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むつの花  作者: 野口 ゆき
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一つの花 『三.瞽女』

元治(げんじ)元年(1864年) 卯月(うづき)(4月)


「今日は皆で、悠久山(ゆうきゅうざん)へ花見に行こう」


と、朝食をとっている時に父上がいきなり言い出した。

何も考えず思った事を直ぐに口に出す父上に、少々いらいらした母上が『前もって言って下さい』と言いながらも、きよと一緒に楽しそうにお弁当を作った。

一通りの支度を終え、野口家全員で悠久山へ出掛けた。


悠久山は家からは二(ちょう)(約8キロ)で、歩いて半刻(はんとき)(一刻=2時間。半刻≒1時間)以上掛かり少々遠いけれど、この時期に咲く桜は本当に見事で、お花見に出掛ける家が多い。

私達は悠久山の事を、『お(やま)』と呼んでいた。

特に名君であらせられた『長岡藩第三代藩主』牧野忠辰(まきのただとき)公を奉る為に悠久山に建立された『蒼紫神社(あおしじんじゃ)』の桜は、格別綺麗だった。

『お山』には、多くの露店も出ていた。

その露店の近くでは、『瞽女(ごぜ)』さん達が三味線(しゃみせん)を弾きながら唄っていた。


『夫に別れ子に分かれ 

もとの信太(しのだ)へ帰らんと 

心の内に思えども 

いて待てしばしわが心 

今生の名残りに今一度 


童子に乳房を含ませて 

それより信太へ帰らんと 

保名(やすな)の寝つきをうかごうて 

さしあし抜き足忍び足 

我が子の寝間へと急がるる 


我が子の寝間にもなりぬれば 

目をさましゃいの童子丸 

なんぼ頑是(がんぜ)がなきとても 

母の云うをよくもきけ』



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



『瞽女』とは目の見えない女性の旅芸人の事で、三味線等を弾いて生計を立てている。

普段は、『瞽女屋敷』で生活をしている。

『瞽女』は師匠に弟子入りして音曲などを伝授され、地方を転々とする。

『瞽女』と言う名前は『盲御前(めくらごぜん)』から由来していて、特に娯楽の少なかった東北や越後などの豪雪地帯で発展した。

越後には『長岡瞽女』と『高田(たかだ)瞽女』がいて、それぞれ特色があった。

『長岡瞽女』は生家に居ながら師匠に手解きを受け、『高田瞽女』は師匠に養女として迎えられ修行をするといった違いもあった。

三月七日には『瞽女の妙音講(みょうおんこう)』がある。

『瞽女の妙音講』では、『瞽女』は年に一回『瞽女頭(ごぜがしら)』の家へ集まってご本尊の『妙音天女(みょうおんてんにょ)(天界に住み、琵琶を奏で、その音色で人々の心を平穏にさせる天女の事。『弁天(べんてん)様』とも言う。『瞽女』を守る天人)』様へ感謝を申し上げ、自分の実力を披露する為に皆が集まって唄を披露する。

また、和尚様が『瞽女式目(ごぜしきもく)』と言う『瞽女』の由来や戒律、掟を朗読し、それを『瞽女』が聞くと言う大切な儀式でもあった。

戒律に背いた者は折檻を受けたり、もっと重いと『年落之罪(としおとしのつみ)(今まで修行した年数を、三年五年と落とされる。『瞽女』の世界では、修行年数が長ければ長いほど良い。だから、『年落之罪』は『瞽女』にとって屈辱的で不利益。その重い罪とは、男と交わった時である)』を受ける。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「『(くず)葉子別(はこわか)れ』・・・」

お祖父様が、囁いた。

「くずのはこわかれ?」

私と團一郎(だんいちろう)はお祖父様の方を向き、聞き返した。

「信太の森の白狐が、命の恩人である安部保名(あべのやすな)の行方不明の許嫁『葛の葉』に化けて現れ、やがて『童子丸(どうじまる)』と言う子を生む。

しかし本物の『葛の葉』が現れた為に、白狐は夫と子と別れ、信太へ帰らなければならなくなる。

『葛の葉子別れ』は、母親の悲しみを唄った『瞽女』の代表的な唄だ。

付け加えると、『童子丸』は後に希代の陰陽師(おんみょうじ)安部清明(あべのせいめい)となる。

清明は狐の子供だから、色々な不思議な力を持っていたのかもしれないな」

「へえ・・・」

物知りのお祖父様の事を

『やっぱり、お祖父様は色々な事を知っていらっしゃるな・・・』

と改めて思いながら、もう一度『瞽女』さんの唄を聴いていみた。

何だか、物悲しく聞こえて来た。

背景や意味を知ると、こんなにも印象が変わるものなのかと思った。

「あれ?」

私は『瞽女』さん達の中に、私と同い年位の女の子がいる事に気付いた。

小さくて、細くて、色の白い、きれいな顔立ちの女の子。

その子も一緒に、三味線を弾いて唄っている。

「ねえ。

團一郎」

團一郎に声を掛けると、團一郎はぼーとした顔でその女の子を見ていた。

もしかして・・・。

私は、今なら日頃の鬱憤(うっぷん)を晴らせるかもしれないと思った。

團一郎を、からかってやろう。

「團一郎。

もしかして、あの子のことが気になるの?」

團一郎は、一気に耳まで真っ赤になった。

「そんなことない!!」

と捨て台詞を言って、もの凄い速さで走って何処かへ行ってしまった。

「ちょっと!

團一郎ー!!」

少しからかっただけなのに・・・。

何と言う純粋な弟・・・。

動揺のせいか、敬語も使えていない・・・。

からかうのにも気を遣う・・・。

面倒くさい・・・。

あまり遠くへ行かれると、探すのが大変だ・・・。

私は愚痴りながら、團一郎の走って行った方向を呆れながらじっと見た。


『瞽女』さん達の唄が、再び耳に入って来た。


『何を言うても解りゃせん 

誰ぞの狐の子じゃものと 

人に笑われそしられて 

母が名前を呼びだすな 

この後成人したならば


論語大学(ろんごだいがく)四書五経(ししょごきょう) 

連歌俳諧詩(れんがはいかいし)をつくり 

一事や二事と深めつつ 

世間の人に見られても 

ほんに良い子じゃはつめじゃと 


なんぼ狐の腹から出たとて 

種は保名の種じゃもの 

あとのしつけは母様と 

皆人々にほめられな 

母は陰にて喜ぶぞえ 


母はそなたに別れても 

母はそなたの影にそい 

行末永う守るぞえ 

とは言うもののふり捨てて 

なんとこれにかえりゃりょう 


とは言うもののふり捨てて 

なんとこれにかえりゃりょう 

離れがたないこち寄れと 

ひざに抱き上げ抱きしめ 

これのういかに童子丸』


私はもう一度、女の子を見た。

團一郎の気持ちも、分からないでもない。

女の私でも見入ってしまうほど、その子はとても綺麗で、三味線の音色のせいか、何だか儚いようにも感じられた。

「ゆき!

團一郎を、探しに行きますよ!!」

母上に呼ばれ、私は母上達に付いて走り出した。

『瞽女』さん達の唄は、遠くなっていった。


行方不明になった團一郎を半刻程探し回り、足の速い六助(ろくすけ)がやっとの事で見つけた。

流石、六助。

母上にこっぴどく怒られた團一郎は、母上の握ったおにぎりを泣きながら頬張った。

團一郎のおにぎりは、さぞかし塩が利いて塩辛かっただろう・・・。


何だか、印象的な『お山』の思い出だった。

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