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プロローグ後編

 眠い。眠くない。眠い。眠くない。眠い。眠くない。眠い。眠くない。眠い。眠くない。眠い。眠くない。眠い。


「眠い……」

「花占いしてる場合じゃないでしょ!?」

「いや、もし眠くないが出たら、眠気が覚めるかなって……」

「んな訳無いじゃない」


 朝の登校風景。

 始業式が行われた昨日同様、空は青い絨毯を敷いたかのように晴れ渡っていて、ビュービュー吹き付ける春風は花粉を運ぶ。

 もちろん春風が運ぶのは花粉だけじゃない。


 女子には羞恥心を。男子には幸せを運んでくれる。


 まあ……ようするに、スカートがめくれてゴールデントライアングルのパンティーが……むふふふふふふふ。


「むふふふふ〜」

「何笑ってんのよ……気持ち悪い……」

「安心しろ。お前のには興味ないから」

「くっ……よく分からないけど、何かムカつくわね……」


 そんなやり取りを交わしながら、俺達は昇降口で上履きに履き代え、三階にある教室へと向かう。


 その際は当然学園の廊下を通るのだが、その廊下でペチャクチャと喋っているような生徒は一人もいなく、みんながみんな、机と睨めっこ状態だった。



ガラガラ


 俺達は教室の後ろ扉を開け、その中に入る。

 三組も他クラス同様に、みんな机と睨めっこ状態だった。



「オハヨー。皆の美少女、稲瀬真琴ちゃんのお通りだよー!」




しーん。



「ほら。だからこうなるよって言ったんじゃん」

「あたかも私が指示したみたいに言わないでくれる!?」


 俺達はクラス中の視線を集めながら、とりあえず自分の席に鞄を置く。

 それと同時に飛鳥が立ち上がり、俺達の下に近付いて来た。


「ごきげんよう楓さん、真琴さん」

「おう。おはよう飛鳥」

「おはよう」


 真琴は不機嫌そうに挨拶をした。


「で、何の用だ?」

「楓さん。先日生徒会長とお昼ご飯を食べたそうですわね」

「ん、ああ。一緒に食べたよ」


 飛鳥は敵を見るような目で。なめ回すかのように俺を見つめてくる。


 そんなに見つめられたら……。


「ヘックショイ!!!」

「キャー」


 くしゃみが出ちゃうじゃんかよ。


「汚いっ!!!」

「すまん。ついつい」

「ついつい、じゃありませんわ!」

「いや、だって。そんなに見つめてくる飛鳥が悪いんだぞ」

「もういいですわ!」


 唾をかけられた飛鳥は、プンプンと怒りながら自分の席へと戻って行く。


ガラガラ


「みなさんおはようございますザマス」


 そして飛鳥が席につくと同時に、担任が教室に入ってきた。


 去年の担任とは打って変わって全く面白くない担任。

 担任と呼ぶのもアレなので、ザマス斉藤と名付ける事にした。


「はぁ……」


 この前までとは違うクラスメイト。違う担任。違う教室。

 今日は先日と同じ空模様。空は澄み渡り、ポカポカと暖かい陽光が教室内に降り注ぐ。


 しかし俺はそんな空模様とは反対に、今日から再び詰まらない授業を延々と聞かされる日々が始まるのかと思うと、とても気が重くなるのだった。



−−−−−−−−−−−−



キーンコーンカーンコーン


「さあさ。委員会を決めるザマスよ」


 六時間目はホームルーム。進級以来初めてのホームルームは委員会を決めるとの事だ。 ザマス斉藤が黒板に委員会名を書き連ねていく。

 学級委員会、風紀委員会、保険委員会などなど。


「真琴は何にするんだ?」

「私? 私は何にしようかな……。楓は何にするの?」

「ん、そうだな……」


 などと考える振りをしたけれど、実は既にやりたい委員会は決まってるんだよね。

 俺は行事だけじゃなくて、委員会活動にも全力投球だ。


「はい、それではまず学級委員会から決めるザマス。立候補をする人は手を上げるザマス」

「はい」

「はい」


 手を上げたのは女子一人、飛鳥と男子一人、男子K。

 学級委員会の定員は男女一名づつなので、学級委員会は飛鳥と男子Kの二人で決定だ。




 男子Kイコール俺。



「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」

「や、やめろぉぉぉ!!!」

「誰か他に立候補する男子はいないのぉぉぉ!!!」

「もうこの学校はおしまいだぁぁぁ!!!」

「退避ー!!! 退避ー!!!」

「キャーーー!!!」


 人々は叫び、喚き、絶望にうちひしがれる。

 声は枯れ、頬は垂れ下がり。

 もはや彼らは人としての形を成していなかった。


 いったいどれだけの間、叫んだのだろう。

 いったいどれだけの間、涙を流したのだろう。


 一週?

 一月?

 一年?


 時間の感覚はすでに無い。今、自分が泣いているのかさえも、そしてここがどこかも…………やめやめ。何言ってんだ俺は。


 結局他の男子が立候補し、俺は多数決でその男に負けてしまった。


 その男子のあだ名は、人柱となった。


「よくやったな人柱」

「人柱君は私達のヒーローよ」

「じーんちゅう! じーんちゅう!」


 ついに人柱コールまで巻き起こる始末。

 しかし俺はめげなかった。


「次は風紀委員会ザマス」

「はーいはーい! 俺がやりまーす!」

「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」

「や、やめろぉぉぉ!!!」

「誰か他に立候補する男子はいないのぉぉぉ!!!」

「もうこの学校はおしまいだぁぁぁ!!!」

「退避ー!!! 退避ー!!!」

「キャーーー!!!」

「おい人柱! お前風紀委員もやれ!」

「そうよそうよ!」

「じーんちゅうー!やれー!」


 そんな事がホームルームの間ずっと続いて……。



「結局図書委員会かよ……」

「学園の政治には関われないわね」

「体育委員のお前に言われたくないわボケェ!!!」

「分かったから、八つ当たりは止めてよね」

「ぐぅ……」


 こうなったらいっその事、本の表紙を入れ換えて、入れ換えてほしくなかったら俺を学級委員にしろ。とか言ってみるか。


 小さいなぁ……。


 しかし不幸中の幸と言うべきか。もう一人の図書委員、言わばこれから一年間ペアとなる人物が……。


「楓さんとですか……」


 何を考えているのかよく分からない、鮎川咲蘭が相方になった。


「これから一年間よろしくな」

「はい……」


 そうして俺は、期待と不安に胸を膨らませながら、放課後の一斉委員会へ臨むのであった。



−−−−−−−−−−−−−−



「以上、第一回図書委員会を終わります」


 委員長が言うなり、図書室からぞろぞろと人が退室していく。

 彼らはこれから塾や習い事があるのだろうか、やけに早足だ。


 図書室に残ったのは俺と咲蘭、そして委員長。


 その委員長も、ノートに今日の話し合いの結果を書き込み終わると、スッと立ち上がった。


「それでは神凪さん、鮎川さん。申し訳ありませんが今回は頼みます。それでは私は失礼します」


 そう言って委員長も退室していく。

 背筋がぴんと伸びた歩き方もとても綺麗で、美人秘書を思わせるその容姿。

 言動一つ一つから、いい教育を受けてきたことが伺える。

 俺達二人の担当は先の話し合いの結果、火の放課後と木の昼休みとなった。

 その時はいくら図書室に人が来なかろうと図書室に居て、本の貸し出しや返却の手続きをしなくてはいけない。なんとも面倒臭い仕事だ。


 そして今日は火曜日の放課後。初仕事だ。



 以上、咲蘭からの報告でした。


「ふぁ〜あ〜。よく寝た〜」

「……」


 あくびをする俺。対照的に無表情の咲蘭。


「神凪さん……私は帰ってもいいですか?」

「え、駄目だろ」

「……神凪さんは睡眠をとったから、一人でも大丈夫です……」

「ちょっと待て。俺は寝ていたわけじゃない。魔王と戦っていたんだ」

「……そういうのを何て言うか知ってますか?……夢を見ていたって言うんです」

「確かに、言ってしまえばそうだ。だがな、俺は本当に戦ってたんだぞ」

「勝ったんですか?」

「ああ。メロンパンあげたら配下になった」


 口から吐き出される炎は全てを灰燼と化し、一度歩けば大地が揺れる。全てを掻き消す獅子の咆哮。この世に絶望をもたらす暗黒の王。



 それはマントをつけた真琴だった。

 世界制服よりメロンパンを優先させる生物なんてあいつくらいしか居ないからな。


「帰るというのは冗談なので気にしないで下さい……」

「知ってるよ」

「そうでしたか……。それでは私は本を読んでいるので……」


 咲蘭は、寝てたんだからそのくらいはしろよな。といった意味も込めたんだろうか、軽く笑みを浮かべ言った。


 俺は受付のカウンターにある椅子に座る。少し偉くなった気分だ。


 と、早速女子学園生が本を持って入ってきた。


「すいません、本を返しに来たんですけど」

「フハハハハ! 俺が図書委員だ!」

「あの、この本返却期限が過ぎちゃったんですけど……」

「いや、そんな事気にすんな。いっその事その本やるよ」

「え、貰ってもいいんですか?」

「ああ、俺は図書委員だからな。この部屋の本は全て俺の物だ」

「そうなんですか!? それじゃあ貰っていきますね!」

「おう! また来いよ!」


 赤のスカーフが制服に付いていたので、彼女は二年生なのだろう。


「一日一善。今日もいい事−−」

「今すぐ彼女の所に行ってください……」

「は、は、はい……分かりました……」


 鬼だ般若だ。

 無表情以上に怖い表情は、他に無いと思った。


 俺はその女子生徒を追い掛け、本を返却してもらった。

 どうやら彼女は本気にしていたらしく、本を返却してくれと言うと、非常に残念そうな表情を浮かべていた。


「私がここをやりますから、神凪さんは本を置いてきて下さい……」

「はーい」


 どうせ俺は邪魔者ですよーだ。


 そんな微かな抵抗も虚しい。

 俺は本を本棚に戻すべく、先の女子生徒から返却された本を見た。


『僕の彼女は王子様』


 そうか……なんかよく分からんが、頑張れよ。

 つーかこれ、ジャンルは何だ?恋愛か?同性愛ってジャンルはあるのか?


「哲学だな、哲学」


 俺は迷う事なく哲学の棚に本を戻した。



 暇になる。



 だから俺は、本のカバーを入れ換えて遊ぶ事にした。


 恋愛の棚に『走れメロス』があるなど、図書室にある本のカバーを手当たり次第に入れ換えていった。


「フヒヒヒヒ。俺に逆らう奴はみーんなこうなるんだぜー」

「神凪さん……」



 咲蘭か……。



「俺を学級委員にしろ。こうなりたくなかったらな」

「何を言ってるんですか……?」


 真面目に返されてしまった。


 くだらない事をやっていた自分が阿保らしくなった。


「とにかく直しておいて下さいね……」

「ああ」


 俺はテキパキと本のカバーを元通りにしていく。


 結局カバーを直し終わるまでに要した時間は、入れ換えていく時間の三倍かかった。

 行きはよいよい帰りは怖い。まさにこれだなと思う。


「終わったぞ咲蘭」

「お疲れ様でした……」


 受付の椅子に座って本を読む咲蘭。

 無表情無着色。添加物を一切使っていない有機人間、鮎川咲蘭。


「今何か失礼な事考えてませんか……?」

「え? いやっ……シーラカンスの産卵について考えてた」

「そうですか……」


 危ない危ない。咲蘭はかなり鋭い勘の持ち主だったんだな。


「そうです。だから気をつけて下さい……」


 え? 何を気をつければいいんだ?


「分からないのですか……?」


 ンギャアアアアー!!! 心読まれてるー!!!


「神凪さん……」

「ん、何だ?」


 咲蘭は首を横に振った。


「何でもないです」


「何でもないのかよ……」


 会話も途切れて、また暇になった。


 やる事が無いので俺は椅子に座り、咲蘭の顔を見つめていた。


 咲蘭とはどこかで会った事があるのだろうか。

 どうも俺には彼女が初対面の人間とは思えなかった。



 駄目だ……。眠い……。



−−−−−−−−−−−−−−



「楓?」


 体がピクンと動いた。


「こんな所で寝てたら風邪ひくわよ」



 聞こえてきたのは真琴の声。


 俺は目をうっすらと開ける。


 オレンジ色の図書室がそこにあった。


「んっ……」

「楓、あんた寝過ぎよ」

「ああ……すまん……。……真琴はどうしてここにいるんだ?」


 血が上らない頭ながら、俺はその違和感に気付くことができた。


「咲蘭ちゃんが教えてくれたの。楓が寝てるって」

「んっ……そうだったのか……。ふぁ〜あ〜」


 俺は立ち上がって、大きく欠伸をした。


パサッ


 しかしその時、俺の体から何かが落ちた。


 フワッと香ったのは咲蘭の香り。


 カーデガンだ。


「それ、多分咲蘭ちゃんのカーデガンよ」

「そっか」


 言いながら俺はカーデガンを拾った。


「帰るか」

「うん」




 春。


「楽しみだな」

「何がよ?」


 そんなの決まってんだろ。


「学園生活が、さ」

「そう。それはよかったわね」

「真琴は楽しみじゃないのか?」

「まあ……詰まらなそうじゃないけど……」

「そっか……」


 出会いの春。


 その言葉通り、昨日今日と、俺は色々な人に出会った。


 不安は無い。


「真琴、競争するか?」

「はぁ!?私部活で疲れてるのよ!?」

「動けなくなった奴から切り捨てる。それが俺のポリシーだー!!!」


 俺はそう叫びながら走り出した。



 これから訪れる、新たな学園生活に向けて。

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