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女性下着売り場の前を通ると気まずい

 結月のインターネット上の交友関係は深く詮索しないことにした。

 そう言えば、結月の持っている漫画のいくつかに男の娘漫画があった事を思い出す。

 だからどうした、と言われればそれまでなのだが、僕の中では納得したことにする。

 そうでもしないと、いつまでたっても服を買えないような気がするので、仕切り直しの意味を込めて僕から話を振る。


「そろそろ選ぶのをお願いしても良いかな?」

「そうだね。今日は他にも行く所あるし、巻いてくよー」


 結月も会話のキャッチボールに乗ってくれた。

 下着はただの布の精神と男なら潔くの精神を大切にして、女性下着を見ることにする。


「パンツだけど、どんなのが良い?」

「どんなのと言われましても……」


 女性経験のない男子に聞くなと内心、叫ぶ。

 今の僕の知識だと、下着はボクサーとブリーフ、トランクスしかわからない。

 気まずい無言の空間が店内を覆ってしまう。本当に店内には誰もいないんだ、と感じてしまう。


「チェリーのお兄ちゃんに聞いたのが間違いだったよ」


 落胆した様子で結月がそう呟いた。

 気を取り直して、と言わんばかりに結月は言葉を続ける。


「とりあえず見ながら決めよっか」


 冷静に結月はそう言った。

 それが一番良い気がするので、自分で探してみることにする。

 とは言ったものの、どこに目をやっても女性用下着があると言うのはどうも気まずい。ショッピングセンターにある女性下着専門店の前を通るだけでさえ、なんとも言えない気持ちになるのは僕だけではないと信じたい。


「これなんてどう?」


 僕の気持ちを知るよしもない結月はそう言って、僕の評価を聞こうと下着を見せてくる。

 まともに服すら買いに行ったことのない人間に、評価を聞こうとすること自体が間違っていると思う。

 なので素直に応えることにした。


「どうって言われてもね」

「何かあるじゃん。セクシーとかエロいとか」


 全部下心じゃん、っと内心思っておく。

 世の中の女性がどのように下着を選んでいるのか、昨日まで男だった僕がわかるはずもない。彼女がいたら経験があるのならば、話が変わってくるのだろうが、無いものの話をしてもどうしようもならない。


「薄い水色だね」


 僕の情けない言葉を聞いた結月は落胆した様子だった。ジト眼なので引いているようにも見える。


「切り口を変えよう、お兄ちゃん」


 結月のよく使う構文で話を仕切り直す。


「お兄ちゃんが好きなパンツの色は何?」


 考えが変わった結果、僕の趣向をカミングアウトをしなければいけなくなってしまった。

 僕も男子だから、好きな女性下着の色はある。

 でもそれは、僕の性癖な訳であって、自分がするのとは訳が違うと思うのだ。


「話を変えるよ、お兄ちゃん。下着は自分が着て一番グッとくるのを選べば良いよ」


 サムズアップをしながら結月は僕のことを見てくる。


「そう言われてもな……」

「冷静に考えてみて。今のお兄ちゃんは女の子なんだよ。お兄ちゃんの癖を100パーセント出しても嫌がらない女の子が目の前に居るんだよ」


 スイッチが入ったかのように結月は、物凄い熱量で語り出す。

 確かに、結月の言い分にも十分同意できる。

 男に戻れた時このことを考えると、女体化している今のうちに、自家発電用の写真を量産することで、擬似的な自給自足ができるのはありだと思う。

 口ごもっていると、結月が熱量そのままに語り続ける。


「それに、お兄ちゃんはゲームでよく女の子のキャラを使うじゃん?」

「それは……キャラメイクで好みにできるし、見た目が良い装備が多いか――」

「じゃあ、現実でも着せ替えができるようになって良かったじゃん」


 話の筋は通っている気がする。

 ぐうの音も出ない。

 僕は既に戦意を喪失しているのに、結月は追い打ちをかけてくる。


「お兄ちゃんが自分で選ばないなら、もう一つの方の店に行って私が選んであげるけど?」

「大丈夫です。自分で選びます」


 結月の趣味で選ばれるのは、僕の貞操概念が乱れる事が容易に想像できる。

 それだけは何としてでも避けたいので、僕は真面目に下着を選ぶことにした。

 結月が言うに、今の僕が着て一番似合っているのを素直に選べばいいわけだ。


 少なくとも、一つだけ心に決めていることがあるとすれば色は黒だ。

 だが、女体化した僕の胸を考えると、合うサイズのブラジャーがない気がする。

 着けるとしたらブラジャーという括りではスポブラしかないと思う。


 でもそれは味気ないと思うのだ。

 今の僕の容姿を客観視すればロリに分類される。

 前に見たアニメで、ロリキャラがワンピースみたいなインナーを着ているシーンがあったことを思い出す。


「ねぇ結月」

「どしたーお兄ちゃん?」

「ワンピースみたいなインナーってある?」


 僕のその言葉を聞いた結月が、目を丸くして僕の顔を見つめてくる。

 しくじったかな、と思った刹那。


「キャミソールだね! こっちにあるよ!」


 しくじって顔を見てきたのではなく、嬉しくて動きが止まったようだった。

 家では見せない笑顔で結月が僕を案内する。

 兄として、妹の笑顔が何よりも嬉しい。

 自分がシスコンなんだと感じながら、売り場を移動した。

読んでいただき、ありがとうございます。

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