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僕は男臭かったらしい

 結月がトイレにこもってから十数分が経過した。

 インターネットで女体化する病気について調べみたが、大した情報を得ることは出来なかった。

 安直に調べるだけでは創作物――特に同人誌しか出てこなかったので、これもミーム汚染の一種と言えるのだろう。


 少なくとも、女体化する病気が実在すると言うことを知れただけでも成果はあるのだろう。

 まあ、それ以上は素人目ではわからないわけで、後は専門家や医者に任せるとしよう。


「あーわっかんねぇなぁ」


 小声でぼやいてみる。

 もう一度、ソファーに寝っ転がって伸びをする。

 だからといって現状が変わるわけではない。

 男に戻れるのか、戻れないのかを考えているだけで寝れなくなりそうだ。


「あっ」


 トイレから出た結月と目が合った。満足そうにスッキリとした顔をしている。


「ちょっと便秘気味でね」


 聞いてもないのに結月は話してきた。

 顔を赤らめてはにかみながらそう言われても説得力がない。

 いや、本来なら快便宣言は少し恥ずかしがるものなのだろうけれども。トイレに入る前に僕へしたセクハラ行為のせいで信憑性がない。


「突拍子もないけど、今日一緒に寝ない?」

「本当に突拍子もないな」


 僕を襲ってきた前科があるのにもかかわらず、その台詞をよく言えたものだ。

 結月自身もそのことは十分にわかっていたようで言葉をつなげる。


「さっきは襲って悪かったって思ってる。いまは……トイレしてきたから大丈夫だから。それにお兄ちゃんのこと心配だし」


 結月は本心で言っているようだった。

 よこしまな気持ちはトイレで流してきたのだろう。


「心配って具体的にはどういうところかな?」


 僕は別に怒ってない。

 結月も僕も思春期なのだ。スケベしたい欲がないと言えば嘘になるわけだし。

 僕は単に結月が欲情した後にスッキリしてきたと言う事実に気まずいだけなのだ。

 少しの間、結月は言葉を探してから会話を続けた。


「えっとね。そもそもの話なんだけど、突然性別が変わってる事実が異常事態じゃない?」

「まあ、そうだよな」

「性別が変わったから何か身体に悪影響とかがあって、それが寝てるときにあると私が気づけないかも知れないからさ」

「ありがと。言いたいことは大体わかったよ」


 どこら辺が心配か、と聞かれれば答えにくいものだ。精神面の感情なんて、5W1Hで表せという方が難しい。頑張って表したとしても、それは絵画か音楽くらいのものであろう。


「じゃじゃあ一緒に!」


 結月は目を輝かせていた。

 妹の好反応を無碍むげにするほど僕は鬼じゃない。


「寝るよ。たまには一緒に寝るのも良いかなって」


 結月は小さくガッツポーズをしていた。

 そう言えば結月とこんなに話したのは久々だったかも知れない。


「それじゃお兄ちゃん。部屋行くよ!」

「え、ちょっ」


 そう言って結月は僕の可否を問わずにお姫様だっこをした。

 僕のコミュ障じみた断末魔が気恥ずかしい。

 お姫様だっこをされている状態で結月の顔を見るとなぜだろう。格好良く見えてしまう。


 僕の情けない声に反応して結月は顔を合わせてくる。

 一瞬でも結月が格好良く見えてしまったせいで、変に恥ずかしい。

 そんな僕の気持ちを知るよしもなく、結月は無邪気に声をかけてくる。


「お兄ちゃんどした? 顔赤いよ?」

「い、いや別に何でもないよ?」


 思わず目を逸らしてしまった。

 僕の慌てように結月は良からぬことを思いついたようで話を続ける。


「もしかしてだけど、スパッツ汚してた?」


 ここぞと行かんばかりにイケボで結月は下ネタ言いかました。

 何と答えるべきだろうか。


 汚しても濡れてもいなかった、と正直に答えることに越したことはないだろう。

 でも正直に言うのは結月を傷つけることになってしまうのではないのだろうか、と頭に過ぎる。


 かと言って嘘を付くのは今後のことを考えると悪手だろう。

 そんな僕の思いを察してくれない結月は期待の眼差しで僕の顔を見続けている。

 熱い眼差しに僕は目線を逸らしながら呟いてみた。


「襲われるのは好きじゃないです」


 汚れたか汚れていないかの問いをずらすことによってその場を切り抜けようと試みる。昔から伝わる論点のすり替え作戦だ。


 ずらした目線を恐る恐る結月の方へ戻す。

 結月は顔を上げていたので詳しい表情まではわからなかったが、気まずそうな顔をしていることがわかった。


「次はムードを――あ、今の無しで。言葉と行動の流れが良くない」

「確かに良くないな。所で僕の部屋は通り過ぎたぞ?」


 気まずい空気が流れそうだったので、僕は無理矢理話を切り替えてみる。

 実際、僕の部屋は通り過ぎている。


「何言ってんの? 私の部屋で寝るに決まってんじゃんか」


 さぞやそれが当たり前のように結月は真顔で答えた。

 それを言ったら僕の部屋で寝ること自体も正解ではないのだろうけれど。


 お互いに意識の差を感じ、時間が止まってしまった。

 こんな所で立ち止まっていてはいつまで経っても寝ることは出来ないので会話を続ける。


「なあ結月。なんで僕の部屋はダメなんだ?」

「それは簡単なことだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは気付いてないかも知れないけど、お兄ちゃんの部屋って少しだけ男臭いんだよ」

「……マジで?」

「マジで」


 結月の衝撃のカミングアウトに僕の気持ちはえた。

 そのためか、次に続く言葉を思いつかない。


「そんなに気を落とさないでお兄ちゃん。男臭いって言っても良い意味でだから」


 慌てて結月ははげましの言葉を言う。


「じゃあ、なんで僕の部屋はダメなんだよ」


 言ってから思ったが、これでは僕がねたように見えてしまいそうだ。

 結月が目線を泳がして言葉を探している辺りに申し訳ない気持ちになる。


「言葉にはしにくいから一旦、お兄ちゃんの部屋に入ってみようか」


 照れくさそうに顔を合わせないようにしながら結月は僕の部屋へと向かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] スッキリしてきたのか
[一言] そんな鴨がネギと白菜と豆腐と白滝と春菊を背負って行くみたいな真似したら、翌朝どうなることやら。 どこからともなく「昨晩はお楽しみでしたね」という言葉が聞こえてくるんじゃないか?
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