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恋の時間  作者: 手毬猫
5/5

第5話

カラーン


ドアを開けると懐かしい音がする。

高田さんがそのままお店の中へと足を進める。

カウンターでグラスを拭いていた女性は音と共に高田さんへと目をやると

「あ!高田さんいらっしゃーい」

と、いつもより1オクターブ声を高くして挨拶した。そしてちらっと私に目をやると

「あー!美里ちゃんじゃない!久しぶりー」

と、1オクターブ高い声のまま大袈裟に両手を振る。

私もそれを真似して

「リカママー!久しぶりー!」

と両手を振って返した。

私と高田さんはリカママに促されるまま奥のボックス席へと腰を下ろした。


ーこのお店も変わらないなー


そう思いながらお店を見渡す。

早めの時間という事もあって、まだそんなにお客さんは入ってはいなかった。

6席並んだカウンターの1番はじに1人、後ろに並んだ4席のボックスには私達だけだった。

私はカウンターで1人グラスを傾けるお客さんへと目をやる。

何とも懐かしい後ろ姿に、思わず駆け寄った

「菅原さん!お久しぶりです」

私の言葉に菅原さんは身体半分だけ振り向くと

よっ!

と、片手をあげて挨拶した。

その仕草がまた懐かしさを込み上がらせる。


私は菅原さんの隣の席に腰を下ろして

「元気そうじゃないですか!お酒、飲んで大丈夫なんですか?」

と声をかける。

菅原さんは

「嗜む程度だよ」

と、グラスを持ち上げ戯けてみせた。


ー私がこのお店を辞めたのは五年前ー

二十代の前半のほとんどを私はこのお店で過ごしていた。

菅原さんは、その頃からの常連さんで、いつもこうしてカウンターの端でグラスを傾けていた。

当時は40代だった菅原さんも今や50を超えて、数年前に患ったという病気のせいで身体もだいぶ細くなっていた。

お酒が大好きで、私も色々なお酒のうんちくを菅原さんから教えてもらったっけ。


「美里ちゃーん、乾杯するよ」

後ろから聞こえるリカママの声に、私は菅原さんに

また後でね。

と声をかけ、ボックス席へと足を運ぶ。


ボックス席では、リカママが手前の補助椅子に座り高田さんの大好きな山崎18年をロックで2つ並べていた。

リカママも一回り小さなグラスで自分用の飲み物を作るところだった。

私は高田さんの隣に腰を下ろし

「菅原さん元気そうだね」

と、リカママに声をかけた。

リカママは少し眉をしかめると

「元気じゃないよ!お酒飲み過ぎよ!」

と、少し怒ったフリをしていた。

その言葉が聞こえたのか、菅原さんは身体半分だけ振り向き

へへっ

と笑ってみせた。


リカママはそんな菅原さんを見てから、わざとらしくぷいっと顔を背けると

「かんぱーい」

と自分のグラスを高々と持ち上げた。

それにつられて私と高田さんも自分のグラスを持ち上げる。

そしてそのまま口へと運んだ

「美味しいー」

久しぶりに飲んだそのお酒の味に、思わず笑顔が溢れる。

その言葉に喜んだのは高田さんではなく、リカママだった

「でしょー!18年よ。なかなか飲めないよ」

そう言いながらすっと私と高田さんの前にチェイサーを置いてくれた。

お酒自体も美味しいのだが、リカママが作ってくれたから美味しいんだな。ニコニコ笑うリカママをみながら私はそう思った。

グラスいっぱいに入れた氷。

そこにお酒を注いで、水滴がでるまで混ぜる。

リカママが教えてくれたお酒の作り方だった。

その当時は、その作り方に何の意味があるのかすらわからなかったけど、お酒が好きになった今ならその作り方の意味がわかった。


「でも、最初美里ちゃん見つけた時はびっくりしたよ」

そう言ったのは高田さんだった。

高田さんはグラスを傾けながら思い出したようにクスクス笑い始める。

「最初は全然気づかなかった。まさかウチの取引先の瓶底眼鏡の女子社員が、美里ちゃんだなんて」

その言葉にママも笑い出す

「そんなに酷いの?」

ママの質問に、高田さんはますます笑いを堪えて

「酷い酷いっ!」

と答える。

私は無性に恥ずかしくなり、持っていたグラスに口をつけた。

高田さんはそんな私をちらりと見てから言葉を続けた。

「最初は声だったんだよね。なんか聞き覚えがあるなーって。で、よくよく見ると手とかさ、ちゃんと手入れしている綺麗な手なんだよね」

高田さんの言葉に私は思わず自分の手を眺めて見た。

いつも通りのコンプレックスのある大きな手だった。ネイルを止めた分、ますますコンプレックスを感じてくる。

高田さんはさらに続ける

「でもそこから美里ちゃんだと気付くのに3カ月かかったよ!まさか、あの有名クラブでバリバリに稼いでた美里ちゃんがウチの取引先に居るなんて思えなかったからね」

高田さんの言葉にママは両手を叩いて爆笑し始める。

私はますます恥ずかしくなってしまう。

高田さんは尚も口を開く

「それをウチのカミさんに話したら、カミさんも驚いててさ!ウチで働けばいいのにってボヤいてたよ」

私はその言葉に明美さんの顔を思い浮かべる。

このお店で働いてた頃、明美さんは私の先輩で色々教えてもらったっけ。

よく御飯もご馳走してもらって、このお店を辞めて有名クラブへ行こうか悩んだ時も相談に乗ってくれたのは明美さんだった。

明美さんの後押しのおかげで私はまた一歩踏み出せたのだ。


本当なら夜の世界を止めて今の会社に入る時も、明美さんに相談したかった。

でもその頃の明美さんは高田さんと結婚して、子供が産まれて、何かと慌ただしい毎日だろうと遠慮したのもある。


ーだけど本当は違かったー

2度目に働いたクラブの世界は、ここのスナックとは違いギスギスしていた。

みんな夜の世界の高みを目指すべく、全員がライバルだった。

そんな毎日に疲れて逃げ出した私の姿を、後押ししてくれた明美さんには見せたくなかったのかもしれない。

それが、こんな形で高田さんに見つかり明美さんにもバレてしまい…

気恥ずかしい思いと、明美さんならあの時相談していれば私の弱さも受け入れてくれたのではないかとの申し訳なさがあった。

そんな事を考えていると

「で、最近はどうなの?毎日楽しんでる?」

と、ママが私の顔を覗き込みながら聞いてきた。


ー最近かー


不意に藤田さんの顔が頭に飛び込んできた。

私は驚きと恥ずかしさで慌てて頭を横に振る。

それを見ていたママと高田さんが不思議そうに私の顔を覗き込む。


「なーんかあったなー」

高田さんの言葉にママも頷く。

そして二人でますます私を見つめる。

私は慌てて顔の前で手を横に振った。

しかし二人は私を見つめるのを止めてくれない。

困った私は

「トイレっ!」


と、慌てて席を立つのが精一杯だった。

後ろからママの

「彼氏でもできたかー?」

の声が聞こえたが、私は何も聞こえないフリをしてトイレに駆け込む。







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