彼らは異世界の洋菓子店に行く
【作者より】
この作品は活動報告200回を記念として書かせていただいた作品です。
『ひょんなことがきっかけで異世界で洋菓子店を始めちゃいました!(https://ncode.syosetu.com/n8356cn/)』と『キケサバシリーズ(https://ncode.syosetu.com/s8255d/)』のコラボ作品です。
ジャンルは「ファンタジー」にしようかと悩みましたが、そこはあえて「その他」で。
今日は2月14日、バレンタインデー。
蓮達の店である『異世界洋菓子店フェアリー in ベルディ』では現在、バレンタインフェアを行っていた。
しかし、いつもと比べ、店内にいるお客様はちらほらと数えるくらいしかいない。
「今日はバレンタインデーなのにあまりお客様がこないね」
萌がショーケースに並べられた期間限定発売の白い小さな小箱を見ながら言う。
「そうだね……。ベルディにはバレンタインの風習がないらしいからね……」
蓮もがっくりした表情を浮かべ、シュークリームやショートケーキなどと見比べている。
他の商品は順調に売れていることに対し、その商品の売れ行きはあまり芳しくない。
その商品は口どけのよいチョコレートを溶かし、ココアパウダーを振りかけたトリュフ。
白い小さな小箱1箱につき8個入って、銀貨3枚。
「そのトリュフ、結構自信があったのになぁ……」
「現段階で10箱くらいしか売れてないよね」
「ね、値段かな? それとも、「バレンタイン」という言葉の知名度?」
「お兄ちゃん。やっぱり、バレンタインを知ってもらうところからそのフェアを実施すればよかったのに」
この世界では「バレンタイン」という言葉は広まっていないのが現実だ。
2人で溜め息をつきながら話していると、1組の黒ずくめの男女が店に入ってきた。
男性の方はだいたい20代前半くらいで、端正な顔立ちをした黒髪隻眼。
右手には黒の手袋をし、だらしなく着こなした背広姿。
一方の女性は見た目は幼稚園児か小学生くらいでゴスロリを着ている。
「ヴィンセントさん、このお店の看板に『バレンタインフェア実施中!』と書いてありますが、「ばれんたいん」ってなんですか?」
ゴスロリの女性がヴィンセントと呼ばれた男性に問いかける。
「キール探偵。その質問、俺にします? そもそも、その言葉ははじめて聞きますね……」
ヴィンセントはキールと呼ばれた女性というか女の子に少し呆れながら答える。
「ヴィンセントさんも知らないんですね……」
「俺でも知らないことがたくさんありますからね」
蓮達は彼らに「いらっしゃいませ!」と挨拶せずに、黙って会話を聞いていた。
頭からたらいを落とされたような気がした。
*
「やっぱり、ベルディに住む人々は知らないんだよなぁ……」
「ここは現代じゃなくて異世界だからね……」
「「洋菓子」はせっかく広まってきたのに……」
蓮達は暗い表情を浮かべる。
「洋菓子」という言葉に彼らは反応した。
「すみません」
「ハイ」
ヴィンセントが蓮に声をかけた。
「あの……「ヨウガシ」ってなんですか?」
「あと、「ばれんたいん」についても知りたいです!」
やはり、彼らも「バレンタイン」という言葉を知らなかった。
そして、「洋菓子」も――。
蓮達は「やっぱりなぁ」と肩を落とした。
「ところで、あなた達はベルディに住んでいらっしゃるんじゃないんですか?」
萌が彼らに問いかけた。
「えぇ。残念ながら」
「私もです!」
「そうなんですか」
萌は彼らの答えを訊き、それなら知らなくて仕方ないかと思っていた。
「うわぁ……ショーケースの中にあるもの、全部、可愛いです!」
「ありがとうございます!」
キールがショーケースに並んだ様々な「洋菓子」をじっくり見て蓮に興奮気味に言う。
「まぁ、立ち話もなんですし、あちらでゆっくりとお話しましょう。萌、案内してあげて」
「ハーイ」
蓮はレジを打ち終えた萌に彼らを喫食スペースへ案内した。
*
「では早速ですが、「洋菓子」と「バレンタイン」について僕達が教えますね」
「「お願いします」」
萌によって喫食スペースに通されたヴィンセントとキールは椅子に腰かけ、蓮は話を切り出す。
「では、まず最初に「洋菓子」から。先ほど、あなた達が店内に入り、ショーケースに入っていたものすべてが「洋菓子」と言います」
「私が可愛いって言ったものすべてが「洋菓子」と言うんですね」
蓮がそう言うと、キールは納得したような口ぶりで言う。
「ちなみにこちらが当店の人気商品であるシュークリームです。もしよろしかったら召し上がってください」
萌がヴィンセントとキールの前にシュークリームと煎れ立てのミルクティーを振る舞う。
「いただいてもいいのですか?」
「どうぞ」
「「いただきます」」
2人はシュークリームを1口かじる。
「ん?」
「美味しい!」
サクッとしたシュー生地にトロッとしたカスタードクリームが出てくる。
彼らはシュークリームを一瞬で食べ終えてしまった。
「「ごちそうさまでした!」」
「は、早っ!」
蓮と萌はヴィンセントとキールのその速さに驚きを隠しきれなかった。
「本当は味わって食べたかったんですがね……。なんか、少しの時間でしたが、幸せな気分が味わえました」
「すっごく美味しかったです! 私、何個でも食べられます!」
ヴィンセント達はそれぞれ感想を言う。
一方の蓮達はヴィンセントの「幸せな気分が味わえた」という言葉が1番嬉しかった。
「その通りです。「洋菓子」は見た目だけではなく、食べたらすぐになくなりますが、少しでも幸せな気分を味わえます。僕達も「疲れた時は甘いもの」を食べるようにしているのです」
「確かに、疲れがスッと抜けたような気がしますね」
「なんか、みんなに知らせたくなりました!」
萌がこくこくと頷き、
「では、今度は「バレンタイン」について説明しますね。もともとは恋人やお世話になった人にプレゼントや洋菓子とかを贈るのが本来のバレンタインみたいです」
と本来の「バレンタイン」について彼らに説明する。
「「へぇーっ……」」
彼らは関心したような表情を浮かべながら、彼女の説明に耳を傾ける。
「ですが、私達が住んでいたところは女性が気になるまたは好きな男性に勇気を振り絞ってバレンタインチョコをあげる「本命チョコ」、友達同士でチョコを渡す「友チョコ」や自分にチョコを買う「ご褒美チョコ」などといろいろ存在するんですよ」
「「バレンタイン」にいろいろな形があるんですね」
「俺も「バレンタイン」にこの店の商品で何かを贈ろうかな」
「ワーイ! ヴィンセントさん、大好きです!」
「まだ、決まってませんよ!? しかも、冗談ですし……」
ヴィンセントが冗談で言ったことをキールが純粋に受け入れてしまった。
キールは一瞬拗ねた表情を浮かべる。
「でしたら、この店のバレンタイン限定商品であるトリュフはいかがでしょうか?」
蓮がショーケースから白い小さな小箱を持ってきた。
「小さいので、あまりかさばらなさそうですね」
「私もこれ、食べたいです!」
「キール探偵は食べることが前提ですね」
「えへへ」
ヴィンセントに突っ込まれ、照れるキールであった。
「なら、このトリュフでしたっけ? それを……」
ヴィンセントは指を折りながら、数えていく。
「5個いただきましょう」
「私はシュークリーム5個お願いします」
「分かりました。シュークリーム5個で金貨1枚とトリュフ5箱で金貨1枚と銀貨5枚になります」
ヴィンセントは金貨2枚と銀貨5枚を萌に手渡した。
「丁度ですね。ありがとうございました!」
萌が受け取った硬貨を確かめる。
「2人とも、今日はありがとうございました。シュークリームまでごちそうさまでした」
「いえいえ。とんでもないです」
「「またのお越しをお待ちしています!」」
彼らはその店を出た。
そして、彼らはこの店に脚を運ぶことはなかった――。
*
その頃、魔界の裁判所では……。
イルザは紙袋の中に蓮達の店で購入したトリュフの箱をヴィンセントの部屋に向かった。
部屋のドアをノックをし、数秒間待ったが、返事はなかった。
「ミッドフォード裁判官は留守か……」
彼女は彼の部屋の合鍵を使用し、そこに入った。
彼の書斎に置かれた白い小さな小箱とメッセージカード。
さりげなく置かれたその箱とメッセージカードは彼女から彼への感謝の気持ちが綴られていた。
「本当は彼に直接手渡ししたかったのだがな……」
イルザはヴィンセントの部屋の鍵を閉め、ハイヒールの音を鳴らしながら、自室へ戻った。
『ひょんなことがきっかけで異世界で洋菓子店を始めちゃいました!』
https://ncode.syosetu.com/n8356cn/
『キケサバシリーズ』
https://ncode.syosetu.com/s8255d/
もしよかったら読んでみてくださいね。
2016/02/14 本投稿
2022/02/20 前書き欄、後書き欄修正