このロリが僕!?
実の妹が突然、女体化した兄の胸を揉み拉いたせいで物凄く気まずい。
結月も「女の子!」と断言してから、僕と目線を合わせようとしてくれない。
気まずい空気を断ち切ったのは結月の仕切り直しの一声だった。
「お兄ちゃん大丈夫? 一人で起きれる?」
「ひ、人を子供扱いしやがって。起きたいんだけど、力が入んないんだよ」
さっき結月にベットの上に押し倒されてからしばらく時間がたったが、全く起き上がれる気がしない。
病み上がりで筋肉量が減っていると言う次元ではない。物理的に女体化してしまっているので、筋肉量が減っていること自体には事実なのだろうけれども。
「もーしょうがないなぁ。起こしてあげるよぉ」
実の妹がこんなにも下心丸出しな姿を僕は初めて見た。いくら家族とは言え、身の危険を感じる。
「大丈夫だから! 自分で起き上がれるから!」
少し大声を出したら腹筋が痛かった。それでも、身の危険を感じては気合いで乗り切らなくてはならない。
痛い腹筋にむち打ち、うつぶせになって両手をマットレスに突き立てる。
「ふっーーっつ!」
力を振り絞ってみるが、生まれたての子鹿のようにぷるぷる震えるだけで上半身は一向に動こうとしない。
小動物をみるような、健気な生物をみるときの眼差しを結月は浮かべている。
「まさかお兄ちゃんに萌えるとは。さあさあ、だっこしてあげるから暴れないでね」
「さ、さわるな!」
「あぁーなんだろ。まさか、お兄ちゃんにこんなに萌える日が来るなんて」
「どこに萌えてんだよ! ってうおっ」
結月は背後から僕に覆い被さるような形で抱きついてくる。
密着度合いが高すぎて思わず変な声が出る。結月の容姿が整っていることもあり、いくら実の妹とは言ってもドキッとするのも無理は無いと思いたい。更に耳元で結月の荒々しい息づかいが余計に思いを加速させる。
背中に感じる柔らかな触感がその邪な気持ちに拍車をかける。決して大きくないながらも主張している結月の胸に思わず成長を感じてしまうのは男の性。
下心を含むときめいた気持ちの後に襲ってきた感情は結月の体重だった。うつぶせでただでさえ胸部が圧迫されているということも相まって息苦しい。
「ぐ、ぐるじい」
「ん? 体重は変わってないんだけどなー」
苦しむ兄をそのままにして結月は覆い被さったまま動こうとしない。
三人称視点で見れば、ベットの上でうつ伏せになっている女子を前傾姿勢の女子が馬乗りになって密着しているという中々、酷い画面になっていることだろう。
「そろそろ持ち上げるなら持ち上げてくれないか?」
「そだね。さすがに暑くなってきた」
密着のしすぎで蒸された背中が一気に解放されて気持ちいい。
シャトルラン後にある休憩時間のように何もする気の起きない。力も大して入らないので、このまま寝てしまいたい。
「よいしょっと」
結月は小さく合図代わりのかけ声をしながら僕を持ち上げた。
「うっわ、かっる」
素が出た声だった。抑揚が死んだようにボソッとしている。
たったその一言で僕の心は抉られた。自分でも妹に持ち上げられている事実は兄として何か大切なモノを失った気がする。
「なんか違う」
持ち上げるだけ持ち上げて結月は僕をもう一度、ベットの上に置いた。
置いて直ぐに無言で持ち直す。
「よし!」
「よし。じゃない」
「なんでさー?」
動けないからだっこしてもらっている身でこう言うのも悪いとは十分にわかっているのだが、これは違う。
僕は意図せず、結月の顔を下から見上げる形で声を出した。
「いや、お姫様だっこって違わないか?」
「一回してみたかったから良いんだよ。ひとまず、晩ご飯を食べよう」
結月は妙にウキウキだった。ライブのチケットが当選した時と同じくらいに浮かれている。
いや、待てよ。
冷静になって考えると、晩ご飯よりも先にしなければならないことがある。
「なあ、我が妹よ。ご飯より先に病院に電話した方が良いんじゃないか?」
至極当然でまともなことを言ってみる。
しかし結月の反応はイマイチでポカンとした顔をしていた。
「逆に聞きましょうお兄様。病院に電話してなんて言うつもりですか?」
「うっ。それは……」
「立て続けにお兄様。今日は何曜日で、今、何時でしょう?」
「今日は土曜日で今は……十八時」
謎の丁寧口調。そして、質問の答えを言う前に質問を立て続けにするという、図星特攻をしてくる。
「つまりお兄様。今、電話しても休日診療と時間外? 夜間診療の料金なのですよ」
思わず無言で口ごもる。
医療代金をケチるつもりは無い。だが即日、命の危険があるようにも思えないので出来れば通常料金のほうがお財布に優しい。それになんだか申し訳ない気持ちになる。
「あとお兄ちゃん応えられなかったけど、もしだよ。もし、病院に電話したとして、兄が女の子になってました、なんて言ったら頭の病院につれてかれるかもしれないじゃ無い」
真顔で結月は言い切った。
「そりゃそうだよね……うん」
男のメタファーが無くなったことよりも、妹に真顔になられることの方がショックが大きかった。
萎えた気持ちのままボーッとしていると、いつの間にか椅子に座らされていた。身長も縮んでしまったのか、脚が床に着いていないのが妙に悲しい。
「お兄ちゃん、そんなに落ち込まないでよ。病院には月曜日に私もついていくからさ」
夕食のうどんを食卓に並べ終えてから結月は話しかけてくる。
女体化してから気になっていたが、僕に対する当たりが普段とは全く違う。もともと仲は良かったが違和感がある。哀れみや同情の感情よりも、赤ちゃんや園児を見たときの優しさに近い何かを感じる。
「多分だけど、お兄ちゃんに力が入らなくなった理由は筋肉量の低下だと思うんだよ」
結月は椅子を僕の横に移動しながら自分の考えを語り出す。箸では無く、先割れスプーンを置く。
「持ってみた感覚……まって、そう言えばお兄ちゃん、自分の顔しか見てなかったね」
結月は僕が座ったままの状態で椅子を回転する。回転させられてから思ったが、そんなに軽いのか、今の僕は。
「はいはーい。お兄ちゃん、笑って笑って」
この異常事態を楽しんでいる妹が正直恐ろしい。
スマホを取り出して「はいチーズ」と言って写真を撮った。
撮った写真を確認してから僕の方へと駆け寄ってくる。
「ちょっと顔が死んじゃってるけど、はいこれ。今のお兄ちゃん」
結月の撮った写真には小学生くらいの女の子の姿が映っていた。
「服着てても写真を見ればわかると思うんだけど、お兄ちゃん見た目がJSくらいなんだよね」
結月の言うとおりだった。
椅子に座っていてもわかるくらいに身長が小さい。腕は上着が萌え袖のようになっていて正確にはわからないが、指を見るに細そうだった。脚も言わずもがな細い。華奢な身体と言う言葉がぴったりだろう。
「上も下も生まれたままの姿で見させてもらったけど、それはお楽しみって事で言わないでおくよ」
なぜだか満足そうに結月は続けて言う。
写真を改めてみてみるが、どう考えても胸は小学生……小学生の胸の大きさ事情なんて知らないから断定は出来ない。だけれども、結月よりは小さいことは見比べなくても明らかだった。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
「大丈夫って何がさ?」
「おっぱいは大きさじゃ無いんだよ」
なんてことを言うんだ、この妹は。
僕が気にしてるのは胸が小さいことでは……いや、それはさておいて、男の時にはあったものが小さくなるどころか無くなっていることを気にしているのだ。
「そ、そんな顔しないでよ。ささ! うどん伸びちゃうから食べよ食べよ!」
余程、酷い顔をしていたのだろう。
結月は急ぐようにしてうどんをすすりだした。