*** 5 ***
食事が終わるとソフィアーノくんが控えめな小声で言った。
「プ……ひかりお嬢さま。
ドローンたちの修理が終わったようでございますが、こちらに連れて来てよろしゅうございますでしょうか」
ひかりちゃんは、ソフィアーノくんをひと睨みすると、兄妹の母親に了解を求めた。
「まあまあ、ドローンたちの修理までしてくださって……
本当になんとお礼を申し上げたらいいのやら……」
母親はまた涙ぐんでいる。
ジュサイアくんとジュミーちゃんは不安そうな顔をしている。
きっとドローンたちが自分たちのことを忘れていないか心配しているのだろう。
空間連結器から出て来たドローンたちを見てひかりちゃんは驚いた。
まずはデカい。
各々が二メートル近い大きさである。
見るからに頑丈そうなぶっといボディには、収納可能な作業用アームが無数にある。
そのボディも通常の合金製では無く、白っぽい材質だった。
たぶん鉄合金ではなく、立方晶窒化炭素製だろう。
銀河連盟防衛軍仕様の重装甲工兵ドローンのボディを転用したものと思われた。
これでは大型地上車がぶつかっても、地上車の方がぺちゃんこになるに違いない。
だが……
体に比して妙に小さい頭部には、古ぼけた元通りの頭が乗っていたのである。
「おおっ! ジュサイア坊ちゃんっ。ジュミーお嬢さんっ。奥様っ。
わ、わしらこちらのお方様にこんな体にしていただけました……」
「こ、これならこれからもいくらでも働けそうでございます……」
「もう羊の世話も畑仕事も、奥様や坊っちゃんたちの手を煩わせることはございませんっ!」
「ううううっ、こ、これならまだまだいくらでも奥様達に仕えられますですぅ」
ドローンたちは泣きださんばかりの様相で、はいつくばって一家に挨拶をしている。
その動きもきびきびとしていて速い。
だが、最後に出て来た長老は、円盤状のフローターに乗ってふわふわ浮きながらも、「おお、ジョルジ坊ちゃん! お久しぶりでございやす。お元気そうでなによりで……」と少し元気な声で言った。
ソフィアーノくんがひかりちゃんの耳元で小さな声で言う。
「申し訳ございませんプ……ひかりお嬢さま。
長老の電子頭脳だけは元通りに出来ませんでした……」
まん丸の目をして驚いていたジュサイアくんとジュミーちゃんは、ひかりちゃんを振り返った。
「す、すげぇ。まるで軍隊みたいだ。
村長さんのとこのドローンたちより遥かにすげぇ……」
「ありがとう! プひかりお姉ちゃんっ!」
ひかりちゃんは兄妹に微笑むと、ソフィアーノくんを振り返った。
「そうそう。あの羊毛の洗い方と磨き方は伝授してあるの?」
「はい、お嬢さま。ですが……」
「どうしたの?」
「あれだけ微妙な磨き方ですので、出来れば彼らが慣れるまで少し指導してあげた方が……
それに、彼らだけでは少し数が足りないかもしれません……」
「親方ドローンさんはいるかしら」
「へ、へい。こちらに」
「あなたたちに聞きたいんだけど、あなたたちのうちでこの地にしばらく残って、羊毛の磨き方を伝授したり羊毛磨きを手伝って下さる方っていらっしゃるかしら」
「へ、へい。お嬢さまのご命令とあらば……」
「違うわ。命令じゃあないわ。お願いよ。
アナタたちのうちで希望する方にお願いしたいの。
もちろんソフィアーノの命令でも無いわ。
そうね、いわば志願者募集ね」
ドローン頭は今までとは違う口調で静かに語りだした。
「お嬢さま。ソフィアーノの大将。
ご、誤解しないでいただきたいんでやすが、あっしはお嬢さまや大将に不満なんかこれっぽっちもありやせん。
ドローン冥利に尽きる幸せな日々を過ごさせていただきやした。
ですが…… ですがあっしは是非この素晴らしい地で、大先輩やこちらのお坊ちゃん方をお手伝いしてみたいのでございやす。
もちろんあっしはお嬢さまのドローンでやす。
ですからどうかあっしを出向というカタチでこちらに残してやって頂けませんでしょうか……」
ひかりちゃんはにっこりと微笑んだ。
「あなたみたいな最高のドローンが残ってくれるなんて、私も最高に心強いわ」
「お、お嬢さまぁ…… も、もったいないお言葉をぉ……」
ドローン頭はひとしきり俯いてぷるぷる震えていた。
後ろに控えていた他の幹部とみられるドローンたちも同じ姿勢でぷるぷるしている。
実は重層次元に控えている三千体のドローンたちも、ソフィアーノくんから電子的にこの場を状況を受け取って、同じ姿勢でいっせいにぷるぷるしていた。
ひかりちゃんは目尻の涙をそっとぬぐうと言った。
「それじゃあと三十人ほどの志願者を募ってもらえるかしら。
もちろん志願するひとだけよ。
あ、それからみんな用の資源も大量に用意しておいてね」
「へ、へい。仰せの通りに……
それからあっしの後任のドローン頭には、あっしの経験や頭としての心得をすべて伝授させていただきやす……」
「それ、後任さんだけじゃあなくって、すべてのドローンさんに伝えてくださるかしら。
そうすればみんないつか、あなたみたいな素晴らしいドローン頭になれるかもしれないもの」
「へ、へいっ! 必ず仰せの通りにっ!」
そのとき遠くの方からサイレンの音が聞こえて来た。
どうやら村の中心部からのサイレンのようだ。
ジュサイアくんが急いで旧式の汎用端末のスイッチを入れた。
「臨時ニュースを申し上げます! 臨時ニュースを申し上げます!
軌道上の旅客宇宙船が故障事故を起こし、乗員乗客千二百名を乗せたまま高速で大気圏への落下を始めました!
現在ゴッツォ全域の防衛AIを集めて乗員乗客の救助作業を行っておりますが、防衛AIの数が少ないためと、高速で移動する旅客船からの救助のため、作業は難航しております。
また乗客に随伴する防衛AIや空間連結器の数も少なく、乗客の避難は滞っております!
遮蔽フィールドの数もクラスも不十分で、このままでは大半の乗客の命が危ぶまれますっ!
しかも、まだ乗員乗客の避難が完了していないため、惑星防衛軍による落下中の宇宙船の排除作業も出来ませんっ。
このままでは、乗客を乗せたまま旅客船が地表に落下する可能性が大きいとのことですっ!」
「まあ! たいへんだわっ!」ひかりちゃんが叫んだ。
「尚、旅客船の落下予想地点は、北部ハイランド地方のサビーニャ村を中心とする半径百キロの地域ですっ!
落下予想時刻はただいまより四十五分後ですっ!
該当する地域の住民の方々は、空間連結器を使用して直ちに避難を開始してくださいっ!
「たっ、たいへんだぁっ! こっ、これウチの村だぁっ!」
ジュサイアくんが叫んだ。
兄妹の母親が直ちに旧式のビジフォンを使って病院に連絡を取っている。
「入院患者さんの避難はもう始まっていますのでご安心を。
それよりも皆さまも早く避難してください」
病院の受付ドローンが言った。
兄妹の母親が皆を振り返った。
「さあ、わたしたちも、大事なものだけ持って早く避難しましょう!」
ジュサイアくんが泣きそうな声で言う。
「でっ、でも羊たちが……」
「羊たちには可哀想だけど、一緒に連れて逃げるのは無理だわ」
「だって…… だって家族同然の羊たちなのに……」
ジュミーちゃんが泣きだした。
「ひ、ひつじしゃんたちが死んじゃう……」
ひかりちゃんはソフィアーノくんを振り返って叫んだ。
「あ、あんただって防衛AIでしょっ!
な、なんとかしなさいよっ!」
だがソフィアーノくんの様子がヘンだ。
拳を握りしめて顔の前に持って行き、俯いてぷるぷる震えている。
また、腰をかがめてつま先立ちになっている。
なんだかガッツポーズのようにも見える。
「どうしたっていうのよっ!
なに固まっているのよっ!
あんた日ごろ銀河最新最強の防衛AIだって自慢してたんじゃあないのっ!
だからなんとかしなさいよっ!」
その間にも汎用端末からはニュースが流れ続けていた。
「尚、旅客船は惑星ビジュアからの特別便で、明後日のゴッツォ銀河連盟加盟千周年記念式典にご出席予定の来賓の方々を乗せており、中には主賓としてお越しのこの宙域選出の銀河連盟評議員、ゲオルグ・ゲオルギー閣下もご搭乗されておられる模様です。
その安否が気遣われております……」
「ほんとにいったいどうしたっていうのよソフィアーノっ!」
ひかりちゃんはソフィアーノくんがなにごとか呟いているのに気がついた。
耳を近づけて何を言っているのか聞く。
「来た…… ついに来た……
ついに…… ついにこの最強防衛AIソフィアーノが本領を発揮できるときが来たっ!」
ひかりちゃんはキレた。
「なっ、なにバカなこと言ってるのよぉっ!
は、早く旅客船のひとたちだけでも救いなさいよぉっ!」
「あ、ああ。ひかりお嬢さま…… 終わりました……」
「終わったって……
事態が終わっちゃわないように、早く救助活動しなさいってばっ!
そ、それから、出来ればこの美しいハイランド地方も救いなさいってばっ!」
「ああ、救助作業は終了いたしておりますです……」
ひかりちゃんは絶句した。
そのとき家の外の牧草地に柔らかそうな光の照明が灯った。
慌ててひかりちゃんが窓に駆け寄ると、外には呆然としたひとびとが一千人近くもいる。
どうやら遮蔽フィールドにも覆われていて、夕闇濃くなったハイランド地方の寒さからも守られているようだ。
「乗客乗員のみなさま全員の避難はもとより、みなさまの大事なお荷物もすべてこの地に既に避難は完了しておりますで~す♪」
ソフィアーノくんがドヤ顔で言った。
「あ、あんたって……あんたって……」
ひかりちゃんは沸騰寸前である。
「わたくしソフィアーノめが一度にお守り出来る方々の数は十万人でございます。
一度に操作できる空間連結器も十万台でございます。
千人やそこらの人数など片手でちょちょいですなぁ♪」
ひかりちゃんは思わずエリザベートを呼びそうになった。
そのとき外の人々の中から怒声が上がった。
どうやら老人の声らしいが、迫力百二十点満点の強烈な怒り声である。
家のドアが壊れんばかりに激しく開いた。
「わ、ワシを助けたのはキサマたちかぁっ!」
ジュサイアくんたちは固まっている。
ひかりちゃんがずいっと前に出た。
ひかりちゃんのご機嫌はまだ悪い。
「そうよっ! あたしたちが、あたしの防衛AIが助けたのよっ!
なんで助けて貰って文句言うのよっ!」
その老人は巨体だった。
額に青筋を立てて怒っている。
その巨大な老人に臆することなく、ひかりちゃんも背伸びしてせいいっぱい顔を近づけて怒っている。
ソフィアーノくんが気を利かせ、ひかりちゃんを宙に浮かせて、老人の顔の正面にひかりちゃんの顔を持って行った。
ひかりちゃんは微かににやりと笑うとまた老人を至近距離から睨みつけた。
老人は一瞬怯んだものの、またすぐに怒鳴り始める。
「古今東西、命にかかわる緊急事態では、救助の最後まで残るのは老い先短い老人と相場が決まっておるっ!
そ、それを、こ、子供やご婦人を差し置いてワシを救助するとはっ!
き、キサマもおべっか使いの腰ぬけかぁっ!」
ひかりちゃんはふっと微笑んだ。
巨大な老人はまた少し怯んだ。
「安心しておじいちゃん。
救助されたのはおじいちゃんが最後よ。
っていうよりウチの防衛AIが、全員一緒に救助しているわ。
ほら……」
ひかりちゃんが外を指さすと、どう見ても千人を超えるひとびとが安堵のあまり抱き合って泣いていた。
その横には乗客乗員らの荷物と思われるものも綺麗に積まれている。
老人はその巨躯を仰け反らせて、「おおおおうっ!」と叫ぶなり固まった。
ひかりちゃんはソフィアーノくんを振り返った。
「そ、そんなことよりソフィアーノ!
旅客船自体はどうするのよっ!
このままだとここに落ちて来るんでしょっ!」
「はいお嬢さま。
もちろんこのハイランドの地方全域を、クラス180もの銀河最高レベルの遮蔽フィールドで覆ってみなさまをお守りすることは出来ますが……」
「出来ますがなによっ!」
「ですがそれでは、わたくしめのカンペキな遮蔽フィールドに弾き返された旅客船が、粉々になってあちこちに跳ね返され、広範な自然環境を破壊してしまう恐れがございます……
この美しいハイランド地方の自然が汚されてしまうかもしれません……
ですが……」
「ですがなによっ!
もったいぶってないで早く言いなさいよっ!」
「もしも旅客船を原子にまで、いえ素粒子にまで分解する許可を頂戴出来ましたら……
この美しい地をまったく汚染することは無いと保障させていただきますです」
「だっ、だったらさっさとやりなさいよっ!」
何故かソフィアーノくんはまた小さくガッツポーズをとった。
ひかりちゃんはまたイヤな予感がしたが、この際だから無視した。
「それではこれよりわたくしソフィアーノめが、お嬢さまやこの美しいハイランド地方に脅威を与えている、不届きな脅威物体めを排除させていただきますです」
そう言った途端にソフィアーノくんが巨大化し始めた。
見る間に成長して三十歳位ぐらいの姿になる。
身長は三メートル近いだろう。服まで変化している。
しかもその身につけている衣裳は……
どう見ても魔王の衣裳だったのである。
ご丁寧にその顔にはリッパなひげまで生えていた。
だがもちろんその顔にはソフィアーノくんの面影が残っていたのだ。
(またヘンなアバター作ってたのね……)
ひかりちゃんはそう思ったがなにも言わなかった。
ソフィアーノくんは窮屈そうにドアをくぐると外に出た。
外にいた人々は暗くなった遠くの空を指差して、不安そうに口々に何か言っている。
とうとう落下しつつある旅客船の大気圏との摩擦光が、地表からでも見えるようになったらしい。
その光はまっすぐこちらに向かっていたため、動いているようには見えなかったが、ゆっくりと大きくなりつつあった。
ソフィアーノくんの大声にみんなが振り返った。
「みなさまどうかご安心くださいませ!
その類稀なる能力でみなさまをお救いしたこのソフィアーノめが、今度はみなさまのご不安を取り去って差し上げるとともに、この美しいハイランドの地もお守りさせていただきますでーすっ」
「そんな口上どうでもいいから早くあの旅客船をなんとかしなさいよーっ!」
家の窓からひかりちゃんの怒声が聞こえた。
ソフィアーノくんはにんまりしながらまた言った。
「それではみなさまあの旅客船をよぉくご覧になっていてくださいませ。
なにせ一生に一度の見ものになること請け合いでございまーす」
「早くしないとエリザベートを呼ぶわよぉーっ!」
また家の中からひかりちゃんの大きな声がした。
少し縮まりかけたソフィアーノくんだったが、気を取り直して続ける。
「それではいきますよぉ~。
あ、ワン、あ、ワンツースリーフォー。 それえ~♪」
ソフィアーノくんの合図とともに落下していた旅客船が炸裂した。
その無音の大爆発は超巨大な火の玉を造り出し、それは全天の三分の一ほどまでに広がった。
各種の部品とみられる細かい火の玉も壮烈に広がっている。
辺りは昼間のように明るくなっている。
牧草地の人々から大歓声が上がり、大勢がいっせいに拍手を始めた。
「ショーはまだまだこれからですよぉ~。
みなさまのお目に、これから一生忘れられない光景をご覧に入れて差し上げまぁ~すっ!」
ひかりちゃんは何故か悪寒がした。
まもなく全天の半分以上に広がった旅客船の破片が美しい色を放ち始めた。
そうしてそれらの破片の光が徐々に形を作り始めたのである。
まるで仕掛け花火だ。
そうしてそれは……
全天の三分の二近くを埋めて燦然と輝く、ひかりちゃんのあの似顔絵に変化して行ったのである……
だいぶ遅れてどどーんという花火のような轟音も聞こえて来た。
またもや観客から大歓声が上がった。
「おお~っ! プリンセスひかりさまだぁ~っ!」
「プ、プリンセスひかりさまが助けてくださったのかあ~っ!」
とかいう声もたくさん聞こえる。
少数ながら乗客に随伴していた防衛AIたちも、うるうるした憧れの目でソフィアーノくんを見ていた。
防衛AIは女性型が多い。
まあ、一般の防衛AIに比べたら、ソフィアーノくんの能力も装備も超ケタ違いである。
さすがはプリンセスひかりさまの防衛AIであった。
「いや~、爆発をコントロールして美しい絵を造り出すのはタイヘンでございましたぁ……
さすがのわたくしでも、全能力をフルに使わせていただきましたですぅ……」
そう言いながら元の姿に戻って家に入って来たドヤ顔のソフィアーノくんの前には、見たこともないほど怒っているひかりちゃんがいた。
「こ、こここ、このばかソフィアーノっ!
あ、あんなことしたら、わたしがここにいるってバレバレじゃあないのよっ!
ご、豪一郎おじさんに怒られちゃうじゃないのっ!」
ソフィアーノくんは自分の虚偽申告もバレてしまうと思い至って硬直した。
これは地球でエリザベートさまに出迎えられる級の事態である。
ため息をついたひかりちゃんが言った。
「でもまあ、みなさんを助けられたし、あの似顔絵もここからじゃあなきゃわからないでしょうからまあいいかしら」
「あ、あのぉ~、ひかりお嬢さま……」
「なによっ!」
「先ほどの似顔絵は、特に首都からはよく見えるように配置を工夫させて頂いていたのでございますが……」
ひかりちゃんの顔が真っ赤になって膨らんだ。
ソフィアーノくんはまた部屋の隅でダンゴムシになった……
さっきの巨体のおじいさんが屈みこんで、ひかりちゃんの顔をまじまじと見つめている。
「こ、これはまさしく、プリンセスひかり……
わしらを助けてくれたのは、本当にプリンセスひかりじゃったのか……」
「あらおじいちゃん、手をケガしてるじゃないの。
血がついてるわよ」
ソフィアーノくんが慌てて救急セットを取り出す。
「あ、ああ、これはワシの血ではないの。
ご婦人がたや子供たちを差し置いて先に逃げようとした、不届き者の若造の鼻血じゃろう。
旅客船内で、ワシの鉄の拳が偶然そヤツの顔面にめり込んでおったからのう」
ひかりちゃんは実に愉快そうににっこりと微笑みながら言う。
「でも少し皮が剥けているわ」
ソフィアーノくんが傷口の消毒を終えると、ひかりちゃんがそのキズに絆創膏を貼った。
巨体のおじいさんはその絆創膏をじっと見つめている。
「ワシはプリンセスひかりに、その手ずから絆創膏を貼ってもらったのか……」
ジュミーちゃんがにっこりと微笑みながら、いつものあどけない声で言った。
「プひかりお姉ちゃんのプって、プリンのプじゃあなくって、プリンセスのプだったのねぇ」
そのとき外の牧草地に膨大な数の空間連結器が現れた。
転がるように出て来た人々の先頭にいたのは、この惑星ゴッツォの大統領閣下である。
すぐ後ろにはひかりちゃんが見たこともない形相の豪一郎おじさんもいた。
「プ、プリンセスひかりさま…… ご、ご無事でしたか……」
家に飛び込んできてそう言った大統領閣下は、安堵のあまり膝をついて泣き出した。
「おお、ついでに乗客も乗員もみんな無事じゃぞ」
巨体のおじいさんが言う。
「こっ! これはゲオルグ・ゲオルギー閣下っ!
閣下もご無事でございましたかっ!」
「おお無事じゃとも。
みんなこのプリンセスひかり様が助けてくださったのよ。
それから一風変わったひかり様の防衛AIがの。
わしは防衛AIを引き連れて歩くのは仰々しくて嫌いじゃったが、こうみると連れて歩くのもそれほど悪いもんではないかもしれんのう」
ゲオルギー閣下はにんまりした。
「それに助けられたのは乗員乗客やこの地だけではないの。
貴惑星のめでたき祭典を前に、ワシの母惑星の旅客船があやうく大惨事を引き起こすところじゃった……
これはもうワシの母惑星の連中も地球に足を向けては寝られんの」
ゲオルギー閣下は大きな声で心から笑われた。
その間にもひかりちゃんは豪一郎おじさんに抱きしめられている。
ひかりちゃんは豪一郎おじさんの涙は初めて見た。
ひかりちゃんを離してその顔をまじまじと見つめた豪一郎おじさんは、びっくりするほど優しい声で言った。
「ほんとうにケガは無いんだね……」
大いに気を良くしたひかりちゃんは答えた。
「ええ。ソフィアーノが見事に守ってくれましたわ。
ケガなんか全くありませんもの」
豪一郎おじさんが一瞬強い目でソフィアーノくんを見たので、ひかりちゃんは慌てて付け加える。
「ご、ごめんなさい豪一郎おじさん。
おじさんのAIさんにわたしたちが首都にいるように虚偽申告しろって言ったのはわたしなの」
豪一郎おじさんはまたひかりちゃんを見つめて微笑んだ。
「わかった。
でも本当によくやってくれたね。
千人ものひとたちの命を救っただけでなく、この星の一地方丸々ひとつと、式典まで救うとは……
さすがはあの英雄光輝の娘だな……」
後ろではゲオルギー閣下も大いに頷いている。
ひかりちゃんのご機嫌はさらに上昇した……
ひかりちゃんたち一行の帰り際に、ジュサイアくんの嘆く声が聞こえた。
「あ~あ、ひつじたちがあの花火を見て怖がってみんな逃げちゃってるよ。
これから集めて回るのがたいへんだぁ~」
ご機嫌麗しいひかりちゃんは、豪一郎おじさんに断りを入れると、ジュサイアくんに言った。
「これからおねえちゃんの得意ワザを見せてあげるわ。
ひつじさんたちを集められるかやってみるわね」
そう言って微笑んだひかりちゃんは、ひつじ囲いの中に入って行った。
すぐにソフィアーノくんがそこに清潔な敷物を敷く。
ひかりちゃんはその場であの有名な座禅を組んだ。
他の星の動物にも有効なことはもうわかっている。
遠くに散らばっていたひつじたちは、すぐにひかりちゃんの方に顔を向けた。
そうして、続々とひかりちゃんの周りに集まって来たのである。
瞬く間に、ひかりちゃんを中心とした三百頭ものひつじたちの密集した輪が出来た。
みんな静かに座ってひかりちゃんを見ている。
ひかりちゃんの膝の上には、一番小さな子ひつじが座ってひかりちゃんの顔を見ていた。
ついでに辺りの小鳥たちもたくさん集まって来て、ひかりちゃんの肩やひつじたちの背に止まっている。
それはいつもの通りの実に神々しい光景であった……
そうした間にも、ソフィアーノくんの展開した巨大な超強力遮蔽フィールドに、原子や素粒子にまで分解された宇宙船の残骸の一部が当たり始めた。
もちろんそれらはなんの被害ももたらすことはなく、ただ衝突エネルギーを光に変えてキラキラ輝いているだけである。
だが、それはまるで、プリンセスひかりを寿ぐ天の輝きのように見えたのである。
周囲の一千人を遥かに超えるひとびとは大硬直している。
大勢のひとびとがそれぞれの宗教らしきお祈りの言葉を呟き始めた。
ほとんどのひとが、奇跡を目の当たりにして地面にひざをついている。
ゲオルグのおじいちゃんや大統領閣下もお祈りの言葉を呟きながら硬直していた……
その後惑星ゴッツォでも惑星ビジュアでも、座禅が大流行することになる。
(つづく)