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Ep4:慎吾が好きな〇〇

「一致団結ですわっ!」


 バーン!


 大きな声と共に、白いチョークで春蘭祭しゅんらんさいと書かれている黒板を叩く。その飛鳥に叩かれた蘭の文字はすこし霞んでしまった。

 そして春蘭祭の隣に書いてある、お化け屋敷。という文字が、黄色く大きい丸に囲まれている。



 四月も下旬。外では花粉を運ぶ春風が、クラス内では緊張を運ぶ春風が吹き渡る。黒板の上の壁に立て掛けられた時計だけが、その静寂に抵抗するかのような態度を示していた。


 クラスメイトは黒板と、その前に立っている飛鳥を黙って見つめたまま、誰ひとり口を開かない。

 今なら、ゴキブリやクモ。はたまた忍者の足音でさえ聞き取れるであろう教室内。



「ぐぉぉ〜。ぐぉぉ〜」



 俺の前に座る人物のいびきが耳障りで仕方ないのだ。



「一人だけ、クラスの団結を乱そうとしている人がいますが、皆さんは気にしないで下さいね」



 と言いつつも、飛鳥はこいつのいびきに相当苛々しているらしく、眉間をピクピク動かし、親指と人差し指に挟むチョークをパリーンと砕いた。

 そして自身の砕いたチョークを拾う光景が、クラス中に更なる緊張を与える。


 そこで俺は、たまにはクラスに貢献しようと考えた。



「おい、慎吾。起きろよ」


「ぐぉぉぉ〜。ぐぉぉぉ〜」



 俺は慎吾の背中を揺する。しかし、起きる気配を全く見せないどころか、いびきの音量が大きくなった。



「起きませんね……」


「ああ、それどころかいびきの音量が大きくなったな」



 春蘭祭。


 春に行われる聖蘭学園の文化祭を俺達は春蘭祭と言う。春と言っても開催は5月の下旬なので、夏に近い。

 そして開催までまだ一月以上ある今日のホームルームの時間を使い、文化祭の出し物を決めようとの事だ。


 聖蘭学園には、危険だからという理由で体育祭が無い。そのため、この文化祭は学園にとってビジネス面から、とても重要な行事だったりもする。

 まあ俺達生徒は理事長のそんな不安もいざ知らず、自分達のやりたいようにやっている訳で。



「仕方ないな。絶対に起きるアレ、やるか」


「アレ、ですか……?」


「ああ。まあ見てなって」



 俺は椅子から立ち上がり、机から身を乗り出した。そしてそのまま顔を慎吾の耳元に近付け、慎吾にしか聞こえない音量でそっと囁く。



「おい慎吾、等身大真琴ちゃん人形が欲しくないか?」


「マジっすかー!? それってもしかしてダッチ−−」


「あぁぁー!!! それ以上は言うんじゃねえー!!!」



 慎吾はまるで早押し問題のボタンを押した時みたくピンポーンと顔を上げ、そしてとても口にはできないあの言葉を言おうとする。

 俺が止めていなかったら社会問題にまで発展していた。



「どこ!? その人形どこ!?」



 慎吾は右手を敬礼の状態にして、キョロキョロと辺りを伺う。



「あれだ。お前だけの真琴ちゃん等身大人形」



 俺は寝起きのテンションとは思えない慎吾の肩を叩いて、左斜め前の窓際の席に座る、等身大真琴ちゃん人形を指差し言った。



「うっわー! 肌の色とか体型とか眠そうな表情とか。本物そっくりじゃん!」


「ああ。リアルさを追求してみた」


「すっげーよ楓! お前マジすっげーよ!」


「ははっ、やめろよ慎吾。背中が痒いぜ。そんじゃ早速、抱き着いてきたらどうだ?」


「いいのか? 俺が真琴ちゃんダッチ……人形に抱き着いてもいいのか? クラスの奴らは何も言わないのか?」


「ああ。みんな言葉を失うと思う」


「そっかそっかー! じゃあ早速抱き着いてチュッチュしてくるよー!」


「ああ。思う存分抱き着いてチュッチュしてこい。ただし治療費は負担しないからな」



 今日は文化祭委員の三岸が病欠で学園を休んでいるため、この場を仕切っているのは文化祭委員じゃなく、学級委員である飛鳥だ。

 飛鳥が仕切った事で、話し合いをスムーズに行う事が出来たという事実もあるし、飛鳥が仕切ったのは結果として良かったのかもしれない。しかし、一応三岸の相棒となる男子の文化祭委員も居るには居るのだが……。



「真琴ちゃーん!」


「キャー!!!」



 その文化祭委員は、数分後に再起不能になるだろうな。

 うん、まあ能無し法一の事は放っておいとこう。



 飛鳥が三岸の代打でクラスを仕切り、そしてその飛鳥を中心に話し合った結果、喫茶店やパン屋等の意見も出ていたが、結局俺達はお化け屋敷で満場一致した。



「この人形、本物みたいに柔らかいなぁ〜」



 お化け屋敷。それは非現実的な状況を体験できる空間。

 入場した人間は数分間空想の世界を体験する事ができる、言わば現実とは隔離された世界。それがお化け屋敷だ。


 それが人間、もしくは作り物だと分かっていても、人々は驚き、恐怖し、思わず声をあげてしまう。

 そして恐怖は文字通り、恐れ怖れる感情なのだが、人々はその恐怖を恐れ怖れずに、その非現実的空間に身を投じている。

 そんな矛盾が、このお化け屋敷という物の面白い所でもある。



「小さい胸までリアルに再現できてるんだな〜」


モミモミモミモミ


「……っ!!!」



 変態は等身大真琴ちゃん人形が座る席の隣にしゃがんで、モミモミしていた。

 等身大真琴ちゃん人形が握り締めた右手の拳が、真っ赤に燃え上がっている。



「……ねえ、慎吾」


「うおっ! この人形喋るのかよ!? リアルなプレイが可能ってか!?」



 変態はますます興奮し、鼻息をフゴフゴいわせている。

 そんな変態を見ている、飛鳥を含むクラスメイトは、全員合掌をしていた。



「慎吾、一つだけ聞いていいかしら?」


「うんっ! 何でも聞いてくれよ!」


「私は何?」






「私は何って、そんなの喋るダッチワ−−」

「消えて無くなれぇぇぇー!!!」



 出たァァァ! 真琴の必殺、ローリングサンダーカミカゼストームッ!!!


 ローリングサンダーカミカゼストーム。そのあまりの威力とキレのよさに必殺技として扱われる、ただのアッパーカットだ。


 真琴ちゃん人形もとい、真琴のアッパーが見事にクリーンヒットした慎吾は、頭頂部を天井に思いきり打ち付け、そして重力によって床にたたき付けられた。



「胸まで似てるですって?」


「え!? え!? 胸だけじゃなくて、暴力的な部分までリアルに再現してんのかよ!?」


「消えろォォォー!!!」



 出たァァァー!!! 真琴の必殺、ファイナルエターナルローリングサンダーカミカゼストームッ!!!


 ファイナルエターナルローリングサンダーカミカゼストーム。それは目にも留まらぬ足使いで相手のみぞおちを何度も蹴りつける、極悪非道の技だ。

 ちなみにファイナルエターナルとは、蹴り終わった後の痛みが延々とその人を苦しめる所から名付けた。


 慎吾はゴフゴフ言いながら、床にのたうちまわる。クラスメイトは大合掌。



「吹っ飛べー!!!」



 出たァァァ!!! 真琴の最後にして最強の必殺技、ゼロエターナル!!!


 ゼロエターナル。ただ相手を蹴るだけなのだが、そのあまりの飛距離に、カッコイイ名前が付いてしまった。



「本物みたいなキックだぜぇぇぇー!!!」



 真琴のゼロエターナルを受けた慎吾はそう言い残し、春の青空に消えていった。


 クラスメイト全員で大合掌。



「さて、邪魔者が消えた所で話を続けますわ」


 飛鳥は何事も無かったかのように振る舞うが、心の中では真琴に恐怖しているだろう。

 目の前で行われたのは喧嘩じゃない。殺しだ。さすがに高校生にあの光景はショッキング過ぎる。


ガラガラ


 と、このタイミングで教室の前方の扉が開いた。



「おい、楓! リアルに再現し過ぎだぞ、あの等身大真琴ちゃん人形!」



 お前かよ!!! つーかいい加減本物だって事に気付けよ!!!



「って待てよ…………よく考えたら本物じゃねーか! 騙したな、楓!」



 このタイミングで気付くのかよ!?



「ったく……。折角の昼寝を邪魔した揚句、その混乱に乗じて殺す気かよ……」



 などとぶつぶつ言いながら慎吾は席に着いた。

 そして席に着くと同時に−−。



「ぐぉぉぉ〜。ぐぉぉぉ〜」



 こいつ……。



「慎吾、真琴のレオタード写真をあげようか?」


「それならもう部屋に沢山貼ってある」



 真琴という三文字を聞き取ると、とりあえず目は覚めるみたいだった。

 そういえばこいつの部屋に遊びに行った時、真琴のレオタード姿の写真が壁に貼ってあったのを思い出した。



「それにお前が真琴ちゃんのレオタード姿の写真を持っている筈無いだろうが」


「そういやそうだった……。バスタオルを体に巻き付ける真琴の写真なら持ってるんだけどな……」



 それを聞いた慎吾はすかさず目をキラキラさせ、両手で俺の両肩をポンと叩いた。

 とても分かりやすい人間だ。



「くれ。それを俺にくれ」


「おいおい、頼み方って物があるんじゃねーのか?」


「あんた急に態度デカくなりましたね! 人間性を疑うよ!?」


「おっ? 嫌ならあげなくてもいいんだぞ?」


「くっ…………分かったよ。何をすればいいんだ?」



 慎吾は唇を噛み締めながら言った。

 どうやら慎吾は、プライドを捨ててまで真琴の写真を手に入れたいみたいだ。

 慎吾はクラスで最もストーカーに近い存在である。



「流石ミジンコ以下のプライドを持つ男だ。よし、だったら三回−−」


「あんた言葉を選ぶという作業はしないんっすかね!?」


「うるさいミドリムシだな。あげなくてもいいんだぞ?」


「すいません! 私めが調子に乗っていました!」


「ああ。お前はすぐに調子に乗るゾウリムシだ。分かったな?」


「は……はい……。私はすぐ調子に乗るゾウリムシです……」



 慎吾は土下座をしながら言った。

 その光景を見つめる俺は、俺の中の何かが目覚めそうな、そんな感覚に襲われた。



「そうだ。お前は薄汚いアオミドロだ」


「はい、私は薄汚いアオミドロでございます」



 うふふふふ……。この感覚……この感覚こそ俺が求めていた物だ……。



「よし、今からお前にロウソクを垂らすぞ」


「それちょっと方向性おかしくないっすか!!! 完全に目的変わってるんですけど!!!」


「なら靴を舐めろ」


「今の俺の話聞いてないでしょ!? ねえ、楓さん!?」


「なら、私は薄汚い黒豚です。靴を舐めますから、ロウソクを垂らして下さい。と言え」


「靴を舐めても、結局はロウソク垂らされるんですかね!」



 ………………。






「え?」


「補聴器買ってきてあげましょうか!?」



 と、さっきからツッコミばかりしているミカヅキモ以下のプライドを持つ慎吾が、そのままの勢いで態度が大きくなってくる。

 俺はケセランパサランの反乱に憤りを感じたが、それと同時にある事を思い出した。



「あっ……」


「どうした楓?」



 俺が忘れていた事は当たり前の事で、それでいて一番厄介な事だった。






「そういえば、その写真は真琴に取られたんだった……」


「ギャァァァー!!!」

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