#006「秋の始まり」
「おはよう、福島さん」
「おはようございます、金谷先生。八月も、もうすぐ終わりですね」
「夏期講習も、今日でおしまいね」
「一日には始業式ですからね。あぁ、でも、大学は夏休みが続くんですよね?」
「十九日までは夏季休業期間になってるわ」
「羨ましいです。九月からは、何か予定はあるのですか?」
「そうねぇ。せっかく第二外国語を学んだことだから、旅行に行くことにはしてるんだけど、それ以外は白紙ね」
「どちらに、お出掛けですか?」
「台湾、香港、マカオ辺りを、一週間くらいで回るつもり」
「へぇ。良いですね。楽しんできてくださいね」
「ありがとう」
「素朴な疑問があるんですけど」
「何かしら?」
「書写の宿題中に思ったんですけど、鉛筆書きのことを、毛筆に対して硬筆と言いますよね?」
「そうよ。それが、何か?」
「でもボール・ペンのほうが、鉛筆より硬いと思いませんか?」
「たしかに、黒鉛より金属のほうが硬いわね」
「だから、ペン字のほうが硬筆だと思うんです」
「なるほど。言葉の意味からすれば、そのほうが筋が通るわね。面白い着眼点だわ」
「美咲ちゃん。お勉強は進んでるかしら?」
「あ! 天宮のお姉さん」
「はじめまして。従姉の天宮陽子と申します」
「こちらこそ。家庭教師の金谷直美です」
「お噂は、かねがね。――来る途中に、いつものパン屋さんに寄って来たの。中には、美咲ちゃんが好きな白餡入りメロン・パンが入ってるわ。終わってから食べるのよ?」
「はぁい」
「ここは、先生にお預けしたほうが安全ね。金谷さんの分もありますから」
「ありがとうございます。いただきます」
「わたしは伯母さんとお話があるから、またあとでね。――失礼しました」
「それでは、昨夜のニュース報告を始めてください」
「はい」