五つの花 『五.朝日山』
五月十一日(6月30日)
朝霧の中、榎峠に喇叭の音が鳴り響いた。
前日の戦で疲れ切って眠っていた『旧幕府軍』は、この喇叭音で飛び起きた。
「この喇叭は、『衝鋒隊』が吹いているのか!?」
「そうだろう!!
『衝鋒隊』は、榎峠南側の信濃川で『新政府軍』の動向を見張っていたはずだ!!
喇叭を吹いたと言う事は、『新政府軍』に動きがあったと言う事だ!!
もしかしたら、『新政府軍』が信濃川を渡河して来たのかもしれない!!
急いで戦の準備をするぞ!!」
「ああ!!!」
「我らも、急いで他の味方に知らせねば!!
法螺を吹け!!」
「はい!!!」
『ボオオー』
『ボオオー』
『ボオオー』
喇叭の高い音と法螺の低い音が谺し、榎峠は騒然となった。
この時、薩摩藩『外城隊』と長州藩『奇兵隊』四番小隊ら三百名が舟に乗って信濃川を渡河し、榎峠から六百尺(約200メートル)南にある横渡村(現在、六日市村)に上陸して来ていた。
横渡村は、小千谷への通り道でもあった。
『新政府軍』は逃げ遅れた横渡村の村人達を徴発しながら、榎峠を目指した。
榎峠にいる『旧幕府軍』は息を潜め、『新政府軍』を待ち構えた。
「見えた!!
『新政府軍』だ!!」
『旧幕府軍』は、射撃準備をした。
しかしその瞬間、遠くから銃が雨のように降って来た。
『新政府軍』が、先に一斉射撃を始めたのだった。
『ドキューーン』
『ドキューーン』
『ドキューーン』
『ドキューーン』
『ドキューーン』
「ぐぉ!」
「げぇー!!」
『旧幕府軍』は頭を貫かれて即死した者、胸を撃たれた者、目を潰された者等、多くの死傷者が続出した。
『新政府軍』が持つ新式の『スナイドル銃』は、『旧幕府軍』の持つ旧式の『ゲベール銃』とは命中率も射程率も雲泥の差だった。
『旧幕府軍』の中に、次第に恐れが生じて来た。
しかし、その恐怖を払拭しようと長岡藩兵が声を上げた。
「このままでは、戦わずして全滅となる!!
一矢報いて、殿への手向けとしようぞ!!
今こそ、長岡藩士の意地を姦賊に知らしめてやるぞ!!
全員、斬り込み用意ーーー!!!」
『新政府軍』に突進しようとする彼らは、血気に逸る長岡藩・大川市左衛門様率いる『刀隊』だった。
彼らは射撃の合間に、刀で立ち向かおうとした。
『刀隊』が『新政府軍』に突っ込もうとした瞬間、会津藩『朱雀士中四番隊』を率いる佐川官兵衛様が制止した。
「待て!!
戻れーーーーーーーーー!!」
大川様は、自分達を止める佐川様に向かって叫んだ。
「何故だ!!
このままでは、全滅するぞ!!!」
それに対し佐川様は、大川様を睨みながら苦しそうに言った。
「刀などでは、太刀打ち出来ぬ!!
俺は、『鳥羽・伏見の戦い』を経験している!!
刀で戦いを挑んで死んでいった者達を、沢山見た!!
銃の前では、刀など無に等しい!!
今出て行けば、ただ死にに行くだけとなる!!
それこそ、無駄死にだ!!」
「・・・」
「一矢報いたいのならば、『新政府軍』に打撃を与えなければ意味が無い!!
此処で其方達が死んでも、『新政府軍』が喜ぶだけだ!!」
大川様は、佐川様を睨みながら叫んだ。
「では、どうすれば良いのか!?
何もせず、死を待てと言うのか!?」
佐川様は『新政府軍』を見据えながら、答えた。
「『新政府軍』を出来るだけ近付けてから、一斉射撃するのだ!!
各兵士には、無駄な銃撃はしないようにさせよ!!」
大川様は、それに対して反論した。
「しかし、榎峠の対岸からも『新政府軍』が銃を撃って来ているのだぞ!!
それに、『新政府軍』の援軍もこれから来よう!!
そうなっては、もう我らだけでは此処を守りきれない!!」
佐川様は、眉間に皺を寄せながら言った。
「確かにそうだ・・・。
だからこそ、『新政府軍』を違う場所から攻撃する必要がある・・・。
それは、何処が良いのか・・・」
その時、大川様は朝日山を見つめながら叫んだ。
「朝日山がある!!!」
大川様が見る朝日山の方を向き、佐川様も叫んだ。
「朝日山!!
朝日山か!!」
大きく頷きながら、大川様は続けた。
「そうだ!!!
信濃川右岸にある朝日山は、標高千尺以上(約340メートル)の山だ!!
朝日山の頂上から『新政府軍』を攻撃をすれば、『新政府軍』に打撃を与える事が出来る!!
榎峠も、必ず死守出来る!!」
「なるほど!!
朝日山の頂上からなら、眼下を一望出来る!!
『新政府軍』の動きを、直ぐに察知出来る!!
尚且つ、高地から低地への攻撃は命中率も高くなり、致命的打撃威力も高まる!!」
「そうだ!!
それに、榎峠からは朝日山へは十五町(約1.6キロメートル)程だ!!
榎峠からは、それ程遠くはない!!
今直ぐ、進行して来る『新政府軍』の左側に聳える朝日山へ向かい、砲撃するのだ!!!」
「うむ!!
それならば、『新政府軍』に大きな打撃を与える事が出来る!!
だが、どの隊に向かわせる!?
我々は、此処を動く事が出来ない!!」
「朝日山へは、別働隊に向かわせよう!!
『伝令』を飛ばして、この作戦計画を他の『旧幕府軍』に知らせ、別働隊に朝日山へ向かってもらうのだ!!」
「よし!!
分かった!!
では、その手配は頼む!!」
「承知した!!!」
大川様は、早速その手配に掛かった。
そして佐川様は、戦い続ける『旧幕府軍』に向かって大声で叫んだ。
「皆!!
聞けーーーーーー!!
これから、別働隊に朝日山を占領させる!!
そして、朝日山を占領した隊が榎峠の『新政府軍』を攻撃する!!
朝日山から攻撃されれば、榎峠にいる『新政府軍』も撤退するはずだ!!
それまで、我らは榎峠を死守しなければならない!!
榎峠と朝日山を越えれば、長岡城まで平野が続く!!
もし『新政府軍』に榎峠と朝日山を占領されれば長岡は四方から攻撃され、城が落ちるのも時間の問題となる!!
榎峠と朝日山は、この戦の『最終防衛線』だ!!
我々は、何としても此処を守り抜かなければならない!!
『此処を死守する事』こそが、今、『我らの為すべき事』だ!!
だが、無駄に命を散らしてはならない!!
絶対に、死んではならない!!
生きて、此処を守るのだ!!」
佐川様の言葉に対して、『旧幕府軍』の瞳に生気が戻った。
皆、叫んだ。
「『此処を守る事』こそが、『長岡を守る事』だ!!
死んで、なるものか!!」
「我らは、榎峠を守らなければならない!!
死守する為にも、我らは何が何でも死んではならぬぞ!!!」
「おーーーーーーーーーー!!!」
その後、佐川様達の作戦計画は『旧幕府軍』に伝えられた。
そして、榎峠山中にいた長岡藩『槍隊・安田多膳隊』『田中小文治隊』、会津藩『萱野右兵衛隊』、桑名藩・立見鑑三郎様率いる『雷神隊』が朝日山に向かう事となった。
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午後二時
激しい雨が、降り出して来た。
その中を『旧幕府軍』の一部が、榎峠を駆け降りていた。
彼らは銃弾が飛び交う中を走り、泥に塗れながら朝日山を目指した。
『旧幕府軍』の動きに気付いた『新政府軍』は、急遽『奇兵隊』の選りすぐりの兵を朝日山に向かわせた。
「『旧幕府軍』に、朝日山を占領されてはならん!!
早く朝日山に登れーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
『旧幕府軍』と『新政府軍』が、同時に朝日山を目指して走り登った。
そして、その山頂を先に制したのは、『旧幕府軍』だった。
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五月十二日(7月1日)
『ドォーーーーーーーン!!!』
雨の中、夜明けと同時に鈍重な砲声が鳴り響いた。
『新政府軍』が、信濃川対岸の三仏生から砲射したのだ。
『旧幕府軍』も応戦したが、『新政府軍』の撃つ四斥山砲など最新式の大砲の方が着弾が正確であった。
しかし敵味方が密集している所での大砲の砲撃は、双方に多くの死者を出した。
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その頃、『新政府軍・参謀』山県狂介と松下村塾時代からの親友・時山直八は信濃川を渡河し、作戦を練っていた。
彼らも『新政府軍』が榎峠を奪取する為には、朝日山にある『旧幕府軍』の塁を砲撃し、朝日山を手中に収める必要があると考えていた。
地形的に不利な位置にいた『新政府軍』を有利にする為には、朝日山を攻略する事が急務であった。
二人は、朝日山をどうやって攻略するのか悩んでいた。
時山は、怒りながら山県に言った。
「くそ!!
朝日山を、先に『旧幕府軍』に占領されるとは・・・!!
あそこを取られれば、信濃川右岸にある平坦な『新政府軍陣地』は不利だ!!」
「・・・」
「これ以上は、我慢出来ん!!
明朝、俺は『奇兵隊』約二百人の兵を率いて朝日山を攻撃する!!」
山県は、時山のこの作戦に意見した。
「『奇兵隊』だけでか?
それは、止めた方が良い。
『新政府軍』として、総兵力で攻撃すべきだ」
それに対して、時山は反論した。
「朝日山攻略は、早急に行わなければならない!!
前線で戦う他藩には、全く士気がない!!
結局は、長州藩と薩摩藩が命懸けで戦わなければならない事が多いではないか!?
ならば長州藩兵・薩摩藩兵を温存するのではなく、前線に投入した方が早い!!
「・・・」
「弱腰の他藩に任せていては、この作戦は水泡に帰す!!
時間が無いのだ!!」
「しかし今回『奇兵隊』だけでこの作戦を遂行すれば、他藩からも反感を招くだろう・・・」
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山県が懸念していたのは、『内部分裂』だった。
長州藩と薩摩藩は、戦いの中で、どちらが主導権を握るかでいつも争っていた。
長州藩も薩摩藩も私利私欲の為に手を握ったが、お互いを信用しきってはいなかった。
特に長州藩の薩摩藩に対する憎悪は、決して消える事はなかった。
また時代の流れの為に仕方なく『新政府軍』に与した藩も加わっていた為、『新政府軍』はまとまりもなく、それが戦いにも影響した。
長州藩と薩摩藩は自藩の損害を少なくする為に、前線には他藩の藩兵を投入し、勝敗の分かれ目の時に長州藩兵・薩摩藩兵を参戦させる作戦をとっていた。
しかし諸藩兵の全てが抗戦的では無かった為、戦線が膠着する事が多かった。
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時山は、唾を飛ばしながら叫んだ。
「何を言う!!
やる気のない他藩に、文句を言う権利など無い!!
今こそ、『関ヶ原の戦い』だ!!
『維新』を遂行する為には、『奇兵隊』だけで戦わねばならない!!
他の藩など、頼りにはならん!!」
山県は深く溜息をつき、答えた。
「分かった・・・。
では俺は小千谷『本営』に戻り、精兵を率いて来援する・・・」
時山はそれを聞き、山県に質問した。
「小千谷『本営』?
まさか、岩村も連れて来るつもりでは無いだろうな!?」
山県は皮肉気に笑いながら、答えた。
「ふっ!!
無能な岩村が、この戦を招いたのだぞ?
あいつを、連れて来る訳がなかろう」
時山は、安堵の溜息をつきながら言った。
「それならば、安心だ!!
あいつは、役立たずだからな!!」
二人は、大声で笑い言った。
小千谷『本営』に戻る時、山県はふと立ち止まり、時山に言った。
「時山・・・。
くれぐれも、早まるなよ・・・」
時山は、力強く答えた。
「ああ!!」
それが、山県が『生きている時山』を見た最後だった。
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この頃、長岡藩『長谷川健左衛門隊』を率いる『隊長』長谷川様は、信濃川右岸の寺島を守っていた。
「長谷川様!!
信濃川の対岸に、『新政府軍』の姿が見えます!!」
隊士の声を聞き、長谷川様は信濃川の近くに駆けつけた。
「何人だ!?」
「分かりません!!
しかし、こちらよりも多いと思われます!!」
長谷川様は、目を凝らして対岸を見て呟いた。
「多いな・・・」
隊士は、続けた。
「彼らが決死の覚悟で信濃川を渡ろうとすれば、どんなに激しい流れでも渡る事が出来るのではありませんか!?」
長谷川様は、苦しそうに答えた。
「ああ・・・。
もしそのような事になれば、この人数では長時間持ち堪える事は出来まい・・・!!
よし!!
私は、今から摂田屋『本陣』へ増援を求めに行く!!
直ぐに戻って来る!!
それまで、何としても此処を死守してくれ!!
信濃川を渡られては、『新政府軍』は直ぐにでも城下に雪崩込んで来る!!
我らが此処を守り抜かねば、城は落ちる!!!」
「はい!!
承知致しました!!
長谷川様が戻られるまで、我らが必ず此処を死守してみせます!!」
「頼んだぞ!!」
「はい!!
長谷川様も、お気を付けて!!」
長谷川様はその言葉を聞き、急いで摂田屋『本陣』へと馬を走らせた。
長谷川様が摂田屋『本陣』に着くと、其処には『軍事掛』花輪求馬様と三間市之進様がいた。
長谷川様は早速地図を広げ、二人に建言した。
「今、信濃川は増水している!!
渡河は、不可能に思われる!!
しかし、この地図を見よ!!
寺島は、此処だ!!
大島にいる『新政府軍』が決死の覚悟で攻めて来れば、必ずこの寺島に流れて来る。
もし『新政府軍』が寺島に攻めて来れば、老兵ばかりの我が隊だけでは防ぎきれない!!」
「・・・」
「『新政府軍』の侵入を許せば、城下に『新政府軍』が押し寄せて来る!!
そうならない為にも、どうか二、三小隊と大砲二、三門を寺島に増援してもらいたい!!」
「・・・」
長谷川様の訴えに、二人は沈黙した。
沈黙する二人に、長谷川様は怒気を含めながら叫んだ。
「『新政府軍』は数日の内に必ず信濃川を渡河して、大軍で長岡城下へ攻め込んで来る!!!
今の内に手を打っておかなければ、取り返しのつかない事になる!!!」
温厚で穏やかな長谷川様が怒った事に、二人は恐縮した。
花輪様は、苦しそうに答えた。
「信濃川の防備が手薄なのは、十分承知しております・・・。
しかし、今は・・・。
今は・・・兵が足りないのです・・・。
取り敢えず、大砲二、三門は派遣致しましょう・・・。
それ以上は・・・」
「・・・」
その頃、『妙見口の戦い』が始まったばかりで、信濃川へ増援を向かわせる余裕が『旧幕府軍』にはなかった。
花輪様は、続けた。
「後日、しかるべき者を視察へ向かわせます・・・。
だから、今は・・・」
「・・・分かった。
兵が足りないのならば・・・仕方がない・・・」
そう言って、長谷川様は肩を落として寺島へ戻って行った。
長谷川様は継兄さんの奥様・すが様のご実家の当主と言う事で今回の戦では重用されたが、既に五十歳を越えていらした。
毎日の警備で、疲労も激しかった。
信濃川の死守は、長谷川様にとって重荷となっていた。
ただもし、長谷川様のこの建言を直ぐにでも入れていれば、もし兵力がもっとあれば、その後の結果は違っていたのかもしれない・・・。
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五月十三日(7月1日)
午前六時
隣の人の顔も識別出来ない程、厚い雲のような霧が立ち込めていた。
その真っ白い霧の中から、怒声が聞こえた。
「早く行け!!
グズグズするな!!」
その怒声は、長州藩士・時山直八のものだった。
時山は榎峠を奪取する為、『奇兵隊』約二百人を率いて朝日山を登っていた。
時山は時期を逸してはならないと考え、山県の援軍を待たずして進軍したのだった。
時山が怒鳴った相手は、横渡村の重左衛門。
時山は重左衛門を脅して、朝日山の道案内をさせた。
時山が、『奇兵隊』の先頭を歩かせる重左衛門に命じた。
「『旧幕府軍』の背後に出るように、案内しろ!!」
「へ・・・へえ!!」
重左衛門は恐怖と霧で、周りが良く見えなかった。
また重左衛門にとって、朝日山は良く知らない場所でもあった。
その為、重左衛門は方向を間違えてしまった。
自分が方向を間違えた事に気付いた重左衛門は、突然立ち止まった。
動かなくなった重左衛門に、時山は怒鳴った。
「どうした!?」
歯の根が合わない重左衛門は言葉を失い、震えが止まらず、大きく目を見開いていた。
訝しんだ時山は、重左衛門を見つめた。
そして尋常ではない重左衛門の様子に気付き、叫んだ。
「もしや、道を間違えたのではあるまいな!?」
時山の形相に重左衛門は恐れ慄き、土下座をして許しを請いた。
「ひいーーーーーーー!!」
申しわけありません!!
申しわけありません!!
おゆるし下さい!!
おゆるし下さい!!」
「この役立たずが!!」
「ひいーーーーーーー!!」
時山は、重左衛門を蹴り飛ばした。
そして、白い霧に囲まれながら辺りを見回した。
「くそ!!
一体、此処は何処なのだ!?」
実はこの時、時山達『奇兵隊』は引き返せない所まで来ていた。
時山が気付いた時には、もう遅かった。
此処まで来た以上、『奇兵隊』は作戦を変更する事は出来なかった。
時山達は、進む事しか出来なかった。
霧が、次第に晴れて来た。
敵味方の姿が、互いに認知出来るようになって来た。
それを好機と思った時山は、全兵士に命じた。
「仕方がない!!
突撃しろーーーー!!!」
時山達は、突撃した。
時山は右手に太刀、左手に軍旗を振りかざして『奇兵隊』の先頭に立って走り出した。
長岡藩『槍隊・隊長』安田多膳様は、霧の中から突進して来る時山達の姿を見つけた。
『槍隊』は、攻めて来た『新政府軍』に槍で応戦しようとした。
「『新政府軍』だーーー!!
『新政府軍』が、攻めて来たぞーーー!!
戦闘準備ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
そして応戦しようとしたその時、それを止める声がした。
「待て!!!」
その声の主は、桑名藩『雷神隊・隊長』立見鑑三郎様だった。
立見様は、冷静な声で言った。
「まだ、霧は晴れきっていない!!
このままでは、混戦となる!!
同士討ちも起こり、守る側の我らには不利だ!!
私に、『考え』がある!!
任せてくれ!!」
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立見様は『槍術』『剣術』の使い手で、学識もあり、『フランス式用兵術』も学ばれた方だった。
その有能さから、二十三歳という若さで『雷神隊・隊長』に選ばれた。
『雷神隊』は桑名藩抗戦派で組織された軍隊で、『鳥羽・伏見の戦い』では『旧幕府軍』として激しく戦った。
立見様はその経験から、『近代戦法』や『実戦』を熟知していた。
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立見様は、大声で『新政府軍』に向かって叫んだ。
「敵兵数十人を倒し、分捕り品も多い!!
我が軍の勝利は、間違いない!!
奮戦して、敵兵を一人残らず生きて返すな!!!」
『奇兵隊』はその言葉に怯え、怯んだ。
「既に、味方が倒されている!?
もしや、この先、大軍が待ち構えているのかもしれない・・・!!」
「そんな!?
それでは、我らだけでは対抗出来ないぞ!?」
「逃げろーーー!!
逃げろ!!
逃げろ!!
逃げろーーー!!」
『奇兵隊』が逃げる隙に、立見様は『旧幕府軍』に一斉攻撃を命じた。
「今だ!!
撃てーーーーー!!!」
一斉に鳴り響いた銃声に驚愕し、『奇兵隊』は一目散に逃げ出した。
『新政府軍』の中には正式に組織された隊だけではなく、無頼者やお金に釣られた者を集めた隊もあった。
そういった隊は『覚悟』も『志』も無く、規律も乱れており、いざと言う時に直ぐに瓦解した。
自分の命を、何よりも重んじるからだ。
立見様の作戦は、この新政府軍の弱点を突いた『心理作戦』であった。
立見様が叫んだ言葉は、『奇兵隊』を混乱させるのに十分だった。
恐怖に怯え、我先にと急斜面を駆け降りた『奇兵隊』の中には、断崖から墜落して死んだ者もいた。
また狼狽していた為か、持っていた番傘を落下傘のように使って、五十尺(約15メートル)の崖を飛び降りた者もいた。
必死に逃げる『新政府軍』を止めようと、金倉山山中の大開山と鬼倉山の間で時山は必死に叫んだ。
「逃げるなーーー!!
迎え撃てーーーーー!!」
その時、一発の弾が時山に向かって飛んで来た。
『ドビューーーー!!!』
「ぐぉ!!!」
銃撃音と共に時山はもんどりを打って、その場に倒れた。
弾は、時山の顔面に命中した。
顔面からは、大量の鮮血が噴き出した。
時山は、即死だった。
「時山様ーーー!!」
部下が倒れた時山の身体を抱き起こしたが、時山は既に事切れていた。
「せめて・・・首だけでも・・・!!」
そう言って、部下は何とか時山の首を掻き斬って逃げた。
時山の首の無い遺体をそのまま放置して、大将を失った『奇兵隊』は退却せざるを得なかった。
その後、他の『新政府軍』が援軍に来たが、同時に榎峠から駆けつけて来た『旧幕府軍』に挟み撃ちにされ、撤退を余儀なくされた。
『新政府軍』一万対『旧幕府軍』五千の『朝日山の戦い』は、『旧幕府軍』の圧倒的な勝利であった。
『奇兵隊』が逃げた後、追って来た『旧幕府軍』の兵が時山の首なし遺体を発見した。
「随分、立派な出で立ちだな・・・。
この遺体は、敵将のものではないか・・・?」
「何か、身分の分かる物を所持していないか?」
『旧幕府軍』の兵は、遺体の懐中を探ってみた。
すると、懐中には一冊の手帳が入っていた。
「手帳があります!!
『長州藩・時山直八』と書かれています!!」
「長州藩・時山直八!?
そいつは、長州藩『奇兵隊・参謀』ではないか!?」
「おお!!
それはめでたい!!
敵将を、討ち取ったぞ!!」
「祝いだ!!
今夜は、酒を飲もうぞ!!」
「おう!!
めでたい!
めでたい!!」
その晩は皆、勝利に酔いしれ、喜びを分かち合った。
この日の戦闘の死者は『新政府軍』四十六名に対して、『旧幕府軍』九名であった。
『旧幕府軍』は見事、朝日山を占領し、榎峠を死守する事が出来た。
しかし、その勝利の裏には、多くの苦しみと犠牲があった。
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朝日山山中の『旧幕府軍』は、連日から降る激しい雨にも苦しめられた。
『陣営』も無かった為、彼らはずっと足袋に草鞋を履いたまま昼夜は野に伏し、山で寝た。
その為、足の指と指の間が腐乱した。
武器や衣類も雨で濡れ、少しでも雨を防ぐ為に山頂にあった一本の松の木の根本に『旧幕府軍』兵士が集まり、芋を洗うようであった。
雨は体温を奪い、武器を使いものにならなくしていった。
恐怖と不安と寒さの中、『旧幕府軍』は戦っていたのだ。
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会津藩士・堀田内蔵之介様は『新政府軍』の攻撃から逃げきる事が出来ないと思い、腹を切ってそのまま滝壺に落ちた。
しかし、運良く息を吹き返した。
掘田様は身体を引きずるようにしながら、味方の『陣地』へ向かった。
炎天下の中、溢れ出て来る内臓を抑えながら、掘田様は山中を彷徨い歩いた。
二、三日後なんとか味方の『陣地』に辿り着く事が出来たが、十分な手当をしていなかった為、切り口全てから蛆がわき、大腸も露出していた。
そして数日間苦しみ、堀田様は悶え死んだ。
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会津藩士・新国英之助義成様と言う十六歳の少年は、連日の戦闘で疲れていた。
その晩、共に戦っていた父と戦場で寝入っていたところを『新政府軍』に見つかった。
間一髪のところで父親は逃げる事が出来たが、彼は起き上がりざまに斬り殺された。
父親は息子を助ける事が出来なかった悔恨から、戦後放置されたままの彼の遺体を探し出し、朝日山の山中に埋めた。
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会津藩『朱雀寄合組』に属する武田富松様と言う少年は、戦いの中、弾丸が顔面に命中した。
その弾丸は少年の二本の前歯を砕き貫いて、耳の下に抜けた。
顔面は、真っ赤な血で埋め尽くされた。
少年の苦しみは凄まじく、悲惨であったと言う。
彼は悶え苦しみ、のたうち回るしかなかった。
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田中小文治様率いる足軽以下の長岡藩士で編成された『銃卒隊』に、清吉と言う名の『銃卒』がいた。
『ドビュー!!!』
一発の弾丸が、清吉の顔面に当たった。
鮮血を吹き出しながら、弾の勢いで吹き飛ばされた清吉は壕の中に落ちた。
清吉はドクドクと溢れ出る血の為に、両目を開ける事が出来なかった。
そして、介抱していた仲間に聞いた。
「自分は右目を負傷したのか、それとも左目を負傷したのか!?」
仲間は清吉の冷静さと、出血の量に驚きながら叫んだ。
「左目だ!!」
清吉はその言葉を聞いて喜び、自信を持ちながら言った。
「左目ならば、安心だ!!
まだ、右目がある!!
右目で、『新政府軍』を狙える!!」
足軽出身の清吉にとって、銃が扱えなくなると言う事は『役立たず』と思われる事と同じであった。
どんな事があっても、足軽出身者は銃で戦わなければならなかった。
しかし、それ以上に清吉を奮い立たせたのは、父祖以来、鉄砲で長岡藩に奉公してきたと言う『誇り』と故郷を守りたいと言う『思い』があったからだろう・・・。
それが、清吉に不屈の精神を奮い起させたのかもしれない・・・。
彼の勇姿は、後世まで語り継がれる事となった。
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戦況の厳しさから『死』を覚悟した長岡藩兵の中には、遺書を書き、身に付けていたものや斬髪を家族宛に届けさせる者も数多くいた。
『ガターン!!』
突然の音に、村松村の旅宿『笹屋』の主人は物音のした入り口を恐る恐る見た。
其処には、負傷した長岡藩兵が雨で水浸しになって倒れていた。
「どうされました!?」
『笹屋』の主人は長岡藩兵に急いで近寄り、抱き起こした。
長岡藩兵は、意識を失っていた。
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『笹屋』の主人は、長岡藩兵に同情的であった。
傷ついた長岡藩兵に酒食を振る舞ったり、『笹屋』の周辺に焚き火をして兵を温めたり、濡れた軍服を乾かしたりなどしてくれていた。
また村人を雇い、金倉山に造る『陣小屋』の為の資材を運ばせたりもした。
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『笹屋』の主人は、倒れていた長岡藩兵を直ぐに介抱した。
しばらくすると、長岡藩兵は意識を取り戻した。
『笹屋』の主人は長岡藩兵に食べ物を与え、濡れた軍服を乾かしてくれた。
長岡藩兵は、『笹屋』の主人に聞いた。
「何故・・・私を助けてくれた・・・?
『新政府軍』に私を助けた事を悟られれば、其方も無事では済まぬだろうに・・・」
『笹屋』の主人は、微笑みながら答えた。
「『傷ついた人を助ける』
当然のことをしたまででございます」
それを聞いた長岡藩兵は、眩しい目をしながら続けた。
「いや・・・。
余程の勇気と優しさがなければ、出来ぬ事だ・・・」
「・・・そう言って頂けるだけで、十分でございます・・・」
その言葉を聞き、長岡藩兵は俯き、震えながら答えた。
「其方の優しさに対し、私はどんなに感謝してもしきれない・・・。
有り難う・・・。
有り難う・・・」
長岡藩兵は、『笹屋』の主人に何度も何度も礼を言った。
そして、続けた。
「済まぬが・・・あと一つだけ、頼まれてくれぬだろうか・・・?」
「何でございましょう?」
「筆と紙を、貸してくれ」
「はい。
お待ち下さい」
『笹屋』の主人は奥へ行って、筆と紙を持って来た。
それを受け取ると、長岡藩兵は遺書を書き始めた。
そして髪を切り、封書に巻いた。
長岡藩兵はそれを差し出しながら、『笹屋』の主人に言った。
「これを、私の家族へ渡してもらいたい。
勿論、戦が終わってからで良い。
其方の命を、第一に考えてくれ・・・。
この願い・・・聞き届けて・・・貰えないだろうか・・・?」
悲痛な表情の長岡藩兵の姿を見て、『笹屋』の主人は胸から込み上げて来るものを抑える事が出来なかった。
そして、吐き出すように言った。
「はい・・・!
はい・・・!!
畏まりました!!
必ず、ご家族にお渡し致します!!
必ず・・・!!
必ず・・・!!」
その言葉にほっとした表情で、長岡藩兵は続けた。
「少ないが、此処に二分(約3万円)ある。
これは、其方への『感謝の気持ち』だ。
受け取ってくれ」
「そんな、頂けません!!
それは、貴方様が持っているべきです!!
これから、必ずお入りようになります!!」
長岡藩兵は、微笑みながら答えた。
「私には、もう必要ない・・・。
それに、これでしか其方への礼が出来ぬ・・・。
お願いだ・・・。
受け取ってくれ・・・」
『笹屋』の主人は悲しく微笑む長岡藩兵を見つめ、諦めたように言った。
「・・・畏まりました。
では、一時預からせて頂きます。
しかし戦が終わって生きておられたら、必ずこちらへお立ち寄り下さい。
その時は、今以上の『おもてなし』をさせて頂きます」
長岡藩兵はその言葉を聞いて驚き、そして微笑んだ。
「有り難う・・・。
では、世話になったな・・・。
其方も・・・気を付けるのだぞ・・・」
「はい・・・。
どうか・・・。
どうか・・・貴方様も、お気を付けて・・・」
長岡藩兵は怪我をした身体をゆっくりと動かしながら、林の中へと歩いて行った。
その姿を、『笹屋』の主人は最後まで見送った。
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金倉山麓にある小栗山の『庄屋』監物多左衛門の家に、『旧幕府軍』が土足で入り込んで来た。
まだ寝ていた多左衛門の家族は、叩き起こされた。
多左衛門は、恐る恐る尋ねた。
「な・・・何事でございますか!?」
ある兵士が、答えた。
「私は、会津藩『越後口総督』一瀬要人である。
今から、此処を『旧幕府軍』の『本陣』とする。
付近の二十村郷の各村の『庄屋』『組頭』の村役人を、直ぐに出頭させよ!!」
「はい!!」
断っては、殺気立っている兵達に何をされるか分からない。
多左衛門は直ぐに『出頭文』を村人に持たせ、各村に使いを出した。
各『庄屋』『組頭』の村役人達は、羽織を着て直ぐに多左衛門の家に駆けつけた。
一瀬様は、『庄屋』達の前で叫んだ。
「各村、米を出し、炊き出しをせよ!!」
「はい!!」
『庄屋』達は恐れ慄き、承諾するしかなかった。
直ぐ様、庄屋屋敷の前に十間(約18.2メートル)と三間(約5.5メートル)の兵糧小屋が造られ、其処に兵糧米や味噌、漬物等が収められた。
また『戦勝祝い』として餅を贈るようにと、『旧幕府軍』に言われた。
村人達は貧しい生活をしていたが、黙ってそれを受け入れるしかなかった。
その後村から『軍夫』も徴発され、雨の中『陣場造り』を手伝わされた。
過酷な労働を、村人達は強いられた。
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六日市村の石田家の六十一歳の祖母は、戦闘最中、一人で夕食の支度をしていた。
しかしその時、板戸の隙間から流れ弾が飛んで来て、老女の右脇腹に当たった。
老女は悶え苦しみ、死んだ。
兵士だけではなく、多くの庶民の命がこの戦により犠牲となった。
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五月十四日(7月2日)
『朝日山の戦い』の中、長岡城下では駐屯していた長岡藩兵が厳重な警備態勢を敷いていた。
『槇三左衛門隊』は大工町の本妙寺を『宿陣』として信濃川沿岸を警備し、『長谷川健左衛門隊』や『毛利幾右衛門隊』も長岡城下の西、信濃川沿岸の寺島に出張して対岸を監視した。
また牧野頼母様の大隊を前島村に、『稲垣林四郎隊』『森一馬隊』を長岡城下に近い草生津渡しに配置していた。
二百俵程の土塁壁を作り、それぞれ兵士を配置したが、それらは十分ではなかった。
榎峠や朝日山など南方の藩境以外、長岡城の左右背後はがら空きだった。
警備する兵も手薄であり、其処を警備する兵も老兵ばかりであった。
お城の西にある信濃川が渡河されれば、城も町も忽ち火の海と化す危険性があった。
その事に、長岡藩も気付いていた。
しかし兵力が足りなかった為、対応しきれなかった。
そんな中、私と團一郎はお城で待機し、戦況を聞くだけの毎日を過ごしていた。
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この頃、村松藩兵の噂を良く耳にした。
佐幕派『家老』堀右衛門様が主権を握った村松藩は兵を長岡へ出陣させ、長岡城下長町にある浄土真宗本願寺派『正覚寺』に入って駐屯した。
そして、村松藩兵は長岡城下を警備した。
しかし夜間に巡回し、提灯であちこち探り回る村松藩兵を民は気味悪く思って、こう噂した。
『まるで・・・町を偵察しているようだ・・・』
夜中、長岡城下を歩き回る村松藩兵は、町の人々にも長岡藩士達にも、こう疑われていた。
『村松藩は、長岡を取り戻しに来たのではないか?』
そう疑われたのは、村松藩と長岡藩の間に『因縁』があったからだった。
村松藩の遠祖・堀直寄様は長岡城を築城したお殿様だったが、築城途中に越後村上への転封が決まり、お城の完成を見る事が出来なかった。
子孫である代々の村松藩藩主は長岡城に未練があり、『参勤交代』の際にも長岡城下を通らず、信濃川を船で下った。
村松藩士は父祖から伝え聞いていた長岡の町を懐かしく、憧れを持って徘徊していたのかもしれない。
しかしその行動が、村松藩が長岡藩から疑われる要因となった。
また村松藩が駐屯していた『正覚寺』も尊皇色の強い寺であった為に、村松藩には常に『裏切り』と言う言葉が付きまとっていた。
私も、町を歩く度に村松藩兵を良く見掛けた。
異様な行動を気味悪くも思ったが、それよりも甲冑を来ての巡回だったので、少々『頼りない』と言う印象の方が強かった。
『このような旧式の武器で、『新政府軍』と戦えるのだろうか』
と、不安に思った。
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私と團一郎は、お城の中で長岡藩兵二人が大声で話しているのに気付いた。
「『旧幕府軍』が『朝日山の戦い』で勝利し、尚且つ『新政府軍・参謀』も討ち取ったそうだ!!」
「おお!!!
何と、それは真か!?
様を見ろ!!
『新政府軍』め!!」
「我らの力を、思い知ったか!!」
「このまま我らが勝ち続け、必ず奸賊から政権を取り戻すぞ!!!」
「ああ!!!」
「真に、『旧幕府軍』の働きは素晴らしいな!!
『旧幕府軍』と『新政府軍』の兵器には、差があると聞いていたが!?」
「確かに、そうだな・・・。
『新政府軍』は外国から最新兵器を輸入し、『鳥羽・伏見の戦い』でも、それにより『新政府軍』は勝利したとも言われている」
「ああ。
それにしても、『攘夷』と叫びながら『新政府軍』・・・。
いや。
薩長は何故、外国製の最新式武器を持っておるのだ?
何故、外国と手を結んでおるのだ?
我が長岡藩は旧幕府と同様、『開国派』だ。
それ故、河井様は早くから最新式武器を輸入し、戦に備えた。
その信念に、揺らぎは無い。
だが、薩長はどうだ!?
自分達の私利私欲の為には、喜んで信念も曲げる!!」
「結局、薩長にとって『尊皇攘夷』とは、権力を握る為の単なる『大義名分』に過ぎないと言う事だ!!
長州藩は国の為ではなく、己等の為の事しか考えておらぬ!!
薩長が『攘夷』を諦め『開国』と言うのなら、『幕府を討つ理由』など無いはずだ!!
それでも戦をして旧幕府を倒そうとするのは、『下剋上』の他何物でも無い!!!」
「そう言えば、こんな噂を聞いた事がある・・・」
「何だ・・・?」
「薩長に武器の輸入を斡旋したのは、土佐藩の坂本龍馬と言う脱藩浪士らしい・・・と」
「坂本龍馬・・・。
そいつは、確か・・・薩摩藩と長州藩を結びつけた奴だったな・・・?」
「坂本は慶応三年(1867年)霜月(11月)に、京都の『近江屋』と言う醤油屋で殺されたと聞いたが・・・」
「そうだ・・・。
そして、犯人は『見廻組』だと言われている・・・」
「『見廻組』とは、『旗本』や『御家人』などで組織された京都の治安部隊の・・・?
『新選組』と同じく、京都警備をしていた隊だったな・・・?」
「ああ。
隊長は会津藩士・手代木直右衛門殿の弟である佐々木只三郎殿であったが、先の『鳥羽・伏見の戦い』のおりに亡くなられたとか・・・」
「では、坂本暗殺の真犯人を確かめる事は難しいな・・・」
「実は・・・私は、こんな噂を聞いた・・・。
実行は『見廻組』だか、坂本の居場所を教えたのは坂本を邪魔者だと考える人間だと・・・。
坂本が薩摩藩と長州藩を結びつけたのは国を一つにする為であり、徳川を亡ぼす為ではなかった。
しかし薩摩藩も長州藩も自分達が政権を握る為には戦をし、多くの血を流して徳川を徹底的に潰す必要があった。
坂本の真意を知った時、薩摩藩も長州藩も坂本を『邪魔な存在』だと感じたに違いない。
いくら『見廻組』でも、坂本の居場所を察知する事は難しいだろう・・・。
坂本は、旧幕府側に狙われている事を知っていた。
だから、居場所を転々と変えていたと言う。
護衛も、付いていただろう。
だがそれでも、暗殺は成功した。
坂本は、『北辰一刀流』の使い手。
その上、拳銃も常備していたと聞く。
そんな相手を、簡単に殺す事が出来るだろうか・・・?
暗殺された時、坂本は潜伏場所を変えたばかりであり、風邪も引いていたらしい・・・。
しかも、何故か護衛をする者もいなかったと言う・・・。
そんな偶然が、あり得るだろうか・・・?
まるで、坂本暗殺をお膳立てしているかのようだ・・・」
「・・・」
「坂本を暗殺させる為に、内部の人間しか知り得ない情報を、誰かが『見廻組』に漏らしたとしか考えられない・・・」
「つまり、その情報を漏らしたのは坂本を邪魔者と考える藩・・・薩摩藩や長州藩だと・・・?」
「ああ・・・。
それと、他にも腑に落ちない点がある。
暗殺者は坂本暗殺後、刀の鞘を落としていったらしい。
鞘を忘れる程狼狽していたのか、刀が曲がって鞘に入らず置いて行ったのか・・・」
「・・・」
「坂本暗殺は、実に鮮やかな手口だったそうだ。
暗殺に慣れている者ならば、気が動転していたとは考え難い。
それに、直ぐに犯人が分かってしまう証拠をわざわざ置いて行くだろうか?
あまりにも、わざとらしい。
まるで、旧幕府側の人間に罪を擦り付けるかのようだ・・・。
実際、残された鞘は『新選組』の原田左之助のものだと当時噂されたからな・・・。
その後の捜査で、『新選組』は全く関わりが無い事も証明されたらしいが・・・」
「もしかしたら・・・坂本暗殺も・・・この戦も、全て薩長が仕組んだものなのかもしれないな・・・」
そう言って、二人は歩いて行った。
私は、二人のいた方向をずっと見ていた。
そして、ある言葉が甦って来た。
『この戦も、全て薩長が仕組んだものなのかもしれないな・・・』
その言葉が、私の頭の中にずっと残った。
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連日の大雨で信濃川の水嵩は増し、流れは激しくなるばかりだった。
また兵力も足りない事もあって、長岡藩首脳は『信濃川の守り』を手薄にしていた。
『信濃川を渡らなければ、『新政府軍』は攻めて来る事は出来ない。
今の状態での信濃川渡河は、不可能だ。
だから『信濃川の守り』は、まだ手薄で良い』
長岡藩首脳の一部は、そう考えていた。
しかし、長岡藩『長谷川健左衛門隊・隊長』長谷川様は『新政府軍』が濁流の信濃川を命懸けで渡って、攻めて来るのではないかと危惧していた。
その時、長岡藩『参政職』梛野嘉兵衛様と『監察』槇十右衛門様が寺島に観察に来た。
信濃川を見た二人は、言った。
「濁流も渦巻き、川幅も普段の数倍になっている。
水流の高さも、一丈八尺(約6メートル)を越えている。
この中を舟で渡るのは、不可能だ。
渡ろうとすれば途中で流れに巻き込まれ、転覆するだろう」
その見解に、長谷川様は意見した。
「確かに、渡る事は難しいかもしれない。
しかし、それが不可能な訳ではない」
「・・・」
「対岸の大島付近から舟に乗り、濁流を乗り切れば、今、我々の立っている場所に辿り着く事は出来る。
藩境の妙見口にある榎峠を守る事が出来ても、長岡城下に近い信濃川側面を奇襲されては元も子も無い!!」
しかし、二人は楽観的に答えた。
「このような大水なら、心配あるまい。
『新政府軍』も、信濃川渡河を断念するだろう」
その言葉に、普段は温厚な長谷川様も怒りを露わにした。
「このような大水だから、危険なのではないか!!
上流の草生津には強力な隊がいるが、下流の此処にはない!!
普段とは違う流れだからこそ、この流れに沿って舟が流れ、この下流に辿り着く可能性が高いのだ!!
だから、此処が一番危険だと言っているのだ!!」
しかし、どんなに長谷川様が訴えても、長谷川様の意見は取り入れてもらえなかった。
信濃川が『天然の防御壁』である事を、長岡藩首脳は信じて疑わなかった。
結局二人は長谷川様を振り切るように、『本陣』へ帰って行った。
長谷川様は信濃川を見つめ、そして遠くに聳える美しい長岡城を悲しそうに眺めた。
長谷川様は城を眺めながら、苦しそうに呟いた。
「私は・・・どうしても、この美しい長岡を守りたいのだ・・・!!!」
そう呟くと長谷川様は強く拳を握り、意を決したように踵を返した。
「長谷川様!?
何処へ!?」
隊士の問いに、長谷川様は決意を込めた目で答えた。
「もう一度、摂田屋『本陣』へ行き、増援を請う!!」
そう言って、長谷川様は馬に乗って摂田屋『本陣』へ向かった。
長谷川様が摂田屋『本陣』に着くと、継兄さんと『軍事掛』花輪求馬様がいた。
長谷川様は、
『信濃川の防備を固めるべきだ!!』
と、二人に真摯に説いた。
しかし長谷川様の訴えに対して、継兄さんは苦しそうに眉間に皺を寄せながら答えた。
「長岡城下の防衛の手薄さは、承知している・・・。
直ぐにでも、増援を向かわせたい・・・」
「では・・・!!」
長谷川様は希望を見出し、継兄さんの顔を明るい目で見つめた。
その目を、継兄さんは直視しなかった。
そして、下を向きながら呟いた。
「しかし、兵が・・・足りぬのだ・・・!!
信濃川守備に向かわせる・・・余分な人員がないのだ・・・!!」
「しかし、信濃川を渡河されては・・・!!」
「分かっている!!
だが、今は、其方達に堪えてもらう他は無いのだ!!
増援は、必ず向かわせる!!
しばらくの間・・・!
もうしばらくの間・・・堪えてくれ・・・!!」
「・・・」
『同盟軍』の兵が足りない事を知っていた長谷川様は、結局それを受け入れるしかなかった。
長谷川様は肩を落とし、無言で寺島へと戻って行った。
翌日、応急処置として大砲二門と長岡藩砲術師範らの門人七、八名を派遣された。
しかし、それも十分ではなかった。
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長谷川健左衛門様以外にも、信濃川での敵情を気にしていた隊があった。
蔵王口を守っていた『武作之丞隊・隊長』武様は、藩校『崇徳館』の助教で秀才の誉れが高かった大瀬庄左衛門様を対岸へ敵情視察に向かわせた。
大瀬様は、『目明かし(町奉行配下で、犯人逮捕の為に働く者)』の仲蔵と共に小舟で信濃川を命懸けで渡った。
対岸の槇下村に向かったつもりだったが、流れが速く、かなり下流まで流されてしまった。
何とか信濃川を渡り切った二人は、徒歩で上流に向かった。
歩きながら大瀬様は、仲蔵に言った。
「仲蔵!
大島まで、先に偵察に行ってくれ。
私は、此処の様子を探ってみる」
「畏まりました」
しばらく後、偵察に行った仲蔵が息せき切って走り戻って来た。
仲蔵は、肩を激しく上下させながら大瀬様に報告した。
「大島には、すでに『新政府軍』の兵が多数おります!!」
その報告を聞いた大瀬様は、叫んだ。
「何!?
大島が、既に『新政府軍』の手に落ちただと!?
大島は、長岡城下の草生津渡しに通じる道だ!!
其処から『新政府軍』が侵入すれば、長岡城は容易に落ちる!!」
そして大瀬様はしばらく考え、一計を案じた。
「此処から先は、私一人で大島村へ向かう。
お前は、此処で待っていろ!!」
「そんな!
危険です!
わたしが、参ります!」
「大丈夫だ!!
大島村には、私の家に奉公に来ていた者の息子がいる!!
何とかなる!」
「大瀬様!!」
すると大瀬様は心配する仲蔵の両肩に手を置き、諭すように言った。
「仲蔵。
もし私が戻って来なければ、お前は武様の許へ向かい、大島が既に『新政府軍』のものとなっている事を報告せよ!
お前なら、何も疑われずに戻る事も出来よう!!
頼んだぞ!!」
大瀬様はそう言うと軍服や刀を仲蔵に預け、百姓に化けて単身、大島村へ向かった。
そして、大瀬様はかつて自分の家に奉公していた久蔵を訪ねた。
百姓姿の大瀬様を見て、久蔵は驚き叫んだ。
「大瀬様では、ありませんか!?」
久蔵は大瀬様の突然の来訪に驚き、また歓喜して大瀬様をもてなした。
大瀬様は声を殺して、久蔵に尋ねた。
「『新政府軍』が、大島にいると聞いた・・・。
どのような様子だ・・・?」
久蔵も、小さな声で答えた。
「はい・・・。
います。
『新政府軍』は村人を無理矢理駆り出し、防壁や防塁を作らせています。
『新政府軍』の法令は厳しく、厳密に『人別改め』も行っており、不審者を侵入させません。
そのような中、外からの人間は容易に入ることは出来ませぬのに、こうしてご主人様がいらっしゃることが出来たのは、本当に幸いでございました・・・」
すると突然、『新政府軍』の兵が久蔵の家に入って来た。
「お前!!
塁壁を造るのを、手伝え!!」
久蔵は、震えながら答えた。
「へ・・・へえ!!
ただいま!!」
すると、『新政府軍』は長岡藩士だと気取られぬように顔を背けていた大瀬様にも命じた。
「何をしている!?
お前もだ!!」
久蔵は大瀬様を庇おうと、『新政府軍』の兵に訴えようとした。
「いえ・・・!!
この方は・・・!!」
庇おうとした久蔵を制して、大瀬様は素早く答えた。
「へえ・・・。
もうしわけありません・・・。
すぐにでも・・・」
そして、大瀬様も『人夫』として駆り出される事となった。
大瀬様は、他にも強制的に働かされていた多くの村人と共に働かされた。
「大丈夫ですか・・・?
大瀬様・・・?」
大瀬様の身体を気遣った久蔵が、心配そうに尋ねた。
「問題無い。
おかげで、敵情を十分観察する事が出来た。
しかし、このままいれば私が長岡藩士だと露見するのも時間の問題。
隙を見て、私は逃げる」
「畏まりました。
お力を、お貸し致します」
「恩に着る!!
其方も、十分気を付けるのだぞ!!」
そして大瀬様は『新政府軍』が目を離した隙に逃げ出し、仲蔵のいる所まで戻った。
その後、信濃川を渡って二人は無事、蔵王に帰る事が出来た。
大瀬様は、早速隊長の武様に大島での事を報告した。
「大島は既に『新政府軍』の手中にありますが、兵数は多くありません!!
今夜密かに下流を下り、不意を撃てば、我が軍の勝利は疑いございません!!
どうか、攻撃命令を!!」
武様はこの建言を聞き、摂田屋『本陣』に伝えた。
しかし、上層部はそれを聞き入れなかった。
『新政府軍』を甘く見ており、また兵も足りなかった事が原因であった。
もし信濃川での守りを固め、『奇襲作戦』をこの時遂行していたならば、『新政府軍』は直ぐに撤退していたのかもしれない。
『新政府軍』はこの時、『参謀』時山直八戦死により狼狽し、混乱していた。
また勝手に行動した長州藩『奇兵隊』に対して、薩摩藩や他の藩との間にも亀裂が生じ、『新政府軍』はバラバラであった。
『新政府軍』に、大きな打撃を与える絶好の機会であった・・・。
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この時薬師峠には会津藩兵二十名と水戸藩兵約四十五名が、薬師峠下の灰爪村には『水戸藩諸生党』四百名が待機していた。
薬師峠は、『新政府軍』を側面から攻撃出来る絶好の場所であった。
『新政府軍』が薬師峠に攻撃しに来る事を、『旧幕府軍』はずっと待っていた。
しかし『新政府軍』は、この『旧幕府軍』の作戦を察知していた。
長岡城を目指してこのまま薬師峠へ進めば狙い撃ちにされる事を、『新政府軍』は気付いていた。
だから『新政府軍』は薬師峠の東と南から、逆に『旧幕府軍』を挟み撃ちにして駆逐しようと考えた。
『旧幕府軍』は『新政府軍』の思惑には気付かず、冷たい雨の中、待機していた。
雨は兵士達の体力を奪い、兵士達は寒さに耐えられなくなっていた。
会津藩・井上哲作様はこの状態を憂慮し、兵士達に言った。
「このままでは、戦まで持ち堪える事が出来ない。
夜更けに会津藩兵九名と自分だけを薬師峠に残し、他を山下へ下ろして休息させよう」
こうして、薬師峠を会津藩士十名で守る事になった。
すると、夜明けと共に『新政府軍』が攻撃を始めた。
『ドキューーーーン!!』
その銃声を聞き、薬師峠に残った会津藩兵は直ぐに応戦に転じた。
「『新政府軍』だ!!!
撃てーーーーーーーー!!!」
直ぐ様、激しい銃撃戦が始まった。
井上様はそんな中『伝令』を飛ばし、山下に援軍を要請した。
だが、なかなか援軍は来なかった。
戦闘から、半刻(約1時間)が過ぎた。
援軍は来ず、『新政府軍』も、もう其処まで来ている。
『最早これまで』
そう考えた井上様は、抜刀しながら叫んだ。
「今日こそは皆、命を捨てて『君恩』を報する日である!!
逃げる者は、打ち捨てる!!!」
この言葉を聞き、会津藩兵達は奮い立った。
会津藩兵達は銃を撃ち続け、次々と『新政府軍』を撃ち倒していった。
その攻撃に、『新政府軍』は怯んだ。
しかし、兵数が違い過ぎた。
気合いだけでは、最早持ち堪えられなかった。
全滅するのも、時間の問題だった。
この時、会津藩『半隊頭』宗像虎四郎様が井上様に建言した。
「御覚悟は分かりますが、幾ら奮戦しても、九人ではこの場を持ち堪える事は出来ません!!
この場は一旦引き揚げて一人残らず引率し、山下にいる味方と共に逆襲する方が得策ではありませんか!?」
その言葉に井上様は少し考え、そして呟いた。
「・・・たとえ少しの間此処を守る事は出来ても、所詮は多勢に無勢か・・・。
此処を取られるだけでなく、兵も全滅するかもしれぬ・・・。
分かった!!
お前の言う通りにしよう!!
皆!!
聞け!!
山下まで撤退し、味方と共に『新政府軍』を攻撃するぞ!!」
そして井上様達は『新政府軍』の攻撃が緩んだ隙に、その場を離れた。
しかし『新政府軍』の攻撃は激しく、井上様達会津藩兵十名は山下の味方五十五名と合流はしたが、結局『水戸藩諸生党』のいる灰爪村まで退却する事となった。
ただ、『水戸藩諸生党』との合流は『最善策』ではなかった。
『旧幕府軍』に参加した『水戸藩諸生党』はいつも何かに怯え、及び腰だった。
彼らは『水戸の天狗党』の復讐に、常に怯えていたのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
水戸ではかつて、保守派である『門閥派(名門上級士族)』と改革派である『天狗党』との争いが激しかった。
諸説有るが、
『下級侍の成り上がり者が調子に乗っている』
つまり
『天狗になっている』
と言う侮蔑を込めて、改革派は『天狗党』と呼ばれた。
『天狗党』は、『尊皇攘夷派』でもあった。
元治元年(1864年)、遂に『天狗党』は『攘夷』を訴える為、筑波山で挙兵した。
『天狗党』の一部は『攘夷』を訴えつつも、軍用金や食べ物を行く先々で強奪し、村に火を放ち、村人を虐殺した。
一方水戸城下では保守派の市川三左衛門様が『諸生党』を結成し、江戸にある水戸藩邸を掌握して『尊皇攘夷派』を更迭した。
水戸藩の『尊皇攘夷派』は一掃され、京都へ向かっていた『天狗党』も遂に捕らえられて斬首となった(天狗党の処刑の際、『桜田門外の変』で殺された井伊直弼様の無念を晴らす為、彦根藩士が首斬り役を志願したと言う)。
『天狗党』がほぼ壊滅した後、『諸生党』は水戸藩を完全に掌握した。
しかし幕府が滅亡し、立場が逆になった。
生き残りの『天狗党』が、『諸生党』を粛正し始めたのだった。
復讐と恨みにより、『諸生党』への『血の制裁』は凄惨を極めた。
『諸生派』は変装し、変名を使い、水戸藩士である事を隠しながら戦った。
紛らわしい隊名を使って、『天狗党』に自分達が水戸藩士である事を気付かれないよう徹底した。
戦で死んだ仲間の遺体を土で隠し、『天狗党』に発見されないようにした。
行き場もなく仕方なく従軍していた『諸生党』は、『生きる場所』を『死に場所』を求めて彷徨い続けていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
薬師峠から敗走して来た井上様は、『水戸藩諸生党』に言った。
「我が軍は、『負け戦』ばかりである。
こう負けてばかりでは、士気も下がる。
だから、今度は貴藩が関原村の『新政府軍陣地』に逆襲して貰いたい」
『水戸藩諸生党』はその提案に戸惑ったが、止むを得ずそれを引き受けた。
『水戸藩諸生党』は灰爪村の『陣地』を引き払い、途中、市野坪村にいる他の隊と合流して薬師峠から襲撃して来た『新政府軍』を迎撃した。
『新政府軍』の戦略拠点地である灰爪の小山を占領するほど、『水戸藩諸生党』は奮戦した。
しかし薬師峠から続々と『新政府軍』の増援部隊が来た為、『水戸藩諸生党』は退却せざるを得なくなった。
この戦いにより、信濃川左岸を守る『旧幕府軍』はいなくなった。
とうとう信濃川は、がら空きとなった。
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時山直八の死後、『新政府軍』の実質的な戦闘指揮者となった山県狂介は、この時≪信濃川渡河作戦≫の実行を考えていた。
「信濃川を渡河し、一気に長岡城を落としてやる!!
『旧幕府軍』を、全滅にしてくれるわ!!
時山の仇は、俺が必ず討つ!!」
山県は、長岡城を睨みながら叫んだ。




