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むつの花  作者: 野口 ゆき
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六つの花 『十.八十里越』

七月二十九日(9月15日)


長岡城奪還後、山本帯刀(やまもとたてわき)様率いる『三小隊(『銃士隊(じゅうしたい)倉沢弥五兵衛(くらさわやごべえ)隊』『銃卒隊(じゅうそつたい)千本木林吉(せんぼんぎりんきち)隊』『銃卒隊・雨宮敬一郎(あめみやけいいちろう)隊』)』約百二十余名は、城下南方の宮原(みやはら)にある喰違(くいちが)いを守っていた。


山本様は戦闘が無い時も休む事なく、『新政府軍』の動向をずっと観察していた。

山本様の従者でもある渡辺豹吉(わたなべひょうきち)様は、山本様の体調を心配して言った。


「山本様・・・。

酒宴の中に入っては・・・?

『新政府軍』は当分盛り返さないでしょうから、少しお休みになって下さい・・・。

七月二十四日から、ずっとお休みになっておられないではありませんか・・・?」


それに対し、山本様は真面目な顔をしながら答えた。


「いつ何時(なんどき)、『新政府軍』が反撃に出るか分からない・・・。

常在戦場(じょうざいせんじょう)』を、何時(いつ)如何なる時も、忘れてはならない・・・」


そう言って、山本様は南方にいる『新政府軍』を睨み続けた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


早朝


濃霧の中、『新政府軍・参謀(さんぼう)山県狂助(やまがたきょうすけ)指揮による『新政府軍』の攻撃が始まった。

『新政府軍』約二十九小隊が、長岡城下を一斉に攻撃した。

新潟港(にいがたこう)陥落対応の為に、城下には『旧幕府軍』がいなかった。

城下にいたのは、少数の長岡藩兵だけだった。

多勢に無勢。

長岡藩兵は、敗走するしかなかった。

そんな中でも、喰違いを守っていた『山本帯刀隊』だけは善戦し続けた。

しかし『新政府軍』の勢いに抗いきれず、山本様も会津(あいづ)へ転戦する事を決意した。

『山本帯刀隊』が見附町(みつけまち)に差し掛かると、多くの長岡藩の女姓や子供、老父母達に出会った。

ある女性が、山本様に尋ねた。


「私達は、栃尾(とちお)山中におりました長岡藩兵の家族でございます。

山中で、『長岡藩が、長岡城を奪還した』とお聞きしました。

私達は、これから長岡へ戻っても宜しいのですよね!?」


彼女達は、夫や息子のいる長岡城下へ戻るつもりであった。

山本様はそれを聞き、事実を告げるしかなかった。

「・・・城は、再び落城した・・・。

城下へは、戻れぬ・・・」


『再落城』


と言う言葉を聞いた女性は、『信じられ無い』と言う表情でよろよろとその場に座り込んだ。

別の老女が、山本様に訴えた。

「私達には、もう行く場所がございません!!

どうか、私達も一緒にお供させて下さい!!

お願い致します!!」


彼らを連れて行けば、足手(まと)いになる可能性は高かった。

しかし山本様は、泣き(すが)る人々を見殺しには出来なかった。

山本様は、はっきりと答えた。


「分かった・・・!!!」


そして約六百名以上の長岡藩の家族と共に、『山本帯刀隊』は会津へと落ちて行く事になった。

再び落城した自分達の城の方角を、何度も何度も振り返りながら涙を流した。


会津へ行くには、『八十里越(はちじゅうりごえ)』が待っていた。


『八十里越』とは、越後から会津・只見(ただみ)までの峠の事である。

越後・吉ヶ平(よしがひら)を『八十里越』の起点として鞍掛峠(くらかけとうげ)田代平(たしろたい)、八十里峠、化物野地(ばけものやち)、終点が会津・入叶津(いりかのうづ)であった。

『八十里越』の実際の距離は八里であったが、一里(約4キロメートル)が十里と感じられる程の難所であった事から『八十里』と呼ばれるようになった。

普通に越えるだけでも峻厳な峠は、傷つき弱り切った人々にとって『八十里』以上の距離に感じただろう。


吉ヶ平は多くの『旧幕府軍』が通り、大混雑になった。

長岡城再落城と新潟港陥落、新発田(しばた)藩による阿賀野川(あがのがわ)沿いの津川口(つがわぐち)封鎖で、会津への退路のほとんどを断たれ、『旧幕府軍』が会津へ向かうには『八十里越』しか残っていなかった。


『八十里越』は、多くの悲劇を生んだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


逃げる『旧幕府軍』の中には民家から薪や戸板、家財を奪い、それらを火に投じて焚き火をした者もいた。

民家に狼藉を働き、村を廃墟にした者もいた。

そんな落人に報復する為、落人を殺戮する村人も現れた。

村にある食糧は尽き、その後に逃げて来た『旧幕府軍』や女性や子供達は飢餓状態となった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


飢えた長岡藩の老兵が、幼い子供から握り飯を奪うと言う事もあった。

握り飯を奪われた子供の母親が

『長岡藩士たるものが幼き子供の食べ物を欲しがるとは、何たる恥知らずな!!』

と言い放つと、その老兵は奪った握り飯を食べた後、自分の行為を恥じたのか、故郷に別れを告げて腹を切った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


長岡を出ると言葉が通じなく、筆談で意思疎通を図った。

それでも会津・只見の人々は、落人である『旧幕府軍』を温かくもてなしてくれた。

宿に泊まらせてくれたり、食事も供され、落人達は生気を取り戻した。

雨が降り、身体は冷え切っていたが、心はとても温かかった。

只見では雨が続き、『旧幕府軍』の多くは滞陣せざるを得なかった。

中には、農家に食事や衣服を徴収するなど、『恩』を『徒』で返す者もいた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


長岡藩士・三浦武右衛門(みうらたけえもん)様の家族も『八十里越』を歩いた。

しかし途中、妹の安子様は他の家族を守る為に自分の子供を谷底に落とした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


当時七十歳であった草生波右衛門(くそうなみえもん)様は、家族と共に『八十里越』を歩いた。

途中、二女の千代(ちよ)様とその子供達に出会った。

千代様は、同行を望んだ。

しかし、草生様はそれを拒んだ。

「お前は、『越後勤皇党(えちごきんのうとう)若月玄圃(わかつきげんぽ)の妻!!

我らにとっては、敵である!!

それに、お前の娘である三歳のてるを連れて行く事が出来るのか!?

険しい『八十里越』を、てるを連れて越える事が出来るのか!?」

それに対し、千代様は必死に答えた。

「てるは、私が連れて行きます!!

私が命に代えても、てるを連れて行きます!!!」

結局、草生様は家族を見捨てる事が出来ず、大家族となって『八十里越』を歩く事にした。

しかし逃走中、老人が女子供達を連れて歩いている事に不審を抱いた『奇兵隊(きへいたい)・六番隊長』山根辰蔵(やまねたつぞう)の部下によって、草生様一行は捕まってしまった。

捕縛後、草生様は誠実に、堂々と『新政府軍』の尋問に答えた。

それに心打たれたのか、同情したのか、山根は草生様に言った。

「老幼婦女は、罰しない。

安心せよ。

会津城の陥落も近い。

今は、談合中だ。

宿に入って、謹慎せよ」

そして草生様達はその後三食を支給され、『戊辰戦争』後、長岡に戻った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


先に進む『旧幕府軍』に追い付く事が出来ず、置き去りにされる者もいた。

夫や父に会う事が出来ず、絶望に打ちひしがれ、茫然とする者もいた。

石を枕にし、疲れきって眠る者もいた。

お腹が空いたと泣く子供もいた。

母親に背負われた赤子は、乳が欲しいと泣き叫んだ。

婦女子は老人や赤子を抱き、背負いながら筵を被り、草履も擦り切れ、血を流しながら大雨の中を歩いた。

雨は、血を洗い流す事が最後まで出来なかった。

軍夫(ぐんぷ)』として使っていた人々も逃げ出し、大砲や負傷者を運ぶ者もいなくなり、代わりに疲労困憊の『旧幕府軍』の兵がそれらを運ぶ事になった。

くじを引いて先に山越えする者と、負傷者を運ぶ者に分けた。

しかし途中、負傷者を運びきれず、負傷者を置き去りにする者も現れた。

担架や駕籠、衣服、刀が、打ち捨てられた。

連れて来た幼い子供を、村人に託した者もいた。

武士の子供を貰う事を、村人は喜んだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『旧幕府軍』他、約一万人以上が『八十里越』を歩いた。


季節は、秋。


色とりどりに色付く木々に囲まれ、霧雨の降る『八十里越』は、凄まじく美しかった。

その中を、敗残兵である『旧幕府軍』は歩いて行った。


そんな長岡藩兵の家族達を会津へ行かせる為、『山本帯刀隊』は殿(しんがり)を務め、命懸けで彼らを守りながら会津を目指した。

『山本帯刀隊』が『八十里越』の鞍掛峠に到着すると、山本様が叫んだ。


「『八十里越』の鞍掛峠に拠点を置き、追い掛けて来る『新政府軍』を防戦しさえすれば、越後から会津へ落ちる人々を救う事が出来る!!

その為にも、我々は此処に留まるぞ!!!」


そして『山本帯刀隊』は会津藩『山内大学(やまうちだいがく)隊(普段は猟師をやっていて、山に精通していた)』と共に、鞍掛峠で『新政府軍』を待ち構えた。

八月十一日(9月26日)から八月二十六日(10月11日)まで、『山本帯刀隊』は鞍掛峠で『新政府軍』の攻撃を受け続けた。

『山本帯刀隊』は、必死に鞍掛峠を守った。

『山本帯刀隊』の防戦により、多くの『旧幕府軍』や長岡藩兵の家族達が会津へ行く事が出来た。


『山本帯刀隊』の勇猛ぶりは、後世、それ程知られる事はなかった。

それは『山本帯刀隊』で生き残った人々が少な過ぎて、その記録があまり残っていなかった為である。



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八月三日(9月18日)


千五百余名の長岡藩兵とその家族は再落城した長岡城を背にし、『八十里越』を越え、続々と会津へ逃れて行った。

継兄さんも、会津へ向かう事になった。

左足の傷は癒える事なく、継兄さんは立つ事も出来なかった。

その痛みは激しく、流石の継兄さんも


『死ぬ事は元より覚悟していたが、傷がこれ程痛い事とは覚悟していなかった・・・』


と笑いながら呟く程の激痛が続いていた。


継兄さんは松蔵さんが作った担架に乗せられたまま、二十人のお供を連れて東山(ひがしやま)山麓、見附町、栃尾町、吉ヶ平へと落ちて行った。

そしてその先は、難所と言われる『八十里越』が待っていた。


継兄さんは、しきりに


『置いて行け・・・。

置いて行け・・・』


と言って長岡に留まろうとした。

継兄さんは『会津に落ちる事は面目ない』と言って、藩兵達の言う事を聞かなかった。

継兄さんは、会津へ行きたくなかった。

継兄さんは『負け(いくさ)』となってしまった事に、会津にいる藩主様に合わせる顔が無いと思っていた。

継兄さんは、せっかく奪還した長岡城を『新政府軍』に奪われた事が悔しかった。

継兄さんは多くの犠牲を出してしまった今回の『戦の責任』を果たす為に、自分も死んで罪を償わなければならないと考えていた。


継兄さんは、そんな自分を表した句を作った。


『八十里 こし抜け武士の 越す峠』


継兄さんらしい、自嘲を含んだ素直な句である。


これが、継兄さんの『本当の気持ち』だったのだろう・・・。


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八月五日(9月20日)


三間市之進(みつまいちのしん)様の強い説得により、継兄さんは二日掛かりで『八十里越』を越え、会津藩領・只見村に入った。

しかし継兄さんの容体は、日に日に悪くなっていった。

継兄さんの左足は、既に腐っていた。

左足からは、膿が出て来るようになっていた。

その膿を取る為に、松蔵(まつぞう)さんは敲いた藁を細い縄にして、その縄の上に紙を巻き、膿んだ傷口にそれを通した。

膿を取った後、松蔵さんは傷口に薬を塗った。

激痛が走った。

しかし継兄さんは、その痛みに必死に耐えた。

声一つ、洩らさなかった。

高熱が、続いた。

そんな継兄さんの傍には、常に松蔵さんがいた。

松蔵さんには、継兄さんの奥様であるすが様から託された事があった。

しかし傍に居ながら、ずっと言えずにいた。

そんな様子に気付いたのか、継兄さんは苦しい息の中、松蔵さんに尋ねた。


「松蔵・・・。

何か言いたい事が・・・あるのだろう・・・?」


松蔵さんは、息を呑んだ。

そして、『覚悟』を決めて答えた。

「奥様から・・・旦那様の『御遺髪』を・・・持ち帰るように・・・言われて・・・おります・・・。

旦那様が・・・亡くなってから・・・旦那様の・・・許しも・・・無いのに・・・お身体に触れるわけには・・・参りません・・・。

ですから・・・」

涙を拭いながら、松蔵さんは答えた。

そんな松蔵さんの顔を優しく見つめながら、継兄さんはにっこりと笑って答えた。

「良く見定めて・・・切るのだぞ・・・。

松蔵・・・」

そう言って、継兄さんは髪を切り易いように少し頭を動かした。

松蔵さんは涙を流しながら、震える手で継兄さんの髪の毛を切った。

切ってからも、松蔵さんは泣き続けた。

そんな松蔵さんを、継兄さんは息子を見つめる様に微笑み続けた。


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八月九日(9月24日)


只見村に滞在していた継兄さんの許に、松本良順(まつもとりょうじゅん)先生が駆け付けて来た。

松本良順先生は『戊辰戦争』が始まってからも『新政府軍』には迎合せず、幕府に味方する藩の人達を()続けてきた。

松本先生は、少し前まで会津若松城にいた。

しかし『長岡藩・老公』牧野忠恭(まきのただゆき)様の意向を受けた長岡藩士・槙吉之丞(まききちのじょう)様に懇願され、継兄さんの治療の為に只見へ駆け付けたのだった。


到着すると直ぐに、松本先生は負傷した継兄さんの容態を診た。

そして継兄さんの容態を診て、はっきりと言った。

膿毒症(のうどくしょう)破傷風(はしょうふう))です・・・。

左足を切っても、無理でしょう・・・。

既に銃弾の鉛毒が、全身に回っています・・・。

私では、もう・・・助ける事は出来ません・・・。

・・・『牛肉のたたき』を、持って来ました。

滋養のある肉を食べて、少しでも体力を取り戻しましょう・・・」

それに対し継兄さんは、まるで何もかも悟っているかのように、うっすらと微笑えみながら一言だけ答えた。


「そうか・・・」


松本先生は、続けた。

「早く会津に来て下さい・・・。

会津の壮士も、貴方がやって来る事を待っています・・・」

そう言って松本様はその後、治療方法を『長岡藩医』吉見雲台(よしみうんたい)様と片山(かたやま)兵左衛門(ひょうざえもん)様に教示したり、戦の話などをして大いに盛り上がり、継兄さんの部屋を後にした。

松本先生が退出した後、継兄さんは寅さんに嬉しそうに言った。


「久しぶりに・・・豪傑の顔を見た・・・」


その後、継兄さんは勧められたお肉を美味しそうに食べた。


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八月十日(9月25日)


さよちゃんと別れた後、私と團一郎(だんいちろう)はしばらく見附で休んだ。

私は、さよちゃんの事が頭から離れなかった。

でも、さよちゃんの事をゆっくりと考える時間は無かった。

『新政府軍』が攻めて来ると言う噂が瞬く間に広まり、私達は急いで他の藩兵達と共に会津へ向かわなければならなくなった。

会津への道には、多くの遺体が横たわっていた。

私達は、その遺体を見つめながら進むしか出来なかった。


そんな時、何処からか、か細い声が聞こえて来た。


「水・・・」


私は立ち止まり、声の主を探した。

でも、周りには無惨な遺体しかなかった。

私は、先を進もうとした。

すると、再び声が聞こえて来た。


「水・・・」


空耳では、なかった。

私は、もう一度辺りを見回した。

すると、微かに動く人を見付けた。

私は、その人に駆け寄った。

その人の身体を少し起こし、自分の腰に提げていた竹水筒を手に取った。

そして、蓋を取ってその人に水を飲ませようとした。

その時、怒鳴る声が後ろから聞こえて来た。


「水を与えるな!!」


私は、声のした方を振り返った。

その人は左目を負傷しているのか、白い布を左目に巻いていた。

私は、その人に力強く反論した。

「何故ですか!?

この人は、水を求めているのですよ!?」

「それでも、駄目だ!!」

「何故ですか!?

この人が、『死にそう』だからですか!?

『死にそうな人間に水を与える事』は、無駄だと言うのですか!?」

「違う!!」

「ならば、どうしてそんな事を言うのですか!?

どうして、水をあげてはいけないのですか!?」

「水を飲めば、その人が死ぬからだ!!!」

「死ぬ!?

何故、死ぬのですか!?

水を飲めば、少しは身体を回復する事が出来るかもしれないではありませんか!?」

「違う!!

もし、その人が水を飲めば、水を飲む事が出来た事に安心し、満足する!!

『幸せな中、死ぬ事が出来る事』に、『喜び』を感じてしまう!!

『幸せに死ねる事』を『本望』に思い、『生きる事』よりも『死ぬ事』を選んでしまう!!」

「・・・」


私は、どうすれば良いのか分からなくなった。

この人は、水を求めている。

でも、水を飲めば死んでしまうかもしれない。

もし、水を飲まなければ死んでしまうのかもしれない。

私は、動けなくなった。

その時、團一郎が私から竹水筒を奪い、その人に水を飲ませた。

「團一郎!?」

團一郎は、その人に水を飲ませ続けた。

その人は、必死に水を飲んだ。

そして全てを飲みきり、團一郎に向かって微笑みながら言った。

「ありが・・・とう・・・」

そして、そのまま動かなくなった。

團一郎は、動かなくなったその人を見つめ続けた。

「團一郎・・・」

私は、團一郎の名前を呼んだ。

團一郎はその人を横たえ、手を合わせた。

そして、震えながら言った。

「この人は、もう・・・助からなかった・・・。

せめて最期は・・・『幸せ』の中で死んでいった方が・・・・良いのです・・・」


私は、亡くなった人の顔を見た。

その人は、『幸せ』そうな顔をしていた。

最期に水を飲む事が出来て・・・『幸せ』だったのかもしれない・・・と思った。


その時、銃声が鳴り響いた。


                       『バキューーーーーン!!!』

                  『バキューーーーーン!!!』

              『バキューーーーーン!!!』


「姉上!!!

先に逃げろ!!

『新政府軍』だ!!!」

「團一郎も一緒に!!!」

「駄目だ!!!

私は、此処で『新政府軍』を食い止める!!!

姉上は、先に行け!!!」

「團一郎!!!」

「早く行け!!!」


このまま此処に留まっていては、私は團一郎の足手纏いになってしまう。

私は、團一郎に向かって叫んだ。

「團一郎!!!

先に行って待っている!!!」

團一郎はにっこりと微笑み、銃声のする方を向いて刀を構えた。

私は、踵を返し走り出した。

何処を走っているのか、分からなかった。

ただただ、走った。

枝にぶつかって擦り傷が出来ても、草で足を取られて転んでも、私は何度も立ち上がり走った。

心臓が破れる位、必死に走った。

どの位走ったのか、分からなかった。

『もう走れない』

と思う位、走った。


しかし、とうとう走る事が出来なくなり、私はその場に倒れた。

荒い息が自分のものなのかどうかさえ、分からなかった。


「はあはあはあはあはあはあはあはあ・・・!!!」


喉が渇いた。

でも、もう水は無い。

私はその場に横たわりながら、ただただ息をし続けた。


「はあはあはあはあはあはあはあはあ・・・!!!」


その時、野太い声が私の背後からした。


「おい!!

お前!!!」


私は立ち上がり、急いで後ろを振り向いた。

其処には『白熊(はぐま)』と呼ばれる白いふさの被り物をしている男が、刀を構えて立っていた。

『新政府軍』の将校は、被り物によって藩を分けていた。

黒熊(おぐま)』は薩摩(さつま)藩、『赤熊(しゃぐま)』は土佐(とさ)藩、そして『白熊』は長州(ちょうしゅう)藩。

こいつは、長州の人間だ。

敵だ!!!

男は、立ち上がった私を睨みながら叫んだ。

「お前、長岡藩の者だな・・・!!!

よくも、時山(ときやま)を殺したな!!!!!」

「時山・・・?

そんな人、知らない!!!」

「黙れ!!!

長岡の人間も会津の人間も、皆殺しにしてくれる!!!」

そう言って、男は刀を横に持ちながら突進して来た。

私はそいつの恐ろしさと、突然の事で身動きが出来なかった。

私は、固く目を瞑った。


『死ぬ!!!』


私は、『死』を覚悟した。


すると、私の前で肉を斬る鈍い音がした。


『ざく!!』


音と同時に、生温かい液体が私に降り掛かった。


『ああ・・・。

私は・・・死んだのだ・・・』


そう思った。

しかし、痛みを全く感じなかった。


『痛く・・・ない・・・?』


『生きて・・・・・い・・る・・・?』


いや。


やはり、私は既に死んでいる・・・?

一瞬の事で、自分が死んだ事に気付いていない・・・?

どうしてだろう・・・?

どうして私は、痛みを感じないのだろう・・・?

私は目を瞑りながら、ゆっくりと一つずつ確認した。

手は・・・動く・・・。

私は、その手で首を確かめた。

首も・・・ついている・・・。

次に、口に手を当てた。

息も・・・している・・・。

私はこの時やっと、額が少し痛い事に気付いた。

額が・・・少し痛い・・・?

怪我を・・・している・・・?

私は、額に手を当てた。

横一文字に、額に傷があるみたいだった。

血が、少し流れていた。

でも、深手ではない。

長州藩兵は、私を殺し損ねたのだろうか・・・?

でも・・・どうしてだろう・・・?

その時、違う音がした。



『ごと!!』


       『ごろ』

         『ごろ』

            『ごろ』

                 『ごろ』

                    『ごろ・・・』



それは何かが近くで落ち、転がっていった音だった。


重い鞠のようなものが、落ちた音だった。


私は、恐る恐る目を開いた。


私は、目を見開いた。


声が、出なかった。


信じられなかった。


私の直ぐ目の前には、首のない人間の身体が立っていた。

まるで、私を庇うかのように立っていた。

胴には『白木綿胴巻』、左腕には『五間梯子(ごけんばしご)』の腕章が付けられていた。

この人は、長岡藩兵だ。

團一郎・・・?

いや。

團一郎ではない。

背の高さが違う。

では、誰だろう・・・?

一体この人は、誰なのだろう・・・?

どうして、私を助けてくれたのだろう・・・?

さっきの鞠が落ちたような音は・・・この人の・・・首・・・が落ちた『音』・・・だ・・・。

私は、転がって行った首へ目を向けた。

首は、こちらを向いていた。

左目の下に、黒子(ほくろ)があった。

その首は、優しい笑顔を浮かべていた。

この笑顔の人は、私を綺麗な『桜の木』の下に連れて行ってくれた人だ。

『一緒に外国へ行って、幸せに暮らそう』と、言ってくれた人だ。

いつも私に、優しく微笑んでくれた人だ。

私の大好きな人だ・・・。

私は、声にならない声で呟いた。


(せい)・・・八郎(はちろう)・・・様・・・?」


その時、さっきの長州藩兵が叫んだ。

「くそっ!!!

とんだ邪魔が入った!!!

まあ・・・良い・・・。

こいつも長岡藩士だからな・・・!!!」

そう言って、長州藩兵は首のない清八郎様の身体を蹴り飛ばした。

私を守ってくれた、暖かい清八郎様の身体を汚い足で蹴った。

私は、倒れた清八郎様の身体を見つめながら思った。


許せない!!!!!!

憎い!!!!!!!!!

殺したい!!!!!!!!

こいつを、殺したい!!!!!

よくも清八郎様を!!!!!!!

よくも長岡を!!!!!!!!!!


抑えていた『憎しみ』が、少しずつ湧き上がって来た。

私には、『憎しみ』しかなかった。

黒いどろどろしたものが、私を覆い尽くしていった。


『あの人』に助けられ、自分も『憎しみ』を抑えようと思っていた。

でも、もう『無理』だった。

『あの時の女性』は、言っていた。


『『どろどろしたもの』を抑えようとしても、私は止める事が出来ないのです・・・』


長州藩兵は、汚い声で続けた。


「何だお前!!

楯突くのか!?

賊軍(ぞくぐん)』が、『官軍(かんぐん)』様に楯突くのか?

身の程を(わきま)えろ!!!」


そう言って長州藩兵は刀を振り上げ、私に近づいて来た。

私は、何も考えられなかった。

ただ無意識に、私は清八郎様に初めて貰った『桜の(かんざし)』を懐から取り出した。

そして『簪』の先を長州藩兵に向け、その心臓目掛けて力一杯突進した。


『グッ!!!』


私は『簪』の根本が見えなくなるまで深く、長州藩兵の心臓に『簪』を突き刺した。


「が!!!」


男は刀を振り上げたまま、口から真っ赤な血を吐き出した。

男が吐き出した血は、私の顔にべっとりと付いた。

男の胸からは、血がどくどくと流れて来た。

その血は、『簪』を通して私の手から腕へと流れて来た。

どろどろと、生臭い真っ赤な血。

見慣れてしまった、真っ赤な血。


『簪』に付いていた真珠は私の手から一つ、また一つと音を立てて零れ落ちた。

赤くて汚い血は私の手を伝って、落ちた真珠を覆い、真っ赤に染めた。

まるで『汚れた自分の心』が、綺麗で真っ白な真珠を汚したように見えた。


私は、一気に『簪』を長州藩兵の身体から引き抜いた。

すると傷口から、また真っ赤な血が吹き出た。

長州藩兵は赤黒い雨のような血飛沫を吹き出しながら、ゆっくりと崩れ落ちた。

その血が、私の全身を覆った。


死んだ・・・。


いや・・・。


殺せた・・・。


私が、殺した・・・。


『嬉しい』


敵を殺せて・・・。


『苦しい』


人を殺して・・・。


『悲しい』


清八郎様を失って・・・。


どの『気持ち』が、『()()』なのだろうか・・・?

ぼんやりとしたまま、私は微笑み続ける清八郎様の首の許へ行った。

私はその顔を見て急に力が抜け、その場に座り込んでしまった。

近くには、清八郎様の顔があった・・・。

とても嬉しそうな顔だ・・・。

どうしてだろう・・・?

清八郎様には、夢があったのに・・・。

どうして、私など助けたのだろう・・・?

清八郎様はこれからの長岡にとって、私にとって大事な人なのに・・・。

どうして、私を助けてくれたのだろう・・・?

どうして、私など助けたのだろう・・・?

私など、助けなければ良かったのに・・・。


私は、ゆっくりと清八郎様の首を持ち上げた。

近くで見ても、清八郎様の顔は微笑んでいた。

『満足』しているような顔だった。

安らかな顔だった。

兄上と同じ、『生きる事』にも『死ぬ事』にも、『満足』した顔だった。


いや・・・!


そんな訳は無い!!


清八郎様は、痛かったはずだ!!

清八郎様は、悔しかったはずだ!!

清八郎様には、心残りがあるはずだ!!

それなのに、どうしてこんなに優しい顔をしているのだろう!?


どうして!?


私は、清八郎様の首を抱き締めた。

強く強く抱き締めた。


涙が、後から後から流れて来た。

自分の顔についた血と共に、涙が流れた。

真っ赤な涙が、流れた。

はるちゃんが死んだ時、お祖父様が死んだ時、お祖母様が死んだ時、兄上が死んだ時、伊東(いとう)様が死んだ時、 鬼頭(きとう)様が死んだ時、 『あの時の女性』が死んだ時、さよちゃんが死んだ時、枯れるほど泣いたのに・・・。

涙は、もう・・・枯れてしまったと思ったのに・・・。


私は清八郎様の首を抱きながら、横たわり動かなくなった清八郎様の身体に近づいた。

そして清八郎様の身体の横に座り、清八郎様の首を身体に戻した。

元の位置に戻しても、清八郎様は動かなかった。

私は、清八郎様の胸に耳を当てた。

聞いているだけで『幸せ』になれた、清八郎様の『生きている証』であるあの胸の鼓動を、もう一度聞きたいと思った。


私は、強く胸に耳を当てた。


『音』は、聞こえなかった。


私は、強く強く胸に耳を当てた。


『音』は、聞こえなかった。


清八郎様は、『()()()()()()()()』・・・。


『我々の子孫の為にも、一緒に生き続けましょう・・・。

ゆきさん・・・』


清八郎様は、そう私に言ってくれたのに・・・。


私は、手の中にある血に塗れた『簪』を見つめた。

『簪』の先は、曲がっていた。

私は、『簪』を見つめながら呟いた。

「もう・・・『簪』を・・・挿してもらえない・・・」

私は清八郎様から身体を離し、よろよろと立ち上がった。

すると、地面に真っ赤に染まる一枚の懐紙(かいし)が落ちているのを見つけた。

私は、それを震える手で持ち上げた。

その懐紙を、私は知っていた。

懐紙を開くと、一片(ひとひら)の『花びら』が入っていた。

それは、あの時の『花びら』だった。

『花びら』は、あの時の様な白い桜色ではなかった。

赤く、染まってしまっていた。

私の『桜色の思い出』は全て、『簪』も『花びら』も、全て真っ赤に染まってしまった。

そして、いつかこの『真っ赤な色』も『どす黒く』染まってしまうのだ・・・。

もう、『()()()()()()()のだ・・・。


懐紙には、句が書かれていた。


『君ありて 君ありてこその 我が命』


ああ・・・。


いつも通りの・・・。


清八郎様らしい・・・。


真っ直ぐで、素直な句だと思った・・・。


清八郎様は、あの時言った『言葉』を貫いたのだ・・・。


『命に代えても、守りますよ・・・』 


『我々の子孫の為にも、一緒に生き続けましょう・・・。

ゆきさん・・・』  


ああ・・・。


『花びら』は、兄上も清八郎様も守ってくれなかった・・・。


私はその『花びら』を憎く思い、血の付いた手で握り締めた。


『花びら』は、益々赤く染まっていった。


私は、血塗れの『簪』を見つめた。


どうして、私は母上から頂いた懐剣(かいけん)で長州藩兵を殺さなかったのだろう・・・?

懐剣の方が、もっと確実に殺せたはずだ・・・。

どうして・・・私は『簪』で男を殺したのだろう・・・?


いや・・・。


本当は分かっている・・・。


これは、『復讐』だったのだ・・・。

私が長州藩兵を殺したのは、自分の身を守る為ではなかったからだ・・・。

だから、私は清八郎様から貰ったこの『簪』で長州藩兵を()()()()()()()()()()()()のだ・・・。

でも、そのせいで、『桜の簪』は長州藩兵の血で真っ赤に染まってしまった・・・。

『桜色の珊瑚(さんご)』も、『真っ白い真珠』も、血で汚れてしまった・・・。

どんなに拭っても、取れない・・・。

私の『罪』と一緒だ・・・。

私の『汚れ』と一緒だ・・・。

拭っても拭っても、『罪』と『汚れ』は取れない・・・。



                            『ぽつん・・・』

      


               『ぽつん・・・』



『ぽつん・・・』



雨が、降って来た。


『ざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』


激しい雨が、振って来た。


ああ・・・。


これが、『涙雨(なみだあめ)』と言うものなのかもしれない・・・。


この雨は『簪』の血を、私の『罪』と『汚れ』を、洗い流してくれるのだろうか・・・?


いや・・・。


それは出来ない・・・。


この『罪』と『汚れ』は、決して取れない・・・。

どんな事があっても、私の『行い』は消えない・・・。

『人を殺した』と言う『事実』は、消せない・・・。

『後悔』・・・?


いや・・・。


私は今、『復讐』を遂げた事に『満足』している・・・。

長州藩兵は、『()()()()()』だったのだ・・・!

私は、『復讐』を遂げたのだ!!

私は、悪くない!!!

私と同じ思いを他の人達にさせない為にも、私はもっと沢山の敵を殺さなければならないのだ!!!

私の『選択』は、()()()()()()()()()!!!


すると突然、腹部に痛みを感じた。


「く・・・!!」


お腹を見ると、小刀が突き刺さっていた。

全く、気が付かなかった・・・。

いつ、刺されたのだろう・・・?

長州藩兵が、倒れた時・・・?

全く、思い出せない・・・。

私は再び、死んで横たわっている長州藩兵に目を向けた。


長州藩兵も、『復讐』を果たす事が出来て『満足』だったのだろうか・・・?


私は、長州藩兵に近づこうとした。

すると長州藩兵の近くに、血で染まった紙切れが落ちている事に気付いた。

私は、その紙切れを拾った。

その紙きれには、字が書かれていた。


「・・・手紙・・・?」


手紙の中の字は、子供の字だった・・・。

私は、その字を読んだ。


『ちちうえ どうか ごぶじで おかえりください』


この手紙は、この長州藩兵の子供が書いたもの・・・。

無事を願って・・・生きて戻って来るようにと願って書いたもの・・・。

再び、父親に会いたいと願って書いたもの・・・。

でも、この子供は、もう一生父親に会う事が出来ない・・・。

そして、そうさせたのは・・・私だ・・・!!

私が『復讐』の為に、この長州藩兵を殺したのだ!!


「・・・う!!」


私は、手で口を押さえた。

胃から、何かが込み上げて来た。


「うえ・・・!!」


私は、吐いた。


「うえ・・・!!」


苦しい・・・。


「うえ・・・!!」


涙が、止め処なく出て来た。


私は吐きながら、『あの時の女性』の『言葉』を思い出した。


『『これ』が苦しんでも、元には戻らなかったのです・・・。

『これ』を斬っても、何も満たされなかったのです・・・。

『これ』が死んでも、殺された夫も娘も生き返らなかったのです・・・。

私は『これ』が憎くて殺したはずなのに、殺す前よりも『苦しい』のです・・・』


すると、私の胸から母上から貰った鏡が滑り落ちた。

鏡は、音を立てて割れた。

鏡は、血で汚れていた。

私は割れた鏡を拾い、覗き込んだ。

その中には、『醜い自分』が映っていた。


ああ・・・。


私は、『汚れた人間』になってしまったのだと思った・・・。


私の目は、『鬼の目』をしていた・・・。

『あの時の女性』とさよちゃんの『目』と、同じ色をしていた・・・。

『あの時の女性』とさよちゃんと、自分が重なった。

鏡の中の自分を見つめながら、私は笑いながら呟いた。


「・・・もう・・・いい・・・」


私は、ゆっくりと横になった。


『ざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』


雨は、私に激しく当たり続けた。


『ざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』


瞼が、だんだん重くなってきた。


『ざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』


私は、目を閉じた。


その時、誰かが私の名前を呼んだ。


「ゆき殿!!」


私は、ぼんやりと自分の目に映る人の姿を見つけた。


「・・・松江(まつえ)・・・様・・・?」


その声は、会津藩士・松江久兵衛(まつえきゅうべえ)様だった。

松江様は走って近づき、私を抱き起こしながら叫んだ。


「ゆき殿!!

大丈夫か!?

怪我をしているではないか!?」


松江様は私のお腹に突き刺さった刀を引き抜き、直ぐに止血を始めた。

松江様は私の傷の手当てをしながら、血塗れの私の姿を眺めた。

そして私を染めているその血が、私自身の血ではない事に気付いたようだった。

私の傍に横たわる長州藩兵、首の離れた清八郎様の遺体を見て、全てを察したようだった。

何かを問おうとした松江様に、私は我慢出来ずに話した。


「松江様・・・。

ご覧になって下さい・・・。

清八郎様を殺したこの長州藩兵を殺したのは、『私』です・・・。

『私』は見事、清八郎様の仇を討つ事が出来ました・・・」

「・・・」

「男を殺した時、『私』は『満足』しました・・・。

『喜び』さえも、感じました・・・。

しかし、それは『一瞬』でした・・・。

人を殺した事の『恐ろしさ』や『罪悪感』が、どんどん『私』を覆い始めました・・・」

「・・・」

「でも・・・。

でも『私』は、自分に何度も言い聞かせました・・・。

『憎い敵だから、殺されて当然だ!!

私は悪くない!!!』

そう思わないと、自分が壊れてしまいそうでした・・・」

「・・・」

「まだ自分が生き続ける事が出来るのなら、これからも沢山の敵を殺して殺して殺し続けようとさえ思いました・・・」

「・・・」

「私は、自分の行為を『正当化』しようと思いました」

「・・・」

「でも、もう無理だと・・・。

それは『出来ない』と、気付いてしまいました・・・。

何故なら、私は自分が殺した男の持っていた手紙を読んでしまったから・・・」

「・・・手紙・・・?」

「はい・・・。

その手紙は、この男の子供が書いた、子供が父親に宛てて書いた手紙でした・・・。

その手紙には、

『ちちうえ どうか ごぶじで おかえりください』

と、書かれていました・・・」

「・・・」

「この子はきっと

『父に、無事に帰って来てもらいたい』

『帰って来る』

と信じて、この手紙を書いた・・・。

この男はこの手紙を肌身離さず持ち、必ず故郷に帰り、家族に会うと、会いたいと思っていた・・・。

それを、私は壊した・・・」

「・・・」

「こんな手紙・・・読まなければ良かった・・・!!」

「・・・」

「この男が・・・『人でなし』であれば、良かったのに・・・!!」

「・・・」

「この男が・・・絶対の『悪』であれば、良かったのに・・・!!」

「・・・」

「この男が・・・同じ血の通った同じ人間だと、気付かなければ良かったのに・・・!!」

「・・・」

「私達と同じ、家族を持ち、家族を愛し、家族を守る為に戦っているなんて、知らなければ良かった・・・!!」

「・・・」

「この男の事など知らなければ、私はこんなにも苦しまずに済んだ!!

憎い敵を殺す事が出来て、生きる事が出来た!!」

「・・・」

「私はこの男と、この男の子供を恨む!!」

「・・・」

「でも、()()()()()』と、心の奥底で聞こえて来る!!

『お前がやった事は、消せない!!!

決して、逃れられない!!!』」

「・・・」

「父上は、おっしゃっていたのに!!

『たとえ人を殺す事になったとしても、『憎しみ』で人を殺してはならない。

『憎しみ』は、『憎しみ』でしか戻って来ないからだ』

と!!」

「・・・」

「私は、聞いていたのに!!!

私は、知っていたのに!!!

『憎しみ』を植え付けられたこの男は私に『憎しみ』を返し、その『憎しみ』を再び私はこの男に返した!!!

そして、私は『憎しみ』をこの男の子供に植え付けてしまった!!!」

「・・・」

「『憎しみ』は、やはり『憎しみ』でしか戻って来ない!!

父上は、おっしゃっていたのに・・・!!!

私は・・・何も分かっていなかった!!!」

「・・・」

川島(かわしま)様は、おっしゃっていたのに!!

『『立つ場所』や『立場』によって、考えや思いも違う。

だから、同じものでも『見え方』が真逆になってしまった。

『立つ場所』は、自分で決めるものだ。

『立つ場所』が変わると言う事は、『自ら変わる』と言う事だ。

『自らの意志』で『立つ場所』を変えれば、今まで見えなかった『もの』が見えて来る。

それが、相手を理解する『きっかけ』の一つになる。

きっと、お互いを理解する事は出来るはずだ・・・』

と!!!」

「・・・」

「私は・・・自分の『立つ場所』をとうとう『変える』事が出来なかった!!

私は、彼らを『理解しよう』とも、『知ろう』ともしなかった!!」


私は、何故か笑いながら松江様に話していた。

松江様の目には、私の様子が異様に映っただろう・・・。

私は笑いながら、泣いていた。


そんな私を哀れだと思ったのか、松江様は私のどす黒い手を握り、一緒にその場を離れようとした。


「・・・行こう」


私は松江様の手が汚れると思って、思い切りその手を離した。


「私は、もう『生きる価値』の無い人間です!!!

だから、どうか放っておいて下さい!!」


すると、松江様は思いきり私の頬を平手打ちし、叫んだ。

「甘えた事を言うな!!

これは、戦だ!!

こいつを殺さなければ、もっと多くの長岡の人々が殺されていたのかもしれない!!

我らは、一々悔いてはいられない!

悔いている時間に、また人が死んでいるのだ!!」

「・・・」

「人を殺して、『後悔』しない人間などいない!!」

「・・・」

「誰だって、人など殺したくは無い!!

だから人は殺した後、怯え、悲しみ、悔やむのだ!!

それは、人の心の奥底に必ずある『慈悲の心』だ!!!」

「・・・」

「皆が、平気で人を殺しているのでは無い!!

だが、悔やんでいる時間は、我々には無い!!

これ以上人が死なぬよう、人を殺さぬよう我々は一刻も早くこの戦を終わらせなければならないのだ!!

それが、今生きている者の『役割』だ!!」

「・・・」


私は松江様に支えられながら立ち上がり、静かに横たわる男を見た。

すると、お腹に再び痛みが走った。


「う!!!」


しかし私は、その『痛み』を少し嬉しく感じた。


男は、私に『復讐』する事が出来た・・・。

私はこの『痛み』を忘れない事によって、一生自分の『罪』を背負って生きる事が出来る・・・。

その時、きよから預かった鈴の音が優しく鳴った。


『ちりん』

   

     『ちりん』


             『ちりん・・・』


その鈴の音色は、私の心を少しだけ癒してくれた。

『あの時』のように・・・。

でも、私の中から溢れ出て来る『どろどろしたもの』は決して消える事はなかった。


司郎(しろう)は、『自分の心』に殺されている』


かつて松江様は、私にそう言った。

今なら、その『意味』が分かる。

私は心の奥底で、自分の『死』を望んでいるような気がした。

自分の『罪』を、消したい・・・。

『楽』になりたい・・・。

ただ逃げる為に、私は『死』を望んでいるようだった・・・。


『憎しみ』からは、『憎しみ』しか生まれない。


では『憎しみ』を止めるには、どうすれば良いのだろうか・・・?


_____________________________________



八月十二日(9月27日)


継兄さん達一行は、会津・塩沢村(しおざわむら)にある『医師』矢沢宗益(やざわそうえき)様の家に留まる事になった。


継兄さんは『松屋』と言う商人を枕許に呼び、こう言った。


「先生に・・・伝えて欲しい・・・。

・・・継之助(つぎのすけ)は・・・先生の教えを・・・守り・・・通したと・・・」


先生とは、備中(びっちゅう)松山(まつやま)藩『儒学者』山田方谷(やまだほうこく)様の事である。


継兄さんは次に花輪求馬(はなわもとめ)様を枕許に呼び、こう言った。


「スネルに・・・三千両・・・預けて・・・ある・・・。

おみしゃんは・・・鋭橘(えいきつ)様を連れて・・・寒沢港(かんざわこう)へ・・・向かえ・・・。

鋭橘様には・・・フランスへ・・・渡航して頂くのだ・・・。

そして情勢が変わったら・・・戻るように・・・して・・・くれ・・・。

牧野家の・・・血を・・・絶やしては・・・ならぬ・・・!!!」


継兄さんは鋭橘様(『長岡藩第十一代藩主』牧野忠恭(まきのただゆき)様のご子息。『長岡藩第十二代藩主』牧野忠訓(まきのただくに)様の義弟)を、フランスへ亡命させようと画策していた。

それは、牧野家の滅亡を阻止する為であった。


継兄さんは、続けた。


「会津は・・・亡びる・・・。

奥羽越(おううえつ)列藩同盟(れっぱんどうめい)』は・・・崩れる・・・。

長岡藩が・・・この先・・・頼る・・・藩は・・・庄内(しょうない)藩だ・・・。

・・・庄内藩を・・・頼れ・・・」


最後に継兄さんは寅さんを呼び、こう言った。


「世の中は・・・大変に面白くなって来た・・・。

(とら)や・・・。

何でも・・・これからの事は・・・『商人』が・・・早道だ・・・。

思いきって・・・『商人』になりやい・・・。

おみしゃんの事は・・・花輪に・・・頼んである・・・。

『商人』になって・・・長岡のような・・・狭い所ではなく・・・汽船に乗って・・・世界を・・・見ろ・・・。

これからは・・・『商人』の・・・時代だ・・・。

・・・『武士』は・・・もう・・・俺が死ねば・・・最後だ・・・。


ああ・・・。


戦は・・・したくないものだ・・・。

・・・戦せずに済めば・・・汽船の二、三隻購入して・・・新潟を拠点にして・・・家中の次、三男を『商人』に仕立てたのに・・・」


継兄さんは最期まで義理堅く、先を見通す目を持った、優しい人であった。


継兄さんがもっと長生きしていれば、日本は『違う日本』になっていたのかもしれない。

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