学校で読む本選びは悩ましい
このまま家に帰るのが普通なのだけれども、せっかくの半休なのだから、どうせならどこかに行きたい。
JKらしくお洒落なカフェに行って写真を撮って女子力を上げていくのも良いのかもしれないが、元男の僕にとってはいささかレベルが高すぎる。そもそも今の僕にはカフェでお茶するお金すらないようなモノなのだけれども。
普段通りではないけれど、ゲーセンに行くのも乙なモノがあるが、制服で行くのには少し難易度が高い気がする。入学おめでとう的な流れでゲーセンにプリクラを撮りに来るかもしれないことを考えると、制服ロリが一人で格ゲーをガチャガチャしているのは乙ではなさげだ。
そう言えばで思い出したが、学校では朝の時間なるものが存在するのだった。
教室で席に座って何かすると言う時間なのだけれども、何かしらの準備をしなければこれと言ってすることが無い虚無の時間を過ごすこととなる。
虚無時間はさすがに気が引けるので、無難な趣味第一位の読書をするために本を買いに行こうかな。
家に本が無いわけでは無いのだが、一度読んだ本をもう一度読むのは新鮮みにかけるというのが僕の持論だ。
結月から本を借りることもできるのだけれども、基本的にラノベで入学そうそうオタクバレするのは個人的には避けたいし、何なら「ラノベは小説では無い」と持論を展開してくる教師もいるので、地雷を踏み抜かないためにも結月から借りるのは無しとしたい。
よし、そうと決まれば早速、本屋に向かうぞ。リュックに財布、スマホと必要最低限の装備は整っているわけだし、善は急げだ。
それに本屋ならロリ学生が居ても何ら問題にならないし、何より中身が男ばれすることがない。
軽快にと意気込んだものの、履き慣れない靴では何だか落ち着けない。
スニーカーかサンダルしか履かない僕にとって、ローファーという履き慣れない事がその理由だろう。
結月からJKは制服にローファーがスタンダードだからと言われて履くことにしたのだけれども、元男だから感じる違和感がどうしても拭えない。
だけれども、僕の見た限りでは新入生の女子生徒はローファーを履いている生徒がほとんどであったため、変に悪目立ちをしなくて良かったとは思う。
僕の個人的な感想から言うと、もう少し走っても大丈夫な感じが出ている靴の方が安心感が出て良いのだけれどもね。
まぁ何に追われてんだよって話になるけど。
後は背負っているリュックに違和感を感じる。
中学の頃に使っていた学生鞄では荷物が収まりきらないと言うことが入学式の前日になって判明したため、現在は雑貨屋の福袋に入っていたリュックを使用している。
結月曰く、それなりに有名なブランド商品に似せて作ってある商品とのこと。
ブランドを気にしているわけでは無くて、僕にとっての違和感は少しばかりリュックが女性向けのもの過ぎると感じるからだ。
色自体は黒なのだが、小さめなサイズと上品な感じが僕に会っていないような気がする。
結月からは「お兄ちゃんは女の子になった今の見た目に自信を持っても良いから大丈夫」と言ってくれたが、容姿のことは家族が一番信用にならないと、古事記にもそう書かれてある。
ウザ絡みをされた時に言われた「見た目が陰キャ」を引きずっていると言われればそうなのだけれども。
そんなネガティブ思考をしているつかの間、本屋に着いた。
昔からある個人商店などと言った平屋のこじんまりとした趣のある建物ではなく、ごく普通のローカルなチェーン店だ。ちなみに、二階はDVDショップで最近、マンガのレンタルを始めたらしい。
店内に入って真っ先に小説コーナーへ向かう。
小難しい一般文芸は読んでいて心地の良い感じがしないので、比較的軽めの小説を探すことにする。
一応、中学と高校の推薦図書コーナーというものに何冊か並べられていたが、そのどれもが心を引かれるようなものはなかった。
売り上げランキング的には芸能人の著書やテレビで取り上げられているもの、実写映画の原作ばかりで面白みが感じられない。特に、凝り固まった思想本や自己啓発本、エッセイ、ダイエットシリーズの本が何とも言えない雰囲気を醸し出している。
個人的には図説でたわいも無いことを解説してくれている本が好きなのだけれども、そう言った本は図鑑に分類されることが多く、学生には中々手が出せな――
「おっ」
良い感じの図説が見つかった。
タイトルは食べれる山菜・野草というもの。
サイズ的に普通サイズのブックカバーで収まりそうで値段も手が出せる範囲だ。
ページを少しめくってみた感じ、プレゼンで使う資料感は出ておらず、 良質な資料と感じられて良い。
朝読書に読む本かと聞かれれば首を縦にも横にも振り辛い所の本だという自覚はある。
だけれども、こう言った本は外れがあんまり無いから無難なところを選びたくなってしまう。
とりあえず、この本を手に持って漫画コーナーへと向かう。
やはり漫画コーナー人が多い。
特に買ってる漫画に新刊が出るとの情報は無いので、流し見る感じで面白そうな漫画が無いか物色してみる。
スタッフの手作りポップ広告を見ていると、多くの場合は「アニメ化決定」や「実写化決定」といった決定シリーズや「あの人気の話題作」や「○○先生の新作」と言った普遍的なものばかりだが、時折あるニッチなファンに向けてお勧めしてある漫画なんかは好感が持てる。
「奇才○○の問題の最新作」とサブカル系が好きそうな漫画のポップ広告が目に付いた。
この人の作品は確かに一種の芸術よな。
内容はすこぶる好き嫌いが分かれるけれど、あの毒々しい読了感が一種のコアなファンには刺さるに刺さる。
「渚ちゃん?」
ニッチな漫画好きのサブカルボーイ――今はサブカルガールと思われてしまいそうなタイミングで声をかけられてしまった。
自分の趣味がバレるというのは、一度は隠そうとしたモノとしては恥ずかしいモノがある。
「相沢さん?」
「相沢さんって美愛で良いよ」
声をかけてきたのは隣の席の相沢美愛だった。
相変わらずフランクな感じで接してきてくれる。
「渚ちゃんも漫画読むの?」
なんだよ、その質問。
本屋に来て、しかもマンガコーナーでその質問はなかなかな会話デッキしているぞ。
とりあえず天気の話を振っとけ感が出ていそうなくらいの脳死会話だぞ。
「そりゃ漫画くらい読むよね。いやぁごめんごめん」
意図的なのかそれとも素なのかはわからないが相沢さんは笑いながら話を続ける。
「いやね、本屋に来て置いて何だコイツって思うかもしれないけどね。私の周りで漫画を読んでる人たちって、少女漫画かBL読む人ばっかだったからさ。青年向けってJK読まないのかなって不安になってたんだよ」
聞いても無いのに、質問の意図の解説をし始める相沢さん。
自分の好きなジャンルを同じ穴の狢が周りに全く居ないだけで、不安になる気持ちはものすごくわかる。
「わかる。その気持ち」
会話のキャッチボールをするために、適当に思われるかもしれないが相槌を打ってみる。
もしかしてだけれども、相沢さんは僕の想像よりもこっち寄りなのかもしれない。
ゲームも好きだと言っていたし、マンガも読むようだし、何より、ジャンルを話す上でBLと普通に出てくる辺りに、オタク女子なのでは? と感じてしまう。
「まぁ他人の趣味に無駄口叩くことほど不毛な争いは生まないけどね。この話はこのくらいとして、渚ちゃんはどんなジャンルの漫画が好き?」
目線を合わせてくれるかのように、相沢さんは前屈みになってくれる。
動きにどことない、あざとさを感じてしまう。
前屈みになっても若干、僕より目線が上なので改めて自分の身長の低さを感じて悲しくなってしまう。
「ちなみに、あたしは何でも読む雑食派だよ。あ、エッセイ系のは苦手だけどね」
相沢さんはそう言って、ニコッと笑って見せた。
ヤバい。滅茶苦茶、可愛い。
黒髪で胸もあり真面目そうなのに、オタク趣味があって、フランク。
女性経験がなさ過ぎるせいで、こう言った仕草一つで惚れてしまいそうなくらいに、僕の攻略難易度はゆるゆるのがばがばなのかもしれない。
「ぼ――私はガチガチな少女漫画とエッセイ系は読まないかな」
気を抜きすぎて素の一人称が出てしまいそうになる。
そのくらいに僕の高感度バロメーターは急上昇していると言うことなのだろう。
「お、同士じゃん! ってガチガチな少女漫画って何か不思議だね」
「うん? そうかな?」
「そうだよ。だって――」
そう言って相沢さんは僕の耳元で囁くようにしてこう呟いた。
「少女なのにガチガチ」
思春期真っ盛りの男子中学生かよ、と頭の中でツッコんでおく。
微妙に拾いにくい下ネタを言った当の本人は、若干頬を赤らめているし。
可愛げがあると言えばごもっともなのだけれども、どうも結月と同じにおいを感じる。
「まぁ色々と業が深いものがあるからね」
「お! 拾ってくれるんだ! ちなみにこの一言で何個、連想した単語が出てくるかな?」
拾ってみたら、予想外という反応が返ってきた。
いや、対面でおしゃべりしてて無視するのも悪い気がするし……
まぁ、うん。ガチガチで連想できることかぁ。
上と下の凸は普通の――女子高生の下ネタの普通度合いがわからないけれど、多分この二つしか出てこないよね。
だが、残念なことにと言うべきか、もう一つ「ガチガチ」と言われて出てくる部位が思い浮かんでしまった。
それは、きっと特殊性癖に分類されるであろう一つなのだろうけれど、僕としてはそんな特殊性癖を知っているとは思われたくないのだけれども、相沢さんがわかってて聞いていると言うことは、これは出しても良いのか?
「一つ質問いい?」
「良いよー」
「それってさ。どちらかと言えば非現実的なって言うか、女の子には普通無いものを含めてる?」
僕の核心を突くような問に相沢さんは反応した。
知ってんの!? という驚きと仲間を見つけたと言う喜びの二つの感情が見え隠れしている。
「その名称が着くものは人間誰しも持ち合わせてるよ。口の中にある正式名称は口蓋垂。通称名称がそれだね」
「あぁ……うん。残念ながら当たってるみたいだよ」
この瞬間、この一言で――とは認めたくないけれど、僕の中で相沢美愛という女子高生は、相沢さんでは無く美愛と呼ぶのがあってるなと確信を得た。
「世間体では中々マイナーなものも知っておりますなぁ、渚ちゃんは」
うふふ、と聞こえてきそうなくらいの笑みを相沢さん、もとい美愛は浮かべている。
「そう言う美愛さんもだと思うけど」
僕が名前でそう呼ぶと美愛は見るからに嬉しそうな顔をした。
「名前で呼んでくれてありがとね。ま、さん付けもしなくていいけど、それは追々とだね、僕っ娘の渚ちゃん」
「なっ!」
「さっき僕って言いかけてたでしょ? あと自己紹介の時に私って言ったときに違和感ありげな表情をしてたからって言ったらどうでしょう?」
さっき、素を出して僕と言いかけてバレたのだったら納得がいくけれど、自己紹介の時点でバレていることを知って嫌な恥ずかしさがわき上がってきた。
いつもなら冷や汗を掻くところだけれども、今回はやけに耳が熱い。
「渚ちゃんは僕って感じが似合ってるから良いと思うよ。他の女子みたいにキャラ付けのために使ってる感じがしなくてさ」
フォローをするために出た言葉では無くて本心からそう思っているからこそ、美愛は直ぐに褒めの言葉をかけてくれるのだろう。
だからと言って僕の恥ずかしさがどこかに消えていくわけでは無いけどね!
「ば、バレてたならこれから僕で行くよ。その方が……話しやすいし」
「うん。やっぱり合ってる。あの独特の痛さを感じない」
「絶妙に反応し辛いよぉ」
兎にも角にも、相沢美愛という女生徒は話しやすいタイプだと言うことがわかった。
中学の頃の色々で、心配していたけれど、高校生になって直ぐに話をすることができる友人ができて内心ホットする。
「おっと、もうこんな時間だ。バスの時間があるからあたしは先においとまとするよ」
時間を確認した美愛は慌てるようにして何も買わずに本屋を出て行った。
一人となった僕はレジに並び、先ほどのやりとりの脳内反省会を始めてしまうのであった。
僕っ娘であることはバレてしまったが、似合ってるって言われたので問題は無いよね。
それに、出会って初日で名前で呼ぶ間柄になったというのも、中学の頃と比べると大きな進歩だ。
そもそも冷静に思い返してみれば、結月以外の女子と話をしたのはいつぶりだろうか。
しかも美人だし。性格良さそうで、趣味も合うし。おまけに胸もあるし。
事実確認をするかように僕の脳内で点と点が結ばれていく。
今の僕は女の子だとは言えこれは凄いことなのでは無いか?
ゲームやアニメの女の子では無くてリアルな女の子、しかもJKと話したのだぞ。
恥ずかしさや会話の反省点以上に喜びが勝る。
そう考えると、周囲の温度が上がったのか、身体が温まってきた。
その事実だけで今日はいい日だったと思えてくる。
会計が終わり店の外に出ても、まだ頬に熱を持っているのを感じる。
やはり自分はちょっと女の子に優しくされたくらいで攻略されてしまう程に、ガバガバの甘々ルートだと言うことを実感してしまった。
しかし、これは今、僕が女の子だから攻略難易度が激甘なだけであって、中身は男なのだ。
それって、つまり童貞丸出しなのでは無かろうか。
その事実にたどり着いてしまった瞬間に、一気に春特有の寒い風が吹いた気がした。
いやまぁ、童貞なのは事実だかし、今の身体では……その……挿れるための棒も無いから卒業するのは無理なわけですし。
なんだか、悲しい気持ちになってきてしまった。
僕が童貞であることを噛みしめる結果で、僕の脳内反省会は終わりを迎えた。
萎えた僕の気持ちを少しでも癒やすために、コンビニによってスイーツを買ってから家へ向かうことにする。
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