次のハリケーンの名前は多分水無月になるだろう
「遅えーぞ二人とも」
遅れて来た俺達に、健が茶々を入れてくる。
「悪いな、鈴井がどうしても俺とイチャイチャしたいって言うから」
「事実を捏造しないでくれないかしら。私があなたに求めるのとしたら、奴隷としての身体よ」
「何度も言うが、俺はMじゃないし、お前に仕える気もないからな」
「そう、残念ね。気が変わったら教えてくれるかしら?」
「その時がくる事は一生ねえなぁ」
こいつの下に付くなんて真っ平御免だ。
「夫婦喧嘩はそこまでにしとけ」
「「夫婦じゃない(わ)!!」」
どちらかと言えば奴隷交渉だ。形態的には真逆に位置するだろう。
あ、でも結婚は人生の墓場とも言うしな。似た様な物なのかもしれん。
『おーい!あーきらくーん』
なんか遠くから声が聞こえるような気がするが、気のせいだろう。
「つーか皆は体調とか大丈夫か?怪我とかしてないか?」
「あ、ああ、問題ないが…。あれはいいのか?」
「あれ?何の事だ?」
「そ、そうか。お前がそう言うなら俺はいいんだが」
『あれ?おっかしーな。聞こえてないはずないんだけどな』
「相坂以外も大丈夫か?」
「私は問題ないよ。体調バッチリ!…ほんとにいいの?あれ…」
「私も、大丈夫…。…ほんとに無視してていいの…?」
「だから何の事だよ。よくわからないんだが」
『おーい!聞こえてるよね〜!無視すると後で酷いよ〜』
「そういえば平沢は?」
「平沢ならあそこで地球持ち上げてるぞ」
健が指差す先には、逆立ちしている平沢がいた。何やら叫んでいるようだが、遠すぎて聞こえなかった。まあ、大体なに言ってるか分かるが。
「なんであんな事に?」
「俺が、『やったら注目されるしモテるんじゃね?』って言ったらやり出したんだ」
「うん。馬鹿なのかな?」
そんな嘘に騙される奴は平沢しかいないと思う。
『なるほどね〜。そっちがその気なら…』
「そもそも、馬鹿じゃないとそんな事思いつかないだろ」
「確かに。しかしそれでモテると思うのもどうかとおも」
「どーーん!!」
「うおおおい!!!」
後ろからいきなり突き飛ばされた。何事!?
「無視すると酷いって言ったでしょ!」
「すいません。関わりたくなかったもので」
「酷くない!?あんだけ私に激しく迫っておいて、終わったらほったらかしなんて…。でも、それも嫌いじゃないかも♡」
「あの、すいません。その言い方だと誤解を生むんでやめていただけると」
「ねえ晃くん、あなたは仁美さんを探しに行くと言って、そんな事をしていたのかしら?」
「晃くん?すこーしだけこっち来て。大丈夫、何にも痛くないからね?」
やっぱり誤解生んじゃいますよね〜。
二人の後ろに名状し難い何かが見える気がする。さっきから俺の第六感が、もう手遅れと言っている。第六感って危険察知じゃないの?俺の第六感仕事しねえなぁ…
「ま、まて二人とも。これこそ事実捏造で実際俺は」
「私を激しく求めてきたんだよね♡もう凄かった♡」
「あんたは黙ってろ!!」
この人は俺を窮地に追い込んで楽しいのか?何より、全くの嘘というわけではないのが腹立つ。
「分かった。もう何も話さなくていいわ。どうやらきついお仕置きが必要って事が分かったから」
「晃くーん。大丈夫だからね。痛いのは最初だけ。後は何も考えられなくなるからね〜」
やっぱり痛いんじゃねーか。それに何も考えられなくなるってのがとにかく怖い…
つーかヤバい、マジで死ぬ。誰か!俺に助け舟を!
「健!何とかしてくれ!」
「そういや相坂、体育祭終わったらラーメン行かね?いい店知ってんだぜ」
「ラーメンか、悪くないな。是非連れてってもらおうか」
「てめーら呑気に会話してんじゃねぇ!」
あの二人は使えねぇ。他には誰が。
「桐島!あの二人を落ち着かせてくれ!」
「美沙ちゃんって言うんだ〜。ちょっと好みかも」
「せ、先輩…。目が怖いです…」
「大丈夫だよ〜。ちょっと抱かせてもらうだけだからね〜」
「え?いや…ちょっ…まっ…」
「何やってんだあんたは!!」
なんであんたは蚊帳の外にいるんだ!あんたが原因だろ!
「この際平沢でもいい。俺を助けてくれ」
『俺は今!地球を持ち上げてるぞー!!俺は地球最強だー!!!』
「…………」
呆れて物も言えなかった。あいつ本気でやってんのかよ…
「悪あがきはもういいわよね?」
「晃くん。絶対に逃がさないからね〜」
二人の鬼を目の前に、俺は逃げる事も隠れる事もできなかった。親父、母さん、姉貴、お元気で…
――――――――――――――――――
「それで、この件は事実無根だと?」
「はい…。私はお話を伺っただけです…。彼女の身体には私からは触れておりません」
「本当に?神に誓っていえる?」
「はい…。神に誓います…」
「そうね。分かったわ。このくらいで許してあげようかしらね」
「あ、ありがとうございます!」
「こら!動かない。まだお仕置きは終わってないんだから」
俺は今、土下座の姿勢のまま、荒川には背中に座られ、鈴井には頭を踏まれている。屈辱以上に、周りからの視線が痛い。
『え、何?土下座?こんな所で?』
『女二人に…。二股か?』
『いやよく見ろ。あいつ白峰だ。確かあいつは成瀬と』
『マジかよ。三股とかやべぇな。ワイドショーとかドラマでも珍しいぞ』
事実無根の噂が伝染していく。こうして自殺者って生まれるんだろうな…
「お、ようやく解放されたか」
「ああ、もうすぐリレー始まるってのに、ひでえよな」
「晃、全く悪くないのにな」
今回ばかりはマジで俺に非はない。というかいつもそんなに俺悪くないと思うんだが。
「というか、先輩は何でまだいるんですか…」
「んー?ああ!さっきまで美沙ちゃんを愛でてたの」
「何やってんだよ…」
リレーの決勝前だぞ。緊張感というものはないのか。
「それで、俺に話があるんですよね?」
「ああ!そうだった!すっかり忘れてたよ!」
「あんた何しに来たんだよ…」
頭お花畑とか、夢見がちとか、そういう次元を超越している気がする。
「勝負の件、ちゃんと守ってね」
「そっちこそ、負けた時の事考えといた方がいいですよ」
「あはは!やっぱり晃くんおもしろ〜い!」
「そこ笑う所じゃないんですけどね…」
何?俺が言ったから笑ったの?だったら仕方ないか。
「じゃね。デート、楽しみにしてるから」
そう言って、水無月先輩は去って行った。嵐どころじゃないな。ハリケーンとかサイクロンだ。
「なあ晃。さっきの話って何の事だ?」
そういや、あの時いたメンバー以外には、この事を話してなかったな。健になら話しても大丈夫だろう。
健に詳しい事情を話す。
「なるほどな。それでデートか」
「ほんと、何考えてるか分かんないだろ」
「そうか?俺はなんとなくだが分かるぞ」
「は?嘘だろお前。あの変人の事分かるって…」
「お前だって変人だろ」
「お前には言われたくねーな」
健に変人呼ばわりされるとは、誠に遺憾である。
「まあ多分、似てるんだろうな。俺とあの人」
健の呟きに、何故か俺は妙に納得してしまった。
――――――――――――――――――
競技開始のために選手達が集合している中に、勝樹を見つけた。何やら普段とは顔つきが違っている。なんというか…思いつめた顔をしていた。
「勝樹、大丈夫か?」
「ん?ああ、晃か。どうした?」
「どうしたって…なんか深刻な顔をしていたからよ」
「そんな顔してたか?」
「ああ、刺し違えてでも殺してやろうという奴のような顔してたぞ」
「え?マジかよ。気をつけよ…」
話しかけてみると、存外普通だった。何か考え事でもしていたのだろうか。
「なんかあったんか?」
「別になんでもねーよ。ただ…」
「ただ?」
「お前にだけは絶対負けねえって思ってただけだ」
「なんだ、そんな事か。心配するほどのことじゃねーよ」
「なんだ?負けてくれるのか?」
「お前は絶対に俺には勝てねえからな」
「そう言ってられるのも今の内だぜ」
どうやら、さっき深刻な顔をしていたのは、リレーのことを考えていたからみたいだ。
「絶対に、お前だけには負けねえ…」
勝樹は、かなり勝負にこだわるタイプだ。だが、ここまで勝負にこだわるのは、今まで見たことがない。何がこいつをそうさせるのだろうか…
だが、それでもお前は俺には勝てない。理由は単純だ。何故なら…
俺の方が強いから
――――――――――――――――――
それぞれのチームの第一走者がスタートレーンに並ぶ。健は内側から二番目という、なかなかの好位置につけた。相変わらず凄いクジ運だな。
俺はアンカーの待機場所で待っていると、一人の男が向かってくる。
「や、白峰。調子はどうだい?」
「悪くないですよ。柳先輩はどうですか?」
「俺も悪くないよ。ちゃんと全力を出せるくらいには調子いい」
「そうですか。残念です」
「ははっ!君は正直だな」
この人の全力速そうだからなぁ…
「俺は、君が調子良さそうで安心したよ」
「…なんでです?」
「君の全力を見たいから、かな」
「俺の全力ですか。普通は相手に全力で来られて欲しくないと思うんですけどね」
「君が隠している事のヒントが、実は君の全力に隠されているかも知れないだろう?」
「どうでしょうね。ヒントにならないんじゃないですか?」
「それでもいいさ。それに、君と本気で戦ってみたいとも思っていたしね」
「俺は嫌なんで、手を抜いてください」
「楽して勝つ気満々だな」
楽して勝てるならそれが一番でしょ、普通。
「まあ、君が万全だって分かっただけでもいいかな」
「俺が万全だと、面倒じゃないですか?」
「弱ってる相手を倒したって、倒し甲斐がないだろ?」
「まるで自分が勝つようなものいいですね」
「君には悪いけど、負ける気がしないからな」
『まもなく、リレー決勝が始まります!果たして、どの組が優勝を勝ち取るのか!目が離せません!』
実況と共に、グラウンドの熱気が最高潮になる。もうすぐ、俺達の戦いが始まる。
「柳先輩、一つだけ、言っておきますよ」
「なんだい?」
「先輩達は勝つつもりでいるみたいですが、残念ながらそうはなりません」
「何を言ってるんだい?勝つのは俺達に決まって」
「違いますよ。だって勝つのは」
『位置について、ヨーイ』
(バァン!!)
『今戦いの火蓋が切って落とされましたぁ!!』
「勝つのは俺たちだ!!!」
もう一話投稿するかもです




