*** 9 ***
春休みを迎えたひかりちゃんは、またエリザベートと一緒に第八象限バウンティーハンター本部ステーションに行ってみた。
ステーションの周りにはたいへんな数の宇宙艇がひっきりなしに飛びまわっている。
助けられた資源探査人のひとたちが大勢バウンティーハンターに転職したために、救難信号中継装置敷設用の高速艇も一千隻に増えている。
本部の中も大勢の人々でごったがえしていたが、あの酒保にはほとんどひとがいなかった。
泣きながらビールを飲んでいるのは、救助されたひとたちだろう。
丁寧に応接室に通されたひかりちゃんとエリザベートは、またギルドマスターと向き合って座った。
たまたま居合わせたバルガーも同席している。
テーブルは新しいものになっていたが、床だけはまだ少しヘコんでいた。
「まだサンダースさんたちは見つからないんですね……」
「ああ、プリンセス。済まねぇ。まだ見つかってねぇんだ」
「そうですか……」
ひかりちゃんはうなだれた。
「まあ、まだ望みは捨てたわけじゃねぇ。
まだまだ銀河宇宙は広いからな……」
突然バルガーが口を挟んだ。
「おやっさん。ひょっとしたら三重連星系宙域じゃあ……」
「バカ言うなお前ぇ。
あそこは危険すぎるからって、近寄り禁止のお達しが出てるじゃねぇか」
「ですが……」
「もうあの宙域にゃあ、行方不明者だけでも百人はいるんじゃねぇか。
捜索依頼出てない野郎を入れたらその三倍はいるかもしれんぞ。
しかも一攫千金を目論んで探しに行ったバウンティーハンターも、もう五人も行方不明になってるしな」
「ですから可能性があるんでさ」
「そ、その三重連星系宙域って……」
「あ、ああ、お嬢さま。
この銀河の最果ての無人の恒星系なんだがな。
あまりにも行方不明者が多いんで、銀河連盟が立ち入り禁止にしてる宙域なんだが……
まあ、やっぱり一攫千金を夢見た資源探査野郎どもがこっそり入り込んで、大勢行方不明になっていやがるのよ。
あの宙域にはなにかあるに違げえねぇ」
ひかりちゃんはエリザベートを振り返った。
「そこに行ってみましょう!」
「で、ですがお嬢さま。あ、あまりにも危険です」
ひかりちゃんはにっこりと微笑んだ。
「だいじょうぶよ。わたし銀河最強の防衛AIに守られてるんですもの」
エリザベートはため息をついた。
「もしわたくしがどうしても危険だと判断したら、引き返していただけますか?」
「もちろん!」
ギルドマスターが言う。
「だが、案内人が必要だな。
それも十分に経験を積んだベテランバウンティーハンターが」
「おやっさん。あっしが行きやすぜ……」
「ば、バルガー……」
「なぁに、俺ぁもう二百人も賞金首見っけていて賞金は十分だぁ。
それにこいつぁ、ゲオルギー閣下へのい~い恩返しになるかもしれねえ。
なにしろ閣下の命の恩人のために働くんすからねえ。
それに閣下ぁこういう世のためひとのためってぇのが大好物でらっしゃいやすから」
「お、お前ぇ……」
「おやっさん。もしも万が一あっしになにかあったら、故郷の弟妹にあっしの賞金を送金しといてやっておくんない」
「あ、ああ、も、もちろんだ……」
「バルガーさん、どうもありがとうございます」
ひかりちゃんは深々と頭を下げた。
エリザベートが言った。
「お嬢さま。準備のために一日ほどお時間を頂戴出来ますでしょうか……」
ひかりちゃんは、エリザベートが準備に追われている間に、また銀河ペディアで三重連星系について調べてみた。
<三重連星系>
銀河系第三渦状椀の末端からさらに五千光年ほど外れたところにある三重連星系。
ほぼ同じ質量のG4型恒星が、共通重心であるラグランジュポイントを巡って等間隔に回っている。
当初は何ものかの意図によってそのような奇跡の配置にされた可能性も指摘されたが、現在では偶然の自然現象として、そうした極めて特異な配置になったものと考えられている。
ただし、その不安定な状態はあと数億年で崩壊し、それぞれの恒星はその後バラバラに散らばって行くものと推測されている。
その宙域は資源探査人たちの行方不明者が多く、現在では銀河連盟によって立ち入りを注意する勧告が出されている。
(禁止じゃあなくって勧告なのね……)
そう思ったひかりちゃんは微笑んだ。
「こっ、こりゃあ……」
ひかりちゃんの宇宙船に招かれたバルガーさんは硬直した。
自分の船も出すと言ったのだが、船のスペックがあまりにも違い過ぎるとしてエリザベートに説得され、あのひかりちゃんの長さ三百メートルほどの船に案内されたのである。
急遽用意されたバルガーさんの居室だけでも二百平方メートルの広さがあった。
ひかりちゃんの居室との間には、広さ一千平方メートルの応接室兼リビングルームがある。
「こっ、これでよく推進剤が積めるな……」
エリザベートが微笑んで言う。
「ご安心ください。推進剤やその他の資源はほとんど輸送船に積まれています」
「だ、だがそんなんじゃあ空間連結器の有効距離内しか動けないだろうに……」
「それもご安心ください。
空間連結器の使用可能距離は三光年に延長してあります」
「げえっ!」
連盟加盟星の星系防衛用空間連結器の有効範囲ですら最高〇.五光年である。
それが三光年とは。
エリザベートが微笑みながら説明を続ける。
ひかりちゃんのために危険を承知で案内を務めてくれるバルガーさんに対しては、エリザベートも実に丁重である。
「そのおかげでこのメイン宇宙船の質量推進力比が大幅に改善されておりまして、それは約一対一万にまでなっております」
「げげげえっ…… というこたぁ……」
「はい。そのためこの宇宙船は最高一万Gで加速可能になっております」
およそ五十分の加速で光速の九十九%に達することが可能でございます。
さらに輸送船から三光年以上離れた後には、宇宙空間の真空のエネルギーを利用したラムスクープ型最新鋭推進機も搭載しておりますのでご安心くださいませ」
「だっ、だがそんな地獄みてぇな加速度じゃあお嬢さまも……」
「そのために、宇宙船もお嬢さまもクラス800の遮蔽フィールドで防衛可能でございます。
また、もちろん航行可能な重層次元の深さにも制限はございません。
一万光年ならば一分とかからずに移動可能でございます」
バルガーは完全に仰け反った。
銀河最高レベルのスペックのおかげで、ひかりちゃんの宇宙船は数分で三重連星系に到着した。
輸送船は念のための予備も用意されていて、全長十キロメートル級が二隻随伴している。
巨大なメインスクリーンで三重連星系を見たひかりちゃんは驚いた。
(な、なんて不気味な色なのかしら……)
そこにはG4型恒星が三つ等間隔に正三角形の形に浮かんでいた。
その色は毒々しい暗い赤色である。少し紫色がかってもいる。
まるで静脈血のような色であった。
その星系に移動した途端にいくつかの通常空間遭難信号をキャッチした。
それは比較的強いものから既に弱々しくなったものまでたくさんあった。
そしてそれらはすべて星系の中心部分から発せられていたのである。
エリザベートは、まずその中心にある共通重心部分、いわゆるラグランジュポイントに船を接近させた。
そうして…… そこには実に奇怪な岩石の塊が浮かんでいたのである……
「なにかしらあの塊。なにか重力源でもあるのかしら」
「いいえお嬢さま。重力計にはほとんどなんの反応もございません」
「ヘンな塊ねぇ」
「そうなんだプリンセス。
まあここは三重連星系の重力均衡点だから多少の隕石があるのは当然なんだが。
だが、それなら隕石ぁもっとバラバラに浮かんでいるはずなのよ。
あんな風にかたまっている理由は説明がつかねぇ」
エリザベートが各種観測機器をチェックした後言った。
「どうやらあの隕石塊に向けて星間物質も引き寄せられているようでございますね」
「星間物質……」
「はい、お嬢さま。
宇宙空間といえどもそこは完全な無ではございません。
一立方メートルあたり数個の原子が浮遊しております。
そしてこの周囲の星間物質が、あの隕石塊に向けて引き寄せられております。
一般の宇宙艇では観測困難だったかもしれません」
「で、でも重力源が無いのに……」
「はい。極めて特異な現象でございますね。
しかもこのラグランジュポイントから離れたところにある星間物質ですら引き寄せられています。
それらは通常最も近い恒星に引き寄せられて離れていくはずなのでございますが……」
「…………」
「まるで…… そう…… 宇宙空間に穴が空いていて、そこからこの宇宙の物質が吸い込まれて穴の中に落ちて行っているかのような状態です。
お嬢さま。
こちらに観測用基地を残してしばらくここを離れましょう。
なにか嫌な予感がいたします」
「うん。わかったわ」
輸送船から直径一キロほどの円盤状の観測船が出て来た。
その観測船をその場に残し、ひかりちゃんの船は、バルガーさんの進言で三重連星系の回転表面から垂直方向に十光日ほど離れた位置に移動した。
これだけ微妙にバランスのとれた連星系である。
その恒星付近ならいざしらず、ラグランジュポイント付近であまり大きな重力移動を行えば、連星系全体の運動に影響を与えてしまう可能性すらあった。
移動を終えた宇宙船の指令室の大スクリーンには、観測船から出てくる無数の作業用ドローンの姿が見えている。
元は重武装ドローンだったが、その武装の多くは外されていて、代わりに装甲が強化されている。
作業用アームもごついものがたくさんついていた。
ドローンたちは太い命綱で観測船に繋がっている。
その最大張力は一億トン近いそうだ。
その強度では命綱が切れる前にドローンが壊れてしまうだろう。
ドローンたちは奇怪な隕石塊の一つずつにアンカーを打ち込み、それらの岩を観測船に牽引させてラグランジュポイントから遠くに離している。
隕石のうちの多くには、以前にも同じようにして撤去されたとみられるアンカーの跡が残っていた。
観測船の円盤状の周辺部分では、万が一に備えて強力な推進機がウォームアップしている。
「さて、作業が進む間に、お飲み物でもいかがでしょうか……」
エリザベートが微笑んで言った。
ひかりちゃんとエリザベートは紅茶を頂いたが、バルガーさんはコーヒーを飲んだ。
ビールやもっと強いお酒も勧められたが、バルガーさんは断った。
一時間ほど経つと、隕石塊の中から比較的大きな宇宙船が見つかった。
隕石と同様に引き寄せられたと思われる。
船内は無人だった。
救難信号は発せられていたが、船の主が一定の時間を経過しても帰って来なかった場合に発信される、通常空間用の自動救難信号のようだった。
それからもいくつかの中型宇宙船が見つかったがすべて無人だった。
きっと搭載されていた小型宇宙艇に乗ったまま行方不明になったのだろう。
バルガーさんの顔は徐々に蒼ざめて来ている。
「あの船のいくつかはバウンティーハンターのものだな。
野郎共…… おやっさんの命令に反してこんなところで行方不明になっていやがったか……」
さらに一時間ほど経つと、様相が明らかになってきた。
その隕石塊の中心部には直径十キロメートルほどのほぼ球形の金属質と見られる巨大な隕石があったのである。
通常宇宙空間の大きな隕石は普通に球体状になる。
隕石になるほどの大きな力を受けた岩塊や金属質隕石は当然溶融するのだが、それが冷えて固まる前に僅かながら存在する自重力と表面張力で球形になるからである。
だが、その大鉄隕石は、全体がはぼ球形をしているにもかかわらず、一部が切り取られたかのように平面になっていたのだ。
その平面部分の直径は二キロメートルほどもあるだろうか。
さらに作業が進んでその状況が明らかになった。
その巨大隕石の平面部分に近いところにあった小さな隕石が全て撤去されると、そこには明らかに歪んだ空間と思われる輪が広がっていたのである。
その輪は大隕石の平面部分を取り囲むように存在していた。
「あれは……」
バルガーさんが仰け反っている。
エリザベートの顔も真剣だ。
「星間物質は、あの平面の周囲に向かって吸い込まれていっています。
まるで宇宙空間に開いた穴を球形の鉄の塊が塞いでいるような状態ですね。
数か所に、小型の宇宙艇を通すために削ったと見られる隙間が空いております。
これならば、中に生存者がいたとしても、生き延びるための多少の資源やコールドスリープ装置も持っていることでしょう。
これから探査用プローブドローンをあの隙間から中に入らせます」
スクリーンに無数の観測用機器を備えたドローンの姿が映し出された。
エリザベートがそのドローンに指示を与える。
「これより星間物質が吸い込まれている隙間部分に入って、内側の探査を開始しなさい。
念のため命綱は、観測船からのものに加えてその鉄隕石にもアンカーを打ち込んで二重にし、加えて有線回線も用意しなさい」
「はい、エリザベートさま」
ひかりちゃんはエリザベートに聞いた。
「エリザベート。あのドローンさんのお名前はなんと仰るの」
「はいお嬢さま。探査用プローブドローンR18号と申します」
ひかりちゃんはスクリーンに向き直った。
「R18号さん。わたしたちの調査のために危険な目に遭わせてごめんなさい。
どうか気をつけてください」
R18号は驚いているようだ。
傍らではバルガーさんも驚いている。
「こ、これはひかりお嬢さま……
お任せ下さいませ。
これこそが我々探査用プローブドローンの仕事でございます。
それから……
もったいないお言葉を頂戴してこれにまさる喜びはございません」
そう言うとR18号は深々と頭を下げた。
そのときひかりちゃんには、R18号が嬉しそうに微笑んでいるかのように見えた……
R18号は鉄隕石にアンカーを三本打ち込んで三点支持を取ると、指示通り命綱を二重にして隕石と空間特異点の隙間部分から穴の中に入って行った。
すぐにエリザベートがやや無表情になる。
R18号からの観測データを受け取って分析しているのだろう。
そのエリザベートの顔が驚愕に歪んだ。
「こっ、これは……」
そのとき大スクリーンの巨大鉄隕石が突然動いたように見えた。
スクリーンの隅に作られた、星間物質流入速度計の数字がはね上がる。
「ど、どうしたのっ! エリザベートっ!」
エリザベートが無表情に答えた。
「申し訳ございませんお嬢さま。
もう少々お待ち願えませんでしょうか……」
一分ほど経つとエリザベートがため息をついた。
「R18号からの通信が途絶えました……」
ひかりちゃんが口に手を当てて息を呑んだ。
「どうやら観測船の微細重力やドローンたちの作業によって、あの鉄隕石の重心が僅かに動いたようでございます。
そのせいで鉄隕石とあの空間特異点の隙間が狭くなり、星間物質の流入速度が増大致しました。
そのため作業の際に発生していた直径数ミリほどの微小隕石も高速で大量に流入し、R18号の体を直撃していた模様でございます……」
ひかりちゃんの目からは涙がぽろぽろこぼれている。
「ですが、R18号はその死の直前まで見事にその職務を果たしておりました。
身を守ることもせずに、大量の観測データを送って来ております。
そして…… その最後の言葉は……
『ありがとうございましたひかりお嬢さま。
わたくしはお嬢さまのお役に立てて本望でございます……』
でございました……
ひかりちゃんは声を出して泣きだした。
エリザベートの頬にも一筋の涙が伝った。
傍らのバルガーも大硬直していた。
そうして思ったのだ。
(こっ、これか…… これが、あの高名なディラックAIたちや銀河中のAIたちが、英雄光輝一家を心の底から慕っているってぇ理由だったのか……
一家のためだったら命も要らねぇってぇほど……
だっ、だからこそあの地球から五百光年も離れていた小規模脅威物体を破壊するためだけに、銀河中から数千万ものAI義勇軍が集まったのか……
こっ、これこそが、あの英雄光輝一派が一声かけりゃあ銀河のAI300兆が動くってぇ言われる秘密だったんか……)
ひかりちゃんの宇宙船では、エリザベートが涙もぬぐわずに言った。
「さあ、R18号の死を無駄には出来ません。
この上は、なんとしてでもあの空間特異点の内部にいるかもしれない方々を救出せねばなりません……」
ようやくひかりちゃんも少し落ち着いてきた。
まだときおりハンカチを目に当ててはいるが、エリザベートの説明を聞けるぐらいにはなっている。
エリザベートの説明を聞いたバルガーさんが仰け反った。
「な、なんだって…… べ、別の宇宙だって!」
「はい。あの空間特異点の向こうでは、物理定数がすべてこちらの宇宙とは異なっておりました。
まずはプランク定数からして違います。
宇宙背景放射すら5ケルビンを超えております。
陽子電子の質量比ですらも、こちらの宇宙とは違っておりました……」
「な、ななな、なんだとぉっ!」
「この分では光速度も違っておりますことでしょう。
当然ながらあの穴の向こうは別の宇宙です。
おそらくはこの宇宙から枝分かれしたベビーユニバースかと……」
「べ、ベビーユニバース……」
「そのダークエネルギーの量すらも異なっていたため、こちら側の宇宙の物質が吸い込まれていたものと推測されますです。
つまり膨張速度すらこちらの宇宙とは違う宇宙なのです。
また、通常の物質だけでなく、あの空間特異点を通るダークマターの流量も流速もかなり激しい模様です。
さらに通常の核融合推進機では、根底物理条件が異なっているために、向こう側での出力効果も不明です。
あの隙間を通れるような小型の船の推進力では、ダークマターの流入に抗してこちら側に帰って来ることは出来なかったのかもしれません」
「…………」
「さらに、レーダー波には全く何の反応もございませんでした。
星間物質の反応すらもございません。
ということは、通常空間用の通信電波もおそらくは無効でございましょう。
もちろん重層次元の利用も困難でしょうし、遮蔽フィールドもおそらくは使用不能でしょう」
「な、なんてこった……」
ベビーユニバースとは、理論上その存在が予言されていた宇宙のことである。
ビッグバンから始まった宇宙が、インフレーションを起こして急速に拡大するうちに、まるで泡のように膨らんで枝分かれしていったとされる宇宙のことである。
それはいわゆるパラレルワールドではなく、完全に異なった別の宇宙であった。
よって星の配置はもちろん、物理法則まで異なっているはずだと予言されていた。
「通常であればこちら側の親宇宙とベビーユニバースの境目はすぐに塞がって切れてしまうはずでございます。
あたかも子が生まれた際に、へその緒が切れて母親との繋がりが切れるように。
ですがこの特異な三重連星系の重力均衡により、その境目が塞がれずに残っていたものでございましょう。
もし仮にあの巨大鉄隕石を破壊してしまったら、すぐにその境目も塞がってしまうかもしれません」
ひかりちゃんが叫んだ。
「そ、そんなことになったら、向こうにいるかもしれない遭難者の方々が……」
「申し訳ございませんひかりお嬢さま。
申し遅れましたが、R18号は穴の向こう、一万キロほど離れたところに非常に原始的な宇宙ステーションを目視で発見しております。
どうやら宇宙艇やその内部の資源を使用して、手作業で作られたものと見られますです」
「……!!!……」
「ただいまよりただちにあの鉄隕石が崩壊しないような工作を始めます。
また、その他の工作も……」
鉄隕石から十光日離れた位置に移動した巨大輸送船からは、次々に物資が吐き出され、それらは少量ずつ空間特異点に運ばれた。
その周囲では、厳重に装甲され、有線ケーブルを兼用した高張力ケーブルで繋がれた元戦闘用ドローンたちが大勢作業をしている。
まずは鉄隕石の周囲を立方晶窒化炭素の資材で覆い、それを慎重に少しずつ溶接しながらの鉄隕石の補強作業である。
まもなく直径十キロほどだった鉄隕石は、真っ白な立方晶窒化炭素で覆われた直径二十キロメートルほどの球体になっていった。
「ここまで補強すればもう大丈夫でございましょう」
エリザベートはそう言うと、空間特異点と鉄隕石の間の隙間も慎重に塞ぎ始めた。
まもなく、周囲の星間物質の動きが止まった。
それからも隕石の補強は続いた。
補強と言うより、そこには立方晶窒化炭素で出来た巨大な球体が出来て行ったのである。
それはまもなく直径三十キロメートルの球体に成長した。
「それでは次の工作を開始致します」
エリザベートは、作業ドローンに命じて白い大球体に直径十メートル程の穴を掘らせ始めた。
それが十分な深さになると、穴のこちら側は直径を徐々に広げている。
さらに入口に巨大なドアのようなものを作っている。
どうやら分子アセンブラ技術を使って強度の高いエアロックのようなものを作っているらしい。
ひかりちゃんの傍らではバルガーがため息をついた。
「いやはや。あれだけでいったいいくらかかっていることやら……」
「たかだか通常の惑星予算数年分ですわ。
尊い人命に比べたらなんということはありません」
それからも作業はしばらく続いた。
エアロックで塞がれた縦穴は更に延長され、とうとう向こう側につき抜けたらしい。
途中にもいくつかエアロックが作られているそうだ。
まずは変わり果てたR18号の体が回収される。
ひかりちゃんはまたひとしきり泣いた。
ようやく落ち着いたひかりちゃんは、新たな重装甲プローブドローンが送って来た映像を見て驚いた。
空間異常の向こう側の先には大きなネットが浮いている。
きっと流入する資源の捕獲用だろう。
そうして……
そのネットの彼方には、一万キロほど離れたところにボロボロの宇宙ステーションが浮いていたのである。
それはもうステーションと言うよりは、ゴミ捨て場に見えた。
あちこちに元は小型宇宙艇だったと見られるモノが乱暴に溶接されており、その他にも鉄合金製と見られる資源が継ぎはぎになって作られている。
やはりレーダー波には何の反応も無く、通信を送っても応答は無かった。
空間特異点の向こう側につき抜けた縦穴の周りでは、補強工事が始まっている。
そちら側にはやはり切り取られた部分のような鉄隕石があったそうだ。
向こう側でも、こちら側とおなじように立方晶窒化炭素製の資材で補強工事が行われた。
「やはりあちら側ではかなり物理法則が異なっておりますね。
ですがそれらの影響は、主に核融合駆動系や電波通信系に限られているようでございます。
幸いにも電子電気機器にはあまり影響が無いようですので、ドローンの駆動や作業工具をこちら側からの有線による電力に切り替えて作業を続けさせましょう」
「だいじょうぶかしら……」
エリザベートは微笑んだ。
「資材はいくらでもございますし、慎重に作業を進めれば何の問題もございません。
どうかおくつろぎになってお待ちくださいませお嬢さま……」
(つづく)