水虫気にしすぎ君
入店すると、中毒性のある独特な音楽がより鮮明に聞こえてくる。
普通のスーパーのように流行り物の音楽が流れるのとは違って、お店の公式BGMはなぜだかはわからないが、購買意欲を掻き立てる何かがある。
その曲をバックに当てもなく、店の出入り口付近でただずんでいると、結月が声をかけてくる。
「嬉しいのはわかるけど、そんなに急がなくても良いじゃんかー」
「僕は何か恥ずかしくなっただけだからな」
自分で言ってから気が付いたが、これが結月が僕をツンデレと勘違いしている原因ではないか。
さっきの僕の台詞が「○○だけだから」で終わっている辺りが、テンプレート的なツンデレキャラではないか。
「わかったって。ま、先に見るのは靴からだよ」
僕が一人勝手に、思考を巡らせていると、結月が先に口を開いた。
服を買う買わないの話をしていたのに、突然として靴という単語が出てきて、僕は思わず目が点になった。
「勘違いしないで欲しいんだけど、靴って言ってもスニーカーじゃないからね。サンダルのことだから」
僕が話すよりも先に、結月は言葉を繋げる。
それを聞いた所で僕の脳内には「なぜ靴」という思いが「なぜサンダル」に変わった程度で、大した変化はなかった。
「その顔はサンダルを買う理由がわからないと言った様子ですね」
話の通じ無さを実感してか、結月が気まずそうにしながら話題を振ってくる。目線を合わせてくれないのが、気まずさをより加速させている。
気まずいから、と言う理由で黙り込んでいるわけには行かないので、僕は声を出してみることにした。
「理由をお教えください、マイ、シスター」
少しふざけてみる。
普段通りに返すと、僕のコミュニケーション力の無さが溢れんばかりにほとばしってしまうので、それを気にして出てきた言葉がこれだった。
「じゃあ、売り場に向かいながら理由を話すことにしましょう」
答えをもったいぶるようにして結月は歩み始める。
僕の言葉に真面目な反応をするのではなく、聞き流してくれたのは及第点でいいだろう。
足並みを揃えて、僕が結月の横に並ぶと、サンダルの購入理由について話しを始める。
「サンダルを買う理由は至ってシンプル。今のお兄ちゃんに合うサイズの靴がないからだね」
そんな当たり前の事実をもったいぶって言う程か、と僕は思った。
でも、サイズが合わないと言っても、僕の足が小さくなっただけなので、別にサンダルが大きくても、なんら問題は無いと思う。
それに折角、買うのならサンダルでなくても良いような気もするのだが。
「買う前提で話が進んでるけど、靴が大きいだけで、中敷きとか、新聞紙とか入れれば履けるし、わざわざ買わなくてもいいんじゃないか?」
「確かに、それもありだとは思うよ。メンズシューズを履く女の子も良いと思うしね。でもね。折角なら新しい靴を履くのも良いんじゃないかなーって思ったわけだよ」
納得はする。
足は第二の心臓と言うのを聞いたことがあるからな。
そんな大切な場所に、ただでさえ歩行というストレスを与えているのだから、労ってあげた方が良いのかもしれない。
「それに、合わないサイズの靴を履くのは医学的によろしくないってテレビで言ってたような気がするし?」
結月が僕の考えていることを読み取ってか、言葉を繋げてくる。
なんで疑問系で話しているのかはさておいて、自分の身の丈に合った靴を履く利点は、僕の中では出たので出たので靴を買う気にはなった。
「靴は買おうと思うよ。でも、なせ、サンダル?」
だが依然として、靴を買うからと言って、数ある靴のジャンルの中からサンダルがチョイスされる理由がわからない。
「そんなの簡単だよ」
結月はそう言って僕の前に立ちふさがる。
恋愛シーンでよく見る光景だが、妹にされるのはあんまり嬉しさを感じない。
ひょっとしたら、僕が見上げなければならないからなのかもしれないが、真相は依然として不明なままだ。
「服はシェアできても、靴はサイズが違うからできないでしょ?」
思ったよりもまともな理由だった。
勝手にしょうもない理由と決めつけていただけに、申し訳ない気持ちになる。
「ひょっとして、お兄ちゃん、私がつまらないこと言うと思ってたでしょ?」
「オモッテナイッスヨー」
「その棒読みは思ってるね」
ぐうの音も出ませんとも。
少しでも結月に会話継続の時間を与えてしまい、言葉が数珠つなぎに出てきた。
「海に行った時、他人のサンダルを借りたら水虫が――って言う水虫気にしすぎ君だって思ったでしょ?」
ニッチな例えだがわかる、その気持ち。
絶対的に、水虫を気にした方が良いことはわかるし、良い心がけだとは思うのだが、友人もしくはクラスメイトという間柄で、そのことをいちいち言ってくる人が周りに居ただけに納得してしまう。
「まあ、ちゃんと話すと、靴だとお兄ちゃんが元に戻ったときに履けなくなっちゃうけど、サンダルならギリギリ私も履けるかなーって思ったからだね」
最後に、もっともらしい理由を結月が付け加えたところで靴売り場へ到着した。
「お洒落は足からだよ、お兄ちゃん。一緒に選ぼう?」
にこやかな笑顔を結月は浮かべていた。
この笑顔はデートじゃなければ見られないくらいの、愛おしさがあって兄ながら、守ってあげたい欲がより強く感じられた。
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