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発表会

 兄妹揃って羞恥心の感情にむしばまれたせいで、気まずい雰囲気がこの空間を覆ってしまった。

 できることなら今すぐにでも、この場から逃げたい。

 視線をどこに移しても、今は見たくないモノばかりが視線に入ってしまう。

 胸に支えていた痼りが無くなったのか、結月はニヤケながら話を振ってくる。


「よぉし! それじゃ、最後に見に行きたかった所へ行こーッ!」


 結月は空回り気味のハイテンションで叫んだ。このフロアに誰もいないからといって、出して良い声量じゃ無かった。


「もうちょいボリュームをだな……」

「まぁまぁ、そんな事はどうだっていいじゃん! 恥ずかしいから一緒に行こ行こー」


 照れ隠しの表れか、結月は頬を赤らめながら僕の手を取って歩き出した。

 恥ずかしいなら成人コーナーに立ち入らなければいいじゃないか、と聞くのはヤボというものだろう。


 だからと言って何も喋らないと目線が落ち着かない。右を見れば潤滑ゼリーが、左を向けはオモチャが陳列されている。


 素直に結月の顔を見ていれば良いのかもしれないが、僕の男だった頃のメタファーについて言及してしまったせいで、気まずくて見れない。

 正確には耳まで真っ赤にした結月の顔を直視できない、と言うのが正しい。前から少し頬を赤らめていたが、僕のメタファーのサイズを知ってからより一層赤くなっている。


 今の僕は身体は女子でも、精神面が男子なのだ。

 恥ずかしがっている女の子を見ると、男の本能が働いてしまい、あわよくば的な邪な感情が増幅されていく。


「恥ずかしいから次が最後にするよ」


 僕の羞恥心が臨界点を迎えそうなので、結月に伝えておく。

 理性はまだ余裕があるが、何かの拍子にスイッチが入ってしまう可能性も思春期なので十分にあり得るわけだし。


「そ、そうだね。うん。私も限界が近いから、次で最後にするよ」


 終始、裏返りっぱなしの声で結月は反応をくれた。

 顔は決して見せてくれなかったが、恥ずかしさの臨界点は既に迎えていそうだった。

 お互いに羞恥心の限界を感じながら、足早に次の目的地へ向った。


 到着した目的地は大人たちの秘密の花園の最深部にあるコーナーだった。RPGのダンジョンで言うところの最下層にあるお宝は本当にお宝だった。

 よく、神社や田んぼ、橋の下に成人誌が捨てられていると言うことを耳にする。

 だとしたら、僕たち兄妹が今目にしている商品は池に捨てられているタイプのもの――とどのつまりDVDだ。


 前に見たことがあるテレビ番組に、池の水を全部抜く企画があったが、その時にたくさん出てきたのを記憶している。

 その時に出てきたDVDの全てがいかがわしいものであるとは断言したくないが、少なくとも保管先に困るものであることには間違いない。


「なぁ結月」

「……どうしたんだい、お兄ちゃん」


 僕が言いたいことを知っていているのにもかかわらず、結月はしらを切った返答をしてくる。だが、表情はごまかしきれていないようで、にやけていた。

 このままではAから始まるビデオをただ眺めているだけで、話が進みそうに無いので、僕は口を開く。


「これはアイドルのイメージビデオじゃ無いんだぞ」

「それぐらいは知ってるよ。あ、話は変わるんだけど、これDVDなのにビデオって言っちゃうよね」

「確かにそう思うけど今、言うことじゃない」


 恥ずかしさの裏返しなのか、それとも単に思いついただけなのかはわからないが、結月は話をすり替えを行ってきた。


「そんなムッツリとした顔しないでよぉ」


 僕が会話のキャッチボールを即答で拒否したからか、甘えるような声で結月は呟いた。

 そして一息を置いてから結月は本題を話し始める。


「なんで最後にA――アニマルビデオコーナーを見ようと思ったのかというとね。その……ね?」


 圧力のこもった語尾で結月は察しろ、と促してくる。

 残念ながら、結月が何を考えているのかは僕にはわからない。

 冷静に考えてみればわかるのかもしれないが、恥ずかしさが募っている状態で、なおかつ、理性も限界が近いとなれば、まともな思考回路には至らない。

 出てくる考えの全てがスケベをする事に行き着いてしまう以上、下手に考えを口にしない方が吉だろう。

 赤面している僕を察してくれたのか、結月は語りを始める。


「兄妹は性癖が一緒なのかなーって」


 今にも泣き出してしまいそうな眼で、僕の顔を見ながら結月はそう言った。

 言っていることは下品この上ない。

 だけれども折角、結月が勇気を振り絞って静寂を断ち切ってくれた言葉なのだから、その思いをくみ取るのは兄の勤めだ。


「じっくりと性癖についてなんて考えたことが無いんだけど……結月はどんなの?」


 自分でも十分に理解しているが、訊いている内容がセクハラ過ぎる。

 こんな台詞、キャバクラで泥酔したおっさんでも言いそうに無い。強いて言いそうなシチュエーションと言えば、所持しているだけで逮捕される危険がありそうな裏モノくらいだと思う。


「そ、そうだよね。他人に訊く前に自分から宣言する方が筋ってもんだよね!」


 羞恥心で頭が回っていないのか、結月はなぜだか納得したようで、宝の山から自分の趣向に合うビデオを探し始める。


「無理しなくてもいいんだぞ? 性癖の発表くらいなら夜にしてもいいんだぞ?」


 万が一、結月がドギツイ作品を選ぶと帰路が気まずくなってしまうのでは無いかと考えると、咄嗟とっさに僕はそう言った。

 しかしながら、結月には届いていないようで、ビデオの品定めをしている。


 この調子では結月は本当に自分の趣味に合うビデオを選んでしまいそうなので、僕も探すことにする。

 兄妹揃って――今は姉妹か友達同士か、どっちでもいいのだが、揃ってお宝の発掘をしていること数分後。


「お兄ちゃんは決まった?」


 恥ずかしそうに、結月は声を震わせながら呟いた。


「決まりはしたよ」


 テンプレート的な回答をして僕は結月の顔を見る。

 兄妹お互いに見つめ合って、一呼吸置く。

 結月の顔は相も変わらずに、耳まで真っ赤だった。

 対面する僕の顔も、熱を帯びているのがわかる。


「いっせーのせ、で言うよ?」

「あぁ、もちろん」

「「いっせーのせ!」」


 成人コーナーには似つかわしくない、若い女性の声が二つ響いた。

「マッサージ」と結月は言った。

「お風呂」と僕は言った。


 兄妹の性癖が違っていることが立証された。

 謎は解けた。

 しかしながら。

 兄妹の間には何とも言えない、静寂が辺りを覆ってしまった。

 かれこれ、五分間くらいは立ち尽くしていたような気がする。


「――帰ろっか」

「そうだね」

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

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本日はお昼にもう1話更新します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回はまともな会話だった(感覚麻痺) ちなみに僕はBDSMかな
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