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プロローグ前編

ホーホケキョ。


ウグイスの優雅な鳴き声。そして、ひらりひらりと舞い散る桜の花びらが、川の水面に浮かび上がる。


そう、この閑静な住宅街にもようやく春が訪れたのだ。


暖かい陽光の下、流れる川はキラキラと光り、花は悠々と生い茂る。

道行く人々は立ち止まり、川を眺めては花を眺め、花を眺めては川を眺めて心を和ませる。


そして夜は電灯にライトアップされた川と桜が、何とも口では言い表せないような幻想空間を演出している。



『年金! 年金! 消えた年金記録と彼女との思い出!』



そんな閑静な住宅街に対し、喧嘩を売るかのような騒がしい音楽が、聞こえてきました。


音が聞こえてくる方には……一軒家があります。二階の窓から少し中を覗いてみましょう。


『ペリー! もう一度だけ来航してくれー! そして俺達に年金をぉぉぉ!』


「うーん……素晴らしい曲だ」


二階の窓の向こうにいた男は、ベッドの上で足を伸ばしながら座っていた。そしてこの騒がしい上、意味の分からない音楽を聞きながら阿保な事を口走る。


少しだけ顔を動かし、男の首から上を見てみる。

赤色がかかった短めの髪、そしてとても綺麗で大人びている顔をしてした。


『メタルキリギリスな俺達はぁぁぁー!!! 今日もファイティングキリギリスゥゥゥー!!!』


「何よこの曲はー!!!」


おっと、部屋に誰かが入ってきたみたいだ。


私はここらへんで去るとしよう。



「ん?」


 朝の風景を見ようと何と無く窓の方を見る。全開の窓の淵にはなんと、一羽のカラスがいた。

黒いカラスはまるで日食時の月みたいに、俺の視界から陽光を排除する。

 そしてカラスはカァと鳴いた後、ドラ江もんのような勢いでパタパタと飛び立っていった。


 しかし新学期の朝からカラスなんて……不吉だ……。背筋がゾクゾクしてくる……。


「楓ー! 聞こえてんのー!? このやかましい音楽を止めなさいよ!」


 そもそもカラスってどうしてあんなに黒いんだろう……。

 墨汁を全身にぶちまけているとか? それとも墨汁風呂に一日三時間以上は浸かっているとか? それとも墨汁エキスの入ったカプセルを……。


「楓ェェェー!!!」

「ワーッ!!!」


ピッ


 俺はベッドから飛び上がり、そしてリモコンの停止ボタンを押し音楽を止めた。


「聞こえてたんでしょ?」

「はい……。聞こえてました……」


 彼女の顔は笑っていたが、それが逆に恐怖心を駆り立てる。


「しっかし、あんたもよく分からない曲を聞くわよね」

「よく分からない曲じゃない。ファイティングキリギリスと年金問題って曲だ」

「曲名もおかしいのね」


 彼女はいかにも興味が無いといった表情と仕種で俺に言う。

 そんな態度を取られたんじゃ、さすがの俺も引けなかった。


「なら、ヘラクレスオオカブトは天下り常習犯ってのはどうだ?」

「それも同じよ!曲名からして有り得ないわ!」

「へっ!ならもう聞くな!」

「聞かないわ。っていうか、起きてるんだったらさっさと用意してよ。学校に遅刻しちゃうじゃない」

「嘘っ!? せっかく今日は早起きしたのにっ!」

「自力で起きたって言っても、こんなにのんびりしてたらそうなるわよね」


 ですよね。


「ほら、さっさと準備して。学校に行くわよ。二年生になった早々遅刻してたまるもんですか」

「まあ、新しいクラスは第一印象が大事だからな」

「まあねっ。今年こそ、稲瀬真琴は清楚で可憐なお嬢様みたいだねって言われてみせるから」

「はいはい。まっ、適当に頑張れよな」


 言って俺はベッドから下り、ハンガーに掛けてあった真っ黒の制服と、真っ白のワイシャツを取り外す。そして寝間着として来ていたユニシロのスウェットに手を掛けた。


 と、俺はそこである事に気付く。


「おい、何ボーっと突っ立ってんだよ。そんなに見たいのなら、見せてやろうか?有りのままの俺を」


 彼女は部屋から出ずに、じーっと俺を見続けていた。俺は見られる事によって快感を得るタイプの人間じゃないので、そんな状況を黙って放っておく訳にはいかなかった。


 まあパンティーまで脱ぐわけじゃないし、そんなに気にする事でもないんだけど。


「へっ!? そんなのみ、み、見たい訳無いじゃない!」


 と、俺に言われた少女は、真っ赤な顔で俺を怒鳴り付け部屋を出ていった。



 さて、紹介が遅れたが、わざわざ俺を起こすため、部屋に無断で入って来た泥棒まがいの彼女は−−。


「消すわよ?」



 す、すいやせん。



 彼女の名前は稲瀬真琴いなせまこと。長く茶色いツインテールが特徴の、可愛らしい女の子だ。

 可愛らしいと言っても、当の本人はそんな自覚は無く、今まで一度も自分が可愛いと思った事は無いらしい。

 俺はと言うと、小さい頃から一緒に居たからかどうなのか、あまり可愛いと意識した事は無い。



 ……なんてゆったりと考えてもいられないな。


 俺は急いで制服に着替え、そして部屋の隅に置いてある鏡を見た。

 今日も自慢の赤髪はばっちりとキマッている。


 それを確認した俺は、よし。と一声。部屋から出てどたばたと一階に下りていく。


 階段を下りたら真っ直ぐキッチンに向かう。

 そこで、買い溜めしておいたメロンパンを含む菓子パン数個。それをカバンにほうり込み、そのついでに自分の口にも菓子パンを突っ込む。


 続いて、買い溜めしておいたペットボトルジュースをパン同様にカバンへとほうり込み、そうしてから紙パックジュースにストローを挿し、手に取った。


 よし、行くか。


「真琴、学校に行くぞ」

「オッケーよ」


 俺は玄関の扉を開け、外でチューリップを眺めながら待っていた真琴に呼び掛けた。


 ちなみに今朝、真琴が俺を起こす為に俺の家に入ってこれたのには理由がある。



 それは真琴がピッキングの達人−−。


ゴチーン!


「何故俺をいきなり殴る!?」

「いや、何と無く……楓が何か、失礼な事を考えてそうな気がしたから……」

「お前はESP保持者かよ!?」

「素直にエスパー、って言えばいいのに……ってやっぱり失礼な事を考えてたのね!?」


 と。まあピッキングというのは冗談で、真琴が家に入って来れた本当の理由は、家の合い鍵を持っているからに外ならない。

 何故合鍵を持っているかという事には、様々な理由が、ポケットに入れておいたイヤホンのコードみたいに絡み合っているので、今は気にしないでほしい。



ヒュゥー!



 学校に向かって川沿いを歩く俺達に、春特有の強風が吹き付ける。

 今日は、進級を迎えた俺達の心境を表すかのように、透き通るような雲一つ無い青空が俺達を迎えてくれている。

 そんな清々しさに誘われて、俺は一度深く深呼吸をした。


「都会の空気は汚いっ」


 まあ、いくら天気がいいって言っても所詮は都会って事さ。

 それに俺、空気のおいしさを比べられる程、空気に精通してないし。


「そういや真琴、時間は大丈夫なのか?」

「今は八時二十分よ」

「そっか。予鈴が八時三十五分で、高校までは走って五分だから……今日は余裕のよっちゃんだ」

「うん。幸先のいい進学期ね」

「よかったな真琴。いい印象を受けそうだぞ」

「この勢いで今年こそ清楚で可憐な学園生活を送るわよ〜!」


 真琴は拳を握りながら闘志を漲らせていて、何故か俺には真琴の瞳が燃えているように見えた。


「真琴、これで今年こそは玉の輿に乗れるかもな」

「そ、そうね!」

「まあ、お前は乗ろうと思えばいつでも乗れるんだったよな」

「ま、まあね……」

「学園プリンスを、まさかの一ヶ月でポイッ。だからな。モテる女の考える事はわかんねーや」

「ポィって……。別に捨てた訳じゃ……」

「お前、本当に玉の輿に乗る気あんのかっ?」


 俺は人差し指をピッと指し、言い放った。


「も、もちろんあるわよ……」

「だったらもっと反省しろ」

「うぅ……」


 ストレートに指摘された真琴は、珍しくしおらしい姿を見せた。

 ちょっと言い過ぎただろうか……。いや、こういう奴にはガツンと一発言ってやらなきゃいけないんだ。


 真琴を玉の輿に乗せる。俺はそう心に誓って歩き出す。

 目指すは俺達の通う高校。私立、聖蘭学園だ。




ざわざわ


 学校に入ってまず目についたのが、掲示板の周りに集まる人だかり。みんなそれぞれに新しいクラスを確認しているのだろう。

 そしてそこでは、再び同じクラスになれた喜びを分かち合う人々、クラスが別れてしまった悲しみを分かち合う人々、クラスに興味の無い人々。様々な人間模様が描き出されていた。


 俺と真琴も自分達の新しいクラスを確認すべく、バーゲンセール時のおばちゃんみたくその集団に飛び込んだ。


「その商品は私の物よー!!!」


 …………。


「私が取った商品よー!!!」

「やめんかいっ!!!」


ゴチーン!


 ツッコミなのに、冗談じゃ済まないくらい痛いんだよね、このげんこつ……。


「何でバーゲンセールのおばちゃんの真似してるのよ!?」

「すまん。やってみたかったんだ」


 と、そこで俺達は周りの目が冷たい事に気付いた。


「あの二人が例の問題児ね……ヒソヒソ……」

「噂では、ここら周辺を二人でブイブイいわせているとか……ヒソヒソ……」

「しかもあの女、去年神宮司先輩を一ヶ月でフッたらしいわよ……ヒソヒソ……」


 俺は辺りをキョロキョロと見渡す。

 そして音源を突き止めた。


「そこっ!ヒソヒソ話しを止めなさいっ!」

「キャー。神凪楓が何か言ってきたんですけどー」

「貞操の危機なんですけどー」

「つーか髪の毛赤いんですけどー」

「「「マジウケるんですけどー」」」


 お前ら、殴っていい?


「あぁぁ……。ついついツッコミをしちゃったわ……」


 血管をピクピクいわせている俺の隣で、真琴は絶望感漂う顔をしていた。

 玉の輿に乗りたい真琴にとって、今のツッコミは明らかなイメージダウンだろう。


 よし、真琴の為に一肌脱ぐか。


「神凪楓のストリップショー! はーじまーるよー!」


 俺は一肌ではなく、服を脱ぐことにした。が、大衆の視線はすぐさま俺達から掲示板へと向けられる。


「そうか、みんな俺のストリップショーには興味がないんだな。この俺の筋肉質で筋肉痛で肉離れの肉体に興味がない、と。そう言いたいんだな。しかし俺は脱ぐぞー!」

「キャー!変態ー!」

「うわぁー!本当に脱いでくぞー!」


 フハハハハ。叫べ、喚け。絶望に打ちひしがれるがいい。


「仕方ないから今回は無料でいいぜ」

「誰も元から払う気なんて無いわよ!!!」


ゴチーン


「イタタタ……。殴るこたないだろ」

「こんな場所で脱ぐこたないでしょ!?」

「それはごもっともなんだが、みんなお前にビビッて逃げたぞ」


 先程まで掲示板の前にいた人達はみーんな居なくなってしまった。


「違うわよ!あんたが脱ぐから居なくなったのよ!」

「あっ……そっか」


ピュゥー


 今が秋なら、枯れ落ちた木の葉が風に吹かれて俺達の前を通過しただろう。


 さて、馬鹿やってないで、いい加減自分のクラスを確認しないといけない。

 もしかしたら俺の名前が無いという可能性も危惧される。言葉無き退学勧告。というやつだ。


 俺の苗字は神凪だから、上の方を探していれば………………………………あった、神凪楓。三組だ。


「……グスン」


 俺の隣で、真琴がグスンと泣いている。


「どうした真琴。もしかして名前が無かったのか? 安心しろ。親父の全財産を搾り取ってでもこの高校に居させてやるから」


 気休めを言うものの、真琴は落ち込んだままだった。やはり気休めは所詮気休めなのだろうか。

 俺は手を額に当てながら嘆く彼女の顔を覗き込んだ。


「どうして小中高と全部同じクラスなのよ……。今年こそはあんたから離れられると思ったのに……」

「あ、だから泣いてるのか。まあ、名前があっただけいいじゃん」


 掲示板から真琴の名前を探すと、俺と同じ二年三組の欄に書いてあった。


「そんなのあるに決まってんでしょ!? どういう心配をしてんのよ!?」

「いや、言葉無き退学の心配をだな」

「そんなの有るわけないでしょ!?」


 いや、校長からの遠回しな退学勧告の可能性が……。


「ある訳ねぇよな」

「普通に考えたらそうでしょ?」

「だな。まあ、さっさと教室に行くぞ」

「はぁ……やっぱり行くのね……」


 無事に名前が書いてあった俺達は、安心して二年三組の教室へと向かった。



ガラガラ


 教室に入ると俺達以外全員が席についていた。一言も喋らず、ただ黒板を見つめ続けている。

 俺は教室に続いて黒板を見た。するとそこには、席替えをするまでは来た人から順に好きな席を選んでください、と書いてあった。


 それだったら普通、真ん中の一番前が余ると思う。ところが、空いていた席を見てビックリ。なんと左から三列目と二列目、それぞれ一番後ろの席が余っている。

 そんなに後ろの席が嫌なのだろうか。そんな疑問を抱きながら、俺は三列目、真琴は二列目に座った。


「席替えまでの辛抱ね」

「辛抱とか言わないでよ〜真琴ちゃ〜ん」

「わ、分かったわよ。私が……悪かったからっ!ちょっ……抱き着かないでよっ!」


ガラガラ


「おはようザマス」


 と、俺がペットとボディースキンシップをとっていた時に、担任らしき人物がタイミング悪く教室に入ってきた。

 その人物は、コツコツと足音をたてながら一歩一歩歩き、そして教壇の前に立つ。



「私が担任の神流静流かんなしずるザマス」


ガァン!


 俺と真琴は、顔面を机にぶつけてしまった。


「ザマスって何だよ……」

「私、鼻血が出そう……」



 俺達の前に現れた担任は、香水の臭いがキツそうな、おばさんだった。

 ボンキュッボンの美人教師を所望していた俺にとって、狐のようなつり目の、眼鏡おばさんが担任になったという事は非常に残念で仕方なかった。


 しかしそれ以上に……語尾にザマスって……。


「えー、皆さんはいずれ日本を担う存在であって………………つまり一流な………………このクラスで出会った仲間を大切にしてほしいという事ザマス」


 おばさんは早速、下らない話を延々と喋り続ける。

 話の内容は蛇足だらけで、もう俺の脳内の蛇は麒麟にまで成長していた。


「ですから私は−−」

「話長いってのー!!!」




しーん




 面白い所が語尾しかなかった、あまりにも退屈な話に俺はもう限界だった。

 この沈黙と、担任から向けられた冷たい視線が痛いのは否めないが……。


「なるほど……ザマス」


 そこにもザマスが付くのかよ!?


「問題児の神凪さんは私のクラスになったザマスか」

「そんなに問題児って言われるような事はしてないんだけど……」

「そうザマスか?去年の暴動事件、あれは−−」

「−−先生」


 真琴が担任の言葉を遮るように呼び掛け、じっと担任を睨み付けていた。


「ゴホンッ!……確かに今話すような事じゃ無いザマスね。さて、先程もおっしゃった通り、皆さんが仲良くなる為に、今から早速自己紹介をするザマス」


 担任は何事も無かったかのように、さらりと言った。


「それじゃあ鮎川あゆかわさんから始めるザマス。鮎川さん、起立するザマス」

「……はい?」


 窓際の一番後ろの席、真琴の左隣りの席に座る女の子が返事をする。

 長くてサラサラの髪。柔らかそうな唇。思わず彼女に見取れてしまう程、彼女は綺麗だった。


「私は何をすればいいのでしょう……?」

「聞いてなかったザマスか? 自己紹介をして下さいと言ったザマス」


 鮎川と呼ばれた彼女は少し首を傾けて、担任に問い掛ける。しかしその仕種もまた、俺の心臓を高ぶらせた。


「……鮎川咲蘭あゆかわさくらです。よろしくお願いします……」


 鮎川は自分の名前だけを言って、自分の席に腰掛けた。ちらほらと拍手の音が聞こえる。


「もう終わりザマスか……。まあいいザマス。ちなみに皆さんご存知でしょうが、鮎川さんは理事長の娘さんザマス」


 理事長の娘ねぇ……。

 そういや最近、理事長に会ってないな。会ったらラーメンの一杯でも……。




「……ってえぇぇぇー!!!」




「何ザマスか神凪さん。うるさいザマスよ」

「いや、だって……彼女があの理事長の娘って……」

「何か問題でもあるザマスか?」

「何か問題ある?……って、絶対あんたも俺と同じ事を思ってるだろ」

「そ……そんな事無いザマスよ?」


 そんな。まさか。信じられない。アンビリーバブルや。


「おい鮎川、それは本当なのか?その……お前が……あの理事長の娘って」

「……はい」


 ノーウェイ!!!

 まさか。そんな。信じられない。アンビリーバブルや。


「その話はもうおしまいザマス、神凪さん。それでは自己紹介を続けるザマス」


 そうして出席番号二番の人が呼ばれた。

 俺は一度頭を冷やし、冷静に考える。


 鮎川が理事長の娘……。そういえば、理事長の苗字って鮎川だったような…………。



「真琴、奇跡って信じるか?」

「奇跡……。確かに奇跡としか言いようが無いわね……」

「ああ。トンビが鷹を産んだってのはこの事だな」


 真琴も鮎川が理事長の娘だという事に、俺同様、かなり驚いていたみたいだった。


「はい、それでは次ザマス。次は……稲瀬真琴さんザマス」

「は、はいっ」


 と、不意に担任に名前を呼ばれた真琴は、慌てて立ち上がった。

 真琴が立ち上がると同時にクラス中がざわつき出した。


「可愛いな……」

「可愛いわね……」

「俺、惚れたよ……」


 そういえば去年、俺達が一年生の時もこれと同じような光景が繰り広げられていた覚えがある。

 その時も今と同じ様に、その美貌のあまりクラスの視線を集めてしまった。そしてクラスの視線を一身に集めた真琴は、緊張して訳の分からない事ばかりを言ってしまう、というハプニングが去年は起こったのだ。


「え、えっと。わ、わ、わ、私のお墓の前で……」


 駄目だこいつ。お前のお墓がどうしたって話だよ。


 このままだと真琴は去年の二の舞。再び訳の分からない事ばかり言って、クラスメイトに最悪な第一印象を与えてしまう。




 しかし今年はちがーう!!!




 実はこの俺、神凪楓はこんな事もあろうかと、前以てある準備をしておいたんだよね。


「真琴。その紙に書いてあるとおりに言え」


 ポケットから一枚の紙を取り出し、そして言いながらスッと真琴の机上にそれを置いた。


「え、これって……」

「感謝しろよ。深夜二時までかかったんだからな」


 深夜一時五十五分から始めた作業だという事は黙っておく。


「……ありがとう、楓……本当にありがとう……」

「泣くなよ真琴。俺達の仲だろ?」

「うんっ……!じゃあ読むねっ……!」




「私はムスカ大佐だ」



しーん。



「……じゃなくて、私の名前は稲瀬真琴です」


「なあ。今、私はムスカ大佐だって言わなかったか?……ヒソヒソ……」

「私も聞こえた……ヒソヒソ……」

「もしかして、ムスカ党なのかな……ヒソヒソ……」

「あんなに可愛いのに自己紹介が痛いなんて……ヒソヒソ……」



 真琴は、いつ目に涙が浮かび上がってもおかしくないくらい、プルプルと震えていた。


「私の趣味は新体操です。去年、インターハイまで出場しました……。以上です……」


 真琴は声をも震わせながら、何とか自己紹介を終わらせた。

 そして、着席した真琴に俺は言う。


「君はラピュータ王と同じクラスにいるのだよってちゃんと言えって。とにかく泣くな真琴、俺が悪かったから」



 俺は言ってから気付く。

 今の発言が完全に失言だった、という事に。


「あ゛ぁ!?泣く?誰が?言ってみなさいよ」

「ヒィィーッ!」


 真琴は泣きそうだから震えていたんじゃない。

 怒り。真琴を支配しているのは怒りの感情だ。


 真琴の右手を恐る恐る見る。


 握り締められた拳が、脳から送られる発射の合図を今か今かと待っている状態だった。


 このままじゃ死ぬ。こうなったらあれを使うしか無い。


「ま、こ、と、ちゃん?」

「黙らないと消すわよ?」

「まあまあ、そんな事言わずにさ。ほら、メロンパンあげるから」


 言って俺はメロンパンをさっと机の上に置いた。


 普通の人はメロンパンを与えられても、何なんだよ。と思うかもしれない。

 だが真琴は違う。


「わーい」


 仁王面が一瞬にして、恵比寿面に変化した。


 そう、何を隠そうこの真琴という少女。メロンパンが大好きなのだ。

 真琴いわく、メロンパンさえあれば一生暮らせる。好きなキャラクターはメロンパンヌちゃん。

 どんなに怒ろうと、どんなに嫌なことがあろうと、このメロンパンさえあれば全て忘れられるという、残念な脳みそを持つ……もとい、心からメロンパンを愛している少女だ。


「すまん、悪ふざけが過ぎた。お詫びとして帰りにたくさんメロンパンを買っておくから」

「うんっ。……むしゃむしゃ……ごっくん。ありがとう、楓っ!」


 いえいえ、またどうぞー。



 へっへっへ。メロンパンで全てが解決するんだから、なんとも扱いが簡単な女だぜ。


神尾かみおさんの次は……栗原くりはらさんザマス」


 お、自己紹介もカ行まで進んでたのか。

 次は栗原だから俺の番は……。


「先生ー! 俺ー!俺ー!俺ー!俺ー!」

「あぁ、忘れてたザマス」

「俺俺俺俺俺俺俺ー!!!俺を飛ばしてるー!!!」

「うるさいザマスしつこいザマス。はい、神凪さんザマス」


 あのババア……。確信犯だな。


 俺はおばんを睨みながら立ち上がった。

 同時にクラスメートが俺を一様にジロジロと見てくる。そんなに俺が気になるのだろうか。


 こうなったら取るべき行動は一つ。


「神凪楓のストリップショー! はーじまーるよー!」

「止めるザマス!さっさと着席するザマス!」


 そうして俺は名前を呼ばれただけで自己紹介が終わった。



−−−−−−−−−−−−−−



「続いて……鳳仙院飛鳥ほうせんいんあすかさん、起立するザマス」

「はい」


 俺は席についてからというもの、机に右頬を擦り付け、睡眠の体勢に入っていた。

 なんの変哲も無い、いたって普通な自己紹介が心地いい子守歌となり、俺はグースカピーと寝る寸前だった。


 がしかし、鳳仙院とかいう、世にも珍しい名前が俺を現実世界へと引き戻した。


「鳳仙院飛鳥か……。どこかで聞いた気がするな」

「何言ってるのよ。鳳仙院飛鳥って言ったら、大財閥の一人娘じゃない」


 あ……。思い出した。

 飛び抜けて美しい容姿を持った、超有名なグループの御曹子。そしてその行動力は人々を引き付ける、学園のカリスマ的存在。それが彼女だ。


「そういや昨日親父が言ってた。鳳仙院グループのお嬢さんと同じクラスになったのなら、くれぐれも失礼のないようにってさ。鳳仙院グループって、親父の会社の大株主らしい」

「へー。だったら彼女に滅多な事できないじゃない」

「親父の会社など関係ないわ!そんなのはさっさと潰れてしまえばいいんだ!ハハハハハ! 人類なんてみーんな月に行ってしまえー!!!」

「うるさいザマスよ!!!」


 おっと、ついつい興奮してしまった。


 とにもかくにも俺は教室の廊下側一番前の席で立っている、その鳳仙院飛鳥という少女を見た。



 美しい。その一言に尽きる。


 噂の通り彼女は美しく、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 スラリと伸びた身長と、ふくらはぎから太腿にかけてキュっと引き締まった足。クルンと巻いてる金色の長い髪の毛。顔立ちも、非常に調っている。


 そして鳳仙院飛鳥がその小さな口を開いた。


「既にみなさんわたくしの噂はちらほらとお聞きしている筈ですわね」

「おいおい、何だよそれは」


しーん


 え、俺って何か変な事言った? クラス中がしーんとしてんだけど。


「ゴホンッ! えー、私の名前は先程先生が申し上げました通り、鳳仙院飛鳥と申しますわ。ちなみに私、あの超巨大グループの……」

「飛鳥ー。グループはどうでもいいから、趣味を言ってくれよー」


しーん


 お葬式の方がまだ賑やかなんじゃないかと。


「可哀相ですから答えて差し上げますわ。私には趣味などありません。そんな物に費やす時間などありませんわ。毎日ピアノなどの、作法を習っていますので」


 それを聞いたクラス中の人が、さすがお嬢様よね。などと言っている。

 俺はどうも腑に落ちなかったが……まあいい。


「ちなみに私、学級委員になるからには……」


 既に学級委員になる気満々かよ。フライングにも程がある……ってどうして俺を見るんだよ。


「誓いますわ。神凪さんと稲瀬さんのような問題児は徹底的に根絶やしにしますと!」

「さすが飛鳥様ー!」

「飛鳥様ーすてきー!」

「三岸さん、佐古木さん。静かにするザマス」


 今担任に名指しされた二人以外のクラスメイト達も、飛鳥に期待の視線を向けていた。


「お二人とも、夜道を歩く時は背後にお気をつけて。自己紹介は以上ですわ」



 背後か……。



「だってさ、真琴」

「何で私も問題児扱いされてるのかしら……」


 真琴は溜め息をつきながら言う。


「真琴」

「何?そんな真剣な顔しちゃって」



「面白いクラスだな」

「そう……。それはよかったわね……」



−−−−−−−−−−−−−−



キーンコーンカーンコーン


 始業式も終わり、そろそろ正午になろうかという時。

 部活の無い生徒は帰宅をし、部活が有る生徒は昼食を食べ始めたり、部室に行ったりする。

 俺は部活に入っていないので当然家に帰ってもいいのだが、土曜日など午前で授業が終わる日も、昼ご飯は真琴と一緒に食べている。


「真琴、今日はどこで食べる?」


 隣の席で荷物整理をする真琴に問い掛けた。

 真琴は、右手の人差し指を顎に当てて考える。


「あんたと別の場所ならどこでもいいわ」

「ならトイレで食ってろやボケ」

「嫌よ! そんな場所で食べる気になんかなれないわ!」

「なら口を慎め」


 真琴はフンッとそっぽを向いた。


 自己紹介でもちらっと言っていたが、真琴は新体操部に所属し、毎日部活に明け暮れている。

 インターハイ選手は毎日毎日、さぞ厳しい練習をしているのだろう。


 と、帰宅するのだろうか、真琴の先にいる鮎川が席を立ち上がってそのままドアに向かって歩き出した。


「じゃあな鮎川」

「……?」


 鮎川が俺の左側を通過しようとした時、俺は彼女に挨拶をする。

 挨拶をされた鮎川は不思議そうな顔で俺を見てきた。


「俺は神凪楓でこいつが稲瀬真琴。これから一年よろしくな」

「よろしくね」

「神凪楓さん……ですか?」

「ん、俺がどうかしたのか?」

「いえ……」


 なら名前を復唱するなよ……。


「私は鮎川咲蘭です……。さくらんと呼んで下さい……」

「断る」

「残念です……」


 鮎川はしょぼくれてしまった。が、すぐに立ち直ると。


「では咲蘭でいいです……」

「うん、分かった。よろしくな咲蘭」

「よろしくね、咲蘭ちゃん」

「はい。では私はこれで……」

「おう、じゃあな」

「バイバイ」


 そうして咲蘭は行ってしまった。

 彼女は俺の思った通り、話してみると意外と面白い人だった。


「ミジンコがペガサスを産むって、この事だったのね」

「だな。それよりどうする?昼飯どこで食う?」

「うーん……そうねぇ……」


考えられる昼食スポットは食堂、教室、中庭の三つ。

 冬ならば食堂か教室で決まりなのだが、今は春。


「それなら桜を眺めながら食べない?」


 と、真琴が言ったので、俺達は中庭で食べることにした。

 中庭の中心には大きい桜の木が一本、悠々と生い茂っていて、それを眺めながら食べよう。ということだ。


 二人並んで教室を出た俺達はピカピカ光る廊下を歩き、大理石の階段を下りて大きなシャンデリアがある昇降口で革靴へと履き変える。

 ちなみに俺達は普通の革靴だが、革靴一つにも大金を使うのが本当のお坊ちゃま、お嬢様らしい。

それも金持ちのステータスなのだろうか。



「綺麗ね〜」


 中庭に到着するなり真琴が言った。

 満開の時期は過ぎてしまったものの、桜は未だに美しく咲き誇っていて、春の代名詞は未だに俺達にその存在をアピールしている。


 中庭はロの字型校舎の中心に位置し、全面に芝生が敷き詰めてあった。

 池では優雅にコイが泳ぎ、鳥は歌い、学園生達は話に花を咲かせる。



 真琴は完全に場違いだった。


「真琴、場違いだぞ」

「何よいきなり!失礼ね!」

「いや、あそこで話している人を見てみろよ」


 言って俺は桜の木の下で弁当を食べている二人組のお嬢様達を指差した。


「確かに……。悔しいけど、オーラが全く違うわね……」

「だろ?」


 俺が指差した人は真琴の言った通り、体から出ているオーラが違っていた。

 特に左の人は美しさを極めたかのように整った顔立ちと、パーマのかかっている金髪。そして左耳の少し上に付いている髪止めがアクセントとなって、まさに芸術とも言うべき美しさだった。

 それはまるで桜の木の下に桜の木が生えているような。


 それにしても美しいのはいいのだが、彼女はどこの誰なのだろう。


「あっ! あの人どこかで見たと思ったらっ!」

「誰だ?」


 真琴が何かを思い出したようだ。俺は視線をお嬢様からエセお嬢様へと移した。


「エセお嬢様って誰よ!?」

「気にするな。若さ故の過ちだ。それで……何を思い出したんだ?」


 真琴はそうそう。と言って目を大きく開かせ言った。


「生徒会長よ生徒会長! 学園一美しくて学園一可憐と言われてる!」

「そうか、俺も思い出したぞ。去年あの人を盗撮しようと思ったら、見つかった記憶がある」

「どうしてあんたってそう……非常識なのよ……」


 学園一美しくて可憐な生徒会長か。そうと分かればとるべき行動は一つ。


「真琴。昼ご飯を一緒させてもらうぞ」

「はぁ!?」

「なんだその返事は。まるで俺の発言が非常識みたいな言い方だな」

「いや、だって、私達なんて相手にもされないに決まってんでしょ!? ファンクラブ会員だって相手にしないような人なのよ!?」

「へぇ〜。冷たい人なんだな」

「そうよ。氷の会長ってあだ名を付けられるくらいなんだから。私達とは住む世界が違うのよ」


 そうか。しかしそんなのはやってみなくちゃ分からないさ。


「おーい氷の会長さーん。一緒にご飯食べましょ……フガフガ」

「この馬鹿……!!! 非常識……!!!」


 うるせえうるせえ。いいから口に当てた手を離しやがれエセお嬢様め。


「よく考えろよ。もし生徒会長さんとお近づきになれれば、それこそお前は玉の輿街道まっしぐらだぞ」

「そうなの?」

「ああ。それにあの人の近くにいれば、あの人が持ってそうな、お嬢様術みたいなのも盗めるじゃんかよ」


 その一言が決め手となって、真琴は昼食を一緒するという案に同意することとなった。

 そして早速、俺達は二人組のお嬢様達が弁当を食べている場所へと近づいて行く。


「お前ら何者だ!?」


 俺はただ近づいただけなのだが、二人組の片方は立ち上がり、腰に掛けていた刀を抜いた。

 俺の首との距離は数ミリ程度。少しでも動いたら切れる状態だ。


「言え。何をしに来た?」

「いや、生徒会長さんを盗撮しようと思って……」

「盗撮だと!? まさかお前、この前のっ……!」


 あ、やっぱり覚えてたんだ。俺もあんたに追い掛けられた覚えがあるよ。


花音かのん。やめなさい」


 と、その生徒会長さんが刀を持つ少女に言う。

 彼女は躊躇っていたが、生徒会長がもう一度同じことを言うと渋々刀を仕舞った。

 そして生徒会長さんはそのまま俺達を見た。美し……じゃなくて、俺達は彼女に何を言われるのだろうか。ハラハラドキドキだ。


「お名前を教えてくださるかしら?」

「俺は神凪楓で、隣にいるのが……」

「稲瀬真琴です」


 生徒会長は眉一つ動かさずに、ただ俺達を物色するかのように見てくる。

 なんか照れるな。


「そうでしたか。あなたたちが有名な問題児二人組でしたか」

「え!? 俺達ってそんなに有名なの!?」

「当たり前だ。神凪、特にお主は去年のあの事件以来な」



 花音という人の口調は何故か武士みたいだった。家が武士の家系か何かなんだろうか。

 それはさておき俺達は悪名高いのか……。


「なんか照れちゃうな」

「照れてんじゃないわよ!!!」


ゴチーン


「いつつ……。とにかく俺達は名乗ったんだから、あんたも名乗ってくれ」

「え、あなたは私の名前を知らないのですか?」

「知るかよ。俺達は初対面なんだぞ」

「貴様! お嬢様に恥をかかせたな! 刀の錆にしてくれる!」

「いやいや、俺は思ったことを言っただけだ……ってうわぁ!」


 気付いた時には、俺の髪の毛がハラリと舞い散っていた。


「次は首を……」

「花音、落ち着いて」


 会長に花音と呼ばれた人は、刀を仕舞った。


 そして会長はそのまま息を大きく吐いて、そしてまた大きく吸った。


「やめましょうか……」


 へ!?


「すいません、楓さま。花音は昔っから頑固なんですよ〜」

「えっ……さっきと口調が違……」


 時雨の口調の変化に驚いたが、真琴は俺以上に、顎が外れそうなくらい大口を開けて驚いていた。


「私は三年三組で生徒会長の綾小路時雨あやのこうじしぐれと申します〜。よろしくお願いしますね〜」


 いって彼女はペコリと頭を下げた。

 なんだかさっきまでとは違って、とてもゆるい喋り方をする人だった。


「あの〜」

「どうされましたか真琴さま?」

「真琴でいいです……」

「そうですか〜。では真琴さんとお呼びさせて頂きますね〜」


 横で見ていた俺は、真琴がこれから聞きたい事が何と無く分かった。


「あの……その口調は……」

「ああ、これですか〜? これが本当の私ですよ〜」

「はぁ……。ならどうして……」

「お嬢様は、このトロトロした喋り方を変えようと努力なさっているのだ」


 会長の代わりに、花音が言う。


 でも、氷のように冷たい生徒会長よりはこっちの方がいいかもしれない。


「自己紹介も終わった事ですし。どうか座って下さい」

「そんじゃ、遠慮なく」

「え、いいんですか!?」

「いいんだよ真琴。生徒会長がそう言ってるんだからさ」

「はい、楓さまのおっしゃる通りです。ご飯は沢山の人と食べた方が美味しいんですよ」

「ほら真琴。生徒会長さんもこう言ってる事だし。さっさと座れよ」

「は、はい。失礼します!」


 真琴はおどおどしながらも俺の隣に座った。


「楓さまは楓さまとお呼びして宜しいのですか?」

「いや、世紀の大ピッキング犯、デーモン奈良橋と呼んでくれ」

「奈良橋って誰よ!」


ゴチーン


 痛い……。つーか生徒会長の目の前だってのにツッコむのかよ……。ほんとツッコミ命なんだな。


「それでは世紀の大ピッキング犯、デーモン奈良橋さんとお呼びしますね」

「いや、普通に楓でいいよ」

「そうですか……。残念です……」

「残念なのか?」

「冗談ですよ〜」


 なんだ、冗談だったのね。

 それにしても、会長って変な人だな。


「それなら私の事は、プリティーガール時雨ちゃんとお呼びください」

「いや、普通に時雨でいいよ」

「そうですか、残念です……」



 やっぱり変だ……。


「あ、そうでした。彼女は酒城花音さかきかのんちゃんです。実は彼女、私の親衛隊長さんなんですよ〜」

「よろしく花音」

「よろしくお願いします花音さん」

「ああ」

 花音はそれだけを言ってそっぽを向いてしまった。


 自己紹介も一段落ついた事なので、俺は鞄の中からパンと飲み物を取り出し、炭水化物をはじめとする様々な栄養素を摂取−−。


「楓さま、楓さま」

「どうした時雨」

 会長は俺が手に持っている菓子パンを指差していた。


「それ、パンですよね?」

「ああ、パンだぞ。まさか見た事無いのか!?」

「はい。生まれて初めて見ました」

「マジか。じゃあこれがメロンパンって事も知らないのか?」

「そのくらいは知っていますよ〜。舐めないで下さいよ〜」


 メロンパンの単語を耳にした真琴が、体をピクっと反応させた。


「袋に入ったパンって、面白いですね〜」

「なんなら食べてみる?」

「うん! 食べるー!」

「誰も真琴にあげるなんて言っていないんだけ−−」


 しかし真琴は電光石火のような速さで俺のメロンパンを奪い、勝手に会長と半分こしてしまった。


 そしてその会長に渡されたメロンパンが、今度は花音に取られてしまう。


「毒物の危険性がありますので、毒味をさせていただきます」


 まあ、確かに毒が入ってる可能性はあるけどさ……。なんか気分悪いよな……。



パクリ


「むしゃむしゃ……」


 花音が無言でメロンパンをむしゃむしゃ食べる。

 ちなみに真琴はメロンパンを既に平らげ、花音の持っているメロンパンをよだれをダラダラ垂らしながら、じーっと見つめていた。


「美味しい……。時雨お嬢様、一口だけでは判断しかねますので、もう一口食べてみます」

「気をつけてね、花音」


パクリ


「むしゃむしゃ……うまい……」


 つーか真琴が平気なんだから毒味の必要無いだろ。


「時雨お嬢様、もう一口」

「気をつけてね、花音」


 そうして花音は結局、半メロンパンを全て食べてしまった。

 二口目辺りから毒味が目的じゃ無くなっていたのは否めない。


「時雨お嬢様、このパンに毒は入っていませんでした」

「ありがとう花音」


 盲点だらけだが、二人がそれでいいならそれでいいや。


 そして、そこからは四人でお話の時間が始まった。

 とりあえずお互いを何も知らない俺達は、自分の事を教え合う。

 四人といっても花音は何も言わず、時折俺の鞄を覗くだけだったが……。


 暫く話していると真琴が部活のために、その場から居なくなる。


「ああ。楓さまはあの神凪カンパニーの社長さんの息子さんだったんですね〜。私もその会社は聞いた事がありますよ〜」

「そうか。それを聞いたら親父も喜ぶだろうな。あいつ単純だから」

「あはは〜っ。そんな言い方したらお父様が可哀相ですよ〜」


 笑いながら言う今の時雨の姿からは、氷の会長などという姿はとても想像できなかった。


「実は私、前から楓さまの事は知ってたんです。悪い噂ばかり聞いていましたので」

「悪い噂ねぇ……」


 俺は普通に暮らしてるだけなんだけどね……。


「でも私、今日初めてお話しして、思いました。楓さまは噂で言われているような悪い人じゃ無い、って」

「そうか。それは嬉しいよ」


 と、時雨が立ち上がった。そしてスカートに付いた草をパンパンと払った。


「なんかずっと話しちゃいましたね〜。それでは、私はこれから習い事があるので〜」

「そっか。お嬢様も大変なんだな」

「そうなんですよ〜。お嬢様は大変です」


 言いながら時雨は花音に呼び掛けた。

 花音も立ち上がり、スカートに付いた草をパンパンと払った。


「あ、楓さま。最後に一つ」

「ん? 最後に?」


 そうして時雨は自分の顔を指差した。


「またお昼を一緒に食べましょうね♪」


 そう言って去っていく時雨。

 その後ろ姿も学園一、美しかった。



−−−−−−−−−−−−−−



「楓?」



不意に世界が揺れた。


暗闇に覆われた世界がゆらゆらと揺れた。


鳩になったかのように、頭が前後にふらふらと揺れて。


そういえば今、俺は夢を見ていた。


何の夢を見ていたんだろうか。全く思い出せない。


俺は思い出すのを諦め、自分の居場所を確認した。


茜色の光に照らされた中庭。


肩の上、髪の上、芝生の上、池の水面。一仕事終えた優越感からなのかどうなのか、桜の花びらは我が物顔で、所狭しと舞い落ちていた。



「楓? 起きたの?」


楓?


楓って誰だ……?




「……って俺ー!俺ー!俺ー! 神凪楓は俺だよー!」


 時が動き始めた。


「こんな所で寝たら風邪引くわよ?」


 目の前にいたのは制服姿の真琴。どうやら俺は中庭で寝てしまっていたらしい。


「私を待っててくれたの?」

「いや、そんなつもりは無かったんだけどな。ついうとうとしちゃって……」

「気付いたら夕方って訳?」

「ああ。まあ、待ってたって事にしておいてくれ」

「はいはい。じゃあ、さっさと帰ろっ」

「はいよっ」


 俺は立ち上がり制服のズボンをパンパンと払った。



「白……か……」



 ……。



 …………。



「見たわねー!!!」


 やっぱりバレた!



「うわっ! 馬鹿っ! 金属バットを振り回すなよ! ていうかどこから持ってきたんだよ!?」

「うるさーい! この変態! 死んじゃえー!」

「俺が悪かったからー許してくれー!!!」


 俺の叫び声は、少し離れた商店街にまで響き渡ったそうだった。

正当派ラブコメが書きたいな〜(処女作はアウトローだったから)

→でも普通のラブコメを書いたって面白くないな

→そういや平凡を求める主人公が振り回されるラブコメが多い気がする

→ならいっその事主人公がみんなを振り回しちゃえ

→なら主人公は超自由人にしちゃおう

→超自由人が振り回す相手は、世間知らずなお坊ちゃまや、お嬢様がいいかな


ってなノリで思い付いたのが十一月後半(更新をサボりまくってた時ですね)。そこから色々と試行錯誤した結果こうなりました。


主人公は本当に愉快な奴なので、面白いと思ったら遠慮なく笑ってやって下さいね

この作品で笑っていただける事が何よりも嬉しいです♪



ちなみに自分もパンク好きですので、決してパンクロックを冒涜したわけではありません。ネタなので、真剣に受け止めないで下さいね。

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