前の作品なので、実際はそんなことも無い。更に言うなら、作画は描き込みすぎていたり、派手なバトルものでもないので、読んでいてつかれない程度のものなのでちょうど良い。
普通すぎる。
普通すぎて、何かあるのでは無いかと不安になってしまう。
漫画を手渡してくれたときの結月は普通で、ゲーミングチェアに座って、パソコンゲームのダウンロードサイトを巡回している様子であった。何でも、スプリングセールでクソゲーが豊作だとのこと。
僕はクソゲーハンターでは無いので、ソソクサと結月が押しつけてきた漫画を読むことにする。
三巻程度漫画を読み終わり、四巻目を手に取ったときに間に挟まっていた冊子に気が付いた。
表紙を見てみた感じでは、今読んでいる漫画とは別タイトルに見える。
更に言うなら、コミカライズのように作家の名前が沢山書かれていた。
紛れ込んでいてのかな、程度の気持ちで、冊子を手にとってパラパラとページをめくる。
「ぐっほッ!」
変な声が出てしまった。
中身は同人誌だった。同人誌ってエロくないものもあるはずなのだけれども、一般的に同人誌って言うとエロに行き着くのはある意味ミーム汚染だろう。
ちなみに、ジャンルは男の娘。
いつもなら直ぐに結月に返しに行くところなのだが……今日は読んでみても良いかな。
ちょうど、読んでた漫画が男の娘だったし。
薄い本を読んだって事は別に結月にはバレないはずだしね。
十数分後。
薄い本と漫画を読了したので、結月に返しに行く。
ドアをノックして直ぐに「入るぞー」と言って、返事を待たずに結月の部屋に入る。
「意外と早いね。それじゃ、感想を聞こうかな?」
ゲーミングチェアに座りながら、握りつぶしたり叩き付けたりするタイプのストレス解消グッズを、机の上に置いて結月は腕を組む。
モニターにはゲームオーバーの画面がデカデカと映し出されており、ゲームを満喫しておられるようだった。
「ラブコメとしては十分だと思う。なんなら、アニメ化していないのが不思議なくらいには良いできだ。付き合って終わるエンドってだけで個人的には評価が高い。要するに、普通に面白い」
これに付け加えるなら、作者の巻末漫画があったので、評価が上がる。
「さすがお兄ちゃん。アタシと癖が同じだね。ただ、付け加えるならエロさが足りなかったよね。パンチラも無かったし」
「それには……見えない美学ってのもあるわけで」
ここまで同じ気持ちなのかよ。
いくら兄妹っていってもさすがに似すぎだろ。
「それじゃ本題。あの同人誌は読んだかな?」
「あぁあれな。お兄ちゃんは結月の性癖をどうこう言うつもりは――」
「読んだんだね」
「……」
「その顔は読んだんだね。エッチだなぁ」
読んだことは事実なので、エッチだと言われても仕方が無いから、良いのだけれども。
「ま、女の子はムッツリな方が可愛いからね」
「僕は男だ」
「ま、お兄ちゃん。それはそれとして。同人誌の方の感想を聞こうかな?」
イキイキとしたニヤケ顔で結月は僕との距離を詰めてくる。
てか同人誌の感想を聞くな。音読レベルで、何してんだよってなる奴だぞ。
「絵柄的にまだレベルの高いものがあったけど、意外と読むことはデキる。フィクションだって事はわかってるけど、淫乱率が高すぎる。あと、性欲が旺盛すぎる。男は誰しもがサルじゃないんだぞ」
その界隈の知識は疎いだけなのか、それとも結月が渡してきた同人誌がそういう傾向にあっただけなのかはわからないけれども。
「まぁ確かに、淫乱が多いね。ってそっちの感想もだけど、使用感の方を聞きたかったんだけど」
「使ってない」
「興奮は?」
「興奮よりも新たな世界が開けた関心の方が大きいよ」
「致した?」
「致したことが無い」
「え?」
掛け合いがストップした。
「致したことがないってのは嘘でしょ?」
「女体化してからは致してないってことなんだけど」
「え、いや、え? 高校生じゃん、思春期じゃん。毎日するモンでしょ?」
「なんか……そのラインを超えると後戻りがデキなくなるような気がして……」
結月の剣幕に押し潰されそうになりながらそう答える。確かに、特例中の特例だという自覚はある。インターネットにある致した事があるかどうかのアンケート記録は信用していないが、たしかに、今の僕は特例だろう。
しばし考えた様子の結月は会話で幕を引いた。
「お兄ちゃんらしいっちゃらしいけど。これは攻略難易度がルナティックだなぁ」
今日一番の笑顔で結月は締めくくったのであった。
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