プレイヤー
鳳凰寺の言うとおり、メニューと念じると視界に半透明の画面が現れる。肝心のステータス画面を開いてみたが、残念ながら今は役に立ちそうにない。
「ステータスはハテナマークで埋め尽くされてるねぇ」
「おそらくゲームと同じでステータスカードを作らないとわからないのでしょう」
MSOの始め方は普通のオンラインゲームとあまり変わらない。
ハンドルネーム→キャラメイキング→ボーナスポイントの振り分け→決定で開始する。そこからチュートリアルに沿って冒険者の依頼をこなして操作を覚えていくのだが、その過程でステータスカードを発行してもらい自身のステータスを見れるようにするという内容がある。
「数値がわからないと方向性も決められないし、これは明日まで保留ね」
「そうですね」
ゲームだと初期ステータスは完全にランダムだったが今回はどうだろう?楽しみだけど、適正によっては望むプレイスタイルとは真逆の方向性もなくはない。
「みんなゲーム歴はどのくらいだったんだ?」
「俺は2週間前から始めたんだ!」
元気よく坂下が返事する。
初心者かー。チュートリアル終えて遊び始めたばかりだろう。エストカイン王国を知ってるってことはキャラクターは人族だろう。
「私は2年ちょっと」
「ブランク込みで3年かな~」
「2年半くらいでしょうか」
「俺は3年ちょっと」
坂下以外は全員ベテランのようだ。
女性の一宮が2年もやっていたことに驚いたが、それ以上にゲームに興味も縁もなさそうな3人が意外とゲーマーなことにびっくりである。
「お前は?」
「俺はβ時代からやってるよ」
「なんだと!?」
「嘘ぉ!」
俺が答えると、鳳凰寺と篠原が感嘆の声を上げた。
というのもこのゲーム、正規版が出てから3年以上経つ今、β版プレイヤーはかなり少ない。初期からやっていたらしい2人でも、β版経験者との遭遇はほぼないはずだ。
なぜならβ版は宣伝など一切ない状態で、こっそり公開されていたから。その頃はかなりバグも多く、プレイを途中で諦めた人も多い。
正式版への切り替わりの時には能力や所持金、所持アイテムが引き継げない代わりに、様々な特典がつけられたらしいと言われている。らしい、というのはそもそもβ版から正式版に移行した人が少なく、情報が定かでないからだ。もちろん俺は特典の内容も知っている。
「β時代からのプレイヤーなんて滅多といないぞ」
「今では遭遇確率1%以下って言われるもんね~」
移行したプレイヤーが少なすぎたのと、正式版からのプレイヤーが多いから余計にそう感じるだけだ。
「正式版の初期プレイヤーだって今じゃ珍しいでしょ?」
暗に俺以外の2人もどっこいだよ、と言ってみる。
正直β版をプレイしてたからといって格別すごいわけじゃないし。ほんのちょっとだけレアなだけだし。
「まぁな。それよりどんなプレイしてたんだ?職業は?」
「メインは獣人のスカウトでβ時代の仲間とギルド運営をしてたよ。サブが人間の前衛職兼旅商人、あと最近は魔族で魔術研究に明け暮れてた」
お気に入りはやっぱり獣人のアカウントかな。一番やりこんだキャラでもある。
「スロット3つもあるんですか!」
「MSOはスロット一つしか作れないんじゃ…?」
柚木と一宮まで食いついてくる。
坂下はオンラインゲーム自体詳しくないのか、よくわかってないようだ。
「β版の恩恵だよ」
「うわ~いいなぁ」
羨ましそう。気持ちはわかる。
課金でスロット、つまり手持ちのキャラクターが増やせないとなると、キャラクターメイキングも成長をどうするかも慎重になる。選んで失敗だったと後悔しても遅い。諦めて進めるか、最初からやり直すかの100か0かの2択になる。テレビゲームと違ってセーブとロードができないからね。
「皆はどんな遊び方してたの?」
「俺は種族が人間で、武器は両手剣。国を作って国王になった」
「え、まさか一人で?」
「自分の爵位をもらうためのクエストの中にはギルドメンバーに協力してもらったものもあるが、基本は」
さすが初期プレイヤーの鳳凰寺。
一国を立てるにはとんでもなく難しい条件を達成しないといけない。
まずギルドのクエストや、ランダムで起こるイベントなどを各地でこなしながら知名度を上げる。一定値まで上がると特殊クエストが出現し、達成することで名誉を立てたことになり爵位を賜ることができる。
それから領地を選ぶのだが、空いている土地を購入するか、他の国から領地を奪うかを選択する。購入の場合はアホみたいな金額が必要だし、略奪の場合は大規模戦争のイベントで勝利しなければいけない。勝った場合は土地の金額が半額で済む。
次に王国の建築を依頼し、移民を集めるのだけれど、国を作る過程も完成してからも費用が莫大。しかも管理が意外と本格的ときた。難易度が高く鬼畜仕様なため、一人で作るなんて無謀にもほどがある。
実際やりきったという彼を、ストイックだと褒めるべきかドエムかとドン引きするべきか悩むところだ。
「鳳凰寺くんすごいねぇ~!柚木先輩は?」
「私は普通ですよ。人間で盾メインですね。ある王国の王子付きの騎士でした」
「大物じゃないの!」
一介の騎士ではないあたり、実力が窺える。近衛騎士や専属の騎士は狭き門だ。国によって多少の難易度の違いはあるにしても、難しいことには変わりない。相当やり込んでいたのだろう。伊達に2年半も遊んでない。
「そういう一宮さんはどんなことを?」
「各国で商売をしてたわ。フォンテーヌ商会って言えばわかる?」
「王家ご用達のところだね~」
フォンテーヌ商会は現代で言うなら雑貨と薬と女性向けのアクセサリーや小物を売っているお店、と言えばわかりやすいだろうか。ファンタジー的に言うならアイテム屋である。
「あとは盗賊ギルドにいたわね」
「ん?もしかして、パピヨン?」
盗賊ギルドと聞いてピンっときた。
パピヨンは女性のみで構成される組織で、悪行を働く金持ちやその辺の盗賊から金品をかっさらい民に配る、いわゆる義賊だ。たしかそこのギルドはフォンテーヌ商会と懇意にあしていたはず。と思って口に出せば、ぴくっと眉が動いた。
図星だったらしい。
「それだけの情報で分かるの…さすが古参プレイヤーだわ」
「フォンテーヌ商会と盗賊ギルドって情報聞いたら、初期からやってるプレイヤーには分かると思うよ」
バラしてごめん。
「まぁいいわ。それで、もう一人の古参プレイヤーさんは?」
「歌姫だったよ~」
「ネカマかよ!」
思わず突っ込んでしまった。
彼のことだからきっとキャラクターも美形なお兄さんキャラを想像していた。
歌姫は女性キャラ専用の職業なので、彼が女性キャラクターを使用していたのは間違いない。イメージが…。
「歌姫ですか…人族と、獣人と、魔族にそれぞれ有名な方がいましたね」
おそらく、金髪美少女とろりっこ猫耳とセクシーな魔族のお姉さんのことだろう。
全員と面識があった俺からすると誰であってもショックである。
「ちなみにどれなんだ?」
「それはヒミツ☆」
個人を特定したいわけじゃないので特に誰も追及しなかった。
後ろでワーワー騒いでいる坂下は話についていけないらしく解散する頃には不機嫌になっていた。俺にだけ怒りをぶつけてくるのはなんでだろう。
ちなみに坂下は友達がやってたから始めたんだって。まったく興味がわかないなぁ。
こうして、異世界での1日目は終了した。
ベテラン組はゲーム中に知り合ってるかもしれない。