*** 4 ***
ソフィアーノくんは重層次元倉庫からドローン頭を呼び出した。
そうして頭を下げて必死の口調で頼み込んでいる。
「なあ、頼むよ。一生のお願いだよ。
どうかドローン軍団みんなでこの羊毛を綺麗にしてくれないか。
もしもとっても綺麗に出来たら、プ……ひかりさまがソフィアさまに僕の頭を撫でてくれるように頼んでくださるって仰ってるんだよ。
でも綺麗に出来なかったら、エリザベートさまを呼ぶって言うんだ……」
ドローン頭は驚いてその大きな目をパチクリさせた。
「ソフィアさまかエリザベートさまですかい。
そいつぁ大将にとっちゃあ本当に天国か地獄かの差ぁですなぁ」
「な、だから頼むよ。お願いだよ……」
「ようがす! あっしらも大将の配下のドローン軍団でさぁ!
全員で力を合わせてピカピカの羊毛にしてご覧に入れて見せやすぜ!
まして元々は、プ……ひかりさまのご用命とあっちゃあ、あっしらも本気出しやすぜ!」
「あ、ありがとう……」
ドローン頭は空間連結器から四体のドローンを呼ぶと、そこにあった全ての羊毛を重層次元に運び込んで行った。
妹の方がひかりちゃんを見て微笑みながら言う。
「ありがとう、プひかりお姉ちゃん」
ひかりちゃんはため息をついた。
「いいのよ。おいしそうなりんごと引き換えですもの」
「お姉ちゃんのプってプリンのプと一緒ね」
「…………」
「おねえちゃんもプリン好き?」
「え、ええ。リンゴも好きだけどプリンも好きよ」
「あのね。わたしもプリン大好きなの。
いつも日曜日にはおかあちゃんがプリン作ってくれてるの。
でも…… おとうちゃんが入院しちゃってから作ってもらえてないの。
でも、もし今日羊さんの毛が売れたら帰りにプリンの材料買って帰ってもいいんだよ。
羊さんの毛がきれいになったら売れるかなあ……」
またひかりちゃんは慌てて涙を堪えた。
兄妹は羊毛を洗っている間にお弁当を食べ始めた。
それは質素ながら見るからに愛情のこもったお弁当だった。
お弁当を食べ終わってリンゴを取り出した妹は、それを半分食べると残りを兄に差し出した。
最初は断ろうとした兄だったが、妹の笑顔を見ると、そのリンゴをさらに半分齧って残りを妹に返した。
妹はまた嬉しそうに微笑んで残りのリンゴを食べた。
(このリンゴの価値は計り知れないほど大きいわね……)
ひかりちゃんはポケットの中の小さなりんごに触れながらそう思った。
三十分ほど経つと、また空間連結器が現れてドローン頭が出て来た。
「ソフィアーノ大将、羊毛が綺麗になりやしたが、こちらにお持ちしてもよろしゅうございやすかい?」
「ええ、お願いするわ」
ひかりちゃんが答える。
「こっ、これはこれは、プ……ひかりさま。でっ、ではすぐに……」
すぐにその場に、綺麗になった箱の上に積み上げられた羊毛が運び出されて来た。
なんだか前に比べてふんわり膨らんで、倍ぐらいの体積になっているように見える。
その羊毛の山を見たひかりちゃんは絶句した。
(き、きれいだわ……)
その羊毛は純白に輝いていた。
いや本当に輝いているように見える。
まるで羊毛が発光しているようだ。
目を近づけてよく見ると、微かに虹色に光っているようにも見える。
その香りすら素晴らしい。
ひかりちゃんはドローン頭に向き直った。
「見事だわ! すばらしいわ! 本当にどうもありがとう!」
ドローン頭はびっくりしている。
「お、お嬢さま。き、恐縮でございやす……」
「いったいどうやったらこんなに綺麗になるの?
なにか特殊な薬品でも使ったの?」
「いえいえそんなものぁ使っちゃあいやせん。
ごく普通の洗剤を、それも極めて薄くして使っただけでさ」
「それだけでこんなに綺麗になるの?」
傍らでは兄妹も息を呑んで顔を近づけて羊毛を見ている。
「いえ、洗ってから磨いたんでさ」
「磨く?」
「へぇ、みんなで手分けして一本一本磨いたんでさ。
こいつぁもともと素晴らしい毛でやすからねぇ。
磨けば磨くほど綺麗になっていきやして。
あっしらも楽しくて仕方がなかったでやす」
「い、いったい何人のドローンでそんな作業をしたのっ!」
「ああ、へぇ。大将配下のドローン軍団三千体でやすが……」
「…………」
「みんな予備の作業用アームもつけて十本の腕で作業しやしたから」
(ソフィアーノ配下のドローン軍団って、そんなにいたんだ……)
ひかりちゃんはびっくりしている。
「ああ、それから差し出口を言って恐縮でやすが、この羊毛はもっと綺麗になりやすぜ。
なあ、坊っちゃん。これ羊たちに草しか食べさせてないだろ」
「う、うん。穀物は高いから……」
「少しでいいから小麦を喰わせてみな。
羊毛の輝きがもっともっと綺麗になるぜ」
「う、うん。今度やってみる……」
「それじゃあお嬢さま。お褒めのお言葉恐縮でございやした。
みんなもさぞかし喜ぶと思いやす。
それじゃああっしはこれで……」
「待って! もう少しだけここにいて!」
「へ、へぇ」
ひかりちゃんは少年に向き直った。
「ねえ、この羊毛一キロおいくら?」
「い、一キロなら10クレジットだけど……」
(地球円でたったの1円か……)
「ばかね。それは磨いてない元の羊毛の値段でしょ。
磨いたこの羊毛ならもっと高く売れるわよ」
「じ、じゃあ15クレジット……」
「そういうときはね。まず倍の値段を言うのよ。
ここはフリマなんだからお客さんは必ず値切るでしょ。
だからまず30クレジットって言いなさい」
「じ、じゃあ30クレジット……」
「ふぅ~ん。もう少しお安くならないかしら」
「じ、じゃあ25クレジット……」
「その調子よ。じゃあこの羊毛二キロちょうだいな。
お代は50クレジットでいいのね」
少年はびっくりしている。妹は満面の笑顔になった。
「ソフィアーノ」
「は、はい」
「わたしのお気に入りの薄いブルーのガウン知ってるでしょ」
「は、はい」
「あれ今ここに出して」
ソフィアーノくんが電子的に指示を出したのだろう。
直ちに別のドローンがガウンを捧げ持って現れた。
「ドローン頭さん」
「へ、へい」
「この羊毛でこのガウンと同じデザインのガウンを作ってくれるかしら。
もう少し丈を長くして。襟が立つようにして。
あとウエストももう少し細くして、公の場でも着られるようにして。
ああ、生地はなるべく薄くしてね。
バスローブみたいじゃあなくって、羽衣みたいなカンジで……
どお、出来るかしら」
「へ、へぇ。デザインや縫製専門のドローンもおりやすから……」
「どれぐらいで出来るかしら?」
「十五分もいただけやしたら……」
「そう。じゃあすぐにお願いするわ」
「か、畏まりやした……」
ドローン頭はすぐに二キロ分の羊毛を持って空間連結機に消えた。
その間にも店の前で立ち止まって羊毛を見るひとが出始めた。
みんな光輝く純白の羊毛に顔を近づけて感嘆している。
「せめて布になってたらなぁ……」という呟きも聞こえる。
そのうちにドローン頭が純白のガウンを持って現れた。
それはひかりちゃんの想像以上の素晴らしい出来栄えだった。
まるで真珠のような濃厚な光沢を持つガウンだったが、極めて薄い生地のおかげで光の当たり方によっては透けても見える。
本当に天女の羽衣のようなガウンだった。
しかもそのガウンには縫い目が無かった。
羊毛から直にガウンに織り上げたものだろう。
おかげでさらに高級感溢れる素晴らしい逸品になっている。
ひかりちゃんがそれをまとうと周囲からため息が漏れた。
フトみるとドローン頭がまだたくさんの羊毛を持っている。
「お嬢さま。薄く作りやしたので羊毛がだいぶ余りやした」
ひかりちゃんはにっこり微笑んだ。
「本当にありがとう。素晴らしいガウンが出来て嬉しいわ。
その羊毛でこの女の子のガウンも作ってもらえるかしら……」
ドローン頭はひかりちゃんに褒められて嬉しそうだった。
「すぐにお作りして参りますです……」
またもやすぐにドローン頭は小さなガウンを持って現れた。
そのガウンを妹の方に着せると、周囲の客たちからさらにため息が漏れる。
ひかりちゃんは少女を抱きしめると言った。
「本当に素晴らしいわ。よく似合ってるわよ。
あなたはそこでそのまましばらく立っていてね。
宣伝用よ」
ひかりちゃんは、思わずドローン頭も抱きしめた。
ドローン頭はまた目をパチクリした。
「本当にありがとう! あなたたちの仕事って素晴らしいわ!」
ひかりちゃんはドローン頭を抱きしめたまま、周囲の客の方を向いた。
ドローン頭の顔は歳の割に大きなひかりちゃんの胸の谷間に埋まっている。
手足はだらーんと垂れ下がっていて、ひかりちゃんが動くたびにプラプラ揺れていた……
「さあ! こちらの素晴らしい光沢を持つウールは、すべてこのドローンたちが一本一本磨いたものです!
羊毛のままでしたら、お値段は一キロ25クレジットです。
生地は一キロ30クレジットです。
この女の子が着ている立体織りのガウンは40クレジットです。
私が着ているガウンなら50クレジットです。
残念ながらこれは固定価格で値引きには応じられません」
老夫婦が少女の着ているガウンをしげしげと眺めている。
そうしてひかりちゃんに向き直った。
「ウチの孫娘にこちらのガウンを買ってやりたいんじゃが……
この子よりあと5センチほど大きい子なんじゃよ」
ひかりちゃんはにっこりと微笑んだ。
「それではあと5センチほど大きな子用に作りますか?
それともこれはガウンですから多少大きめでも大丈夫ですが」
考え込んだ老人は言った。
「それではあと10センチほど大きな子用に作ってもらえるかの」
ひかりちゃんは更に微笑んだ。
「お代は40クレジットのままにおまけさせていただきますわ」
そうしてまだ抱いたままだったドローン頭の顔を覗き込んで言う。
「すぐに作って来てもらえるかしら」
ぼーっとしていたドローン頭が慌てて言った。
「はっ!! へ、へへへ、へいっ! 少々お待ちをっ!」
そのガウンが出来上がって老夫婦に渡されると、また周囲の客たちからため息が漏れた。
老夫婦は嬉しそうに40クレジット払うと、大事そうにガウンを抱えてにこにこしながら帰って行った……
それからガウンは売れに売れた。
生地を買って帰る客もいたが、ほとんどの客がガウンを買った。
ドローンたちの大活躍もあって、山のようにあった羊毛は二時間足らずの間に全て無くなった。
少年はさっきから驚きっぱなしだったが、少女は嬉しそうに微笑んでいる。
ひかりちゃんは少女の前にしゃがんだ。
「よかったわねー。これでプリンの材料もたくさん買えるわよ。
毎日でも作ってもらえるかもしれないわね」
少女は笑顔で首を横に振った。
「ううん。おかあちゃんが言ってた。
美味しいものはときどき食べるから美味しいんだって。
毎日食べたりしたら美味しくなくなっちゃうんだって」
「そう。そうだったのね……」
ひかりちゃんはまたそっと目頭に手をやった。
少年がおずおずと言う。
「プひかり姉ちゃん。どうもありがとうな。
あ、ああ、オイラはジュサイアって言うんだ。
こっちの妹はジュミー」
「ジュサイアとジュミー。よかったわねえ」
「みんなプひかり姉ちゃんのおかげだな」
「いいえ、もともとの羊毛の品質が良かったからよ」
「そうだ! 姉ちゃんおいら達の家においでよ。
まだ裏の木にリンゴが残ってたはずだ。
お礼に好きなだけリンゴ食べてもいいよ。
あ、それにさ、これでシチューの材料も買って帰れるから、シチューも食べて行きなよ。
母ちゃんの作るシチュー、美味しいんだぜ」
「美味しいのよ」
ジュミーも笑顔で言い添えた。
(義理固いところも光三郎くんにそっくりね……)
ひかりちゃんは微笑んだ。
「そう。ありがとう。喜んでご招待に応じさせていただくわ」
兄妹はフリマの入り口付近にある食料品売り場で、嬉しそうにたくさんの食材を買った。
お店のおばさんは兄妹たちを見て、「あらあら羊毛が売れたのね」とにこやかに言いながら大幅に値引きしてくれている。
さらにおばさんは、最後に卵や牛乳や砂糖が少しずつ入った小さな袋を、兄妹たちに見られないようにして食材の袋に入れた。
どうやら羊毛が売れなかったときの為に用意していたプリンの材料のようだった。
ほっこりと心が温かくなったひかりちゃんは、おばさんに深く丁寧に頭を下げてから急いで兄妹たちの後を追った。
(あら。見かけない娘さんだけど、綺麗な羊毛のガウンを着てたわねぇ。
珍しいデザインだわ。この辺りの娘さんじゃなさそうね。
あの娘さんがあの子たちの羊毛を買ってあげたのかしら……
それにしてもあの娘さん…… プリンセスひかりさまにそっくりねぇ……)
後日、優しいおばさんは壮烈に腰を抜かすことになる……
羊毛の入っていた箱と買った食材は、見るからに年季の入ったドローンが空間連結器に運んでいる。
ドローンはときおりふらつきながらもせっせと荷物を運んでいた。
またソフィアーノくんがそのドローンたちをじっと見つめている。
「どうしたの?」
「あ、はい、ひかりさま。
あのドローンたちはどうみても出来てから百五十年近くは経っています。
もう荷物を運ぶのがやっとのようで……
部品さえ取り換えてやれば、あと少しだけ働けるかもしれませんが、もうそんなに長くは……」
「そう…… 本当に働きもののドローンたちなのね」
「はい…… 素晴らしいドローンたちです……」
空間連結器でジュサイアくんたちの家の前に移動したひかりちゃんはため息をついた。
(なんて素晴らしい景色なの……)
その家は広大な牧草地のなかにぽつんと建っていた。
地元の木を切り出して作ったとみられる頑丈そうな木造家屋である。
まるで童話に出てくるような家だった。
きっとジュサイアくんたちの両親がそのまた両親たちから受け継いできたものだろう。
それはまさに大草原の小さな家という風情だったが、またその大草原が見事だった。
緩やかな傾斜の牧草地がどこまでもうねりながら続いている。
ところどころに木も生えていたが、やはり冬の寒さが厳しいせいか、あまり大きな木は生えていない。
その牧草地はだんだんと傾斜を強め、遥か彼方の雪を抱いた急峻な山岳地帯に続いている。
遠くの方には三百頭ほどの羊がのんびり草を食んでいるのも見えた。
ほとんど地球の羊と違わない羊である。
「かあちゃんかあちゃん!
羊の毛がぜんぶ売れたよっ!
このプひかり姉ちゃんのおかげで全部売れたんだ!」
「プひかりお姉ちゃんのおかげよ!」
ひかりちゃんはまたソフィアーノくんを振り返って少し強い目で見た。
ソフィアーノくんはまたダンゴムシになりかけた。
「まあまあ、それはそれは……
お手伝いくださってありがとうございました」
兄妹の母親が出て来てひかりちゃんに丁寧に頭を下げた。
(綺麗なひと…… 三十歳ぐらいかしら。
でもやっぱりちょっとやつれた顔ね)
ジュサイアくんとジュミーちゃんは、今日の戦果であるおカネと食料品を全部テーブルの上に置いた。
兄妹は誇らしげである。
その母親は多額のお金とたくさんの食料品に驚きながら涙ぐんでいる。
「かあちゃん。それでプひかり姉ちゃんにさ、お礼にリンゴとシチューをご馳走するって約束したんだ。
だからシチューを作ってよ」
「プリンもね!」 ジュミーちゃんが言い添える。
「本当にどうもありがとうございました……」
母親は、ジュミーちゃんがまだ着ていた純白のガウンにも驚き、汚さないように丁寧にしまうと、涙ぐみながら台所に向かった。
ひかりちゃんのガウンはもうソフィアーノくんがしまってある。
「じゃあプひかり姉ちゃん。さっそくリンゴを取りに行こうぜ!」
兄妹とひかりちゃんとソフィアーノくんは家の裏手にまわった。
そこには小さなリンゴの木が一本だけ生えていて、やはり小さな青いリンゴが十個ほど実っている。
「さあ姉ちゃん。全部持って行っていいよ!」
「いいえ、あと一個頂ければそれで十分よ」
「遠慮しなくっていいんだぜ。なにしろあんなに羊毛が売れたんだからな」
ジュミーちゃんも熱心に頷いている。
ひかりちゃんはまた目頭が熱くなった。
「あのね、さっきも言ったけど、お姉さんの星ではりんごはとっても高いのよ。
だからあと一個で十分なの」
「そうか。そういうもんなんだな」
ジュサイアくんはそう言いながらも食事用だと言って、リンゴを六個取った。
家族用とひかりちゃんとソフィアーノくん用と、お礼用で計六個なのだろう。
リンゴはあと四個しか残っていなかった。
家に戻る途中の納屋の前では、またあのドローンたちがふらふらしながらなにやら納屋に運び込んでいる。
一体が納屋の入り口に少しぶつかった。
ソフィアーノくんがおずおずと言った。
「あの、ひかりお嬢さま……」
「なに? ソフィアーノ」
「あの…… お願いがございます」
「なに?」
「どうか、どうかドローン用の部品を少し使わせていただけませんでしょうか。
あのドローンたちがせめてまっすぐ動けるように……」
ひかりちゃんは微笑んだ。
「いいわ。羊毛を綺麗にしたご褒美に許してあげる。
あなたの持ってるドローン用の資源を好きなだけ使ってもいいわよ」
「あ、ありがとうございます。ひかりお嬢さま……」
二人は兄妹たちとドローンの働いていた納屋に入って固まった。
納屋の一角にはボロボロになったドローンたちが十体もいたのだ。
皆もう働くことは出来ないらしく、微かに動いているのみである。
ほとんどのドローンが作業用の手を欠いていた。
中には頭だけになっているドローンもいる。
その頭だけのドローンが弱々しく言った。
「おお、これはジョルジ坊ちゃん。お久しぶりでございやす。
お元気そうでなによりで」
ジュサイアくんがひかりちゃんに顔を近づけて小声で教えてくれた。
「あの長老ドローン、もう二百年も前からじいちゃんやそのまたじいちゃんたちと一緒に働いてたんでボケちゃっててさ。
ジョルジってとうちゃんの名前なんだよ。
おいらのこととうちゃんだと思い込んでるんだ。
それからみんな部品を出し合って、働いてくれているドローンにあげちゃったもんだからさ。
もうほとんど動けないヤツばっかりなんだ。
ソフィアーノくんの目からは涙がぼろぼろ落ちている。
ジュサイアくんが言った。
「あ~あ水資源がもったいないなあ。
それだけの水資源があったらこいつらもあと三年位は長く生きられるのに」
「ひ、ひかりお嬢さまぁ~っ!」
ひかりちゃんも涙をこぼしながら言う。
「さっきも言ったでしょっ!
羊毛が全部売れたご褒美なんだから、資源は好きなだけいくらでも使っていいってっ!
いえこれは命令よっ!
このドローンたちを完璧に元通り、いえ元通り以上にしなさいっ!」
「は、はいっ! あ、ありがとうございますっ!」
ソフィアーノくんはただちにドローン頭とあと何体かのドローンを呼び出した。
ドローンたちは皆、ボロボロになった大先輩ドローンたちを見て固まっている。
ジュサイアくんが両手を広げてドローンたちの前に立ちふさがった。
「だ、だめだだめだっ! こっ、こいつらは家族なんだっ!
その家族が変わっちゃって、おいらたちのことを忘れちゃったりしたら……」
ジュミーちゃんも真剣な顔でお兄ちゃんの横で手を広げた。
ソフィアーノくんが膝をついて号泣し始めた。
ひかりちゃんはジュサイアくんの前にしゃがんで涙も拭かずに優しく言う。
「だいじょうぶよ。ドローンの電子頭脳には手をつけないわ。
ただ、ボディを直して動けるようにしてあげるだけよ。
だから絶対にあなたたちのことを忘れたりなんかしないわ」
ジュサイアくんは手を降ろしておずおずと頷いた。
ソフィアーノくんのドローンたちは、実に恭しい態度で大先輩ドローンたちを重層次元に運び込み始めた。
ドローン頭はぷるぷると震えている。
もし泣く機能を持っていれば、号泣していたことだろう。
「さあ、あなたたち。
この大先輩ドローンさんたちを、完璧にしてあげて。
資源はいくら使ってもいいわ。
もちろんこの家のひとたちのことを忘れさせたりしないようにね」
「か、かしこまりやしたお嬢さま。
わ、わしらで完全にお言いつけどおりにいたしやす。
そ、それから…… あ、ありがとうございやす……」
丁寧にお辞儀をすると、ドローン頭も重層次元倉庫に消えた。
夕食は素晴らしかった。
パンとシチューだけの質素な夕食だったが、そのパンとシチューが素晴らしかったのだ。
全て手作りのパンとシチューである。
シチューの中には羊肉と、さっき建物の裏手で見かけた畑の野菜が何種類も何種類も入っていた。
きっと子供たちの為に、栄養のバランスを一生懸命考えて作ったのだろう。
もちろんソフィアーノくんの分も用意されている。
「おいしいね、お兄ちゃん」
ジュミーちゃんが目を輝かせながら言う。
「ああ、おいしいな。
どうだいプひかり姉ちゃん。
おいらたちの母ちゃんが作るシチューはおいしいだろう」
母親はそんな兄妹たちを、少しやつれた、だが実に幸福そうな笑顔で見つめている。
「ええ。とってもとってもおいしいわ」
「おかわりはどうだい?」
だが見ればシチューの鍋はそれほど大きくはない。
兄妹がおかわりすればあとはいくらも残らないだろう。
兄妹たちの母親の皿を見れば、肉はほとんど入っていない。
「とってもおいしいんだけど、お姉さんの星では他の家にお呼ばれしたときに、おかわりをするのはすごく無作法なことなの。
おかわりなんかしたらお母さんに怒られちゃうわ」
「ふぅ~ん。そういうもんなんだぁ」
食後にはこれも愛情のカタマリのようなプリンを食べた。
青い小さなリンゴも実に美味しかった。
(つづく)