パーカーしか持ってない
ある程度、掃除機で僕のベッドのゴミを掃除したところ、結月は何かを思い出したかのように動きを止めた。おもむろに掃除機のスイッチを切ってポケットから小さい圧縮袋を取り出す。
「いきなりどうしたんだ?」
不審な行動に僕も動きを止めて聞いてみる。
結月には変態行為の前科がある以上、僕は必要以上に反応してしまっているのかも知れない。
「明日、病院行ったときにDNA鑑定をしてもらいたいから髪の毛を取っておこうかと思ってね」
そう言って結月は淡々と僕の体毛を数本、手にとって袋に入れる。
「するかはわかんないけど、するってなった時の事を考えるね」
嫌がる素振りすら見せずに結月は黙々と手を動かしている。
確かに、もしDNA鑑定をするとなったら男の時のDNAが必要になるかも知れない。
しかし、なぜDNA鑑定をしなければならないのかがイマイチ僕にはわからなかった。
そんな僕の表情を見て察してか結月は話を続けた。
「何でDNA鑑定をするかわかんないって顔をしてるね、お兄ちゃん」
「まあそりゃ……ね」
もっと良い返しがあったはずだ、と自分が言った台詞に心の中でツッコんでしまう。
事実なのだけれども、こう……ちゃんとした返しをすれば中学校の卒業式でも友達と一緒に写真を撮っていたのだろう。
そんな僕のたどたどしさを気にせずに、結月は会話のキャッチボールを続けてくれる。
「よく刑事物で本人確認でするじゃない? 昨日も言ったけど、お兄ちゃんが女の子になったって言ったら精神面に病気があるって思われちゃいそうだから、その時の証拠として提出しようというわけさ」
自慢げに結月は腕組みをしていた。
備えあれば憂いなし、とことわざにあるので、男の時の毛を取っておくのも悪くないだろう。
結月は毛を袋に入れるときに集めた抜け毛を集めて話をし出す。
「話は変わるんだけど、お兄ちゃん童顔なのに意外と毛って生えてたんだね」
「そんな風に一カ所に集められるとそう思うけどさ。昨日も同じ話をしなかったか?」
僕がそう聞き返すも、結月はワシャワシャと一カ所に集めたムダ毛を触っている。まるで小動物でも触っているかのように一点を見つめている。
毛の質感的に結月もその毛がどこの部位に生えていたかはわかっているはずだ。
その僕の心の声が届いたのか結月が僕の顔を見つめてくる。
「僕の顔に何か付いてるか?」
「何も付いてないけど、ちょっと考え事」
そう言って結月は立ち上がった。
ほんの少し間を開けてから結月は考えていたことを口にする。
「四月から高校生になるのに生えてないって、お兄ちゃんがいじめられないかって心配になった」
それだけ結月は言って照れ隠しをするためか、再び掃除機のスイッチを入れた。
「ありがと。一旦トイレ行ってくるよ」
絶対にろくでもないことを言う、とかって気に決めつけていただけに僕は驚いてしまった。
結月に心配されたのが意外と恥ずかしかったので、トイレで気持ちを整えることにする。
僕がトイレから帰ってくると部屋の掃除は既に終わっているようだった。
その証拠に結月がクローゼットを開けて衣類の物色している。
「なにしてんの?」
「お兄ちゃんの服で着れそうなのが無いか確認してみたくてね」
よく見てみるとベッドの上には何枚かの衣類が出されていることに気付く。上着と肌着ばかりでズボンが一枚も無かった。
「こうやって見たらわかるんだけどお兄ちゃんパーカーしか持ってないじゃん!」
ふてくされ気味に結月はベッドの上に服を投げ続けている。
僕がパーカーしか着ないのは事実なので反論することができない。
「ズボンは……着れそうなのはウエストが合わなさそうだし」
「ウエストがゴムのは合ったような気がするけど」
「体格を考えなよ。いくらゴムのウエストでも今のお兄ちゃんはロリだから履けないよ」
スラッと結月は僕の心を傷つける。
確かに女体化して身長は縮んだけれども、男に対して身長の話をするのは御法度だ。元々、身長は小さい方で気にしていたので余計にメンタルが抉られる。
口ごもっている僕を気にすること無く、結月はクローゼットの中身を全て見終えたようで僕の方へと詰め寄ってくる。
結月に近づかれると女体化した今の身長の小ささを再認識させられる。結月の身長は男の僕とほぼ同じくらいだったので165センチ前後であることを考えると今の僕は150センチくらいなのだろう。
意図しない上目使いで結月の顔を見る。
「どうされましたか?」
「ここに出してる服を着てみて……って言おうかとしたんだけど……」
結月は僕のことをなめ回すように見てくる。
僕のことを吟味すること数秒後。
落胆した様子で結月は呟きだした。
「無理っぽいよね」
「……着てみないとわからないから、着てみるよ」
僕はそう言って明らかにサイズ感の合っていない服を手に取った。
この返答が意外だったのか結月は「え?」と服を片付けようとしていた手を止める。
火を見るより明らかな事をしようとしているのだから、結月の反応には十分に理解できる。
だが僕には後が無い。
今、ここで着る服が無いことが確定してしまうと、下着だけで無く衣類も購入させられそうな気がするからだ。
そんな思いが届くことを祈り、僕はTシャツを着る。
「感想を聞こうかな」
ウキウキで結月は感想を聞いてくる。
この顔は答えを知っていて聞いてくる。
僕は今のファッションを客観視してみる。
彼シャツと言うジャンルの中の彼Tの部類に入るのだろう。
シャツの丈が長いのでワンピースのようになっているのが評価が高い。これにニーソを組み合わせれば、絶対領域が発生するので男性評価が跳ね上がるだろう。
僕個人としては無しでは無い。
SNSで自撮り写真を上げればイイネが付くだろう。
一瞬、僕の心が揺らいだが一旦、冷静になる。
今ここでこの服装を認めてしまっては、ドツボにはまる気がする。
「人間、諦めが肝心だね」
僕はそう言って上着を脱いだ。
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