妖怪どこにでもムダ毛
場所は廊下で変わりないが、結月は僕の部屋の前までやってきた。
「部屋開けるよー」
「えちょっ!」
ばーんっとかけ声と共に結月は何の躊躇いもなく扉を開いた。
コミュ障じみた僕の言葉は残念ながら結月には届いていなかったようである。
「せめて断りを……」
「別に見られて困るものは無いんだしいいじゃん!」
「それはそうなんだけ――」
「何なら見せてくれても私は一向にかまわん!」
「それは嫌」
「えーケチだなー」
不服そうに結月はぼやいた。
いくら家族で兄妹だと言っても見られたくないものはある。
「さぁてお兄ちゃん。私が言ったことは覚えてる?」
唐突に結月は質問口調で僕に話しかけてくる。
僕のことを覗き込みながら話してくれるのは嬉しいのだが、なんだか顔が不穏だ。僕の直感が、良くないことを考えている。
「僕が男臭いって話だろ」
「そうなんだけどね。それは殆ど嘘なんだよね」
「え? 嘘なの?」
申し訳なさそうに結月は頷いた。
僕としては臭くないと言われたのは素直に嬉しい。
声には出さないが顔に喜びが出ていたかも知れない。
「本当の理由なんだけどね、お兄ちゃん」
言いづらそうに結月は僕とは目線を合わせないようにして話を続ける。
「女の子のお兄ちゃんってツルツルだったじゃん? あえてどことは言わないけどさ」
恥ずかしそうに結月は言った。
自分の裸を見たときに真っ先に思った事を今更言われても恥ずかしくなる。
確かに、女体化前に生えていたムダ毛に分類される体毛は抜けきっていた。それこそ、胸の膨らみが多少あるとは言え、銭湯で男湯に入れるくらいには無毛だった。
少なくとも現状では結月の方が発育している。
でも、僕の体毛事情が麻雀の白い牌だからと言って、結月が僕の部屋で寝たくない理由にはならない。
「私はふと疑問に思ったんだよ。お兄ちゃんの体毛ってどこに行ったんだろってね」
結月は探偵ドラマにありそうな台詞回しをした。
確かに、女体化したしムダ毛なんて無いだろう、と言う恋愛経験の無い男目線としては疑問にも思わなかったが、普通に考えると異常事態だ。
「そこで私は考えたのさ。女体化したときにムダ毛が抜けちゃったんじゃ無いかなってね」
ドヤっと自信満々の顔を結月は浮かべている。
一理ある気がする。
「てことはだよ、お兄ちゃん」
自信に満ちた結月はそう言いながら僕を下ろした。
「ベットの上にムダ毛が!」
意気揚々と結月はベットの上にある布団をめくった。
「ひっ!」
ホラーよくある展開に思わず声が出てしまった。
その声が女の子の悲鳴だっただけに恥ずかしさも押し寄せてきてしまう。
結月の睨んだとおり、ベットの上には僕のものだったと思われるムダ毛が散乱としていた。
身体が縮んだこともあって脱ぎっぱなしとなってしまったズボンとパンツが余計にホラー演出を際立たせてくる。
散らかったムダ毛の量を見て結月が僕の方を見て話しかけてくる。
「こうやって見るとお兄ちゃん、やっぱり男子だったんだね」
「どういう意味だよそれ」
反射的に即答してしまった。
今は女の子の身体でも、昨日までは確かに男の身体だったぞ。生えてるモノは生えてたし。
「いやね。お兄ちゃんって今では絶滅危惧種みたいな男子での僕っ子じゃん?」
「そうだけど。それがどうかしたのか?」
僕がそう言うと結月はあからさまに目線を逸らした。口走って失言をしてしまったと言うことなのだろう。
照れくさそうに結月は自分の首を触りながら口を開いた。
「僕っ子で童顔だったからさ。てっきり生えてないのかと」
苦笑いを浮かべながら結月は言い切った。
それに僕は何と反応したら良いのだろうか。
僕自身、自分の一人称が僕であることは気にしていたけれど、実の妹からそう言われるとは思っていなかった。
「僕の一人称が僕なのは変えるタイミングを見失ったからだ」
これは事実だ。
名字で呼び合っていたカップルが名前で呼び合うタイミングを見つけられずにいる感じと同じなのだ。
まぁ僕は付き合ったことは無いのだけれども。
「童顔だってムダ毛くらい生えるだろ。それに童顔って言う括りじゃ結月だって生えてない事になるじゃん」
「うっ。で、でも私は薄い――あ、でもあのロリビッチがボーボーだったし……いやあの娘はビッチだからか」
訊いてもいないのに結月は女子中学生のムダ毛事情を語り出した。
むしろ聞きたくなかった。
結月がロリビッチと言った子は、中学でちょっとした有名人であっただけに僕も顔くらいは覚えている。
その子のムダ毛事情を知ると何だろう。興奮では無くて萎えてしまった僕がいる。
結月のムダ毛事情の方が興奮してしまった僕はひょっとしてシスコンだったのだろうか。
「と、とにかくお兄ちゃん! こんな毛だらけのベットで私は寝たくないんだよ!」
仕切り直すためか結月はハキハキとした声を出す。
確かに毛だらけのベットでは寝たくない。
今から片付けると言う手もあるが夜だから掃除機を使う事には抵抗がある。
それに僕が結月のベットで寝たくない理由は無い。
もっともらしい理由を自分に言い聞かせてから言葉を返した。
「そうだな。じゃあ、今日は結月の部屋で寝るよ」
言葉にしてから思ったが、妹の部屋で寝ようとしている兄って普通に事案では無かろうか。
そう思うと罪悪感がこみ上げてくる。
「だよね! それじゃ一緒に寝よう!」
結月のテンションは目に見えた上がっていた。
そのまま結月は流れ作業のように僕を再びお姫様だっこして廊下へと出た。