別行動
しばらくの沈黙の後、国王は深く頷いた。
「それがいいじゃろう」
「陛下!」
「勇者を処刑せよと申すならお主らも死ぬことになるぞ?」
「こんなやつの言うことをきくのですか!?」
「勇者が言わずとも、他国がそれを求めるじゃろうな。被害は何人くらいかの?」
国王の言葉は淡々としていた。
尋ねられた側近の男もまた無表情に淡々と返答した。
「この部屋の騎士たちを全員処刑しても足りないでしょうね」
「な!」
「闇落ちを召喚した挙句、隠蔽のために処刑…この事実が他国に知れたらどうなると思いますか?召喚失敗の責で魔術師を何人か差し出すことになるでしょうね」
煩い騎士どもを冷たい視線で一瞥しすると、さらに丁寧に説明を続けた。
「闇落ちとはいえ他国にとっては貴重な損失だと騒がれるのは確実です。他の国を騙しただのと言われればこちらも誠意を見せねばなりません。そうなったらどうするのです。陛下の首1つ差し出せば済むとでも?そのような事態になったら私は真っ先にあなた方の首を差し出しますので覚悟してくださいね」
説明は丁寧なのだが、目が本気で怖い。
実際には側近の言う通りで、下手なことをすればそれを理由にこの国より有利に立とうとする人間に隙を見せることになる。いくら各国総意で勇者召喚の地に選ばれたといっても、気に食わない人間はいるのだから。
「し、しかし、闇落ちを自由にするなど、それこそ大変なことに」
「仮に、なぜ公表しないかと問われたとしても闇落ちを理由にできますし、他の勇者と離してあるのは災いを懸念して、好きに動かせているように見せて実は裏で仕事を頼み、暗躍してもらっているとでも言っておけばいいでしょう」
はい、論破。側近さんありがとう。
「チヒロ様には護衛兼監視が付きますがそこは我慢してください。場合によって協力を要請する場合もございますが、基本的にご自由に行動していただいて構いません。ただ、できれば戦いの訓練は疎かにしない方がご自身のためかと。あとは…金銭面、生活面で困ったことがあればこちらで支援いたします。それでよろしいですね、陛下」
「うむ」
監視くらいは想定内だ。最悪無一文で放り出されることも覚悟していたので、国のサポートが受けられるのはありがたい。
「助かります」
「では予定通り、騎士を一人付けます。ステータスの兼ね合いを考えると、モルドが一番いいのですが…」
モルドと呼ばれたゴツイ男はこれでもかというくらい首を横に振る。でしょうね。こんな大っぴらに喧嘩売った相手のお世話とか嫌だよね。
「はぁ…仕方ないですね。チヒロ様も今この場にいる騎士とはやりづらいでしょうし、別の騎士にしましょうか?」
側近さん、ご迷惑おかけします。と思ったら、横から声がかかった。
「あのー、」
「何です?」
小さく手を挙げたのは優男風の青年だった。
エメラルドの髪と瞳が特徴的だ。
「勇者様が嫌でなければ立候補したいのですが」
「フェルディナンドですか。ステータスを考慮すると相性も中々でしょう。チヒロ様、いかがでしょうか?」
側近さんが俺にお伺いを立てるが、答えはもう決まっている。
「お願いします」
闇落ちと関わろうなどという人間はこの世界でほぼいないと考えていい。彼を逃したら今度こそ1人で異世界探索するはめになるだろう。貴重な戦力と情報源を逃したくはない。
それになにより、敵ではないと判断したからだ。
先ほどの騎士との問答のとき、嫌悪したり恐れたりしてなかった。それどころか面白いものを見つけたかのようにこちらをじっと見ていたのだ。そこには闇落ちに対する負の感情は見当たらず、やけにキラキラしていたのが逆に不気味でもあったのだが。
…もしかしたら珍獣かなにかと思われているだけかもしれないな。
「それでは一足早く城下へ下るがよい」
「はい。失礼いたします」
国王の許しを得て、下がる。
退室するときに他の勇者たちが、困惑したような悲しいような顔をしていたが、俺は笑顔で部屋を出た。
騎士に連れられて向かった先は小部屋だった。そこには全員分よりも少し多めに用意された装備品の数々が並んでいたが、それよりも先に騎士は俺に向き合って自己紹介をはじめた。
「それでは改めまして、フェルディナンド・フォン・マクドーニと申します」
「俺は倉本智広です。智広と呼んでください。あの、立候補はありがたいのですが大丈夫なんですか?騎士団の中での立場とか…」
優雅に挨拶をしてくれた彼に、俺も改めて名乗ると、気になっていたことを確認した。
俺個人としては彼がいてくれるのは心強い。でもそのせいで彼が騎士団の中で窮屈な思いをするのであれば1人で動くことも考えている。一応、ゲームの知識だけではあるけど、メラルドとその周辺のことに関してはそこそこ知っている。仮に一人になってもなんとかなるだろう。もちろん最低限の情報やお金は頂いてからになるが。
「チヒロ様はお優しいのですね。私は大丈夫ですよ。これでも貴族ですし、剣の腕にも覚えがありますので、面と向かって何か言ってくるとしたら王の護衛騎士位でしょう」
にこにこと笑っている表情を見る限り無理している様子はない。
本当にそうなのだろうし、本人も特に気にしてないみたいだ。
「それならいいのですが…あ、マクドーニさん、」
「フェルとお呼びください。俺はあなたの部下に当たりますので、気を遣わずにご命令くださっていいのですよ」
そう言われても困ってしまう。俺は平凡な高校生だったのだ。部下なんていたことはない。まして明らかに年上の人に向かって命令などできるはずもない。
「部下ではなく、できれば対等の立場がいいのですが…」
「対等ですか?」
意図を掴みかねて首をかしげる彼に、かみ砕いて説明する。
「俺は勇者の前に1人の人間です。もし俺を助けてくれる気があるなら、部下ではなくて仲間になってください、フェル」
命令はしない。でも困ったら頼る。そして頼ってもらいたいとも思う。
一瞬虚を突かれた顔をして、彼はにやりと笑った。
「オーケー、それじゃあチヒロも俺にかしこまるのはなしだ」
「ありがとう」
フランクになったフェルにつられて俺も笑ってしまう。
先ほどまでの上品な振る舞いは性に合わないのかもしれない。
「さっそく国からの支給品もらって、城下にある冒険者ギルドに行くか。ステータスカードを見せてくれるか?」
そういえば俺は闇落ちが判明したから適性診断してもらってなかった。
まぁ見ればおおよそわかるんだけども。そう思いつつカードを差し出す。
「うーん、信用してくれるのはありがたいんだけど、俺以外には簡単にステータスカードを見せるのはやめとけよ」
ステータスカードは身体能力や魔法に関わる数値と属性だけでなく、持っているスキルなども表示されている。ちなみにレベルなどが上がってもどこかでカードを更新するまでは数値もスキルもそのままらしい。
「お、素早さと運が異常に高いな。防具は素早さを生かせるように軽装備で…サイズはこのあたりか。武 器も見繕っておくから、着替えて来いよ」
「あー、ちょっと待って」
ゲーム通りなら装備もステータスで変えれるんじゃないかな?と思って試してみる。
メニューを思い浮かべて、その中にあった装備に意識を向ける。
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装備
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頭 装備なし
腕 装備なし
体 制服
足 安物の靴
アクセサリー
装備なし
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出てきた画面を見ながら、装備を選択していく。
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装備
----------------------------
頭 装備なし
腕 装備なし
体 皮の服
皮の胸当て
足 装備なし →皮の靴
アクセサリー
装備なし
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ゲームの時のようにクリックの代わりに念じないといけないのがちょっと面倒だが、慣れれば一瞬で着替えられるし、戦いながら武器を変えたりもできて便利だ。
俺が画面で操作する(ように念じる)とぱっと身を包む服が変わったのがわかった。ちょっとごわごわする。
「うわ、どうやったんだ?早着替えか?」
目の前で変身を遂げたのを興味津々とばかりに見ているフェルに首を傾げる。
「この世界の人たちはできないの?」
「見たことないな。スキルか?」
早着替えのスキルとか聞いたことないし、たぶんないと思うよ。
「…自分のステータスは見れる?」
「ギルドカードがあるだろ。見れば今の状態がわかる」
「装備は?」
「どういう意味だ?」
勇者ができることとこの世界の住民ができることとでは差異があるようだ。
というか、ゲームのときはギルドカードは定期的に更新しないといけなかったため、住人が自分のステータスをリアルタイムで確認することができなかった。まず前提が違っている。
自分がやっていたゲームの通りだと思っていると後々問題が起きるかもしれない。
早いうちにに情報の摺り合わせをしようと決めた。
「とりあえず、説明は後でするから早く決めて城を出よう」
ちんたらしてたら、他の勇者が着てしまうかもしれない。
勇者はともかく、それにくっついている騎士たちと顔を合わせれば先ほどのように平行線の口論が起こるだろう。面倒なのはごめんだ。
フェルと共に城を出ると、その足で冒険者ギルドへと足を運んだ。