勝つのは、俺だ
『並んだぁ!!一年B組が、二年E組に、バトンパスを利用して並んだぁ!!』
俺は恐ろしいほど冷静だった。周りの音、景色、状況がはっきり分かるほどに。そして、この先どうしたらいいかが手に取るように分かるほどに。
久しぶりだな、この感覚は。いつ以来だろうか。酷く懐かしい。
カーブに入る直前、体を入れて柳澤先輩の前に出る。
『抜いたぁ!!一年B組!奇跡の逆テーン!!』
奇跡か…。この程度で奇跡なら、これから起こる事はなんだろうな。
目の前には勝樹の背中が見える。手を伸ばせば届きそうな距離だ。
もうすぐカーブが終わる。そこが勝負だ。
カーブを曲がり終え、最後の直線に入る。残りは約50m。
いける…!
カーブの立ち上がり、少し大回りし、減速せずに直線に入った。そのおかげか、勝樹との差が体半分程まで縮まった。
こっからは気迫だ。気迫の強い方が勝つ。
勝樹、俺はお前に絶対勝つ。この勝負も、これからも。
『並んだぁ!!ここに来て、二クラスが並んだぁ!!なんということだ!!』
横を見る事は出来ないが、恐らく、俺が追いついたのだろう。
あと少し。行ける!俺なら行ける!!
あと数メートル。その間に一センチでも前に出ればいいだけだ。
あと少し…あと少し…!
ゴー…
『ゴール!!光成高校史上稀に見ぬ大熱戦!!それを制したのは!!?』
――――――――――――――――――――
殆ど同着だった。ゴールテープは俺が切ったように思えたが…
「白峰ーーー!!!!」
「晃ーーー!!!!」
「痛ぇ!!!!」
平沢と健が同時に俺にのしかかる。
「やってくれたなこの野郎!あの場面で追いつくなんてよ!!」
「お前ならやってくれると信じてたぜこの野郎!ほんと、お前って奴は最高だ!!」
「重い!!どいてくれ!!あと髪わしゃわしゃすんな!!痛ぇ!!」
さっきから二人が色々とウザい。こちとら、結果が気になって仕方ないってのに。
「そうだ!結果!結果は!?」
「今判定中だそうだ。ほぼ同着だったからな。カメラマンの写真を元に確認しているらしい」
相坂が眈々と教えてくれた。
というか二人は結果が分かってないのに、こんなにはしゃいでいるのかよ。バカじゃねぇの。
「晃くん!!」
呼ばれた方をみると、荒川と鈴井、そして泣いている桐島がこっちにやって来ていた。
「凄いよ晃くん!追いついちゃうなんて!」
「その前のお前の走りも良かったからな。それに影響されたんだ。それよりバトンパス、無茶振りして悪かったな」
「ううん!全然!私を、信じてくれたんでしょ?」
「あ、ああ。そうだな」
面と向かって言われると、すっごい恥ずかしい。
「(うぐ…)白峰くん…皆…、迷惑かけて…ごめ…んなさい…」
「気にすんなって。なんかあったら俺と健が責任取るって言ったろ」
「おい晃。お前確か、俺に全責任なすりつけようとしたよな?」
「そうだっけか?まあどうでもいいや」
「俺がよくねえよこんちくしょう!」
「おい髪わしゃってすんな!ウザい!」
「(ひぐ…)二人とも…ありがとう…」
お礼を言うのはこっちの方だ。仁美のわがままの代わりをやってくれたんだからな。
「流石ね。あなたなら大丈夫だと思っていたわ」
「当たり前だろ。俺が全力を出したんだからな」
「終わってからならいくらでも言えるものね」
「うるせー。結果残したんだからいいんだよ」
「過程も見てる人は見ているわ」
「お前の場合、結果残さなかったら、過程など無意味、結果が全てとか言うんだろ?」
「あら。私の事良く分かっているのね。私の事好きなのかしら?」
「俺のやつだそれ。パクるな」
「そうだったかしら」
そう言って、鈴井はクスクスと笑う。少し前の刺々しい印象とは大違いだ。
俺達が話していると、此方に近づく一つ影を見つけた。
「やあ白峰。それと灰田」
「なんすか?柳先輩」
「俺達の勝ちっすからね。異議申し立てとか聞きませんよ?」
健が異議申し立てと言う言葉を知っている事に、異議申し立てをしたい。
「違うさ。少し、白峰と話に来たんだ」
「俺とですか。いいですよ」
「話の前に…重くないのか…?」
そういや二人に乗っかられたままだった。
「そうだよお前ら。さっさとどけ」
二人を振り落とし、立ち上がる。
「で、なんですか?」
「負けたよ。正直、君の事を見くびってた。ここまでとはね」
「たまたまですよ。火事場の馬鹿力ってやつじゃないですかね」
「心にもない事を言うな。あれが君の本来の力なんだろう?」
やはり気付いているか。そりゃあ始まる前にあれだけ啖呵切ってたからな。
「そうですね。それで、それを聞きに来たって訳じゃないですよね」
「そうだな。俺が聞きたいのはそんなことじゃない」
足の速さの秘訣か?それとも俺の過去か?いや、もっと別のものの可能性もある。何が聞きたいんだ?
「君は、何故そんなに強いんだい?」
「それは…どういう意味ですか?」
「そのままの意味さ。普通、競技前なら誰にでも不安があるものなんだ。当然俺にもあった。でも君は始まる前、一切の揺らぎが見えなかった。それが俺は不思議でたまらないんだ」
なるほどね。そんな所まで見ていたのか。俺からしてみれば、あんたの方がよっぽど不思議だよ。
「簡単な話ですよ。俺なら勝てると思ってただけです」
「ずいぶんと容易く言うね」
「俺にとっては普通のことなんで。それに…」
「それに?」
「負けると思って戦う馬鹿はいないでしょ」
俺はそう言い放つ。
それを聞いた柳澤先輩は、ポカンとしていた。
「あはははは!君はやっぱり面白い奴だ!」
急に笑い出した。今笑う所あったかしら。
「何が可笑しいんですか?」
「すまんすまん。ただ、君の強さの理由がよく分かったよ」
「はぁ…。よく分かりませんが」
「君は恐ろしいほど純粋だ。悪い言い方をすれば馬鹿正直なんだ」
「褒められている気がしねぇ…」
「褒めてる褒めてる。人間ってのは、そこまで悪いイメージを消去出来ないものさ。少なからず、不安は残る。君のその純粋さは、他の誰にも持てない、最強の武器だ」
「最強の武器ですか。それはまた大層な物で」
「だがその純粋さは、時に周りの人にも刃を向ける」
「どういう事ですか?」
「君なら、意味は分かるんじゃないか?」
「…………」
「まあ余計なお世話だったかな。君はもう、スポーツをやってないみたいだし」
何でもかんでもお見通しって訳か。ほんと、何者なんだよこの人は…
「君の事がまた一つ分かったよ、ありがとう。じゃあな白峰」
そう言い残して、去って言った。
もう二度と、会いたくないな。いつかあの人の手で、全てが明かされてしまうかもしれない。ほんと、あの人の観察眼には驚かされる。
『先程行いました、クラス対抗リレー決勝戦の結果をお知らせします』
「結果が出たみたいだな」
ようやくか。果たして、俺は追い抜く事が出来たのか。俺達は勝てたのか。
『ただいまのレース、厳正な審査を行いました結果、優勝は…』
ドラムロールが流れる。
この数秒が恐ろしく長く感じる。早くしてくれ…
数秒後、スピーカーから息を吸う音が漏れる。
『優勝は、一年B組です!!!!』
グラウンド中に、今日一番の歓声が沸き起こった。




