一人称は個性だよ
校歌練習が終わり、時刻はお昼時付近。
宿泊学習恒例とも言えるカレー作りとなる。
カレー作りの――もとい、宿泊学習の班編制は、僕と美愛、琴乃葉と橘の女子三……四人に、男子も四人と男女比が同じ班となっている。
改めて思い返してみると、小学生の頃から何かと料理をする機会があった訳なのだが、果たして何人がしっかりとした手順を覚えているのだろうか。
例えば……料理のさしすせそ。
この順番に調味料を入れれば、美味しく仕上がるよ、と言うものなのだけれども、高確率で「そ」が味噌では無くてソースになるように、存外、覚えていないモノなのだろう。
まぁ、覚えていたから何? って事になってしまうのだけれども。
家で料理をしていることもあって、僕は多少の料理スキルがある訳なのだけれども……これも、だから何と言われればそれまでなのだけどさ。
塵も積もればなんとやらの塵にすらならない考え事をしながら、野菜類を切っていると、美愛が話し掛けてくる。
「渚ちゃん、ひょっとして料理上手?」
「ん? どこ見て感じる?」
「後ろ姿」
「後ろ姿て……僕は背中で語る男かな」
「語りはしてないし、性別も違うけど、男子の気持ちがわかった気持ちがしたよ」
「ちょっと僕にはわかんないかな」
中身が男とは言っても、僕には料理する後ろ姿は刺さらなかった。
そういう企画モノの中には確かキッチンでおっぱじめるジャンルのモノもあったはずだけれども、美愛はそう言うフェチなのか?
「今更なんだけど、潮風さんって一人称、僕なんだね」
僕と美愛の会話を聞いていた橘が話に入ってくる。
バレたし、僕の一人称。
別にバレたところで、少し痛い奴程度で終わるだろうから痛手では無いんだけどさ。
「まぁ……うん。そうだけど」
「違和感がなさ過ぎてさ。現実で初めて違和感が無い僕っ娘を見たよー」
美愛と同じようなことを橘は微笑みながら言った。
てか、僕っ娘っていつからJKが使うようになったんだろうか。ネットスラングが段々、一般的になってきているとは聞いたことがあるので、きっとその一種として僕っ娘が広まったのだろうか。
「そう言えば、中学に俺って言う女子居たよね」
米炊き班の様子を偵察しに行っていた琴乃葉が、どこから話を聞いていたのかはわからないが、会話に入ってきた。
この会話の主題となるのは女子の一人称な訳なのだろうけれども、オタクっ気がある僕と美愛にとっては耳が痛い話になるのでは無かろうか。
眼を泳がせながら様子をうかがっていると、橘も僕と同じでアイコンタクトをかわしていた。
きっと僕っ娘が目の前に居るから答えて良いものなのか、気を遣っているのだろう。
そんな僕と橘のお見合いアイコンタクトを見るに見かねてか、何も考えていないだけかはわからないけれど、美愛は脳死的な返答をした。
「あたしの知り合いには居たね」
美愛は答えはしてくれたけど、視線は落としていた。
身長差のおかげ……おかげとは言いたくないのだけれども、普段から上目遣いの僕には美愛の伏せた顔がしっかりと見えた。
滅茶苦茶、冷や汗かいてた。
しかも美愛と目と目が合ってしまった。だからと言って、好きだと気付くことは無く。
美愛は小声で「拾わなくていいもの拾っちゃった……かな」と呟いていた。
「やっぱり、似合ってるか似合ってないかは別として居るもんなんだね」
何とも答えづらい返答を琴乃葉は返してくる。
一人称で人を判断するのは良くないが、あながち間違っていないだけに、よろしくない空気になる。
場の状態を察してか琴乃葉は言葉を繋げた。
「いやさ。中二の妹がいるんだけど、ある朝いきなり、俺って言い出してさ。思春期だから深くは聞いてないけど、僕っ娘の潮風さんならわかるかなって思ったんだよね」
妹思いの優しいお姉ちゃんな発言だった。
確かに、年頃の妹がいきなり一人称が変わったら気になるものだろう。
でも、僕に振る? その話。
まぁ、中身が男と言うことを知る人はこの場には居ないわけなのだから仕方が無いけれども。小学校から中学校まで、僕を貫いている僕にそんなことを言われても。
だが、振られたからには、答えるのが筋というモノ。
だがしかし、出た言葉は苦し紛れのモノだった。
「個性だよ」
あからさまに目線を逸らしながら僕は言うのであった。
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