仮面の歌姫
貴方は私を見ない
貴方が見つめるのはあの娘
貴方は私の婚約者なのに
貴方が微笑むのはあの娘だけ
私は都を追われ
一人荒野をさすらう
国境の湖
子どもの頃 貴方と二人で遊んだ花畑
結婚の約束をした白い花畑
今でも夏になるとあの花達が咲き誇る
私は一輪花を摘み
貴方を思って泣くばかり
彼女の歌声を聞いてぶわりと鳥肌が立った。
劇場の光の中に彼女の甘く切ない歌声が響く。
闇の中から浮かび上がる歌姫。
すすり泣くように歌う彼女の歌声に心を抉られる。
彼女は【仮面の歌姫】
黒い羽の付いた仮面に青いドレス。
20年前に流行ったドレスを今風に粋に着こなしている。
手には白い花を持っている。
辺境に咲く【都恋草】だ。
その昔王都を追われた王女が、湖で流した涙が白い花になったとそんな伝説の花だ。
近頃この王都にやって来た隣の国の歌姫。
彼女の素顔を誰も知らない。
貴族や金持ちが贈り物をして、彼女の気を引こうとするが。
誰も彼女の心を掴めない。
彼女の歌声を聞いて脳裏に浮かぶのは一人の少女。
私の婚約者。
いや元婚約者だった伯爵令嬢。
元婚約者も彼女の瞳と同じ色の青いドレスを纏っていた。
彼女の名は……
テレジア。
オレンジの髪にアイスブルーの瞳。
妖精のような顔。
華奢な身体。
気高い高嶺の花。
何故彼女を手放したのか。
彼女を愛していたことに気づいた時は何もかも手遅れだった。
何もかもあの女のせいだ。
あのポプリ・シェイデル男爵令嬢。
忌々しいあの女は季節外れの転入生だった。
最初は物珍しさだった。
取り澄ました婚約者の嫉妬を引き出そうと言う下心もあった。
テレジアは余りにも美しすぎて彼女の心をつなぎ留めておく自信が無かったから。
その点ポプリは暇つぶしに丁度良かった。
下町育ちの男爵令嬢。
おバカなお猿さん。
私を含めて、ポプリの取り巻き達は陰で笑っていたのだ。
退屈な学園生活で騒動を起こす猿令嬢。
皆にちやほやされていい気になっている道化。
ある日ポプリが私の館にやって来た。
相談したいことがあると。
メイドにお茶を運ばせ人払いをして……
どうしても人には聞かれたくないとポプリが言い張るので。
愚かだった。
ポプリが言うにはテレジアに虐められていると。
そう訴えてきた。
馬鹿らしい。
気高いテレジアが猿令嬢に嫉妬?
嫉妬と言う感情は相手が自分より上だと認めた時に芽生えるものだ。
お前のどこがテレジアに勝ると言うのだ?
私と猿令嬢との事を勘違いして嫉妬してくれたのか?
だとしたら嬉しい。
思わずにやけそうになった。
私は紅茶を飲んだ。
記憶がぶつりと途切れ。
気がつくと裸でベッドにいた。
ポプリも裸だった。
悲鳴が聞こえた。
ドアが開いていて。
「テレジア様いけません!!」
侍従のトマの声がして。
テレジアが立っていた。
テレジアはバックの中から鋏を取り出してポプリを刺そうとした。
私は慌てて止めようとしてテレジアに刺された。
ぼたぼたと血が滴り落ち。
「ああ……違う……こんな……嘘……嘘……いやー!! 目を開けて!! こんな私はなんて事を……」
最後に見たのは彼女の泣き顔だった。
大丈夫だから泣かないでくれ。
大したことではないから。
だから……泣かないで笑ってくれ。
そう言いたかったが。
私の意識は闇に飲まれた。
私が意識を取り戻したのは6ヵ月後だった。
目覚めると。
両親が事故で亡くなってからずっと領地を管理していてくれた叔父が側にいた。
「気が付いたか。良かった。本当にひどい目にあったな」
「おじ……さん……俺は……」
喉がカラカラで声が出ない。
起き上がろうとして眩暈がした。
「まだ毒が抜けていない。無理はするな」
「毒?」
私は鏡に映るやせ細った姿に愕然とする。
「俺はいったい何日眠っていたんだ!!」
「6ヵ月だ」
「テレジアは……テレジアは何処にいるんですか?」
叔父は言いづらそうに答えた。
「お前の意識が戻らぬ1ヵ月後裁判で国外追放になった」
「えっ? 何故ですか?」
私は間抜けな声を出した。
「お前を刺したからだ。伯爵令嬢とは言えユーリ侯爵を刺せばただでは済まない。おまけにお前はずっと意識不明の重体だった。伯爵家は彼女と縁を切った。彼女はただの平民になり……平民の女が起こした事件だ。温情は無かった。死刑で無いのが救いだったが……」
「彼女は悪くない!! 私が愚かだったんだ!! 国外追放なんて体のいい死刑じゃないですか!! すぐ死ぬか。ゆっくり死ぬかの違いでしかない!!」
「いや……お前も彼女も嵌められたんだ」
「嵌められた……そうか!! あの糞女!! 俺に眠り薬を盛ったな!!」
叔父は痛ましそうに私を見た。
「ポプリ男爵令嬢は子供を産んだ。男の子でお前の子供だそうだ」
「はぁ? いやいや可笑しい。あの時薬を盛られて事に及んだとしても6ヵ月じゃ生まれない。大抵は死産だ」
私は叔父の顔を見た。私と同じ髪と瞳の色。父と叔父と私は本当によく似ている。
「そうお前の子ではない。ユーリ侯爵家の血を引く者は例外なく金髪に赤い髪が一房混じっているメッシュでオレンジの瞳だ。ポプリ男爵令嬢の産んだ子は黒髪にブルーの瞳だった」
「トマ……?」
「そう。トマが父親だ。トマとポプリは愛人関係だった。子供が出来たと知ったとき今回の狂言を思いついたそうだ。お前の友人達も協力してくれたそうだよ。母親に似たら言い逃れられると思ったらしい。猿並みの知能だ。トマは最近雇ったから一族の血を引くものは皆金髪赤毛のメッシュでオレンジの瞳になると知らなかった。侯爵家乗っ取りは重罪だ。お前を薬でずっと眠らせて殺すつもりだったようだしな」
「クロノスやエドが? ずっと友達だと思っていたのに」
私には幼い頃からの幼馴染がいた。
クロノス・イエガーは魔導師長の息子で、エド・グレイは騎士団長の息子だ。
「クロノスはお前の魔術の才能に嫉妬していたそうだ。エドはテレジアの事が好きで婚約破棄になればテレジアが手に入ると愚かにもそう考えていた」
「二人はテレジアにお前がポプリ・シエイデル男爵令嬢に惚れていると嘘八百を吹き込んで、あの日もみんなでグルになって仕組んだ」
「テレジアは!! 探さないと!! 彼女を見つけないと……」
ベッドから起き上がろうとする私を叔父は押し留めた。
叔父は憐れみの視線を送ると首を振る。
「彼女が追放になった後。お前が目覚めなくて彼女が鋏に毒を塗ったのかと思って聞き出すために探したんだよ。睡眠薬を盛っていたのはトマだった。クロノスが自分で調合した睡眠薬だ。医者はエドが手配したやぶ医者だったよ。彼らもあせっていたんだ。こんな大事になるなんて思ってもみなかったんだろうな。まさか淑女の鏡だったテレジアがお前を刺すなんてとんだ誤算だったらしい」
「あいつらは今何処に?」
「クロノスとエドは勘当されて行方不明。トマとポプリは牢獄にいる」
私が目覚めて3ヶ月後トマとポプリは処刑された。
一度だけポプリに会いに行った。
地下牢にあの女は居た。
シエイデル男爵家は叔父と私が全力で潰したから、あの女はただの平民だ。
「私は悪くない!! あの子は貴方の子よ!! 信じて!!」
醜いその女は嘘に噓を重ねる。謝罪の言葉も無いのか。
猿は所詮猿だった。
お前たちのせいでテレジアが破滅したのに。
私はポプリが産んだ子が辺境の教会の孤児院に引き取られ、そこで農夫として生きていくことになると告げた。
まだ何かを喚いていたが。
私には発情期の猿がギャーギャー言っている様にしか聞こえなかった。
その後、必死に探したが……テレジアもクロノスもエドも見つからなかった。
私はクロノスとエドに怨み言を言うことも、テレジアに謝る事も許されないのか……
私はその後結婚もせず。
叔父の子供を養子に迎えた。
私に何かあってもユーリ家が絶えないように。
私は白い花束を持って歌姫の部屋をノックする。
白い花……【都恋草】王都でも中々手に入らないが。
私の館の温室には咲いている。
テレジアが好きだと言った花だ。
20年以上前の事だが。
国境付近の別荘からこっそり湖に行ったことがある。
テレジアが【都恋草】を見たいと言うから。
夜中にこっそり抜け出して。
月の光の中幻想的な景色だった。
綺麗とテレジアは呟いた。
でも煌めく湖よりも揺れる白い花よりも。
テレジアが一番美しかった。
愛していると言えば良かった。
後悔しか私には残されていない。
ドアが開きメイドが私を招き入れる。
噎せ返る花の中に仮面の歌姫が鏡に向かって座っていた。
まだ黒い羽の仮面を付けたままだ。
ファンからの花が控室に溢れている。
「私はジェイド・ユーリ侯爵と言う。突然楽屋に訪ねてすまない。実は君に尋ねたいことがあるんだ」
「どうぞお座りになってユーリ侯爵様」
彼女は優雅に立ち上がると椅子を勧める。
先ほどのメイドが紅茶を運んでくる。
「それで尋ねたい事とは何でしょうか?」
「君の母親の名はテレジアと言わないだろうか?」
縋る様な思いで私は尋ねた。
どうかどうかテレジアが幸せに生きている様に。
私以外の男でもいい。彼女が笑っていればいい。
「いえ。母の名はマリアンナと言います」
するりと歌姫が答える。
「そうか……すまない。君があまりにもテレジアに似ているものだから。彼女の娘ではないかと勘違いしたようだ」
「そのテレジアさんとユーリ侯爵様はどういったご関係なのですか?」
「ああ。彼女は私の元婚約者でね。最愛の人だった。20年も前の事だ」
「愛してらっしゃるのね」
「ああ……愛している。今も昔も」
「その方は貴方に愛されて幸せですね」
「いや……私は彼女を不幸にした。謝る事すら許されない」
「この花は……【都恋草】ですね」
「ああ。テレジアが好きな花でね。辺境の地にしか咲かない。特別に温室で育てているんだ。数少ない私の趣味でね。君の花は造花かい?」
「ええ。今の季節温室でなければ咲いていませんから」
「あの歌は誰が作詞したのかな? あまりにも僕たちの状況に似ていたから、勘違いした原因の一つでもある」
「そうなんですか? 作詞したのは私ですが。よくある話です。ほら【都恋草】の伝説のお姫様も妹に婚約者の王子様を取られて都から追い出され修道院に行く途中あの湖で入水自殺したって言う。他にも王子が差し向けた暗殺者に殺されたとか……」
「随分物騒な伝説があったんだね。知らなかった」
「ここは王子の国ですから不都合な事は握りつぶされたとしても不思議じゃありません」
「そうだね。他国の方が正しく伝わっているのかも知れないね」
「どうぞ」
小柄なメイドが紅茶を置く。
いい香りだ。落ち着く。
【都恋草】の香りがする。
【都恋草】は鎮静作用があってポプリにも使われる。
私は紅茶を飲んだ。
「なんだ? すごく……ねむ……い……」
ずるずると体がソファーに沈み込む。
歌姫は仮面を外した。
愛してやまないテレジアの顔があった。
「テ……レジ……ア……?」
「ああ……知ってますか? お姫様の伝説にはもう一つあって実はお姫様は人喰い魔族だったって言う……あら? もう眠られたんですね」
歌姫は愛おしそうに男の顔を撫でた。
メイドがガタガタと震えている。
「お前も驚いたでしょう。まさかお前の両親の話が出てくるなんてね~」
歌姫は妖艶に微笑む。
メイドはトマとポプリの子供だった。
辺境の地で農夫に引き取られろくにご飯を与えられずガリガリの子供で、背も伸びなかった。
常に暴力を振るう農夫の顔色を伺い、部屋の隅で小さくなっていた。
そんなある夜。彼女が現れた。
「お前の両親は死刑囚で侯爵様を殺そうとして捕まったんだ。お前には罪人の血が流れているんだ!! これはお前の為の躾だ!!」
そう言っていつも殴っていた農夫。農夫の妻は娘を連れて実家に帰ってしまった。
だからいつも男に殴られるのは少年だけだ。
そんなある夜。
歌姫が現れた。そして……酔いつぶれた農夫に忍び寄るとバリバリと農夫を食い殺した。
子供は震えて見ていた。
部屋の隅で震えている子供に気付いた魔族は気まぐれで子供を連れて行った。
メイドとして。
もしも正体がバレて体を失ったら、少年の体をスペアにするつもりで。
「不思議な縁ね」
歌姫は笑う。
「私があの湖に封印されてもう僅かで消えると言う時にテレジアが現れたの。彼女はボロボロで傷だらけだった。運よく処女だったからテレジアの死体に憑りつくことができた」
それにしても不思議ねと歌姫が笑う。
この男は私を封印した王子にそっくり。生まれ変わりではないのにね。
そう言えばテレジアの顔も王子の婚約者の姫にそっくり。
王子と王女の子孫なのかしら?
2000年前には魔族と人間が戦争していたのよ。
今ではおとぎ話になってしまったわねえ。
ニンマリ笑い、震えるメイドに声を掛ける。
「さっさとその男を衣装箱に詰めて屋敷に帰ってゆっくりいただくわ」
メイドは言われるままに侯爵を箱に詰めた。
「この間食べた魔導師も美味しかったし、10年前に食べた騎士も美味しかった。罪悪感に恋に染まった人間は美味しい。きっと彼も凄く美味しいに違いないわ」
夜の都の中をガラガラと馬車が行く。
侯爵が衣装箱に詰められていることを誰も知らない。
~ Fin ~
~ 登場人物紹介 ~
★ テレジア・ノイス伯爵令嬢 (17歳)
幼馴染のクロノスとエドに婚約者がポプリ・シエイデル男爵令嬢と恋仲になったと噓を吹き込まれ続ける。そして罠にはまりジェイドとポプリが裸でベッドに居る所を目撃して逆上し、ポプリを護身用に持っていた剪定鋏で刺そうとしたが誤ってジェイドを刺してしまう。
伯爵家からは縁を切られ国外追放になり行方不明になる。
★ ジェイド・ユーリ侯爵 (38歳)
テレジアの婚約者だった。友人達に嵌められてテレジアとの仲を裂かれる。
テレジアが行方不明になった後、婚約もせず結婚もしていない。叔父の子供を養子にしてユーリ侯爵家を継がせる。今でもテレジアを探している。
★ ポプリ・シエイデル男爵令嬢 (17歳)
ジェイドの侍従とできていた。平民から男爵家に引き取られ男爵令嬢になる。
自分では天真爛漫さが貴族令息に人気があると思っていたが、ただの珍獣扱い。
ジェイドもクロノスもエドも陰で猿令嬢と嘲っていた。
ジェイドはテレジアの嫉妬を得る為に、クロノスはジェイドに痛い目に遭わす為に、エドはテレジアと婚約破棄させる為に駒として使う。
トマの子をジェイドの子と偽りユーリ侯爵家乗っ取りがバレて処刑された。
★ トマ
ジェイドの侍従。恵まれたジェイドに嫉妬していた。ジェイドに近づく令嬢達に会わせてやると関係を迫る。まんまと引っかかったポプリが妊娠したのでユーリ侯爵家乗っ取りを計画する。
クロノスが作った睡眠薬を使いジェイドを罠に嵌める。紅茶に薬を盛ったのはこいつ。
ジェイドの叔父に悪事を暴かれる。処刑された。反省も後悔もしない男。
★ クロノス・イエガー (19歳)
魔術師団長の息子で次男。
ジェイドとテレジアの幼馴染。魔術の才能があるジェイドにコンプレクスがあった。
ジェイドがテレジアに振られたら笑ってやろうと言う軽いノリで罠に嵌めたら大事になり。
ジェイドの叔父に悪事がバレ親に勘当された。その後行方不明。
★ エド・グレイ
騎士団長の4男。テレジアに惚れていた。婚約破棄したテレジアは傷物になるから自分の物になるだろうと罠に嵌めたら、テレジアが殺人未遂で国外追放になる。悪事がバレて家から縁を切られ行方不明になる。
★ アダム・ハメット (62歳)
ジェイドの叔父。妾腹の為母親のハメットの名を名乗っている。
当主になるよりも裏で操るのが好きなタイプ。
名探偵な叔父さんはジェイドが意識不明で倒れている間に真相を突き止めポプリとトマを牢屋にぶち込んだ。クロノスとエドは実家が縁を切って逃した。おしゃべりな奥さんと子供が男の子が3人と女の子が2人いる。後に長男が侯爵家の養子になる。後の子は探偵事務所を経営している。
★ 歌姫 (?歳)
死にかけのテレジアに乗り移った魔族。2000年前多くの魔族は滅ぼされ封印された。
恐らく最後の魔族。吸血鬼の様に下僕を増やせない。死にかけの人間に乗り移れる。
メイド青年はスペアとして連れている。クロノスとエドは歌姫がテレジアではないかと疑い近づいてきたので美味しく頂いた。
★ メイド (20歳)
ポプリとトマの息子。栄養失調の為背が低く瘦せている。
歌姫に下僕兼スペアとしてこき使われる。
洗脳されてて逃げれない。
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2019/2/20 『小説家になろう』 どんC
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最後までお読みいただきありがとうございます。
『東京ゲゲゲイ』の『愛のフルコース』を聞きながら書いたらこんな作品になっちゃたよ。