大人たちの聖域
羞恥心を強く感じてきたのか、耳まで赤く染めた結月は咳払いをしてから話を続けてくる。
「冷静に考えてよう、お兄ちゃん。他人がどこに突っ込んだのかわからないバイ――電動マッサージ器を突っ込みたいの?」
「そりゃぁ……使いたくはないな」
「だよね」
そんな会話をすると、時が止まってしまった。
兄妹仲良く、気まずい顔を浮かべながら数秒間、見つめ合う。
何としてこの静寂を打開しようか。
そう考えていると、僕より先に結月が口を開く。
「よし! それじゃ、私が行きたかったところに行くよ!」
空回り気味のテンションで結月は僕の手を取って歩き出す。僕の手を取った結月の手は、汗でしっとりと湿っていた。
そして歩くこと数秒。
僕の目の前には黒地の暖簾に区切られたスペースがあった。
その暖簾を見た瞬間、僕にはそこが何を意味するのか容易にわかった。
「なぁ、結月」
「何かな、お兄ちゃん」
「さっきの話の流れで何でここに行くんだ?」
結月が行きたかった所。
それは大人になった者しか入ることができない聖域だった。
「折角、女の子の身体になったんだし、雌イ――初めての感覚を楽しみたいかなーなんて」
「酷い下ネタを言おうとしたのを僕は見逃さないぞ! それに、僕たちは未成年だ!」
「買わなきゃ年確されないから大丈夫だって! それに、十八禁コーナーにいる若い女の子に声をかけるのは事案だから大丈夫だよ!」
希望観測に近く、理由にはなっていないような事を謎の自信で結月はそれが正しいかのように言ってくる。
確かに、十八禁コーナーにいる若い女性に声をかけるのは事案だ。
だけれども事案と言うだけで、僕たち兄妹が一八才未満である事実は揺らがない。
「私服警備員に声をかけられたらどうするんだ?」
「その点は大丈夫だよ。私はパッと見JKだから」
そう言って結月はドヤ、と誇らしげに自分のプロポーションを僕に見せつけている。
結月の身長は高いし、服装も制服ではなく落ちついた感じなのでJKと言われれば見えなくもない。
「JKもアウトだと思うんだけど……」
「細かいことは良いの! 私は入るからね!」
僕とのやりとりがじれったくなったのか、結月は男の楽園コーナーへと侵入していった。
恥ずかしくなって直ぐに戻ってくるだろう。
僕はそう思っていたが、結月は中々戻ってこない。
もしかしたら、中で変な人に声をかけられているのでなかろうか。
「僕が入っても大丈夫なのか……」
誰もいないのに独り言を呟いてしまう。
だが、待っていても結月は帰ってこないだろうし、迷っていても現状が打破されるわけでもない。
ここは兄として、妹である結月が不健全な未知に染まらないよう、手を差し伸べよう。
そんなもっともらしい理由を付けてから、結月に遅れること数分で僕も大人の楽園に足を踏み入れた。
「意外と早かったね、お兄ちゃん」
暖簾をくぐると直ぐに、顔を真っ赤にした結月が僕に声をかけてきた。
「その言い方は語弊が生じるから止めてくれない?」
元とは言え、僕も男。
男に対して「早かったね」と言うのは、考えすぎかもしれないが、侮辱されている気がしてしまう。
僕の思いを察してくれたのか、結月はフォローの言葉をかけてくれる。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。早撃ちもそれはそれで好かれるらしいから」
その言葉を聞いた僕は全然嬉しくないのだが、結月はガッツポーズをしていた。
気を遣ってくれた言葉には違いないのだろう。それに、その言葉には悪意が無いように見えるので、返す言葉が出てこない。
なので話を切り上げる。
「勘違いしないで欲しいから言っておくけど、僕は早撃ちじゃないからね」
「ふーん」
結月は微笑ましいものを見るときの顔をしていた。
この顔は信じてないな。
「聖域への侵入は成功したわけだから帰るぞ」
僕はそう言って成人向けコーナーを出ようとする。
だが、結月は僕を腕をつかんで引き留めた。
「せ、折角なんだしさ。一緒に見てこうよ?」
僕が振り返ったのと同時に、結月は少し裏返った声でそう言った。
その時の結月の顔は恥ずかしさからか、耳まで真っ赤に染めていた。同時に好奇心に満ちた眼をしていた。
滅茶苦茶可愛い。
血の繋がった実の妹だが、そう思ってしまった。
他人が見たらこの光景はどう捉えるのだろうか。
女子同士が十八禁コーナーでイチャイチャしているのは、一部の過激派が見たら事案、もしくは「この後むちゃくちゃ○○した」というコラ画像が作られそうだ。
「――で、一緒に着いてきてくれるの、お兄ちゃん?」
恥ずかしさを抑えた声で結月は催促してくる。
「着いていくよ」
男の性なのか、男が廃るとでも思ったのか、この後のことを考えるよりも先に僕はそう言った。
「やった! それじゃ探索開始だね!」
無邪気に、それこそ年相応の笑顔を浮かべながら結月ははしゃいでいた。
だけれども、大人の聖域付近での喜び方ではなかった。
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