静かな日
私は、部屋に帰っても、ずっと、亜留斗が気になった。彼の笑顔には誰にも見せたことのないような闇が隠れているような気がした。バイオリンの天才が、あんなことを言うとは思わなかった。私は真っ暗な部屋で目を抑え、ベッドに横たわっていた。その時、ルルの声が飛んできた。
「由実!ちょっと手伝って!」
ルルは少し焦っているような気がして、私は急いで起き上がり、向かった。
「人参と、玉ねぎ、切ってくれる?」
大事でないことに私は、ホッとした。
「分かった。手伝うよ。」
「ごめんね。夕食の時間に間に合いそうになくて」
「大丈夫だよ。私結構料理好きだし。」
今日は、カレーライスの様だ。ルルは今までこれをひとりでやっていたのだと考えるとやっぱりすごいなぁと思う。ルルと私は、いい匂いの中で話をした。
「ねぇ、商店街、どうだった?」
「楽しかったよ。いろんな店に入って服を買って、」
「へぇ、楽しそう!良かったぁ」
「それで、亜留斗君にも会ったよ。お祭りのチラシ見てた。出ないのかなぁ。」
「亜留斗君、せっかくうまいのに、もったいないよね。」
鍋の中でぐつぐつと音が立つ。どこか静かで、色んな音が大きく感じる。
「ルルは、亜留斗君のこと知らないの?」
「私は何でも知ってるわけじゃないよ。亜留斗君のことも、もちろん何で由実があの場所にいたのかも知らないし」
「そうなんだ。」
それきり、会話は途切れた。なぜか、さっきから私は、亜留斗のことしか考えていなかった。それほど、あの笑顔が気になった。
夕食の時間、私たちは一言も喋らず、ただカレーをひたすら口に運んだ。これが、いつもの情景だ。だれも顔を上げないし、みんなが共通として何かを考えるような顔をして食べる。この空気は重たくて、でも、軽くなる気もしない。
「ごちそうさま。」
言おうと思ったけれど、私は何分か喋っていないせいで、声がかすれた。それから、食器を運んで、部屋に入った。外はもうすっかり暗くなり、月の光だけが私を照らした。暖房の音がうるさい。時計の音、風の音、全部がうるさい。その時部屋のドアがノックされた。私は、ゆっくり起き上がって、ドアを開けた。
「亜留斗君、、」
ドアの前に立っていたのは、亜留斗だった。
「ごめんなさい。ちょっと由実さんと話したくて。」
「私も暇だったから、ちょうどよかったよ。」
亜留斗は目線を下にしたまま「入って」という私の声に引っ張られるように歩く。
「あのさ、今日は、声をかけてくれて、すごく嬉しかった。ありがとう。」
それから、すこし照れるように言った。
「僕、あのお祭り、でるかもしれない。」
私は、ぱあっと目を開いた。驚いたと同時に色んな感情が流れていく。
「ほんとに?」
亜留斗はゆっくりとうなずいた。
「本当はまだ迷ってる。」
「うん。でも、亜留斗はバイオリン上手だし」
「違うんだ。」
すこし勢いのある彼の言葉に驚いた。彼のこんな声は初めて聞いた。そして彼は、ゆっくりと話し始めた。
それは、彼の歩んできた物語。