お風呂場はトイレではございません
僕を湯船に入れた後、結月も作業のように自分の髪を洗い出した。
僕の心拍数が落ち着いた頃には既に髪を洗い終えている辺りに慣れを感じる。
一緒に湯船に入ってからは結月の髪の洗い方やブラジャーの付け方を事細かく熱弁された。
「――って言う感じだね。それじゃ、そろそろ身体洗おうか?」
結月はそう言って先に湯船から出た。
「ほらほら。座って座って!」
お風呂椅子をコンコンとノックして座るように促してくる。
笑顔をこらえようとしてニヤケ顔になっているのが少し可愛い。
今日一日は結月に任せることにしたので素直に僕も湯船から上がる。
「よし! それじゃあお兄ちゃん。一つ質問だよ」
「いきなりどうした?」
結月のテンションは空回り気味だった。
僕との温度の差をものともせずに話を続ける。
「女の子は男子と比べて尿道が短いです。では質問! お兄ちゃんは女の子になってからトイレには行ったかな?」
「行ってないけど」
嫌な予感を感じ取る。
ここで応えては結月の良いようにされる気がする。
「ちなみにお兄ちゃん。筋肉量が減っているってことは、インナーマッスル的なのも含まれると思うんだよ」
「……それがどうかしたのか?」
「括約筋って知ってる? トイレを我慢するときに活躍する筋肉なんだけど」
「し、知ってるけどどうかしたのか?」
嫌な予感が現実じみてきたので思わず、目線を下げてしまった。
物凄く嬉しそうな顔を結月は浮かべた。
「おしっこしたくない?」
「そんな趣味、僕には無いぞ!」
「だよね」
結月は目線を逸らしながらボディーソープを泡立て始めた。
「ねえ、お兄ちゃん。これ持ってて」
そう言って結月は泡立っているボディーネットを手渡してくる。
手渡したと思えば結月は思い立ったかのようにボディーソープを手に取った。
「男子ってやっぱり、こういうの好きだよね?」
いきなり結月は身体を密着させてきた。
「――ッ」
僕の背中に胸を擦りつけるようにしてくる。
湯船に浸かる前に密着してきた時とはまた違った感触が背中に伝わる。
されているこっちが恥ずかしくなってくるくらいに変な気持ちになる。
「ふふっ。我慢してるの?」
結月は声色を変えて耳元で囁く。
そのまま手を前へと移動してくる。
ボディーソープでヌルヌルになった結月の手が上半身を必要以上に滑らせてくる。定期的に胸をフェザータッチしたり揉んだりしてくる。
「な、な、なあ結月? 欲求不満か?」
「ん? そんなことは……まあ、ほどほど?」
歯切が悪かった。
だが結月の手は正直なようで段々と下へ下へと移動して行った。
腰回りから足の裏、太ももまで丁寧に触ってくる。
結月も思春期だと言うことは十分に理解しているのだが、ここまで来ると本当に身の危険を感じる。
「お兄ちゃん普通に立ってー」
普通じゃ無い立ってってなんだよ、と聞き返したくなったが、結月のことだから、決して良い返答が来るとは思えないので黙っておく。
無言で立ち上がって結月に身をゆだねる。
やはりと言うべきか、結月はお尻を触ってきた。
「おおっ」
歓声を上げながら尻を撫でる結月のその姿は、セクハラをするおじさんのようだった。
「やっぱり胸よりお尻だよね」
結月は心底嬉しそうだった。
胸もそうだが、お尻を撫でるように触られるのは変な気分だ。
「納得はするけど、この状態で言われたくないかな」
僕の声は届いていないようで結月はお尻を揉み続けている。
されるがままの身で文句を言うのも悪いので、大人しく受け入れておく。
結月も満足したようで手の動きが止まった。
「意外と恥ずか――」
「ご開帳」
「ひゃっ!」
結月はいきなり尻肉を広げてきた。
咄嗟の出来事過ぎて思わず声が出てしまった。
自分でもわかるが完全に女の子の悲鳴。
お尻を広げられたのもそうだが、女体化して初めてかもしれない女の子っぽい声が出たことで二重の意味で恥ずかしい。
一気に体温が上がったのがわかるし、心拍数もマラソン後くらいに早くなっている。
「あ、ヤバい。声で私の罪悪感が倍増されてヤバい」
結月の方は語彙力が低下していた。
かなり興奮しているようで、息づかいの荒い吐息がダイレクトに伝わってくる。
「ごめん。さすがにやり過ぎた」
顔を見られたくないのか、僕とは目を合わせないようにして謝罪した。
頼んでもいないのに土下座をしているので誠意は感じされる。
だが全裸だ。
「だ、大丈夫だから! 全裸で土下座は止めて! 見てるこっちも恥ずかしくなってくるから!」
画面が酷い。
普通の生活を送っていて全裸土下座を見たりしたりする機会は一生こないと言い切れる。
「ご、ごめん。土下座してる私も恥ずかしかった」
顔を上げた結月の表情は羞恥心で満ち溢れているようであった。
お互いに気まずい雰囲気に息が詰まりそうになる。
「そのーあのー一ついい? お兄ちゃん?」
「どうした?」
目線を合わせず、もどかしそうに結月は声を出した。表情はどことなくにやけており、良いことは言わなさそうである。
「ま……前も洗って――」
「自分で洗うから大丈夫です。ってその指の形はアウト」
「……はい。私も身体を洗います」
声のトーンだけ聴くと結月は悲しんでいる様子だったが、顔はにやけたままだった。
しかし、いざ自分で洗うとなると、男としての精神面が邪魔をしてくる。
正真正銘、自分の身体なのであるのだが緊張する。ましてや、身体的には小学生並みに幼いので罪悪感に襲われそうになる。
「お兄ちゃんお兄ちゃん!」
僕の動きが止まっていたのが気になったのか結月は話しかけてくる。
振り返ってみると結月はサムズアップをしていた。
「普通に触るだけだと気持ちよくなんないから大丈夫だよ」
ありがたいような、軽い下ネタを言われたような複雑な気持ちになる。
言ってから自分の失言に気が付いたのか、結月の顔が火照りだした。耳まで真っ赤になっている辺り、まだ中学生なんだなと再認識させられる。
「さっきのは聞かなかったことにしてね」
照れ臭そうに結月はそっぽを向いてしまった。
結月の自爆助言をむげにするわけにもいかないので素直に洗うことにした。
やっぱりあるものがなくなると違和感があった。
なるべく丁寧にそして触りすぎないようにして、身体を洗い終えた。