それは思春期過ぎる考えで
お昼ご飯は何作ろうかなと冷蔵庫の中を思い出していると、あっという間に家に着いた。
結局、何食べるか決まらなかったな、と主婦……主夫? のような事を考えながら、家の鍵を開けようとしたが、既に開かれていた。
そう言えば、中学も入学式の後は放課だった、と一年前の記憶を思い返す。
と言うことは、帰宅部である結月は既に家に着いているのだろう。
「おかえりーお兄ちゃん。遅かったね」
扉を開けて直ぐに結月が出迎えてくれた。
エプロン姿で手にはフライ返しを持ってのお出迎えは、レトロチックな新婚感が醸し出されている。
「ちょっと本屋に寄っててね。遅くなった」
「そんなことよりさ、お兄ちゃん」
僕の話を聞いていたのかはわからないが、結月はぼくと間合いを詰めてくる。
身長差の都合で、結月が少し屈んだ状態となってから僕の耳元で囁いてきた。
「これからやってけそう?」
茶化しとして言っているのか、それとも真面目な話としていっているのか、どっちにとって良いのかがイマイチわからない。
女体化したという事実を重く受け止めての発言なのか、それとも中学の頃がぼっちだったため気にかけてくれているのか。
「隣の席の人とは連絡先を交換したから出だしは大丈夫だったよ」
無難にそう答えてみた。
そしたら結月は手に持っていたフライ返しを落としてしまった。
「嘘でしょ……あのお兄ちゃんが高校生活初日の入学式で連絡先を交換するなんて……」
僕が連絡先を交換した程度でそこまで驚くか、と言いたいくらいにオーバーなリアクションを結月は取った。
フライ返しを拾うこと無く、結月は続けざまに言葉を繋げてくる。
「ちなみに性別は?」
「女の子だけど」
「マジで!?」
お隣さんに聞こえそうな声で結月は叫んだ。
「よし、お兄ちゃん。詳しい話は食事しながら訊くよ。めでたいから、今日のお昼にラーメン追加しとくね」
そう言って結月はフライ返しを拾うこと無く、キッチンへと戻っていった。
本日の昼食は結月特製チャーハンと塩野菜の袋麺。
女体化した僕の胃袋を気にしてか、ラーメンは小サイズになっている辺り、個人的にポイントが高い。
チャーハンだが、ここ最近、結月が何かに取り憑かれたかのように作っているので少しばかり怖い。
「いやぁチャーハンって難しいよね。家で作れる限界が来たって感じるよ」
そう言って結月は席に着いた。
使った調理器具もほとんど片付いている辺りに料理スキルの向上度合いを感じる。
「それじゃ本題ね、お兄ちゃん。連絡先を交換した女の子ってどんな感じの人?」
いただきますの合掌をするなり、結月は嬉しそうに訊いてきた。
「どんな感じって言われても……雰囲気は結月と似てるかな」
そう言い切るのと同じタイミングで、珍しく僕のスマホが通知音を鳴らした。
滅多に通知が来ないだけに、重要な用事なのかが気になってしまうのでポケットからスマホを取り出してみる。
「誰から?」
「クラスグループの招待だった」
クラス人数が40人に対して現在の参加者は10人。招待中が20人と残りの10人はどうしたと訊きたくなるようなグループだった。
中学の頃にもあったらしいが、実際に招待されたのは今回が初めてだっただけに、悲しいけれど驚いてしまう。
「早めに参加しといた方がいいよ。後々だと、タイミングのがしちゃうしさ」
結月はそう言いながら、僕のスマホ画面に映し出されている参加ボタンをタップする。
「ついでなんだけど、お兄ちゃんの言う女の子はどの娘かな?」
そう言って結月は、僕のスマホを横取りし、グループのメンバー一覧を見ながら結月は詰めてくる。
何とも言えない圧力を感じる。
「この子だけど」
そう言って僕は相沢美愛のアカウントを指さした。
結月はしばし、そのアカウントの画像を眺めると満足したようで、僕にスマホを手渡した。
「その娘にお兄ちゃんを任せられそうで安心したよ」
「その理由を知りたいんだけど」
「まずアイコンが自撮りじゃ無いってだけであたし的にポイントが高いね。女子はこれだけで性格が見抜ける」
「だいぶ大きく出たな」
女子歴が長いと言う一見して訳がわからない単語が頭をよぎったが、事実、結月は僕より長く女の子をやっているわけだ。
こういう女の勘というのはやはり、結月の方が研ぎ澄まされているのだろう。
「女の子歴の短いお兄ちゃんにはわかんないかもしれないけど、よく女子ってグループを作るじゃん? あれの中心人物は大抵、女友達とツーショット取ってるか彼氏との写真にしてるからさ。そんな人にはお兄ちゃんを任せられません」
すこしブラコン過ぎる気もするが、結月の話に納得してしまった僕がいる。
確かに写真の撮り方についてはインターネットでも話題になっていたような気がするし、意外としっかりとしたソースがあるのかもしれない。
「ちなみにこの娘って可愛い?」
入学祝いと言って何かしらを持ってくる親戚のおっちゃんのような話の導入の仕方だった。
言葉の回答に困っていると、スマホから乾いた通知音が鳴り響いた。
「いいところに……お、早速だね」
ふっふーん、と上機嫌な声が聞こえてきそうなくらいにウキウキの顔を結月は浮かべる。
「ここで質問だよ、お兄ちゃん」
「なんだよ、いきなり。ってかスマホ返して」
「今来た通知は同級生からのものです。さて、性別は何でしょうか?」
兄の話を一つとして聞いていない様子の結月は淡々と話し出した。
ここは兄として、妹の会話に付き合うのも勤めというものだろう。
「こう言うのは同性ってのが決まってるから男子」
「んーお兄ちゃんは今、女の子だよね。ま、答えは男子であってるんだけどさ……今は異性ね」
不服そうな顔をした結月が僕のことを見つめてくる。
女体化してからそろそろ一ヶ月は経とうとしているのに、今だに自分の性別を男だと言ってしまう自分に呆れているだけなのだろうけれども。
「気を取り直して第二問! 入学式の初日に声をかけてくる男子がいました。さて、この男子の考えていることは一体なんでしょうか?」
「送ってくるメッセージなんて初日なら、よろしくくらいじゃないのか?」
ノンノンと結月は首を横に振る。
「確かに普通はそうだろうね。だけどね、お兄ちゃん。お兄ちゃんは家族眼びいきを無しにしても可愛いから。だから、こういう人が一定数、湧いて出てくるわけ」
そう言って結月はスマホ画面を僕に見せつけてくる。
スマホの画面には、おそらく同級生の男子生徒からのトークがあった。
内容は至って普通のもので挨拶と自己紹介、それプラスアルファで質問があるだけだった。
この内容だけ見せれても僕には何のことなのかさっぱりわからない。
「いいかいお兄ちゃん。童貞のお兄ちゃんにはわかんないことなのかもしれないけど、メッセージのやりとりをするときに、何かしらの質問をしてくるのは、相手のことを詳しく知りたいからするってのもあるけど、会話を続けることで、俺は怖い人じゃ無いよアピールをして親近感を持たせてから、襲っちゃおうってタイプだよ」
凄いまじめな表情で熱弁に結月は僕に圧をかけてくる。
サラリと僕のことをディスってきてはいるけれど、話的に僕には難しい話だから仕方がないかもしれないけどさ。
「それは偏見が過ぎるって。てか結月もそう言う経験無いだろ」
「私が処女であっても童貞で無いなんて誰が言ったのかな」
「その台詞を言うやつは自白しているようなもんだぞ」
ぐぬぬ、と結月は不服そうな表情を浮かべている。
このままではどこまで行っても不毛な戦いになるだけだと結月は感じ取ってなのかは知らないけれど、話を切り替えてきた。
「あ、お兄ちゃんもオモチャで卒業してるか――」
「よぉし! わかった! お兄ちゃんは可愛いことを自覚して、狼ハントされないように気をつけることにするよ!」
僕の負けだと早い段階で気がついたのでこの話は無理矢理だが流すことにしたのであった。
次回更新は明日
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