表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/12

*** 2 ***

 或る日のこと、いつもの通りひかりちゃんは、森の惑星にある瑞巌寺学園中学からいったん地球のリスの森の邸に戻り、リスたちに夕方のえさをあげた。

 リスたちはまたも数千匹に増えている。


 それからひかりちゃんは、リスの森の邸からまた空間連結器を通ってセカンドアースの別邸の自分の部屋に戻って来た。


 ひかりちゃんはなぜか苛立たしげに通学カバンを机の上に放り投げている。

 なんだかご機嫌ナナメである。



(なにさ大河のヤツ…… ちょっとモテるからっていい気になって!

 もうおっぱい見せてあげないからっ!)



 大河くんは、ひかりちゃんより二歳年上の幼馴染である。


 おとうさんの大学時代の先輩である瑞祥豪一郎おじさんと麗子さんの長男で、リスの森の邸のすぐ上の階に住んでいたため、ひかりちゃんが生まれてすぐからのつきあいだった。

 そのころから毎日のように一緒に遊んだ仲である。


 小学校四年生になってひかりちゃんのおっぱいが膨らみ始めたときに、大河くんはそれが気になって仕方がなかったようなので、ひかりちゃんはとつぜんシャツをたくし上げて見せてあげたことがあった。


 そのときの大河くんの慌てぶりがおかしかったので、それからも三カ月に一度くらいは見せてあげていたのである。

 そのたびにどんどん成長しているそれは、毎回大河くんを狼狽させていた。


 まあ、おかあさんは生後まもなくから今日に至るまで、小学生時代も中学時代も高校時代も大好きな隣家の光輝お兄ちゃんのところに押しかけて、毎日一緒にお風呂に入っていたのだから、娘もそれぐらいは許されるだろう。



(せっかく今度のお誕生日には触らせてあげてもいいと思ってたのに!)


 ひかりちゃんのご機嫌はまだ悪い。



 大河くんはおとうさんとおかあさんが大きいこともあって、まだ高校一年生なのに身長は百八十センチもある。

 瑞巌寺学園高校に進学後は野球部に入り、強豪瑞巌寺学園でも準レギュラーに選ばれたそうだ。

 夏休みの集中合宿の成長次第では、秋の大会でベンチ入りも出来るかも知れないという。


 因みにこの瑞巌寺学園高校野球部のコーチ陣はとんでもない陣容だ。

 なにしろ光輝おとうさんの御光でケガを治療してもらっている現役メジャーリーガーたちが、お礼にと言ってリハビリのかたわら臨時で練習を見てくれているのである。


 他にもバスケ部はNBAのスーパースターたちが、テニス部はウインブルドン級の選手たちが、サッカー部はブンデスリーガやリーガエスパニョーラの現役選手たちなどが、実に合理的なコーチングでコーチしてくれている。


 こうした好意にはあの英雄光輝が実に喜んで感謝してくれるので、超絶豪華コーチ陣たちもいつも嬉しそうである。

 英雄光輝が夜に彼らのケガをした部分に手を当てて治療してくれるときに、丁寧にひとりひとりにお礼を言ってくれるのだ。


 もちろん陸上部や水泳部などの他の運動部も同様である。

 駅伝部の走り込みには、故障から回復しつつある世界ランクひとケタ級のランナーが笑顔で一緒に走ってくれたりする。

 彼らにとってはリハビリにちょうどいいスピードらしい。


 あるとき、試しに全ての部のコーチ陣全員の持つオリンピックのメダルを数えてみたら、百二十個もあったそうだ。

 引退後には、森の惑星に住み着いて本当に専属コーチになってくれている元選手もけっこういる。


 光輝おとうさんはあのバチカンから聖人認定までされているため、特に敬虔なカソリックの信者である元プロ選手たちが、みんな聖KOUKIさまのお近くに住みたがったのである。

 彼らの子供たちも多くが「KOUKI」というミドルネームを持っていた。



 おかげで瑞巌寺学園のすべての運動部は、みるみるうちに強豪になっていったのである。


 当然のことながら、彼らコーチ陣はスポ根系の練習など絶対にさせない。

 強くなる、勝てる為の練習しかさせないし、さらには絶対にケガをさせないような練習しかしないのだ。

 ピッチャーは一日八十球までしか投げさせてもらえないそうである。

 その分一球一球に真剣になるため、どうやらその方が練習効果は高いらしい。


 その代わりにストレッチやマッサージの時間はやたらに長い。

 特にスポーツマッサージは、瑞巌寺学園高校のトレーナー志望コースの生徒たちが、プロのトレーナーの指導のもとに大勢手伝ってくれるので実に充実している。


 彼ら超豪華コーチ陣は、毎日練習することだけには拘った。

 あらゆる動作の練習を、毎日少しずつ行うのである。


 それが故障せずに強くなる最短の道なのだそうだ。

 通常の部の練習以外にも、水泳やクロスカントリー走など練習メニューはけっこう多かった。


 だからせっかくの夏休みにも、大河くんは毎日合宿練習があるので、ひかりちゃんたちと一緒に専用特別リゾート階層での休暇には参加できないそうだ。

 まあ瑞巌寺学園そのものが基本は全寮制なので、常時合宿中みたいなものだったが。



 優しい顔立ちの大河くんは、当然ながら女の子たちに人気絶大である。

 いつも周囲を高校の同級生の女の子たちに取り囲まれ、大勢取り捲きを引き連れて歩いている。

 その姿を見ていたひかりちゃんは、大河くんがこっそりと周囲の女の子の胸をチラ見していたのに気づいてしまったのである。


(まったく大河ったら胸フェチなんだから!)



 ひかりちゃんひかりちゃん。

 男の子はみんな女の子の胸が好きなんだよ。

 そりゃあ脚フェチとかふくらはぎフェチとか、中にはハイヒールフェチとかもいるけれども、胸はオールラウンダーなんだ。

 誰でもみんな好きなんだ。


 だから胸フェチっていう言葉は無いんだよ。

 胸やおしり以外の部分に特に惹きつけられるヘンな人を区別してフェチって言うんだ。


 それにさ。

 なんで女の子の胸が第二次性徴で膨らんで来るのか知ってるかい?

 なんで男の子たちがみんなその膨らみが気になるのか知ってるかい?


 あれはね。

 将来おかあさんになったときのために乳腺が発達するからじゃあないんだよ。

 乳腺は乳房のもっと奥の方にあって、おっぱいそのものは単にほとんど脂肪の塊なんだ。


 だって、他の哺乳類で乳房のある動物っていないでしょ。

 類人猿だってメスさんに乳房は無いでしょ。


 あれは、人類が二足歩行を始めたときから発達が始まった、おしりの代わりの装飾なんだ。

 専門用語で「ディスプレイ」っていうんだけどね。


 類人猿は発情期になるとメスさんのおしりの間の生殖器が赤く充血して、オスさんに「今、受胎可能でぇ~す♪」って知らせるんだ。


 それに類人猿は歩行時には四足歩行だから、おしりや生殖器はいつも後ろから見えているでしょ。

 そうしておしりの間のそれが赤く充血することで、オスさんにエッチしてもいいわよんって知らせているんだな。


 だから類人猿のオスさんたちにとっては、メスさんたちのおしりや赤っていう色は、性的誘引の象徴なんだよね~。



 ヒトは百万年前に地球の気候変動で森が減っちゃったときに、仕方無く森から草原に降り立ったんだ。

 でもってそのときから直立二足歩行を始めたから、大事な大事な性的誘引物であるおしりが目立たなくなっちゃったんだ。


 その代わりにメスさんたちが工夫したのが、体の脂肪を集めておしりの代わり、つまり双丘であるディスプレイを目立つ体の正面に持ってくることだったんだよ。

 だからヒトも、第二次性徴が始まって受胎可能になると、性的誘引のディスプレイであるおっぱいが発達してくるのさ。


 だからキミタチ女の子も、胸が大きいの小さいの、形がいいの垂れてるのって気にするんだな。

 だって大事な大事な子孫を残すための性的誘引ディスプレイなんだもん。

 貴重な脂肪分をわざわざ使って何十万年もかけて造り上げてきたディスプレイなんだもん。


 だからキミのおかあさんやキミが、ダイスキな男の子に胸を見せてあげてたのって、実はと~っても正しいヒトにとっての正攻法だったんだよね~。



 つまり、女の子が勝負デートのときに寄せて上げるブラをつけたり、赤い服を着たり、唇にルージュを塗ったりするのって、類人猿のメスさんからオスさんへの性的誘引の象徴だったんだな。


 だからよく観察してごらん。

 小学校のPTAとかで、先生がおばさんのクラスのおかあさんたちは、実に地味な色の口紅を塗っているでしょ。

 でも先生が若い男の人だったりすると、みんな赤い口紅塗ってるから。

 もちろんホントに誘ってるんじゃあなくって、無意識にそうしているだけなんだけどさ。



 それからついでに教えてあげるけど……

「つがいを作って子育てをする動物、特に哺乳類の中で、浮気をするのはほとんど人間だけ」っていうの知ってる?


 ヒト以外の類人猿って、ほとんど全部一夫多妻制か、多夫多妻制なんだ。

 つまりはオスさんもメスさんも、「エニワン、オッケーっ!」っていうことなんだ。


 そうして類人猿の中でも、オスさんがメスさんを助けて子育てに参加することって、ほとんど無いことなんだな。

 オスは群れ全体の安全には気を使ってたけど、個別の子育てには参加しないんだ。


 今のおサルさんたちも、授乳期が終わったら、例え親子でも食べ物を分かち合ったりあげたりすることって絶対に無いもんね。

 だから幼児がおやつをひとりじめしようとするのって、類人猿的には実に正しい行動なんだよね。


 余談だけど、だからヒトがおサルさんから進化して人としての文化を確立すると、他人と食べ物を分かち合うっていうことが、すばらしく高尚で進化した行為になったんだよ。


 よくおじさんたちが会社の営業とかで、「お近づきのしるしに今度ご一緒にお食事でも……」って言ってるし、みんなも「家族で仲良く鍋でも囲んで」とか言ってるよね。

 ああ、「同じ釜のメシを喰った仲間」っていう言い回しもあったか。


 あれは類人猿には有り得ない行動だったんだな。

 だからヒトとして格別の親愛の情を示す好意になってるんだ。



 ご先祖様は百万年前に草原に降り立ったときに、そこで恐ろしい肉食獣とか、異様に足の速い草食獣とかと競合して生きていかなきゃなんなくなっちゃったんだ。

 だからヒトって本当はそのときに絶滅しているハズの生物だったんだよ。


 でも、樹上で生活していたおかげで両手が使えて知能が高くなってたんだ。

 今でも、「子供の知能の発達を促すためになるべく両手を使わせましょう」って言って、小さい子を無理やりピアノ教室とかに連れて行ってるじゃない。

 だからあれは、おサルさんにとっての木登りとおんなじものなんだよねー。


 ヒトって、そうやって知能が高かったおかげでコミュニケーションが取れて、群れの中で役割分担をして狩りをすることで生き延びることが出来た生き物なんだ。


 でも草原は肉食獣がいっぱいいて危険だし、食べ物も少なかったんだな。

 だから可哀想に、草原に降り立ったご先祖様の子供たちは、ほとんど死んじゃってたらしいんだよ。

 幼児死亡率は異様に高かったんだ。


 でもそのときに、「子煩悩なオスさん」っていうのが少数ながらいたんだ。

 まあ当時のおサルさんの中ではヘンタイだったんだろうけどね。


 そのヘンタイさんが自分の子やその子を生んでくれたメスさんのところに、食べ物を持って帰るようになったんだ。

 おかげでメスさんはその子を守っていられるようになって、そうしたヘンタイなオスさんの子孫は生き延びられたんだ。


 これが結婚制度の起源かな。


 だから我々は、ほとんどみんなそうしたヘンタイなオスさんの子孫なんだよね~。

 ヘンタイのこども以外の子はほとんど死んじゃったから。

 つまりオスさんはみんな、「子煩悩」っていう類人猿としてはヘンタイな遺伝子が選択強化されたものを受け継いでいるのさ。



 でも…… その、「自分の子と、その子を生んでくれるメスさんだけを大切にする」っていうヘンタイ遺伝子って、樹から降りてからほんの百万年の間に獲得した遺伝子じゃない。

「エニワン、オッケーっ!」っていう類人猿五千万年の遺伝子に比べれば新興勢力じゃない。


 だから、生き延びるためにムリヤリつがいをつくったおサルさんである我々も、たまに類人猿五千万年の遺伝子が目覚めて浮気をすることがあるんだな。


 これが「つがいを作って子育てをする動物の中で、浮気をする動物はほとんどヒトだけ」っていうフシギな現象の理由だったんだ。



 だからさ……

 大河くんがキミの胸だけじゃあなくって、他の女の子の胸も見たがるっていうのも仕方の無いことだったんだよ。

 類人猿的には実に正しい行動だったんだ。

 でもヒトであるキミはそれを見てムカついたわけだな。


 つまりキミのおかあさんが、ダイスキな光輝お兄ちゃんに毎日胸を見せてあげて自分だけに誘引していたっていうのは、ヒトとしては実に正しいストラテジーだったんだ。



 だからさ……

「もうおっぱい見せてあげないからっ!」っていうのは逆効果かもしれないよ。


 もしキミが本当に将来大河くんに遺伝子を半分もらってイッショに子孫を残したいのならさ。

 それよりも、おかあさんがキミぐらいの年だったころみたいに、好きな男の子に毎日おっぱいを見せてあげたり、ときには触らせてあげたりした方が、ずっとずっと効果的かもしれないんだよお……



 キミのおかあさんは、毎日お風呂で光輝お兄ちゃんにおっぱいを見せてあげていただけじゃあなかったのさ。


 子供のころちょっとでも熱を出すと、光輝お兄ちゃんに体を拭いてもらってたし、光輝お兄ちゃんがアイマスクをして拭いてくれてたんで、ときどき体をひねってワザと胸を触らせてあげてたしね。


 隣で寝ちゃったお兄ちゃんの手を、どきどきしながらそっと自分のおっぱいに当てたりしていたこともあったなあ。

 おかげでキミも生まれたんだし、弟も妹も十人もいるんだけどね……


 だからまぁ、キミもおかあさんを見習ってがんばりなさいね♪






 まだ機嫌が直らないひかりちゃんは、広大な自室の巨大なソファに座りこみ、コーヒーテーブルに足を乗せた。


 テニスコートほどの広さの部屋には、渋い色のフローリングのあちこちにペルシャ絨毯が敷かれ、周囲には象眼の施された豪奢な家具が並んでいる。

 一面にはいくつかのドアがあり、それぞれが寝室やウォークインクローゼットやバスルームだった。


 まだ小さい弟妹たちは大部屋でおかあさんと暮らしているが、小学校高学年以上になった子供たちには、それぞれにこうした個室が与えられている。


 この別邸は、こうした部屋が全部で六十もあり、一周するだけで半日かかる広大な土地に建物が点在していたが、食事だけは比較的小さな家族ダイニングルームでみんな一緒に取ることになっている。



 そのとき廊下に面したドアが静かにノックされた。


「ひかりお嬢さま。アフタヌーンティーをお持ち致しました」


 十歳ぐらいの少年の静かな声がする。

 もちろんヒューマノイドではなくAIのアバターだ。

 たとえ地球王の領地惑星といえども児童労働はもちろん禁止されている。


「入っていいわよソフィアーノ」


「はい。失礼いたします」


 その可愛らしい声と共に両開きの重厚な扉が静かに開く。

 幅は五メートル、高さも五メートルはあろうかという巨大な扉である。


 見事な装飾の施されたシルバーのトレイに、ジノリの紅茶セットを乗せた執事服姿の少年が入って来た。

 大廊下に出てすぐ隣にある、ひかりちゃん専用のキッチンで用意したものであろう。


 まだあどけなさの残る顔にやや青みがかった金髪、それにやや紫色がかった青い瞳。

 その子は信じられないほどに繊細な美少年だった。

 年齢は十歳ぐらいに見えるが、その所作はまるで老執事のように麗しい。


 おとうさんがソフィアさんに頼んで探してきてくれた、ひかりちゃん専属の銀河最新鋭の防衛AIである。


 もともとは惑星ジュリの上級AI学校を首席で卒業した逸材で、防衛AIカリキュラムだけでなく、商人AIカリキュラムや執事AIカリキュラムまで優秀な成績で卒業していた。


 どうもこの森の惑星でソフィアさんから頂いた「愛の謦咳」にあまりにも感激した結果、惑星ジュリ防衛軍の内々定を蹴って、この地球王領に就職したそうだ。

 惑星防衛軍の人事担当AIも、相手があのソフィアさまでは仕方が無いと苦笑していたそうである。


 ジュリでは別の名で呼ばれていたが、地球名は心酔するソフィアさまに懇請してソフィアーノという名前を貰っていた。



 元々の優秀な素質に加えて、子供たちに心配性なひかりちゃんのおとうさんが無制限の資源使用許可を与えていたため、その防衛機能は強大だった。


 配下の最新型武装ミニAIだけでも百体を超える。

 さらにドローンは大量に供給され、常に命令を待って近傍重層次元に控えている。

 もちろん防衛用兵器や装備は途方もない品揃えを持っているらしい。


 あの遮蔽フィールドも、銀河連盟の特別許可により、なんとクラス180まで使えるという。

 クラス180ともなると、その展開用エネルギーだけで、一秒につき銀河人一年分の年収に匹敵するそうだ。

 加えて元々の指揮統制能力を補完するハードウエアの大増設とフルバージョンアップも行っていた。


 防衛機能だけ見れば、その能力と装備は銀河連盟防衛軍一個中隊のそれに相当しているそうである。

 新興惑星相手なら互角に戦える程の兵装である。

 以前の地球の全軍なら三秒もかからずに抹殺出来るらしい。


(おとうさんは、わたしを誰と戦わせたいと思っているのかしら……)

 ひかりちゃんはいつもそう思って呆れていた。



 そのソフィアーノくんが、見事な所作でカップに紅茶を注ぎ、音も立てずにひかりちゃんの前に置いた。

 細く繊細な指が美しい。


「ありがと、ソフィアーノ」


 ソフィアーノくんはその流麗な眉をひそませた。


「ひかりお嬢さま。ご機嫌があまり麗しくないようでいらっしゃいますね」


「アンタにはカンケイ無いわよっ!」


「こ、これはこれは……

 それではひとつこのソフィアーノめがお嬢さまをお慰めさせていただかねば……」


「アンタまたなんかくだらないことやって、アタシの逆鱗に触れたいの」


「そ、そんなまさか……

 わたくしめは、ただただお嬢さまの笑顔が見たいだけでございます……」


「ふん!」


「おや、あんなところにゴミが……

 申し訳ございませんお嬢さま。

 ソフィアーノめがすぐに拾わせて頂きますです」


 ソフィアーノくんはそう言うと、また優雅な動作でひかりちゃんに背中を向け、床の上の小さな小さな埃に向かって歩き出した。



 ひかりちゃんは口に含んだ紅茶を吹き出した。

 ソフィアーノくんの執事服のおしりの部分の布が切り取られ、そのすべすべの可愛らしいおしりが剥き出しになっていたのである。


 そうして……

 そのツルツルのおしりには、笑顔のひかりちゃんの似顔絵がマジックで描いてあったのだ。


 ソフィアーノくんが埃を拾うためにかがむと、同時にそのおしりがぷ~っと五倍ぐらいに膨らんで、ひかりちゃんの笑顔の似顔絵がいっそう大きくなった。

 笑顔の下には可愛らしいタマタマとちんちんも少し覗いている。



「エリザベートっ! エリザベートっ! どこにいるのエリザベートっ!」


「お呼びでございますかひかりお嬢さま」


 すぐに空間連結器が現れて、その場にAIのアバターがやってきた。


 素晴らしい美人かつ怜悧な風貌のこれも執事服を着た女性型アバターである。

 まさに歩くクールビューティーといった風情だ。

 この邸全体を統括する執事長にして最強の防衛AI、エリザベートのアバターである。


「エリザベートっ!

 す、すぐに『ソフィアーノお仕置きグッズ』を出してっ!

 あ、あのあのあの、あの汚らわしい似顔絵を即刻消去するためのグッズをっ!」


「それでしたらこれなど如何でしょうかお嬢さま」


 エリザベートは部屋の状況を一瞥すると、傍らの空間連結器から小さな銃を取り出した。

 それには銃口の代わりに四角い細長い箱がいくつかついている。


 ひかりちゃんは、執事長を見て震え上がっているソフィアーノくんにその銃を向けて、即座に引き金を引いた。


 途端にその小さな箱からぷしゅぷしゅと音を立てて、エンピツのようなものが飛び出した。

 全部で八本ある。


 それらはゆっくりと飛びながらソフィアーノくんの包囲網を作っている。

 先端部の弾頭とみられる部分には、嬉しそうに笑うサメの顔の絵が描いてあった。



「ねえ、エリザベート……」

 悲鳴を上げながら逃げ惑うソフィアーノくんを見ながらひかりちゃんが言った。


「なんでございましょうかひかりお嬢さま」


「あ、あれってひょっとして、ミサイルなの?」


「はいお嬢さま。最新鋭のプラズマ巡航ミサイルでございます

 五万度のプラズマがすべてを焼き尽くします」


「そ、そんなスゴいの部屋の中で使ってだいじょうぶかしら……」


「ご安心くださいませお嬢さま。

 お嬢さまも含めてこの部屋の全てはわたくしがクラス120の遮蔽フィールドで保護させていただいておりますです」


「も、もちろんソフィアーノだって遮蔽フィールド持ってるわよね……」


「それもご安心くださいませお嬢さま。

 ソフィアーノめの遮蔽フィールドは、わたくしがマスターキーでロックいたしました」


「そ、それにソフィアーノって痛覚の遮断も出来るわよね……」


「それも遮断不能に致しましたのでご安心くださいませ、お嬢さま」


(あ、安心って……)

「でっ、でもそれじゃあソフィアーノが……」


「お嬢さまが『即刻消去』と仰ったものですからつい……

 それにお嬢さまもご存じの通り、我々AIの本体はAI専用重層次元にございます。

 アバターはいくらでも取り換えが効きますので……」


 そう言うとエリザベートはにっこりと微笑んだ。



 ソフィアーノくんはおしりを手で守りながら必死で逃げ回っている。

 とうとう防衛用機能を使って超高速で逃げ回り始めた。


 だがミサイルもそれに合わせて速度を上げ、徐々にソフィアーノくんに迫っている。


 そのうちにミサイルたちが、「わはははははははははー」と笑い始めた。


 ついに先頭のミサイルがソフィアーノくんのおしりにぷすっと音を立てて突き刺さる。


「くぅぇえええええええ~~~~~っ!」


 ソフィアーノくんの絶叫がこだました。


 続いてぷすぷすと音を立ててすべてのミサイルがソフィアーノくんのおしりに突き刺さる。


「きぃぇええええええええ~~~~~~~っ!」


 更なるソフィアーノくんの絶叫が響き渡る。


 エリザベートが声を出した。


「お~っほっほっほっほっほ!

 わたくしが心血込めて作りあげた巡航プラズマミサイルから、逃れられるとでも思っていたのかえ?

 それではお嬢さまのご希望通り、即刻その汚らわしい部分の似顔絵を消去するといたしましょう!」


(どうして我が家に来るAIさんって、こんなにヘンな人ばっかしなんだろう……

 やっぱりおとうさんの好みなのかしら……)


 ひかりちゃんがそう思う間もなく八本のプラズマミサイルが炸裂した。

 同時にひかりちゃんの目の前には黒いシールドが現れて目を保護してくれている。


 瞬きしたひかりちゃんの目に飛び込んできたのは、おしりのあった部分を上に突き出してうつぶせに倒れ、黒コゲになったソフィアーノくんの姿だった。


 破壊し尽くされたおしりのあった部分からは、一本のバネが飛び出していて悲しげに揺れている。

 一秒後に、空中に飛んでいたらしい、これも黒コゲになったちんちんがぺちゃりと床に落下した。



 しばらくすると、その場に出現した空間連結器からソフィアーノくん配下のドローンたちがぞろぞろと出て来た。

 皆身長六十センチほどの標準型ドローンである。


 ぱっと見やや昆虫っぽいが、よく見るとみんな目が大きくて愛嬌のある顔をしている。


 代表らしきドローンがひかりちゃんに頭を下げると、ドローンたちは後片付けを開始した。

 ときおりドローンたちの会話も聞こえてくる。


「だから言ったんだよなぁ…… このギャグ絶対無理筋だって」

「ウチの大将のギャグ、一風変わってるからなぁ……」

「一風じゃないな。一億風ぐらい変わってるゼ」

「昨日お嬢さまの似顔絵あんなに練習してたのになぁ……」

「何かごそごそやってると思ったら、おしりの改造だったんか……」

「お、オイラ、このギャグだけは当たると思ってたんだけど……」

「お前ぇ、少しばかり大将から悪い影響受け過ぎてねぇか?」

「それとも古いオイルでも呑んで故障したんか?」

「うううううっ……」


 最後に黒コゲになったちんちんを悲しげにつまみあげたドローンは、それをごみ入れに放り込み、全員がひかりちゃんにアタマを下げると重層次元に帰って行った。


 部屋は何事も無かったかのように綺麗に片付いている。


 いつの間にか窓の外に集まって部屋の中を見ていた妖精やドラゴン型のドローンたちも、首を振りながら解散して行った……






(つづく)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ