二つの花 『四.許嫁』
慶応元年(1865年) 卯月(4月)
自分でも信じられない事だけれど、私には『許嫁』がいる。
名前は、倉沢清八郎。
百石取の倉沢家の次男だ。
私の四歳年上で、今は十七歳。
左目の下に黒子があり、何だか色っぽい。
かつて短い間だったけれど、清八郎様は江戸留学をした事があった。
清八郎様はとても物静かで、穏やかで、年の割に落ち着いている。
そして、どことなく司郎兄上に似ている。
野口家も倉沢家も家格は同じ位なので、私達は小さい頃からお互いの家を行き来しては遊んでいた。
親同士が決めた婚姻ではあったけれど、私達は兄弟のようにとても仲が良かった。
そのせいか、私には清八郎様が『許嫁』と言う実感があまりなかった。
私にとっては、もう一人の『兄上』だった。
あの頃までは・・・。
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「ゆきさん」
継兄さんの家から帰る途中、聞き覚えのある優しい声が聞こえて来た。
振り返ると、其処には若葉色(柔らかい黄緑色)の着物を着た清八郎様がいらした。
「清八郎様?」
清八郎様は爽やかに微笑みながら私に近づき、不思議そうに尋ねた。
「どうしたのですか?
大きな荷物ですね・・・」
その時、私は菜の花色(明るい緑味の鮮やかな黄色)の大きな風呂敷を背中に担いでいた。
風呂敷の中には、継兄さんからお借りした二十冊程の本が入っていた。
「これは、継兄さんからお借りした本です」
清八郎様は、目を大きく見開いて言った。
「河井様から?
全て、本ですか?」
「はい。
継兄さんが江戸で購入した本や、『陽明学』の本などです。
継兄さんはああ見えて読書家で、為になる本を沢山お持ちなのです。
それを、私や私の友人に継兄さんは貸して下さるのです」
「友人・・・?
友人とは、以前ゆきさんが話していた『作助さん』の事ですか?」
「はい。
作助さんは本を読み、全てを吸収しようと努力をしています」
「そうですか・・・。
では、私も作助さんに負けないように精進しなければなりませんね・・・」
そう言いながら清八郎様はにこりと笑い、私が背負う風呂敷に手を伸ばした。
「重いでしょう?
私が、お持ちしますよ」
その時、清八郎様の袂が私の頬を少し掠めた。
「!!!」
私は、何故か急に顔が紅くなった。
今まで、こんな事はなかったのに・・・。
どうしてだろう・・・。
清八郎様は私の背後に回って、背から風呂敷を下ろそうとした。
私は紅い顔をした自分を見られたくなくて、ずっと下を向いていた。
清八郎様は風呂敷を支えながら、私の首元にある風呂敷の結び目をゆっくりと解いた。
結び目が解け、私の肩が急に軽くなった。
その瞬間、清八郎様の変な声が聞こえた。
「う!?」
私は、驚いて後ろを振り向いた。
その時私は、
『意外に重い!』
と言う清八郎様の顔を見た。
清八郎様は重みで地面に落ちそうな風呂敷を両手で何とか持ち上げ、平気な振りをして私の方を向いて笑って見せた。
私は、
『清八郎様は、絶対に無理をしている・・・』
と思った。
笑ってはいるけれど、清八郎様の手が重みで若干震えていたからだ。
私は、心配になって聞いた。
「清八郎様・・・。
本当は、重いのではないのですか・・・?」
清八郎様は何とか風呂敷を背負い、私に優しい笑顔を向けながら言った。
「これ位、大丈夫です・・・。
それにしても、ゆきさんは結構力持ちなのですね・・・」
「毎日、素振りをしていますから。
これ位は、大した事はありません」
と、私は本当の事を言った。
清八郎様は、何だか微妙な苦笑いをして一言。
「・・・そう・・・ですか・・・」
しばらく歩き、清八郎様が突然言った。
「少し・・・寄り道をしませんか?」
私は不思議そうな顔をして、聞いた。
「寄り道・・・?」
清八郎様は、私を見て答えた。
「少し遠いのですが、とても綺麗な桜の花が咲いている場所があるのです」
「桜!?
見たいです!
でも・・・本・・・重くないですか?」
「大丈夫ですよ」
そう言って、清八郎様は少々猫背になりながら、私を桜が咲く場所へ連れて行ってくれた。
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どれ位、歩いたのだろう・・・。
かなり・・・歩いた気がする。
少し、足が疲れてきた・・・。
行った事のない山道のような所を歩いて、足が棒のようだった。
少し前を歩く清八郎様は私の方を振り向き、額に汗を滲ませながら言った。
「近くまで・・・来ました。
もう・・・少しです。
ゆきさん。
此処から、目を瞑って下さい」
「目を・・・?」
私は、素直に目を閉じた。
すると、清八郎様は私の右手を握った。
「!?」
私は、とても驚いた。
直ぐに手を引っ込めようとしたけれど、出来なかった。
清八郎様が、とても強く私の手を握っていた。
私の手を握る清八郎様の手の温もりが、感じられた。
どうしよう・・・。
きっと私の顔、さっきより真っ赤だ・・・。
恥ずかしい・・・。
でも・・・何だか『嬉しい』・・・気もした。
私は、良く分からない汗をかき始めた。
私の手は、次第に湿ってきた。
どうしよう・・・。
私の手が湿っている事に、清八郎様が気付かれたら・・・。
そんな女の子らしい事を考えていると、足の裏に小さい石が何度も当たる事に気付いた。
目を閉じていて分からなかったけれど、どうもゴツゴツした所を歩いているようだった。
その時、清八郎様は言った。
「其処に、少し大きな石があります。
飛んで下さい」
私は、言われた通りに飛んだ。
またしばらく歩き、清八郎様が言った。
「目の前に、木の枝があります。
屈んで下さい」
私は、言われた通りに屈んだ。
私は、思った。
その優しさは嬉しいけれど、そんな時は
『目を開けても、良いのでは?』
と。
でも
『きっと清八郎様は、私を驚かせようとしているのだ』
と思っていたので、言うに言えなかった。
ただ、『もう少し』が長過ぎると言う不満もあった。
もう少し経ったら、聞こうと思った。
『まだですか?
もう目を開けても良いですか?』
と。
その時、清八郎様が立ち止まった。
清八郎様は息を切らせながらも、嬉しそうな声で言った。
「目を・・・開けて下さい」
やっと着いたのだと思い、私はゆっくりと目を開けた。
目の前に、白に近い薄い桜色が広がった。
其処には私の目の中に入りきらないほどの、大きな大きな桜の木があった。
桜の花びらが、上から流れて来た。
私は、上を見上げた。
私は、声を失った。
風に揺れ、柳のようにゆらゆら揺れる桜の花・・・。
舞い落ちる桜の花びら・・・。
ああ・・・。
これは、『枝垂れ桜』だ・・・。
この桜はいつも見る桜の色より少し白いせいか、まるで『雪』が降ってきているように見えた。
桜の花は、満開だった。
空の色が、桜の間からほんの少し見えた。
しかし春の暖かい風が吹く度に桜は揺れ、空は直ぐに桜色で埋め尽くされた。
桜の花が舞い、優しく私達を包んでくれた。
春の香りがした。
桜で、いっぱいだった。
疲れていたけれど、此処まで歩いて来て良かったと思った。
こんなに立派な『枝垂れ桜』が、こんな所にあったなんて知らなかった・・・。
町から少し離れていたせいか(変な道の先にあったせいか)、あまり知られていなかったのかもしれない。
私達以外、誰も居ないようだった。
桜を見上げる私に、清八郎様は微笑みながら言った。
「ゆきさんは、桜がお好きだと聞いたので・・・」
私は、清八郎様の方を向いた。
微笑む清八郎様の頬は、この桜よりも少し濃い桜色をしていた。
私はそんな顔をする清八郎様を見て、何だか嬉しくなった。
私は清八郎様を見つめながら、答えた。
「・・・大好きです」
そして、私はゆらゆらと揺れる桜に触れながら続けた。
「・・・綺麗です。
こんなに綺麗な桜・・・見た事がありません・・・。
綺麗・・・。
本当に・・・綺麗・・・」
清八郎様は、嬉しそうに笑った。
すると、清八郎様は桜の木の下にゆっくりと風呂敷を下ろした。
そして襟から白い布を一枚取り出し、それを地面に敷いて言った。
「どうぞ」
私は、その布の上に座って言った。
「有難うございます」
私が座った後、清八郎様は私の隣に座った。
その時、清八郎様の肩が私に触れた。
私は緊張し、思わず背筋が伸びた。
私は恥ずかしくて何も話せず、ただただ地面を見る事しか出来なかった。
桜を見たいけれど、上を見たら清八郎様の顔が見えてしまう。
きっと私の顔は、これからもっともっと真っ赤になる。
何かを話さなければいけないと思ったけれど、何も思い浮かばなかった。
沈黙が、続いた。
風はそよぎ、その度に桜の花びらが舞った。
私達二人はただただじっと座り、舞い散る桜の花びらを見続けた。
『黙り続けるのも・・・』
と思い、私は意を決して話し始めた。
視線は、相変わらず地面に向けたままだったけれど・・・。
「あの・・・。
清八郎様・・・。
有難うございました・・・。
あの・・・。
重い風呂敷を持って道を歩いて、疲れたでしょう・・・?」
私は、清八郎様の顔を横目でちらちら見ながら言った。
清八郎様は私の顔を真っ直ぐに見て、笑いながら言った。
「大丈夫ですよ。
私も鍛えていますから・・・。
偶に・・・」
私はつい顔を上げ、聞き返してしまった。
「偶に?」
清八郎様は、少し焦ったようだった。
目が、泳いでいた。
そして、桜を見上げて言った。
「えと・・・。
ああ・・・。
ゆきさんは、本がお好きなのですね」
私は嬉しくて、今度は清八郎様の目を見て言った。
「はい!
大好きです!
私は長岡からなかなか出る事が出来ないので、少しでも色々な事を知りたくて、時々継兄さんに本をお借りするのです」
そんな私の言葉を聞いて、清八郎様は真剣な顔で聞いた。
「・・・ゆきさんは、『外』へ行きたいと思っているのですか?」
私は驚いて、聞き返した。
「『外』へ・・・?」
「はい」
清八郎様は、私の目をじっと見つめながら言った。
私は、再び視線を地面に戻した。
そして桜を見上げ、しばらく考えた。
こんなに綺麗な桜の木がこんな所にあるなんて、今まで知らなかった。
長岡の中でも、沢山の『発見』がある。
そして私は家族や継兄さんから聞いた話や、今まで読んだ本の事を思い出した。
きっと長岡の『外』には、もっともっと私の『知らない世界』や、私が『知りたい世界』がある。
長岡には無い、沢山の発見が有るはずだ。
私は、強く思った。
『『外』へ、行きたい』
私は清八郎様の方を真っ直ぐに見て、言った。
「『外』へ・・・行きたいです。
もっともっと、色々な所へ行きたいです!
もっともっと、色々な事を知りたいです!」
それを聞いた清八郎様は、大きく頷き言った。
「では、私がゆきさんを『外』へ連れて行って差し上げます」
私は目を見開いて、聞き返した。
「私を・・・『外』へ・・・?」
清八郎様は目を輝かせながら、私に少し近づいて言った。
「私がゆきさんを長岡の『外』へ、日本の『外』へ連れて行って差し上げます」
私は、清八郎様の言葉を理解する事が出来なかった。
「長岡の『外』・・・?
日本の『外』・・・?」
清八郎様は、続けた。
「はい。
正直、『いつ』とはっきりとお約束は出来ませんが、私が必ずゆきさんを長岡の『外』へ、日本の『外』へお連れしますよ」
清八郎様は、自信を持ってそう言った。
私は清八郎様から、視線を外した。
私は、正直思った。
『そんな事、出来はしない』
『それは、無理だ』
と。
私は、長岡の『外』へ行きたいとは言った。
でも、それが自分の『願望』に過ぎないと分かっている。
私達女は、『外』へ出るには制約が多過ぎる。
長岡からも、『外』へ出るのは難しい。
日本の『外』など、尚更だ・・・。
無理に、決まっている・・・。
私は、長岡からも出られない。
それは清八郎様だって、分かっているはずなのに・・・。
私は、再び清八郎様を見た。
私は、驚いた。
真っ直ぐに私を見つめる清八郎様の顔は、本気だった。
もしかして、本当に私を『外』へ連れて行こうと思っている・・・?
私は、小さな声で清八郎様に聞いた。
「本当に・・・私を、『外』へ連れて行って下さるのですか?」
清八郎様は、直ぐに答えた。
「はい!
日本は今、変わろうとしています。
ゆきさんはまだ信じる事が出来ないかもしれませんが、武士や町人、農民といった身分が無くなる日が必ず訪れます。
自分でやりたい事を、自由に決める事が出来る時代が来ます。
私は江戸で中濱萬次郎様に会った時、そう思いました」
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中濱萬次郎様とは、後に『ジョン万次郎』と言う名で有名になった方である。
文政十年(1827年)、土佐(高知)の中濱村の半農半漁の家に生まれた(『中濱』の姓は、ここから)。
天保十二年(1841年)、中濱様は漁に出た際に嵐に遭って遭難したが、アメリカの捕鯨船に救われた。
その時、中濱様は捕鯨船の船長であったホイットフィールドに優秀さを認められ、そのままアメリカへ。
中濱様はホイットフィールドの養子となって、アメリカで英語、数学、測量、航海術、造船技術を学んだ。
バーレット・アカデミーでは、首席となった。
アメリカへ渡って約十年後、中濱様は日本へ帰国。
帰国した中濱様はアメリカでの経験を買われ、幕府に招聘される。
その後、軍艦教授所教授に任命され、造船の指揮や測量術、航海術の指導、英語の本の翻訳や通訳、英語の教授等を行った。
中濱様は知識をひけらかさず、謙虚で優しい方だったらしい。
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清八郎様は、続けた。
「中濱様がおっしゃるには、メリケン(アメリカ)は『男女平等』の国であり、『民主主義』の国であると」
私は聞き慣れない言葉に驚いて、聞き返した。
「『男女平等』・・・?
『みんしゅしゅぎ』・・・?」
清八郎様は真面目な顔をして、説明をしてくれた。
「『男女平等』とは、男も女も同じ権利を持っていると言う事です。
『民主主義』とは、国民全員に国の決定権があると言う事です」
「へえ・・・。
初めて聞く言葉です・・・。
日本では、考えられないような事ですね・・・。
外国と日本は、考え方も政も全く違うのですね・・・」
そう呟く私を清八郎様は優しく見つめながら、続けた。
「『開国』をして、日本は外国の『存在』に気付いてしまった。
そして、多くの外国は日本の『存在』に気付いてしまった。
日本が『鎖国』を続けていく事も、『攘夷』も、最早不可能です。
これからは、外国と付き合っていかなければなりません。
ただ、日本が清国(中国)のような植民地として生きて行く事だけは、何としても食い止めなければなりません。
日本が外国と対等である為には、先ず外国を知らなければなりません。
日本にはない文化や技術を、外国から学ばなければなりません。
外国を知ろうとする内に、日本は否が応にも外国の文化や習慣を取り入れざるを得なくなります。
日本はいつか、『男女平等』や『民主主義』を知る事になります。
そして日本は『男女平等』の国、『民主主義』の国となっていくのです。
日本は、変わるのです」
清八郎様は、一気に言った。
そして清八郎様は一呼吸置き、真っ直ぐ前を向いて続けた。
「私はいつか、メリケンへ行きたいと思っています。
メリケンへ行って、
『外国とは、どういう国なのか』
『日本とは、どのように違うのか』
をこの目で見て、知りたいのです。
そして、それを日本に取り入れて、日本をもっともっと発展させたい。
日本を、外国に負けない国にしたい。
日本を、もっと自由な国にしたい。
そして・・・」
清八郎様は地面に置いてあった私の手の上に自分の手を重ね、私の目をじっと見つめながら言った。
「私は、貴方をメリケンへ連れて行きたい・・・」
私は、目を見開いた。
突然すぎて、私は声が出なかった。
清八郎様は、私の手を強く握った。
私は、清八郎様から目を逸らす事が出来なかった。
私は一瞬、『夢』を見てしまった。
『もしかしたら『外』へ・・・メリケンへ行けるのかもしれない・・・』
正直言って、まだ信じられない。
でも、
『信じたい・・・』
と思った。
その時、小さくて白いものが私と清八郎様の間にひらひらと落ちて来た。
それは地面に落ちると、直ぐに溶けて消えてしまった。
私は、呟いた。
「『雪』・・・?」
清八郎様は、微笑みながら言った。
「『風花』・・・ですね」
「『かざはな』・・・?」
「山に積もった『雪』が、風に乗って舞い降りて来ているのですよ」
「『雪』・・・なのに、『花』・・・なのですね・・・」
私は、『風花』が溶けた地面を見つめた。
すると、また『風花』が降って来て地面に落ち、消えた。
私は、上を見上げた。
『風花』が、ふわふわ舞っていた。
「綺麗・・・」
清八郎様も、上を見上げた。
そして、目を細めながら呟いた。
「直ぐに溶けて消えてしまう儚さは、まるで『桜』のようですね・・・」
その言葉を聞き、私は『桜の花』と『風花』を重ねて見た。
「『桜』・・・」
私は『風花』を近くで見ようと両手の平を上に向け、『風花』が落ちて来るのを待った。
ひらひら落ちて来た『風花』は、手の平に落ちると直ぐに溶けて消えてしまった。
冷たいはずなのに、溶けた『風花』は何だか暖かく感じられた。
時を忘れて、私達はずっと『桜』と『風花』を眺めた。
その時間がとても長くて、短くて、『幸せな時間』だった。
『このまま、時が止まれば良いのに・・・』
私は、そう思った。
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空が紅く染まって来たので、私達は暗くなる前に帰る事にした。
帰り道、桜の花びらが一面に浮かんでいる川を見つけた。
行きは目を瞑っていたので分からなかったけれど、その川は遠くまで桜色に染まっていた。
すると清八郎様は突然立ち止まり、腕を組みながら顎に手を当て、しばらく考え込んだ。
そして、突然言った。
「一句出来ました」
そう言うと、清八郎様は川を眺めながら句を詠んだ。
『花筏 川は一面 桜色』
清八郎様は私の方を振り向き、満面の笑みを浮かべていた。
私に、感想を聞きたいようだった。
私は、何と言えば良いのか分からなかった。
正直に
『下手ですね』
と言って良いのか、それとも
『とても良い句ですね』
と嘘をつくべきか悩んだ。
『花筏』とは桜の花が散って、花びらが水面に流れていく様を言う。
つまりこの句は、
『桜の花が水面に流れていて、一面が桜色をしている』
と言う意味なのだろう。
はっきり言って、この句は『見たまま』であり、『だから何?』と言いたくなるような句である。
そして私はこの時、ある重要な事に気付いた。
『この句の特徴(下手さ)は、お祖父様や父上と良く似ている』
と。
清八郎様の、この俳句の才能の無さ・・・。
私は、もしかして清八郎様は父上の隠し子なのかとさえ思った。
私は清八郎様の欠点を初めて知って、とても嬉しかった。
すると、自然と笑みがこぼれた。
私が微笑む姿を、清八郎様は不思議そうに見つめていた。
その姿を見て、私はこの時初めて気付いた。
『ああ・・・。
私は・・・この人のことが・・・『好き』なのだ・・・』




