パンツソムリエ
パンチラは拝んでも嬉しくない、という兄妹共通の考えを共有することができてしまった。
お互いに何とも言えない数十秒の時間が流れる。
「さて、パンツ選ぼうかな」
気を取り直して、僕はそう呟いてみた。
肉体は女子だからと言い訳はできるが、精神面が男子の僕がパンツを選ぶと言うのは変態ではないか、と改めて感じる。
そんな事を気にすることもなく、結月は会話のキャッチボールをしてくれる。
「そだね。お兄ちゃんがパンチラしても大丈夫そうなのを探すよ」
「パンチラする前提なんだな……」
「当たり前でしょ。あの国民的アニメでさえ、いつもパンチラしてる人がいるんだから」
返答に困ることを結月は自慢げに言う。
適当に相槌を打って、僕はパンツを選ぶことにした。
兄妹で二人暮らしをしているので、結月の下着を触ることはもちろんあるのだが、売り物のパンツを触るのは妙に新鮮みがある。
今更だが、女性用パンツってどれも同じに見えてくる。普通のパンツ以外に思いつく種類がTバックくらいしか記憶にない。
女性パンツを興味深く触る僕の姿は、他人が見たらどのように感じるのだろうか。
いくら見た目が女子だと言っても、念入りに触る姿は間違いなく、変態と思われているだろう。
一人で勝手に萎えていると、結月が話し掛けてくる。
「聞き忘れてたけど、スタンダードで良いよね?」
「スタンダード以外に何があるかわからないから、それでいいよ」
はいよーと結月が軽い返事をして、再びパンツを物色をし出す。
そして直ぐに結月は白色のパンツを二着、探して僕に手渡してくる。
「もう一着あるけど、これはスタンダードじゃないんだよねー」
そう言って更に追加でパンツを手渡してくる。
渡されても僕はパンツソムリエではないので、質感以外には違いがわからない。
ボーッと僕はパンツを触っていると、結月が話し掛けてくる。
「最後に渡したのはローライズって言うやつだよ」
結月がそう言ってからローライズなるパンツを眺める。
「少し小さい?」
「浅めのパンツだからね。よくコスプレイヤーが着てるよ」
へぇ、と雑な相槌を打っておく。
結月がコスプレイヤーの下着事情を知っている事実について、深く言及したかったが、話がそれそうなので無視をしておく。
「浅めのパンツってメリットがあんの?」
無難にそう訊いてみる。
女性用下着の種類がどれだけあるのかはわからないが、何かしらのメリットがあってローライズを履いているのだろう。
「うーん。メリットかはわからないけど、エロくなるよ」
考えた素振りを見せて、結月が出した答えは思春期らしい回答だった。
さすがにエロい下着を兄――身体は女子だけれども、身内に勧めてくるのは違う気がする。
「ほ、ほら、お尻の割れ目が少し見えてる水着ってあるじゃん? それがこれだよ!」
僕の顔が引きつっていたのか、結月は声を裏返らせながら言葉を繋げる。
余計に会話のキャッチボールがしづらい。
だからと言って、無言の時間を作ると気まずさが加速する気がする。
こう言うときにコミュニケーション能力が欲しいと強く願った。
「なんで僕に半ケツになるパンツ勧めてきたんだ?」
僕の頭の回転速度を生かした結果がこれだった。
質問攻めばかりで、これは会話ではないと思い、僕は勝手に嘆く。
中学で僕が読書中、頼んでもいないのにサッカー部が絡んできて質問攻めにしてきたことを思い出してしまう。
「昨日も言ったけど、お兄ちゃんはお尻がエロいから……じゃダメだよね。うん。聞かなかったことにして」
そう言って結月は僕からローライズを取り上げて元の売り場へと戻した。
残る二つのパンツを僕は触りながら、どちらを買うか吟味する。
違いがわからねぇ。
肌触りは若干違う程度だし。
両方、色は白だし。
そう感じてしまったら、僕の感情は中々動かないので直感で選ぶことにした。
「残ってる二つの説明を――って思ったけど、それにしたのね」
どこか嬉しそうに結月はそう呟いた。
詳しい理由はわからないが、その顔は一切の下心がなさそうだった。
「結月は何か欲しい服とか無いの?」
「え? 私?」
僕がそう言うと、結月は驚いたようにしていた。
パンツ選びの時よりも深く考えているように見える。
「今日一日、お兄ちゃんとデートできるだけで私は満足だよ」
はにかむ笑顔だった。
恥ずかしいが嬉しい。
そんな近くて遠い感情が交じり合った表情だった。
血の繋がった妹じゃなければ恋に落ちてしまいそうなくらいに可愛い。
「ささ、お兄ちゃん次のお店に行くよ。今日はデートなんだから私を満足させてよ」
結月はそう言って、足取り軽くレジへと向かった。
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