Ep2:出会いの春に出会った人達-後編-
「楓君……だよね……?」
「お前は……」
ジュースを自動販売機から取り出したその瞬間、背後から少女の声が聞こえた。マンゴー百パーセントの缶ジュース片手に、俺は振り向く。
前回とはリアクションが多少違う俺がそこに見たのは−−。
「なんでここにいるんだクソ親父!!!」
「会いたかったよ楓ー」
「女言葉をやめろ!声色を変えるな!抱き着くな!」
俺は体に纏わり付く、スーツ姿の親父を引きはがす。 親父は鼻息をフゴフゴいわせながら離れた。
「何故親父がここにいる!?出張に行ってたんじゃなかったのか!?」
「そう、だから出張帰りに寄ったまでさ。楓に会いたくて」
「そんな事でいちいち寄るな!」
「まあまあ、そう言うなよ。折角会いに来たんだから。いや〜それにしても、楓」
「それにしても……何だよ」
親父はにまーっと嫌らしい笑みを浮かべる。それだけで蹴り飛ばしたくなるくらい腹の立つ顔だ。
「もしかして、新たな少女との出会いだと思った?いや〜残念だったねぇ〜。呼んだのがパ、パ、で!」
「吹っ飛べこのクソ親父がー!!!」
ドッカーン!
「バイバイキィーン!」
親父は俺の一蹴りで、お星様となった。
「ったく、本当にそう思ったじゃねーかよ」
馬鹿馬鹿しい。
と、俺はぐちぐち言いながら教室へと戻っていくのだった。
−−−−−−−−−−−−−−
キーンコーンカーンコーン
「はい、今日はここまでザマス」
食事後の二時間は眠気との戦いだった。
満腹感からくる眠気と、春の陽気からくる眠気とのダブルパンチ。
俺は五時間目の授業を受けていた筈だったのだが、気付いた時には帰りのホームルームが終わっていた。
「俺はついに時間移動を身につけたのか」
「神凪さん、制服の右腕の裾……」
咲蘭が俺の右腕を指差し言うので、視線をゆっくりと右腕に向ける。
右手の裾にはよだれの跡。
「おはようございます楓さん……」
「お、おう。おはよう、咲蘭」
右腕に付いたよだれをティッシュで拭きながら、咲蘭に答えた。
「楓さん」
「神凪楓!」
「ブサイク!」
そして間もなく背後から聞こえた飛鳥と三岸と佐古木の声。
「はい、掃除用具ですわ」
俺が振り向いた瞬間、何故か飛鳥から雑巾、バケツ、箒、ちり取りを渡された。
俺はそれらの掃除用具と飛鳥と三岸、佐古木を交互に見る。
「お前らの顔を掃除しろ、ってか?」
「「「違いますわよ!」」」
「だったら何故それを俺に渡すん……だ……。あ、思い出した」
確か、授業中に居眠りした罰だったんだっけ。
「ええ、それではお掃除頑張って下さいね。ごきげんよう」
「「ごきげんよ〜う」」
そうして三人は、高笑いと共に教室を出ていった。
「咲蘭、俺ってそんなにブサイクか?」
「いえ。多分、佐古木さんにとっての挨拶みたいな物なのでしょうね……」
「そうか。精神を攻めてくる挨拶ってのも嫌なもんだけどな」
「そうかもしれません……」
言いながら咲蘭は席を立ち上がった。
「明日の放課後は委員会ですから、忘れないで下さいね……ではさようなら……」
「そっか、明日は火曜日だったか。分かった、じゃあな咲蘭」
咲蘭は気配を消して移動しているかのように、スッと教室を出ていく。 俺と真琴も、教室から生徒が居なくなるのを見計らい、掃除を始める。
真琴が飛鳥に対する怒りを全て掃除にぶつけてくれたお陰で、それを短時間で終わらせる事ができたのは、嬉しい誤算だった。
そうして掃除を終えた真琴は部活へ、俺は商店街へと向かった。
「ありがとうございましたー」
ガー
「むふふふ」
帰ったら思う存分食べてやるからな、『ふんわりやわらかカスタードクリームパン』ちゃん♪
こういうのって食べる時も幸せだけど、それ以上に持ち帰る時が幸せなんだよな。
ちなみに言っておくが、俺が好きなのはクリームパンじゃなく、カスタードクリームだ。
「魚泥棒だー!!!捕まえてくれー!!!」
ん?何だ何だ?
クリームパンを見つめたままコンビニの前に立っていると、魚屋のおっちゃんの、商店街中に響き渡るような大きい叫びが聞こえてきた。
「魚泥棒だー!!!捕まえてくれー!!!」
魚泥棒?
俺は魚屋のおっちゃんの声がする方を見た。
「女の子?」
俺が見た先には、魚を右手に持った少女が逃げるように走っていて、どうやら魚屋のおっちゃんに追われているみたいだった。
「追われてるみたいだっておいおい……」
このままだとぶつかるぞ!?
「うわあ!どいてどいてー!」
「何で俺の所に来るんだよー!」
ドッカーン!
「うわーっ!!!」
「キャー!!!」
俺とお魚くわえた少女は見事正面衝突。二人で尻餅をついた。
「いててて…って右手にあったクリームパンが無い!?」
俺の右手にあったクリームパンは…
俺の尻の下……。
「ぬぁぁぁー!俺のクリームパンがぁぁぁー!」
見るも無惨な形にぃぃぃ!!!
俺は立ち上がって、少女の胸倉を掴み立たせた。
「貴様ぁぁぁ!!!俺のカスタードクリームをぉぉぉ!!!」
「ごめんなさいごめんなさいー!」
「俺のクリームパンはブーブークッションじゃねーんだぞぉぉぉー!!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいー!!!」
と、俺の正面。少女の背後に魚屋のおっちゃんがやってきた。
「楓の坊主、少し落ち着いたらどうでい?」
「クリームパンの上に座ったっておならの様な音が出る訳………魚屋のおっちゃんか、分かった。少し落ち着いてやる」
俺は少女から胸倉を離した。
そして潰れたクリームパンの袋を手に取り、少女の前に突き出した。
「おいお前」
「私の事?」
「お前が潰したクリームパン。弁償しろ」
「えっ、そんな事言われても……」
「何だお前、まさか弁償しないとでも言うのか?」
「だって〜……」
「だってもヘチマもあるかぁぁぁ!!!」
「ひゃぁぁ!ごめんなさいっ!」
「謝るくらいなら弁償しやがれぇぇぇー!!!」
「楓の坊主、とりあえず落ち着けってんでぃ」
俺は再び少女の胸倉を掴み怒鳴り付けるが、再びおっちゃんに制止される。
俺は再び少女から手を離した。
「楓の坊主、そいつには弁償なんかできないと思うぜ」
魚屋のおっちゃんが、少女を指差しながら言う。
「その魚をくわえた娘は一文無しだ」
「一文無し?だからこいつは魚を盗んだのか?」
「そうさ。だろ、嬢ちゃん?」
「うん……」
それを聞いた俺は視線をおっちゃんから少女に移し、全身をなめ回すかのように少女を凝視する。
ふくらはぎ辺りまで伸びている黒髪。クリクリとした、今にも吸い込まれてしまいそうなくらい大きい目。みずみずしく、とても柔らかそうな唇。ゆで卵の様に、白くてつやつやな肌。
何よりも目立ったのが後頭部に結び付けられている、ピンクの大きなリボンだ。
その少女は可愛い部類に入るどころか、身長以外に否の打ち所がないくらいの美少女だった。
そしてなんと、少女は聖蘭の制服を着ていて、一年生の学年色である緑のスカーフをそれに付けていた。
そしてその少女は、捨て猫みたく俺達を交互に見る。
「金が無いなら魚を返すんだ」
「……」
俺は普通に観念すると思っていたがしかし、少女は首を横に振った。
「今日は財布を忘れたからお金が無かったの。だからお金はまた今度払うよ……」
言って少女は、魚を大事そうに抱える。
「阿保かお前、そんな事が通じる世の中じゃねーよ」
「絶対に払うもん!」
「そんな保証がどこにある?どうせ夜逃げするに決まってんだろ」
「払うったら払うもんー!」
少女は腹のそこから声を出して怒鳴り付けてきた。
「あのな、お前−−」
「−−なんだよ嬢ちゃん。そうならそうと、はっきり言ってくれればいいのによ!ガハハハハッ!」
おっちゃんは少女の肩をバンバン叩きながら笑った。
俺は驚き、おっちゃんを見る。
「おいおっちゃん、こいつの言う事を信じるのか?」
「あたぼうよ。その娘は絶対に払うって言ってるんだ、絶対に払ってくれるさ。それに嬢ちゃんが嘘を言ってるかどうかは目を見りゃ分かる」
少女の目を見るものの、俺には全く判断がつかなかった。
まあ、おっちゃんがそう言うなら、俺は何も言えないが……。
「ありがとうおじちゃん!今度絶対に払うからっ!」
「ハハッ!いいってことよ。そんじゃあ俺は仕事に戻るぜ。じゃあな楓の坊主、可愛い泥棒さん」
そう言い残し、おっちゃんはニコニコしながら商店街の魚屋へと戻っていった。
「よかったな、あのおっちゃんがいい人で」
「うんっ!」
まるまる一匹の生魚を抱えたまま笑ってる……。なんともシュールな光景だ。
「しかし金が無いのにどうして魚なんか盗んだんだよ」
「うん……。実はね……」
−−−−−−−−−−−−−−
「成る程な。この捨て猫に餌を与えようとしたわけか」
「うん。帰り道にたまたま見掛けたんだけど放っておけなくて……」
俺は少女に案内され、商店街の路地裏へとやってきた。路地裏には段ボール箱が一つあり、その段ボール箱の中には子猫がいた。
少女は子猫を段ボール箱から出し、魚を与える。すると猫はムシャムシャとその魚を食べ始めた。
俺達二人はその猫の前にしゃがみ、その様子を見る。
「こうして見ると、猫って可愛いんだな」
「うんっ!とーっても可愛いよっ!」
魚を食べる子猫の頭をツンと突つく俺に、少女はとても嬉しそうに言った。
そんなに猫が好きなんだろうか。
「俺の名前は神凪楓だ。お前の名前は?」
「えっ!?」
「自己紹介だよ。俺の名前は神凪楓だ」
猫を見ながら俺は二度、自分の名前を言った。
「神凪…楓…君……?」
「そうだ。何かおかしいか?」
「ううん…何でもない……」
正直とてもじゃないが、何でもないようには見えない。
俺の名前は、人のテンションを下げるような名前じゃないんだが…。
「どうしたんだ?」
「うん…、どこかで聞いたことあるような気がして……」
「それは無いだろ」
多分、こんなに可愛い少女と会ったことがあるなら、絶対に覚えていると思う。
それに俺は有名人って訳でも無い。
「何かの間違いだろ」
「うん…多分……」
少女は未だにどこか腑に落ちない表情を見せたが、無理矢理かどうか、納得した表情になる。
「そっか。私の名前は天堂つばさだよ」
と、自分の胸に手を添えながら言う。
「天堂……つばさ……?」
「うん、天堂だよ」
おいおい、冗談にもほどがあるぞ……。
「つばさ、か。いい名前だな」
「うんっ。ありがとう!ところで楓君は私と同じ学校みたいだね?」
「ああ、俺は二年生だ。お前は一年生だな?」
「うんっ。ぴっかぴかの一年生なんだよ〜」
「そうか、それはよかったな」
と、自己紹介もいいのだが、俺はそれよりも猫の事が気になった。
「で、どうすんだこの猫」
「私が持って帰る…って言いたい所だけど……」
「親が許さないってか?」
つばさは無言で首を縦に振った。
まあ、つばさの家で飼えないとなると……。
「ここに捨て置くか」
「えぇ〜!?私てっきり、俺が飼う。って言うかと思ってたのにっ!」
「馬鹿言うな。俺は動物が嫌いなんだ」
「そんな事言わないで…あれ、もう食べ終わったんだ?」
「ニャン」
つばさは話の途中、猫が魚を食べ終えた事に気付く。
そして俺が見たと同時にその子猫は、俺の肩の上に移動してきた。
「どけ、チビ猫が」
「ニャンッ!」
何を言ってるかさっぱり分からんが、多分、嫌だ。とでも言ったんだろうか。
「アハハ。気に入られたみたいだね」
「どけと言ってるだろ」
「ニャーゴー!」
嫌ーだー。って言ったのだろう。
仕方なく俺は猫の後ろ首を摘み持ち上げた。しかし猫はその手から逃れ、そのまま俺の手を伝い、今度は頭の上に登ってしまった。
「あきらめなよ楓君。もう楓君と離れたくないみたいだよ」
「ニャーン」
「この猫畜生がっ!」
俺は頭の上にいる猫を掴もうとする。が、頭の上で俺の手を回避する猫はなかなかすばしっこく、手にかすりもしなかった。
「ニャーゴ」
「はぁ…はぁ……」
「いいなー楓君は。そんなに懐かれててー」
「よくない!」
しっかしこの猫、どうするかな…。
「名前はどうしようか?」
「はぁ!?本当に飼わせる気か!?」
「そうだよー!だって、捨て置いたりしたら子猫が可哀相じゃんー!」
はぁ…やっぱりこうなっちゃうのね……。
動物は好きじゃないんだけどな…。
「分かったよ。捨て置かれる気持ちはよく分かるからな。確かに可哀相だよ」
「でしょでしょ?じゃあ飼ってくれるんだよね?」
「ああ」
「やったー!」
つばさは自分が飼える訳じゃ無いのにも関わらず、とても大喜びしていた。
「それじゃあ今度こそ、名前はどうしようか?」
「そうだな…ハム太郎なんかはどうだ?」
「それじゃあハムスターだよ」
「じゃあ、中村あつしは?」
「何言ってるの?」
「クリント=イーストウッドならどうだ」
「カッコイイけど…猫にそれはちょっと……」
さっきから文句の多い奴だな。
「はいはーい!私思い付いたよ!」
つばさは右手を挙げて言ってきた。
思い付いたって言っても、どうせろくな名前じゃないんだろう。
「カエデは?」
「却下だ」
やはりろくな名前じゃなかった。
「えー、いい名前じゃん!ね、カエデ?」
「ニャン」
「ほらほら、カエデが気に入ったみたいだよ。ね、カエデー」
つばさは俺の頭に乗っている子猫を撫でながら言う。
「じゃあ、カエデに決定。イェーイ、パチパチ」
「ニャーゴ」
なんと俺の異議の方が却下され、子猫の名前はカエデに決定してしまった。
「こんなの無効だ!却下だ!」
「なら多数決をとるよ。カエデがいいと思う人、はーい」
「ニャーゴ」
「はい、賛成過半数により決定。イェーイ、パチパチ」
「猫票は無効だ!」
「往生際が悪いよ楓君。カエデ自身がこの名前に賛成したんだから、例え私が反対したってカエデはカエデだよ。分かった、楓君?」
楓とカエデがごっちゃになってややこしい……。
「うん。名前も決まったし、私は帰るね。じゃあね楓君、カエデ」
「ニャン」
「……猫畜生と同じ名前…………」
落ち込む俺をよそに、元気一杯なつばさは弾むようなスキップで夕暮れの町へ消えていった。
「俺も帰るか」
「ウニャ」
カエデは、話し掛けていないのに返事をしてきた。俺は、こいつに人間の言葉が通じている事が今更ながら気になってしまう。
「なあ、名前変えないか?」
「ニャーゴー」
嫌ーだー。ね。
「分かったよ。よろしくな、カエデ」
「ニャン」
やはりカエデには人間の言葉が通じているんだろうか。
まあ、そんなのどっちでもいいか。
俺はカエデを頭から肩に移し、そして茜色の世界を一歩一歩。家に向かって歩き出していった。
−−−−−−−−−−−−
ピンポーン
家に帰り、しばらくのんびり過ごしていると、インターホンの音が鳴り響く。
「楓ー、パパは今手を離せないから、楓が出てくれないかー!」
「分かったよ」
俺はソファーから立ち上がり、キッチンの横にあるモニターで来客を確認する。
モニターの向こうに居たのは、仕事帰りのひよ姉だった。
「鍵は開いてるから、入っていいぞ」
俺は受話器越しに、玄関前にいる彼女に呼び掛けた。
「あらー。女性を家に連れ込んだりして、何をする気なのかしらー」
「嫌なら入らなくてもいいんだぞ」
「いやーん。そんな事言って、本当は嬉しいくせにー。楓ちゃんのエロスケベー」
ガチャ
俺の名誉を汚す一言と共に、ひよ姉が家に入ってくる。
誰がエロスケベだ、誰が。
「ウフフフフー。か、え、で、ちゃんのエロスケベー」
「ぬぉわっ!」
むにゅーん
抱き着いてくるなよ三十路!
「んまー!誰が三十路よ、失礼しちゃうわー!」
まるで俺の心を読んだかのように。三十路は俺から体を話し、目を三角にして怒ってきた。
「真琴は今十六才だろうが!」
「そんなの私が中学生になる前に真琴を産めばいいのよー! むきー!」
三十路というのがよっぽど嫌なのか。ひよ姉はめちゃめちゃな事を言っている。
「まあ、見た目は二十代だから、三十路とかそんなに気にすること無いって」
「いやーん。私、楓ちゃんに口説かれちゃったー。真琴に悪いわー」
誰もお前なんか口説いてねーよ、馬鹿。
さて、そろそろ説明しよう。
このお姉系な喋り方をする、真琴にそっくりな顔をしたこの女性の名前は、稲瀬日和。真琴の母親だ。
肩まで伸びた黒髪と、真琴とは対照的な大きい胸が目立つ。年齢は不詳だが、真琴の年を考えると三十路であることは間違いない。
「あら、楓ちゃん。頭の上にかわいー子猫ちゃんがいるわよー」
「ああ、こいつ?なんか離れないんだよ。頭の上に乗っかったまんま」
そこまで重くないし、全く動かずに大人しくしているからすっかり存在を忘れていた。
「とにかく、今からご飯の用意をするから」
「よろしくねー楓ちゃーん」
「ったく、一児の母なら料理くらい覚えろってんだよな」
「文句言わないのー。せっかくの美貌が台なしよー」
「はいはい、じゃあ親父に風呂掃除するよう言っておいてくれ」
「風呂掃除くらいなら私がやるわー」
そうしてパタパタと風呂場に向かって歩いていくひよ姉。
さっき俺が言った通り、このひよ姉という人物は真琴同様に料理が全く出来ない。
だから、俺か親父が作る夕食を食べに、毎晩決まって親子二人、俺の家に押しかけてくるのだ。
そして、そのついでに風呂にも入っていく。
傍若無人、とはまさにこの事だろう。
ただ、何故か憎めないんだよな、あの人は……。
……と。そんな事より、早く飯を作らなきゃな。
「テレレッテッ。神凪楓の三十分クッキングー」
「ウニャー」
今日紹介する料理は、シーフードドリアでーす。
作り方は簡単。
まずご飯を炊きます。この時、お好みによりカスタードクリームを混ぜて炊いて頂いても結構です。
「カエデ、美味いから食ってみろ」
俺は手の平にご飯を乗せ、俺特製のカスタードクリームをたっぷりとかけた。
そしてその手を頭上に持っていき、カエデに食べさせる。
パクッ
「フギャギャッ!」
続いてホワイトソースを作ります。材料は、市販のホワイトソース缶のみ。
そしてホワイトソース缶の中身をボウルに移します。これでホワイトソースの完成です。この時、お好みによりホワイトソースにカスタードクリームを混ぜて頂いても結構です。
「ほれカエデ、これ食ってみ」
パクッ
「フギャァァンッ!!!」
続いて取り出す材料は海老、ホタテ、イカ。あらかじめ海老は殻を、イカは切ってスジを取って置きます。
「後は全部混ぜチーズを上に乗せて、オーブンでれば出来上がり〜。この時、お好みによりカスタードクリームを混ぜて頂いても−−」
「−−消すわよ」
ま、真琴……。来てたのか……。
「カスタードクリームを入れたら消すわよ。それだけは覚えておきなさい」
カスタードクリームを混ぜる際は、真琴が近くに居ないか、充分に確認をしてからお入れ下さい。
−−−−−−−−−−−−−−
「ご飯を食べる時も頭の上に乗ってたわね、その子猫」
「フニャ」
俺達三人は、リビングにあるソファーに腰掛けながら談笑をする。
素っ気なく言う真琴も、頬を少し赤くしながら俺の頭上を見ている。
「いやーん。すっごいかわいー。私もほしーいー」
と、風呂上がりのひよ姉がキャンキャン言いながらリビングに入ってきた。
「それじゃあ私が入ってくるね」
「それじゃあ私も真琴ちゃんと一緒にお風呂−−」
「消すわよ?」
バタン
真琴に睨まれた親父はそれ以上何も言えず、ただただ見送る事しかできなかった。
リビングに来たひよ姉は、真琴が座っていた場所に腰掛けた。
「すぐに懐いてくれたんでしょー?いいわねー」
「まあ……悪い気はしないけどな……」
「フハハハハ!畜生を簡単に手なずけてしまうとはな!さすがは私の息子だ!」
立ち直るの早いな、お前。
と。遅れたが一応、説明が必要だろう。
親父の名前は神凪葵。神凪カンパニーの社長で、年齢不詳。それ以外は特に言う事は無い。
「名前は何て言うのかしらー?」
「……」
言っちゃ駄目だ。言ったら絶対に馬鹿にされる。絶対に言っちゃ駄目だ。
「料理作る時に呼んでたわ。カエデって」
さっさと風呂に入ってろよお前は!!!
「自分の名前を付けたのねー。楓ちゃんたら、本当に可愛いんだからー」
「楓の頭にカエデって……プププッ……」
「おい親父、それ以上笑うと−−」
「パ、パパが悪かった……プププッ。すまん……プププッ」
ここまで人を殴りたいと思ったのは、久しぶりだった。
「言っておくが、名付けたのは俺じゃないぞ」
「そうだったのー?じゃあ誰が名付けたのかしらー?」
俺は言うのを少し躊躇った。
「……いやっ」
「フニャ」
とその時、カエデが一度鳴き俺の頭からようやく下りた。
「お、今度は私の頭に乗ったぞ」
親父はとても嬉しそうに、俺達に頭上の猫を見せるようにしてくる。
などと調子に乗っていた親父だったが−−。
「フニャ〜」
シャー
「あ、おしっこしてるぞ」
「本当ねー。だから楓ちゃんから下りたのかしらー」
「えっ!?」
それを聞いた親父は、手をゆっくりと頭にもっていった。
「ンギャァァァー!!!」
親父の叫び声は商店街にまで響き渡った。
−−−−−−−−−−−−−−
「お邪魔しましたー」
「お邪魔しました」
玄関前。俺達二人は真琴とひよ姉を見送った。
「楓……」
「どうした親父?」
隣の家に帰ろうとする二人の後ろ姿を見ながら、親父は真剣な表情をして呼び掛けてきた。
こんな真剣な表情になる親父も珍しい。
「真琴ちゃん、見る度可愛くなってないか?なあ、楓?」
「じゃ、俺もう寝るわ。お前はさっさと風邪引いて倒れろ」
「フニャ」
「おいおい、待ってくれよ楓ー」
親父は家の中に入っていく俺の手を掴んできた。
手の平の感触はゴツゴツのザラザラ。とても気持ち悪い。
「楓はそう思わないのか?あんなに可愛くてしっかり者の女の子はそうそう居ないぞ」
「ひよ姉に何を吹き込まれた?」
「今度パパに女の子を紹介してくれる……ゴホンッ!いや、何も言われてないよ」
付き合ってられん。
「俺はもう寝る」
言って俺は親父の手を振りほどいた。
しかし−−。
「まだ彼女はお前の事が……」
俺は階段の一段目に足を乗せた所で立ち止まった。
「いや、パパが口出しする事じゃなかったな。すまん、楓」
「それはねぇよ」
あいつは違う。
「あいつが付き合ってたのは知ってんだろ?」
「そう……言ってたな。学園のプリンスと付き合ってたって」
俺は親父を見ずに、階段の先を見つめながら言った。
「そう。真琴はいつまでも引きずるような奴じゃ無いって事。それに何年前の話だと思ってるんだよ」
「……そうか。ただな、楓……」
俺は階段に向けていた視線を、ゆっくりと親父に移した。
親父はその整った容姿を一切動かさずに、ただ俺をじっと見つめていた。
「日和さんはな、学園のプリンスと付き合っている事を聞いて、外面嬉しそうにしてたよな?」
「ああ、家に呼びまくって赤飯食べさせまくってたな」
その赤飯はもちろん俺が作ったんだけど。
「だけどな、内面は本当に残念そうにしてたんだぞ。知ってるか?」
んっ!?
「あの人は真琴を玉の輿に乗せたいんじゃなかったのか?」
「その様子だと、気付いていなかったみたいだな」
「いや、知らなかった。けど、それがどうしたんだよ……」
親父はニッコりと笑った。
「自分に自信を持て。お前はそれだけ魅力のある男だ」
時折見せる真面目な表情。
普段阿保な人間だけに、こういう時はかっこよく見える。
「……そっか」
「ああ。だからこそ俺はお前を迎え入れたんだからな」
「ああ」
俺も親父につられて笑う。
不思議と嫌な気はしなかった。
「おやすみ、楓」
「ああ。おやすみ親父」
親父はションベン臭かったが、口にはしなかった。