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家族  作者: 鋒知 眞緒
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家族1

家族 1




なぜここに足を運んだのか、自分でもよく分からない。

なぜ遊園地などに来たのだろう。


彼は周囲を見回し、首を捻った。

平日とはいえ学校は夏休みを迎え、遊園地は子供で賑わっていてもおかしくない。

だが、周囲はひっそりとして静かだった。


しばらくして納得する。

遊園地に入園する門は固く閉ざされ、チケット売り場や周囲のみやげ物を売る店や

飲食店は軒並みシャッターが下りている。


休みなのか


遊園地に入園するつもりでは、そもそもなかった。

休みでも構わないが、それではここに来た意味がない。

なぜ、遊園地になど来たのだろう。

彼はもう一度同じ疑問に首を捻った。

頭が茫洋として、全く考えが纏まらない。


彼は肩を竦め、遊園地に背を向けて駅に戻りかけた。

途端、太陽の光に目を射られ、思わず目を閉じた。

耳が人のざわめきを拾う。


眉をしかめて薄く目を開く。

駅に電車が着いたのだろう。

ゾロゾロと、沢山の人が遊園地に向かって来るのが目に映った。


家族連れもいる。

カップルや学生のグループ、沢山の人波がすれ違っていく。



「お父さん!」

急に後ろから右の腕を取られ、彼はビックリして振り返った。

「なにやってんの? 早く、早く~!」


元気一杯の女の子だ。

ゴムボールのように飛び跳ねながら彼の腕を引っ張り、心はもう遊園地の中に飛ん

でいるようだ。


人違いだと彼は優しく告げようとした。

だが、その口が開く前に、今度は左の腕に誰かがしがみついた。

「何やってんだよぉ。そっちは駅! 遊園地は反対、反対!」


左腕にしがみついたのは野球帽を被った男の子だ。

女の子よりも少し年下だろうか。

そう思って改めて二人を見下ろすと、温かい感情が胸にゆるりと湧いて来る。

子供を可愛いと感じ、愛情が喚起される温かさだ。


だが人違いは告げなくてはならない。

口を開こうとすると、左右の腕にしがみついた少年と少女が、彼の周りをくるりと

回りながら腕を引っ張り、彼の向きを遊園地の方に向けなおした。


そこで彼は、あっと口を開いた。

遊園地は休みだったのではなかった。

開園前だったのだ。


売店には溢れんばかりに色とりどりのお土産が並び、飲食店からは美味しそうな香

りが漂い、チケット売り場にはキラキラと輝くような笑顔の人々が並び、開いたゲ

ートから次々と遊園地の中に人が吸い込まれていく。

彼はぼんやりと人波の流れを眺めた。


また、亡羊と頭の中がにごってくる。

なぜ自分はここにいるのだろう。

今日は会社で何をする予定だったか?

霧が掛かったように、思考がまとまらない。



「行こう、お父さん!」

ぼおっと呆けた彼の両腕を、子供たちが左右同時に引っ張った。

体勢を前のめりに崩されながら、しかし彼は笑って言った。

「おいおい、そんなに引っ張ると危ないぞ」


そういえば、子供たちと遊園地に行く約束をしていたかも知れない。

毎年、子供たちの夏休みに、遊園地に連れて行くと約束しては反古にしてきた。

だから今日こそは絶対に連れて行くと、昨夜寝しなに決意したような、そんな気も

する。


人波の流れに乗ってゲートをくぐり、遊園地に入る。

「わぁ!」

子供たちの歓声に視線を向ける。

右腕の女の子、左腕の男の子。

瞳をキラキラと輝かせ、日常ではあまり見ないカラフルな色で溢れる、夢のような

遊園地の景色に目を奪われている。


こんなに喜ぶなら、もっと早く連れて来てやればよかった。

そんな仄かな後悔に眉を寄せる間もなく、彼の左の腕をグイと引っ張り、少年が嬉

々とした声で叫ぶように言った。

「お父さん、ジェットコースター! ジェットコースター乗ろうよ!」


少年に引っ張られるままに左側に傾いだ彼の体を、まるで元の位置に戻すように、

今度は少女が右側から彼の腕を引っ張った。

「ヤダ! ジェットコースターなんて! 観覧車、ね、お父さん、一緒に観覧車に

乗って~」

駄々っ子のように腕をぐいぐい引っ張りながらも、少女は満面の笑みで彼を見上げ

ている。


「よしよし、順番だ順番!」

彼は笑顔で子供たちを交互に見下ろした。

「いつも我慢させてるから、まずはお姉ちゃんからだ」

おまえは姉なんだからと、わがままをいつも我慢させてきた。

だから今日くらいは姉の女の子の方からと、彼なりに考えた後の結論だった。


だが、子供たちの表情が一転して暗くなった。

「ずるいよ、俺だって、いつも我慢してるよ」

「そうだよね。いっつもお父さんは、みんなに我慢させるてるもんね」

「仕事が忙しい、忙しいって、そればっかりで、夏休みにも冬休みにも、どこにも

連れてってくれないもんな」


彼は子供たちから目を逸らし、深く俯いて足元を見た。

子供たちの顔を見ることが出来なかった。

彼と子供たちの沈黙が世界中の音を全て吸い取ってしまったように、周囲のざわめ

きも、遊園地の遊具が立てる機械音も、何も彼の耳に聞こえない。

代わりに聞こえてくるのは、子供たちの恨み言ばかり。


そんな言葉は聞きたくない。

非難がましい顔など見たくない。

俺が何をした。

お前たちのために、身を粉にして働いてるだけじゃないか。


彼はそんな言葉を飲み込んだ。

子供に言うべき言葉ではない。


だが、家族のために郊外に一戸建ての家を買ったのは彼だ。

そのローンも、彼が払わなくてはならない。

通勤時間が長くなり、早朝に家を出て、残業すれば帰宅は深夜になった。

子供たちの教育費もバカにならない。

残業が出来る日は残業を、休日出勤も増やし、骨身を惜しまず働いた。

そうして、家族の顔を見ることも、声を聞くことも、めっきり減った。


たまの休日に、子供たちを遊びに連れて行けないことは、そんなに悪いことだろう

か?


彼は深いため息を吐いた。

それを合図のように、娘がパッと彼の腕から手を離した。

「お父さん、かくれんぼ、しよう!」

「僕たちを、見つけられたら、許してあげる!」

息子も手を離した。


「目をつぶって」

娘と息子の声が重なった。

「10数えるんだよ」


彼は目をつぶった。



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