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古代文明機 アーシェス  作者: 海猫銀介
1章 目覚めたアカシャの戦士
7/26

第5話 偽りの青 クァズール

 1

数秒間身体がふわふわと浮かんでいるような感覚が続いた。

無重力状態とはこんな変な感覚なのだろうかと頭を過ぎらせていると、気づけばモニターには延々と広がる荒れ果てた荒野が映し出されていた。

この光景は以前にも見た覚えがある。 間違いなく昨日迷い込んだ地と同一である事は確かだ。


「あ、あれ? ちょ、ちょっとっ!?」


いきなり宙へと放り出されたせいかフライターはバランスを崩し徐々に地上へと向かって急降下をし始めていた。

呆然としていた瑞葉は事態に気付き、慌てて操縦桿を握りしめて持ち上げると何とかフライターの制御を取り戻して高く上昇させた。

「流石ね、もうフライターには慣れてきたのかしら?」


「そんなわけないでしょっ! 凄くビックリしたんだからっ!」


ヴィクターとの通信も良好、早速景気よく怒鳴りつけたところで瑞葉は深くため息をついた。


「丈一君は大丈夫なの?」


「ええ、問題なくこっちに来ているわ。 通信繋いでみる?」


「うん、お願い」


どうやらフライター同士の通信ができるようだ、同じ古代兵器同士だから当然と言えば当然ではあるが。

すると、コクピット内から電子音が鳴り響くと瑞葉は通信を繋いだ。


「よう、そっちはどうだ?」


「よかった、てっきり体調崩してバテバテだと思ったけれど」


「ま、ちょっと危なかったけどな」


やはりそうかと瑞葉は思わず苦笑いを浮かべる。

こんな虚弱体質な男が今後古代兵器のパイロットなんて勤まるのだろうかと不安を抱く。


「で、二人は何処にいるの?」


「ここから近いわ、今端末にデータを送るから彼にも送ってあげて。 やり方は分かる?」


「うんっと、こうかな?」


瑞葉はデータを受信すると、端末を操作して丈一のフライターにデータの転送をした。


「今から、目的地の座標送るから受信しといて。 やり方はヴィクターに聞いてね」


「おう、任せとけ」


瑞葉は丈一に一声かけると突如コクピットからビーッ! と、危険を告げるサイレンの音が鳴り響いた。


「な、何? どうしたのっ!?」


「どうやら、気づかれたみたいね」


「へ? な、何の事―――」


レーダーを目にした瞬間、瑞葉は言葉を詰まらせた。

レーダーを埋め尽くす程の赤い点が突如出現しそれらが一斉フライターに向けて突き進んできていたのだ。

恐る恐る肉眼でスクリーンを確認すると、目の前には無数のミサイルが向かってきているのが見えた。


「ちょ、ちょっとっ!? ど、どどどどどうしよっ!?」


「先輩、これヤバイっすよっ!? い、一旦退くかっ!?」


「ダ、ダメっ! あんなの避けきれるワケ……そうだ、合体よっ!」


「が、合体? ど、どうやるんすかっ!?」


「あの時みたいに、アルマフォースを解放させればっ!」


瑞葉は精神を集中させると胸から白い輝きが灯り始める。

すると、両手でしっかりと操縦桿を握りしめ力強く叫んだ。


「感じる……あの時の、白き力っ! アルヴァイサーッ!」


瑞葉の叫びに応えるように、フライターが白い輝きに包まれると同時に丈一のフライターも赤い光に包まれていく。

光からアーシェスのパーツが次々と生成されていき、パーツが組み立てられていくと、更に赤い光に包まれ手足に赤いパーツが追加でドッキングされる。

最後の仕上げに巨大なブースターとなった丈一のフライターが背中に取り付けられると、赤き力を取り込んだ白きアーシェス『アルヴァイサー』の合体が完了した。


「先輩、来てるぞっ!?」


「クッ、私が何とかするから機体の制御手伝ってっ!」


「あ、ああっ!」


迫りくるミサイルを前にしても、瑞葉は焦らず冷静に対処しようとバルカンでミサイルをギリギリで落としていく。

だが、四方八方から襲い掛かるミサイルを対処しきるのは難しい。

バルカンで落としきれなかったミサイルが次々と直撃し、コクピットに振動が伝ってきた。


「クッ……シールド、ならっ!」


少しでも凌げれば、と瑞葉は強く念じるとアルヴァイサーの左腕に光が宿り巨大な盾が生成された。

盾でミサイルを防ぎながら瑞葉はアルヴァイサーを地上へと着地させると、空に向けてフォースライフルを一発解き放つ。

一閃の白き光が空を走ると、ズガァァァンッ!と、派手な音と共にミサイルの大半はライフルの一撃によって大破された。


「アルヴァイサーには飛行能力はないというのに、大した腕ね」


「私の腕じゃないわ、丈一のフォローと貴方の補助のおかげよ!」


瑞葉は残りのミサイルをシールドで防ぎきるとレーダーを凝視して攻撃がやんでいた事を確認した。

ふぅと深く息をついて、背もたれに全身を預けて倒れた。


「はぁー……いきなり、しんどすぎるわよ……」


「まだ始まってすらいないわよ、どうやらここはもう相手ヴェノムの射程圏内みたいね。

攻撃がやんでいるうちに、出来る限り近づいた方がいいわ」


「休んでる暇は、ないって事ね」


「先輩、変わるときはいつでも行ってくれよ?」


「アンタはすぐバテるんだから、体力を温存してなさいっ!」


丈一のビルブレイズは汎用性に優れたアルヴァイサーとは違い、完全に近接に特化した武装だ。

体力的な面を考えれば、なるべく温存するに越したことはないだろう。

前の戦いから言っても近接攻撃に関してはアルヴァイサーを遥かに凌駕していたのはわかる。


それよりも問題なのが、相手が遠距離からこちらを捕捉できている点だろう。

こちらは姿すら見えていないというのに、既に相手の射程距離内に入っているという事はミサイル以外の攻撃も十分にあり得るという事だ。

と、その瞬間――カッと青白い閃光が目の前を走った。


「ちょっと、これ―――」


嫌な予感を察した瑞葉は瞬時にアルヴァイサーを大きく左に転がり込ませた。

ズダダダダダァァンッ! 耳をつんざくかのような爆発音と共に、縦一直線に爆発が引き起こされた。

隣に目線を向けると、爆炎で見えにくいが地面が抉られているのがわかる

後一瞬でも反応が遅れていたら……と思うと、瑞葉はゾッとした。

しかし、あの一撃はアルヴァイサーのフォースライフルと酷似していた事が気になった。


「い、今のってフォースライフルよね?」


「どうやら、今回もアーシェスを取り込んでしまったようね」


「や、やっぱりそうなるのね。 もう、どうしてヴェノムったら何でもかんでも取り込んじゃうのかしらっ!」


今度は遠くから銃声が響いたかと思うと、上空から弧を描くように砲弾が飛ばされてくるのが目に映る。

瑞葉はアルヴァイサーを全力で真っ直ぐ走らせた。 ダンダンダンッと次々と砲弾が乱射され背後から爆発音が鳴り響き続けた。


「だ、大丈夫すか先輩っ!? なんかすげー乱射されてるぞっ!?」


「卑怯よ、こんな遠くから撃つなんてっ!」


コクピットに警告音が鳴り続ける中、瑞葉はレーダーを凝視するとまたしても無数の赤い点が出現する。

チッと舌打ちをすると瑞葉はアルヴァイサーを走らせたまま盾を構えてひたすら真っ直ぐ突き進んだ。

空から一気にミサイルが襲い掛かり、周囲が土煙に包まれるがそれでも瑞葉は怯まなかった。

こんな無茶苦茶なやり方が通用するのもアルヴァイサーの凄まじい起動能力と白の力を駆使した絶対防御の力があってこそだ。


「そんなもので、私を止められるものかっ!」


敵の正確な位置は把握できていないが何処から射撃されているのかぐらいはわかる。

瑞葉はミサイルが飛んできた方向目掛けて、フォースライフルを構えた。


「丈一君、貴方のアルマフォースを貸してっ!」


「おう、任せろぉぉっ!」


丈一の両手が赤い光に包まれると、フォースライフルの先端が赤い光が集い始めた。


「いっけぇぇぇぇっ!」


瑞葉は力強く叫び声をあげトリガーを引いた途端、ズドォンッ! と、大砲を放ったかのような衝撃と共に真っ赤な閃光が地を抉りながら突き進んだ。

数秒後、地平線の向こうでドーンッと派手な音が慣らされると、赤い光がドーム状に広がっていった。

瑞葉の白のアルマフォースと比べ、赤の力は凄まじい破壊力を誇っていた。

これも丈一が持つ赤き力が強い事を現す証明に違いない。 だが、まだ油断はできなかった。


「や、やったの?」


「いえ、まだよ。 だけど、今の一撃で怯んだみたいね」


「な、なら今のうちにっ!」


相手が怯んでいる間に、とアルヴァイサーはホバリングするとブースターを全開にさせて一直線に突き進んでいった。

黒い煙が上がっている方向へ飛び続けるとアルヴァイサーよりも遥かに巨大な建造物が視界に入った。

ドーム状で無数の砲台が取り付けられた不自然な建物だ。

周囲には大きなクレーターが作られている事からアルヴァイサーの一撃がここに直撃したのは間違いない。

しかし、あれほどの一撃を放っても建物には傷一つない事には驚いた。


「何これ、建物? 傷一つついていないじゃないっ! もしかして、ヴェノムの秘密基地?」


「いえ、あれは違うわ」


「え? 基地じゃなければ何よ?」


「勿論、ヴェノムそのものよ」


瑞葉はヴィクターの言葉を聞いて首を傾げた。

今まで見てきたヴェノムは鳥や獣といった物が機械を纏ったような姿をしていたものだったはず。

だが今回のヴェノムはどう見てもただの建物にしか見えなかったのだ。

しかし、瑞葉の疑問もすぐに解消される事となった。


「先輩、何かあの建物動いてるぞっ!?」


「う、動いているって……」


こんな時に冗談はやめてと続けようとして瑞葉は固まった。

ドーム状の建物だと思っていたものから、漆黒の巨大な手と足が出現し長い首が出現し始めたのだ。

その姿は正しく、『亀』そのものであった。


「鳥に虎と続いて、今度は亀なのっ!?」


「あれには誰が捕えられているんだ?」


「左京君、だと思うけど」


瑞葉は何となくであるがヴェノムが解き放つアルマフォースの力から英二を感じ取った。

とにかく助けなければと瑞葉はフォースライフルの照準を合わせる。


「と、とにかく前と同じなんでしょ? ヴェノムを弱らせてフライターを剥がす。 でも、フライターは何処にあるの?」


「厄介な事になったわね」


「厄介な事?」


「フライターが丁度、甲羅の中に埋め込まれてるみたいなの」


「甲羅の、中って?」


瑞葉は改めて巨大なヴェノムをモニターで凝視した。

恐らく無数の武装が取り付けられた甲羅の中に、英二のフライターがあるという事だろう。

だけど火力に特化した武装でも傷一つつかなかった甲羅からフライターを一体どうすればいいというのか?


「甲羅を壊せばいい事なんじゃないんすか?」


「できるものなら、ね」


「なら、やってやんよっ! 先輩、変わってくれっ!」


「で、できるの? く、くれぐれも無茶だけはやめてよね」


瑞葉は少し悩んだが、今は火力に特化した丈一に任せるのが得策だろうと頷くとアルヴァイサーを一度分離させる。

今度は丈一のフライターの元にアーシェスのパーツが集い始めていた。


「俺の情熱と根性、見せてやるぜぇ……行くぜ、ビルブレェェェイズッ!」


丈一の叫び声に反応するように、赤い光が灯るとアルヴァイサーよりも一回り大きなアーシェスのパーツが次々と組み立てられていく。

巨大な手と足に、瑞葉のフライターがブースターとなり背中へ取り付けられ、赤き戦士『ビルブレイズ』へ姿を変えた。

アルヴァイサーとは違う一つ目のキョロキョロと動かし、敵ヴェノムの姿を確認するとビルブレイズはファイティングポーズをとって構えた。


「ヘヘッ、昔の格ゲーでボーナスゲームがあった事を思い出すぜ。

制限時間内に攻撃を与えまくっていかに最速で車を破壊できるかって奴をな」


「そんな事どうでもいいから、さっさとぶっ壊しなさいよっ!」


「ひどいな先輩、最後まで語らせてくれって」


丈一はしぶしぶとアケコンを握りしめると、ビルブレイズはヴェノムへと向かって駆け出した。

ヴェノムはビルブレイズの動きに気付いたのか、手足と頭を甲羅の中へ引っこめると一斉に甲羅の武装がビルブレイズへと向けられ、発射される。

マシンガンからミサイル砲弾と襲い掛かるが、丈一はギリギリのタイミングで駆け出しながら避けきった。


「あ、危ないわねっ! ちゃんと避けなさいよ」


「俺のスタイルは攻めだ、ただひたすら攻め続けるっ!」


「ふ、不安になってきた……」


できる限りカバーをしようと、瑞葉はスロットルを握りしめるとビルブレイズは高く飛び上がる。

すると空中で全身が赤い光に包まれていくと、甲羅に目掛けて急降下させた。

ガァァァンッ! コクピットが激しく揺れる程の振動が伝ってくるが、甲羅は傷一つついていなかった。


「き、効いていないわよっ!?」


「チッ、なら先に武装を潰してやるぜっ!」


甲羅の上の武装に目掛けて、ビルブレイズは右腕を構えて照準を合わせた。

一体何をするつもりなのかと瑞葉は丈一と目を合わせると何故か丈一はニヤリと笑った。


「これでも、食らっとけよっ!」


丈一がトリガーを引いた瞬間、右腕から巨大な鉄槍が発射された。

続いて左腕でもう一発放ち砲台は一撃で大破していった。


「や、やるじゃない、丈一君っ!」


「へへっ、どんなもんだ―――」


ドォンッ! 丈一がよそ見をした途端、不意の一撃が襲い掛かり瑞葉はガンッと背中を激しく叩きつけられた。

少し褒めると調子に乗る、それが丈一という男なのだと深くため息をついた。


「ねぇ、フライターの具体的な位置はわからないのっ!?」


「中心部、としか言えないわね。 とにかく、移動するのよ」


「お、おう、任せとけっ!」


ビルブレイズはパイルバンカーで次々とヴェノムの武装を潰しながら中心部へと駆け出して行った。

この調子なら丈一が甲羅を攻略してくれるかもしれないと瑞葉は期待を高めていった。


「この辺りか?」


「うん、とにかく色々やってみよ。 まずはお得意のコンボでも決めちゃって」


「ああ、任せろっ!」


ビルブレイズは甲羅に向けて、殴りなり蹴るなりを繰り返すが甲羅はビクともしなかった。

ならばと至近距離でパイルバンカーを解き放つが、それでも鉄槍は簡単に弾かれてしまった。


「クソッ、なんちゅー硬さだ。 傷一つつきやしねぇっ!」


「な、なら私の力も使ってっ!」


丈一は精神を集中させて、アルマフォースを限界まで引き起こそうとした。

徐々に赤い光が両手に集まっていくと、丈一は力の限りアケコンでコンボを入力し続けビルブレイズが容赦なく甲羅を殴り続けた。


「うおおおぉぉぉっ!!」


何度も何度もビルブレイズが殴り続けていると甲羅に僅かに変化が訪れた。

ほんの少しではあるが、亀裂が発生し始めている。


「いいよ、いけるよ丈一君っ!」


「グッ……」


だが、丈一は途端に手を休めてしまい、息を切らしてガクッと倒れてしまった。


「じょ、丈一君……ちょっと、大丈夫っ!?」


「ク、クッソ……こんなところで……っ!」


「アルマフォースの使い過ぎよ、これ以上無理は禁物ね」


「いや、まだ……いける」


丈一はヴィクターの警告を無視して、攻めを継続しようと立ち上がった。


「だ、ダメよっ! ヴィクターが無理は禁物って言ってるじゃないっ!?」


「先輩……俺の根性は、こんなもんじゃねぇっすよ。 限界という壁すらも乗り越えなきゃ、根性って言えねぇからなぁぁっ!」


丈一の雄叫びと共に、尽きかけていたアルマフォースが再燃焼するかの如く燃え上がる。

ビルブレイズの赤き光が炎へと変化し、甲羅に燃え盛る火炎が広がっていった。

これが丈一という男の底力なのか、流石は精神面だけは超が付く程の熱血だと瑞葉は感心した。


「す、すごいじゃない丈一君っ!」


「何の、まだまだぁっ!」


丈一がアケコンを強く握りしめ直したその途端、ゴゴゴッと地上が揺れ始めビルブレイズはバランスを崩しかけた。

何とか持ち直そうと操縦桿を握りしめると、目の前にヴェノムの顔が現れ赤い瞳をぎらつかせていた。


「な、なんだ?」


「ま、待って……」


瑞葉は嫌な予感がすると同時に、ヴェノムは大きな口を開けると真っ青な光が集い始める。

丈一もようやく気付いたのか、顔をギョッとさせた。


「うお、これやべぇぞっ!?」


「丈一君、私と変わってっ!」


「な、何をする気だよっ?」


「いいから、早くっ!」


丈一が言われるがままにビルブレイズを分離させるとアーシェスは再びアルヴァイサーへと姿を変え、盾を構えながらフォースライフルを向けた。


「た、盾で防ぐ気っすかっ!?」


「私のアルマフォースならっ!」


瑞葉は精神を集中させると、アルヴァイサーの盾は白い光に包まれていく。


「まだ、足りない……まだまだっ!」


限界まで力を絞り出そうと、瑞葉は更にアルマフォースの力を強めると、徐々に白い光が強まって行った。


「ダメよ、これ以上はっ! 貴方の力が一番危険だと、教えたはずよっ!?」


「うるさいっ! 丈一君が根性見せたんだから、私もやってやるんだぁぁっ!」


その瞬間、アルヴァイサーは青い光に包まれた。

強烈なフラッシュに目が眩み、視界が潰されるがそれでも瑞葉は精神を集中させる。

コクピットからは振動がガタガタと伝うのを感じ取り、瑞葉はひたすら目を強く閉じていた。


「―――め、ろ」


「こ、声?」


確かに、声が聞こえた。 これは、英二の声なのか?


「僕を……もう僕を、放っといてくれっ!」


今度ははっきりと聞こえた。 だが、少し違和感がある。

英二の声に間違いないはずなのに、まるで別人のように思える不思議な感覚だ。 一体この違和感は、何だというのか?


「左京君が、苦しんでいるんだ……だったら、また私が……っ!」


瑞葉は無我夢中になって、アルマフォースを高めようと精神を集中させた。

自分や丈一のように英二が苦しんでいるというのなら、同じようにこの手ですくい上げなければならない。

彼の手を、この手で。


「助けるんだ、また私が……丈一君の時のように、左京君をっ!」


瑞葉が英二に応えるように叫ぶと、白い光に包まれていき……やがて意識が途絶えた。



 2


意識が暗転すると気が付けばそこはただ無限に闇が広がる空間だった。

また、ここへ来てしまったのかと瑞葉はうんざりする。

この空間は精神世界とはまた別の世界なのだろうか、ヴィクターにもここについては一切語られたことはない。

この謎に秘められた闇の空間を、あえて言うのならば……『心の中』であろう。

ヴェノムは人の心を支配しアルマフォースをエサに活動を続ける。

そうなれば必然的にトラウマを見せられる場所となるこの空間は人の精神世界と仮説を立てることはできなくもない。

だが、今は論理的な話よりも……この空間に囚われている英二を救わなければならなかった。


瑞葉は英二を探そうとするがふと迷いが生じる。

人は誰にも明かしたくない過去といった物を持っているはず。

ヴェノムが付け入るトラウマというのは瑞葉、丈一と例外なく重い過去に直結していたはずだ。

このまま助けに向かえば恐らく、瑞葉は英二の過去をこの目で見ることになる。

丈一はなんだかんだで瑞葉の事を信頼したのか全てを明かしてくれた。

しかし、他の二人も同じように行くとは限らない。

下手すれば今後の関係に大きな溝が生まれる可能性だってある。

が、瑞葉はそこまで考えると首を大きく横に振った。


「私が助けなきゃ、左京君はずっとヴェノムの支配から逃れられない。 だから、迷っちゃダメなんだ。 早く行かなきゃっ!」


それは単なる正当化だったのかもしれない。

しかし、そうでもしなければ瑞葉は自身を動かすことが出来ずにずっと悩んだまま何もできなくなってしまう。

そうすればヴェノムに付け入れられ再び支配を受けてしまう危険性だってある。

瑞葉はただ英二を助け出す事だけを考えて進んだ。

当てもなく闇の中を突き進むと、僅かにだが光が灯っていた。

恐らく、英二はそこにいる。 瑞葉は覚悟を決めて、光の元へと向かった。

光の中を覗き込むと複数人の子供が何かを取り囲んでいた。

円の中心にいる人物は体育座りで蹲った英二の姿だった。


「さ、左京君っ!?」


思わず、目を疑った。 あんなに小さく縮こまっているのが英二だというのか?

普段は堂々としていて、独特の口調で先輩である瑞葉にすら強気な姿勢を崩さない彼があんなにも弱々しく、何かに怯えるかのように震えていた。

瑞葉は今すぐにでも手を差し伸べようとするがいくら手を伸ばしても英二に届くことはなかった。

光はすり抜けてしまい、向こう側へ入ることが出来ない。

また、同じなのか。 丈一の時も瑞葉は光の中に入れずただ見ているだけしかできず必死で叫ぶ事しかできなかった。

今回もまた、同じだというのか―――


「どうした英二、もうギブアップかぁ?」


「根性ねぇなぁ、それでも男かお前?」


「まぁ待てよ、成績優秀な英二ならもしかしたら、天才的な閃きでこの場を何とかする手段を思いついちゃうかもしれないだろ?」


「ギャハハ、そりゃねーだろ。 どんだけ英二を買い被ってんだよ」


小学生ぐらいの子供達は下品な笑い声をあげていた。 英二の友達……いや、違う。

これはどう見ても、英二はイジメを受けていたようにしか見えない。

まさか、英二の抱えるトラウマというのは――小学生時代の、イジメ?


「僕は、僕は何も間違ってなんかいないっ!

僕は正しいんだ、ただ正しいと思った事をしただけで……誰も僕を責める理由はない。

僕は何も……悪い事を、していないっ!」


英二はスッと立ち上がると目に涙を浮かべながら力いっぱい叫んだ。

だが、周りの子供はそんな英二を見てただ笑うだけだった。


「ほざいてろよ、英二。 お前は正義の味方を気取っただけじゃねぇか」


「いいか、どんなに正しい事をしたって、周りが悪と言えばそれは悪になるんだよ」


「そうだよなぁ、香奈(かな)ちゃん?」


一人の子供がニヤリと笑うと、その背後には黒髪を赤いリボンで止めた女の子がひっそりと立っていた。

気のせいかもしれないが、何処か瑞葉と面影が似ている。


「僕は香奈ちゃんを助けたかっただけだっ! 一体それの、何が悪いんだっ!?」


「だけど、本人はそう思っていないみたいだぜ?」


「嘘をつくな……香奈ちゃんは、香奈ちゃんは僕に助けを――」


香奈と呼ばれた少女は、英二の前に立つと小さく顔を横に振る。

そして、冷たい目で英二を睨みつけて告げた。


「私は、貴方に助けてほしいと頼んだ覚えはない」


「そんな……香奈……ちゃん―――」


英二は全身から力が抜けガクンと膝をつき倒れた。

まるで弾丸を受けたかのように、右腕で左胸を強く抑えながら英二は歯を食いしばった。


「どうなっているの……わからない……左京君に、一体何があったのか……」


あの様子では英二は絶対にヴェノムの支配から逃れることはできないだろう。

しかし、瑞葉は旗から見ても英二の身に何が起きているのか理解できなかった。

今まではヴェノムが見せてきた『幻想』というのははっきりとしていて、わかりやすかった。

だが、この場に映されているのはそうではない。 そこで瑞葉はようやく気が付いた。

この光に映されている光景は、全部実際の出来事だという事に。


瑞葉もそうだった、最初に思い出したくない過去を見せられトラウマが蘇ったところであの母親が現れた。

だが、気になるのが……何故か『現在の英二』が『過去の英二』と重なってしまっている、といった点だ。

どう見ても瑞葉や丈一の時とは違う『イレギュラー』な事態が起きているという事だ。


「左京君っ! ダメよ、しっかりしてっ!」


必死で叫んでも英二には伝わっていなかった。

だが、丈一の時のように声が届くはずだと何度も何度も呼びかけた。

しかし、英二に声が届かず両手で頭を抱えて苦しみ始めていた。


「どうして、どうしてだよ……僕はただ、自分が正しいと思って彼女を助けただけなのに。

それなのに、どうして皆して僕を責めるんだ? 一体僕が、何をしたって言うんだっ!」


「それは、お前自身がわかってんだろ?」


「僕、自身が?」


「そうさ、お前が『優秀』すぎるから。 『天才』だから、俺達凡人に恨まれるんだよ」


「な、何この子? 何を、言っているの……?」


瑞葉は衝撃のあまりに目を丸くさせた。

とても小学生とは思えない、恨みに満ちた一言。

ヴェノムが作り出した幻なのか、それともまだ……過去が続いている?


「いいか英二、これは制裁って奴だよ。 天才のお前になら意味がわかるだろ?

俺達凡人は遊びの時間も全て勉強につぎ込んでお前に追いつこうと努力し続けた。

だけど、お前は何も努力もなしに上へ行き過ぎた。 そして俺達を見下しやがった」


「だからお前を落としてやろうと、俺達と香奈ちゃんが手を組んだって事さ。

お前はまんまと引っかかった、いやぁ愉快だなぁ。 天才が堕ちる瞬間を見るってのはなぁっ!」


子供が手を組んで英二を落とした? たかが小学生が、そこまでして?

あり得ない、いくら子供であろうと、そこまで行ってしまっていたら……それは歪んでいる。


「おかしいわよ、そんなの……絶対にっ!」


英二はただ力なく項垂れるだけだ。 ショックを受けて放心状態になってしまっているのだろう。

だが、それでも周りの子供達は罵倒する事をやめない。

ただ、英二の事を否定しついには暴行まで加えていく。

英二は無抵抗のままひたすら子供達の暴力を受け続けていた。

そんな姿を、これ以上見ていられなかった。


「いい加減に、しなさいよっ!」


気が付けば瑞葉は光の中へと飛び込んでいた。

すると何故か今まで干渉できなかったはずの『光の中』へと潜入する事に成功していた。

子供達は驚いて、瑞葉に目線を向けた。 何故か、子供達は怯えている。


「貴方達、間違っているわっ! そんなのただの逆恨みじゃない、人を恨んでばかりいたらろくな大人にならないわよっ!?」


「チッ、行こうぜ」


「あーあ、出しゃばり女がきやがったよ」


「このまま、放っておけばアンタに危害は加わらなかったんだけどな」


「ま、いいんじゃねーの。 この女が真実を知った時の顔、すっげー楽しみだしな」


子供達は英二の元を離れていくとそれぞれ闇の中へと姿を消していった。

やけに素直に引いた事に違和感を覚える。

それに子供達の言葉も気になった。 やはり、あれはヴェノムが作り出した幻想なのか?


「左京君、左京君っ!?」


弱々しく倒れている英二を抱き抱えて瑞葉は必死で叫んだ。

メガネが割れて瞼の上に切り傷が出来たのか血がドクドクと流れ続けている。

それでも英二は瑞葉に応えるようにうっすらと目を開いた。


「音琴、先輩?」


「よかった……無事だったんだ。 ごめんね、助けるのが遅くなって……」


「そこまでだ、音琴君」


「え……?」


突然耳に飛び込んだ、堂々とした声。 瑞葉は背筋をゾクッとさせた。

そんなはずはない、英二は今こうして弱々しく倒れているはずだ。

だから、背後から聞こえてきた声が『英二』なはずがない。

恐る恐る、瑞葉は振り返った。


「フ、遅かったな。 あまりにも遅くて、待ちくたびれてしまったぞ」


「ど、どういう事……左京君が二人?」


背後に立っていたのは間違いなく英二だった。

いつものようにビシッとポーズを決め、メガネをクイッと持ち上げ怪しげに微笑む。

間違いなく瑞葉が知っている英二の姿だったのだ。

ならば、今抱き抱えているこの英二は……一体何だというのか?


「何も説明はいらん、ここはヴェノムの中で間違いないだろう。

そして音琴君、君はアルマフォースの力を解放させ私の事を助けに来た。 間違いないな?」


「ど、どうしてわかるのよ?」


「私とて黙ってヴェノムに捕まっていたわけではない。

うんざりとするほどつまらぬ過去を見せられ続けたが、ヴェノムはそれに交えて私に情報を与えていた。

勿論、アルマフォースやアーシェスの事も既に知っている」


英二はヴェノムの支配を受けなかったという事なのだろうか?

だとすれば彼の精神は想像以上に強靭であると言える、白き力を持つ瑞葉以上と言っても過言ではない。

誰の助けもなしにヴェノムに打ち勝つという事が出来るはずがないと思いたいが、現に元気そうにしている英二を見ると信じざるを得ないだろう。


「アルマフォース……そうだ、ヴェノムはアルマフォースを私から抽出しているってヴィクターが言っていた。

左京君はそれを知っていたの?」


「うむ、天才に不可能はないからな。 だが、私の力ではどうあがいてもこの空間から出れなくてな。

そこで白き力を持つ君が私を必ず助けてくれるだろうと思ってな」


「な、何で私が来るってわかったの?」


「フ、答えは単純さ。 私と君は強い絆で結ばれているからだ。 そう、『愛』という名のっ!」


「んなっ!? あ、ああああ愛っ!?」


あまりにも堂々と宣言された瑞葉は、顔を真っ赤にさせて動揺した。


「音琴君、君は生涯で唯一私を本気で惚れさせた女だ。 私には君以外の選択はあり得ない。

だからどうか、私をここから連れ出してほしい。 君のその、白き力でっ!」


「ほ、惚れただなんて、そ、そそそそ……そんな事、い、言われてもっ!」


パニック状態に陥った瑞葉は、ただ必死で否定しようと首を横に振る。

これははっきりと言えば愛の告白だ、ただでさえ耐性がないというのに瑞葉は顔から火が出る程の恥ずかしさが込み上がる。

確かに英二は長身で格好もよくて成績も優秀だ、だがやはり後輩という点と何よりも筋金入りの変態というのが邪魔をして余計に瑞葉を悩ませていた。


「音琴……先輩」


すると、怪我をしているもう一人の英二が何処か寂しげな眼をして笑って告げた。


「どうか、貴方の知る『英二』を……ここから、連れ出して……」


貴方の知る、英二。 まただ、また瑞葉は違和感を抱いた。

この空間に来てから、何かがおかしいと感じていた。

過去と現実の英二が重なった映像、子供達の語った真相そして残した言葉の数々。

何よりも、英二が知り得ない情報を知っている事、そしてあまりにも突然すぎた英二の愛の告白、全てが……おかしい。


「……ねぇ、左京君。 一つだけ、聞かせて」


瑞葉は今抱き抱えている英二に向けて告げた。

英二は首を縦にも横にも降らずにただ苦しそうに呼吸をするだけだ。

途端に瑞葉は変な寒気を感じていた。 今から口にすることが何だか口に出してはいけないような気がして。

瑞葉は額から流れ落ちる汗を片手で拭い去り、生唾をゴクンと飲み込んだ。


「貴方の本当の姿は、どっちなの?」


一瞬、周りの空気が変貌したかのような錯覚に陥る。

悪寒が強まり周囲で黒い何かが蠢くような気持ち悪さを肌で感じると、メガネをかけた英二がクククと怪しげに笑う。


「クククッ、気づいたかね。 そう、この世界は偽りに満ちている。

これは、『左京 英二』という人間の本質を現しているにすぎないのだよ、音琴君」


「貴方は偽物なの?」


「違うな、私は私だよ。 本物でもないし偽者でもない。 この私を生み出したのは言うまでもなく……私自身なのだよ」


「という事は、やっぱりこっちがっ!?」


やはり、勘違いではなかった。 今抱えている英二こそが、まさに本物の英二だったのだ。

しかし、一体何が起きているのかさっぱりわからない。

今まで瑞葉は人のトラウマに干渉できた事はなかったはずだというのに。


「君が見た私の過去は正しい記憶ではない。

これは、私がそうであってほしいと願っている事が映し出されたにすぎないのだ」


「き、記憶を、改ざんしたとでもいうの?」


「厳密には違うが間違いではあるまい。 ただ、私の都合がいいように過去を解釈したに過ぎない。

だからこそ、君をここへおびき寄せる事は容易かった」


「私をおびき寄せるって?」


偽者の英二は、不気味に笑いながら続けた。


「私は生まれ変わりたいと願っていた。 弱い自分をここに置き去りにして、強い自分だけを表の世界に連れ出したいと。

だからヴェノムを利用してやろうと、考えたのだよ」


「どういう事? 左京君は一人のはずでしょっ!?」


「フ、まだわからないか。 『左京 英二』の中身をこの私と入れ替える、と言っているのだよ」


「そ、そんなっ! まさか、左京君の身体を乗っ取ろうというのっ!?」


「……いいんだよ、先輩」


英二は声を枯らしながら、瑞葉に静かに告げた。


「僕は自分が大嫌いだった。 真面目に勉強を続けて学年でもトップにも立ち続けた。

だけど、それでも僕は手にできなかったものが、あったんだ」


「手にできなかった、もの?」


「友達、さ」


「―――っ!?」


悲しげに告げる英二の一言は、瑞葉の胸に深く突き刺さった。


「僕はもっとたくさんの友達が欲しかった。 だけど口下手な僕には友達なんてできやしなかった。

自分から話しかける勇気もなく、必然的に孤立していた僕は……ある日、香奈ちゃんが男子からちょっかい出されているのを見た。

本人が嫌がってると思って、僕は一生懸命止めたんだ。 始まりは、全てそこからだったよ」


「……いいよ、もういいよ……左京君」


あの過去の映像を見てしまえばその後英二の身に何が起きたかは想像できる。

瑞葉は胸が張りきれそうな思いで、英二にそう告げるが……彼は辞めなかった。


「今思えば僕は空気を読めなかったんだろうね。 一瞬で変な空気を作ってしまった僕は次の日からそいつらのイジメのターゲットにされたんだ。

勿論、孤立していた僕に味方なんて誰もいなかった。

先生も頼りにならなかったし……親も学校に相談してくれたけど、一向に改善される事なんてなかった」


「左京……君……」


彼がどんな辛い思いを重ねてきたかはわからない。

だけど、瑞葉は悲しい気持ちでいっぱいになった。

何とかして、英二を助けてあげたいと。


「だからこそ、偽りの私が生まれた。 私自身は『左京 英二』が望んだ偽りの姿に過ぎない。

あえて自らの欠点を作りだし意図的に他人の注目を浴びる。 そうすることで私は過去の傷を誤魔化してきた」


「だけどそれも限界があった。 家に帰れば僕はいつもの僕に戻り、過去の事を思い返せば毎日泣いて……辛かったんだ、ずっと自分を偽るのを。

自分じゃない自分を演じるのが、もう嫌になったんだ」


「―――バカ言わないでよっ!」


パシンッ! 瑞葉は目に涙を浮かべながら、英二の頬を思いっきり叩いた。


「左京君、貴方が自分を偽って過去のトラウマから逃れようとしてたのはわかったわ。

だけど、だからと言って本物の貴方を捨てる必要はないっ!

貴方が普段演じている『左京 英二』は偽りの姿なんかじゃないわっ!

あれは、貴方そのものじゃない……どうして、そうやって自分自身を否定するのっ!?」


「違う、あれは僕なんかじゃないっ! あれは僕の妄想が生み出した理想の姿なんだ。

だけど本当の僕は違う、口下手でずるくて臆病者で嫌な事があればすぐに逃げ出して閉じ籠って、それなのに平然と人を傷つけるような最低野郎なんだっ!」


「そうじゃないでしょ? あれは偽っているわけじゃなくて、ただ左京君が自分自身を変えようとしただけじゃないのっ!?

それなのに、まるで自分じゃないみたいに否定するなんておかしいわよっ!

例え本当に偽りの姿だったとしても、貴方自身が『真実』に変えてしまえばいいだけじゃないっ!」


「真実……偽りを、真実へ変える?」


英二は左頬を抑えながら、ヨロヨロと立ち上がった。

そして、いつまでも不気味な笑みを浮かべながら立つ偽者の英二と目を合わせた。


「僕が生み出した『偽りの僕』、君は僕の……本質そのものなのか?」


「フ、どうやら答えはもう出ているようだな」


「答えは、出ている?」


気が付くと、英二の胸から青白い光が灯っていた。

青白い光からは、何処か不思議な感覚を感じる。

まるで心の中のモヤモヤが取れていくかのような、心が洗われる感覚を。


「人間というのは、実に面白いものだな。 『音琴 瑞葉』、君は今までにない新たな可能性を私達に見せてくれているようだ。

君であれば、我々に縛り付けられた輪廻の鎖を解き放つことが出来るかもしれない」


「……輪廻の、鎖?」


偽者の英二は突如訳の分からない事を口にし始めていた。

瑞葉は首を傾げるが偽者の英二はにやりと笑い、静かに頷く。


「いや、忘れてくれ。 ……いいだろう、青き力を解放させたか『左京 英二』。

ならば、その力で私の支配から逃れて見せよっ!」


「感じる、青き力。 僕に秘められた、アルマフォース……」


「さあ、その名を叫べ。 そして君は、新たな私に生まれ変わって見せろ」


「自ら作り出した偽りでさえも『真実』へ変える『青の力』……そうか、それが僕の本質だったのか……」


英二の両手から生み出される青い光はますます強まっていく。

ようやく英二は悟ったのか不敵な笑みを浮かべて瑞葉と目を合わせる。


「いいだろう、私は演じ続けよう……偽りの自分をっ!

私は誓う、自ら生み出した偽りの姿を……真実へと変えることをっ! 私が私であり続ける為にッ!」


英二から放たれる青い光が一瞬にして闇を掻き消していく。

視界が青色に染まる中、英二の姿がうっすらと映る。

瑞葉と目を合わせて穏やかに笑ったかのように思えた。

瑞葉も同じように笑い返すとそこで意識は途絶えてしまった。



 3

ハッと我に返ると瑞葉はアルヴァイサーのコクピットへと戻されていた。

正確には、機体は分離されてフライターに戻っている状態だ。

慌てて外の様子を伺うと巨大な亀が空に向けて奇声を上げ続けている。

何かに苦しんでいるかのように。


「せ、先輩? 無事だったんすかっ!?」


「じょ、丈一君? ど、どうなってるの今?」


「突然合体が解除されちまったみてぇで、先輩がどっか消えちまうから焦ったぜ。

あの一撃を防ぎ切ったところまではよかったんだけどなぁ」


「……という事は、左京君っ!?」


何処かに必ず英二の姿があるはずだと瑞葉は周囲を注意深く見渡す。

すると、突如亀の甲羅から青い光が灯ったかと思えば―――高速で殻を突き破って何かが天高く飛び上がっていく。

あれは……間違いない、瑞葉達が乗るフライターと同じだ。


「手間をかけさせたな、音琴君」


「お、おいおいまじかよ? 英二じゃねぇかっ!?」


「もう、心配したんだからっ!」


「やるべき事は既に把握している、私についてこいっ!」


「うん、わかってる。 丈一君、合体よっ!」


「おいおい早速かよ、やる気満々じゃねぇか英二っ!」


瑞葉と丈一は空高く飛び上がった青いフライターを追いかけ縦一直線に並んだ。

すると周囲にアーシェスのパーツが渦巻くようにグルグルと飛び交い始めた。


「私のアルマフォースを、解放させるっ! 出でよ私のアーシェス……クァズールッ!」


青いフライターの周囲に生成されたアーシェスの部品が次々と組み立てられていく。

細身のボディに脚、腕と小柄な外観が生成された……かと思えば、背中に巨大なキャノン砲に両手にはマシンガン。

背中には狙撃銃と次々と武装が装着されていった。

ヘッド部にはゴーグルがセットされ青い光がギラリと輝いていた。

背中にはアルヴァイサーのブースターが取り付けられ、貧弱なボディを補強するかのようにビルブレイズのパーツが組み立てられる。青き戦士『クァズール』がここに誕生した。


「全く、貴方って人は本当に無茶をするのね」


「何の話よ?」


「まぁ、いいわ。 後はヴェノムを片づけといてね」


ヴィクターが短く伝えると瑞葉はヴェノムの様子を目視で確認した。

甲羅は派手に破壊されているが、まだまだ武装自体はいくつか身に付けられたままだ。

決して油断できる状態ではない。


「操作は大丈夫なの、左京君?」


「銃の扱いであれば何とかな。 とはいっても実銃はハワイで触ったっきりではあるがな」


「そういやお前FPSやってるっつったっけ?

俺の格ゲーでの戦いが通用したぐらいだ、何とかできるんじゃねぇか?」


「ちょっと待って、仕掛けてきたわよっ!」


ヴェノムから発射された無数のミサイルが一斉にクァズールへと向けて飛ばされる。

思わず瑞葉は悲鳴を上げてしまうが反対に英二は妙に冷静であった。


「不思議なものだな、妙に心が落ち着いている。

いや、これこそが私のアルマフォースの力という事か。 そうだろう、音琴君?」


「の、呑気な事言ってないで何とかしなさいよっ!」


「お安い御用さ、キャプテン」


「キャプテンはやめてっ!」


英二がグッと操縦桿のトリガーを握りしめるとクァズールの両手には大きなマシンガンが構えられる。

画面いっぱいに広がる緑色のロックオンがまとめてミサイルを追尾すると、一斉に赤色へと変化しロックオンが完了した事を告げられた。


「まとめて、撃ち落とすっ!」


英二がトリガーを引くと同時にババババッ! と、一斉にマシンガンの弾が発射される。

弾は一つ一つ正確にミサイルの軌道に合わさり、次々と空でミサイルが爆破していくと黒い煙が広がって紫色の空が見えなくなってしまった。

だが、まだミサイルは残っている。 マシンガンの弾丸から逃れたミサイルの残りがクァズールの背後へと回り込んでいた。


「あ、あぶねぇぞっ!」


丈一が警告をする前に英二は先に動いていた。

クァズールは瞬時に振り返り二丁銃を構えて残りのミサイルを目にも留まらぬ早撃ちで落とした。

僅か十秒足らずでクァズールを狙っていたミサイルは全て撃ち落された。


「クッ、撃ち漏らしていたようだな。 やはり初めから完璧とは行かぬ、か」


「す、すごいじゃない左京君……私達、あれ回避するのに凄く苦労したのにっ!」


「だが、まだ奴を倒していない」


英二はキッとヴェノムを睨みつけると、どういう訳かヴェノムを覆っていた甲羅は元通りにふさがってしまい完全に再生されていた。

ヴェノムは手足と頭を甲羅の中に隠すと、巨体をグルグルと高速回転させ始め真っ直ぐ突き進みだした。

ヴェノムからは不規則にビーム砲、ミサイル、砲丸といった飛び道具が放たれ、英二は飛び道具を上手く避けながらヴェノムの位置を捕捉しようとライフルを構えた。


「な、何よあの回転っ!?」


「おいおい、あれじゃあ手の打ちようがねぇぞ? 逃げ切れるか?」


「手の打ちようなら、ある」


英二はスコープを覗き込むと、クァズールは長距離狙撃用のフォースライフルを構える。


「奴の動きを、封じるっ!」


英二がトリガーを引いた瞬間、カッと強烈な青い閃光が走った。

細長い光の一撃がヴェノムに直撃すると、ズガァァンッ! と激しい爆発が引き起こされるとヴェノムは巨体を吹き飛ばされ、裏返しにされてしまった。


「後は任せた、なるべくでかい一撃を頼むぞ」


「凄い……じゃ、じゃあ丈一君。 貴方に任せるわよ」


「いいぜ、トドメの一撃は任せなっ!」


クァズールが空高く飛び上がった瞬間、アーシェスは空中でパーツを分離させるとあっという間にビルブレイズへと姿を変えた。

ビルブレイズの右足に真っ赤な光が集っていく。


「うおおおおぉぉぉっ!!」


丈一の掛け声と同時に、ビルブレイズは全身を燃やしているかのように真っ赤な光で身に包むと強烈な蹴りをヴェノムへと食らわせ地上へと着地をした。

刹那、ヴェノムから凄まじい爆発が引き起こされ白い光の柱が天高く伸びて行った。


「よっしゃっ!」


「や、やったのっ!?」


だが、手応えを感じない。 瑞葉はモニターを凝視してヴェノムの出方を伺おうと構える。

煙が晴れていくと、ヴェノムは態勢を戻し傷一つついていない状態で立っていた。

何故か全身が真っ白に輝いていて、敵意のようなものも感じなかった。


「また、ヴェノムが変わった?」


瑞葉が呆然と眺めていると、ヴェノムはノソノソと重たい身体を地中へと沈めていく。

巨大な白い亀は何事もなかったかのように、土の中へと溶け込んでしまった。

同じだ、以前戦った2体のヴェノム達と。

黒だったヴェノムが白に変化し、戦う事をやめて何処かへ去ってしまった。


「消えちゃった……」


「どうやら、終わったようだな」


英二は深く息をつくと、糸が切れた人形のようにガクッとシートに向かって倒れた。


「左京君っ!?」


「おい、大丈夫かっ!?」


「フ、少し無茶をしすぎたようだな。 だが、問題はない。 少し、目眩がしただけだ」


英二は顔を青ざめさせながらもゆっくりと体を起こしてニッと笑う。

いきなりの実戦でアルマフォースを使いすぎてしまったのだろう。

だが、英二はふとワイシャツのボタンに手をかけて息を荒くし始めた。


「ああ……この高ぶる感情、何て素晴らしい力だっ!

体中から力が溢れ出るのを感じるぞ……ハァ、ハァ……いかん、これ以上感情をおさえきれ―――」


「だ・か・ら、脱ぐなぁぁっ!!」


危険を身に感じた瑞葉は身を乗り出し英二の顎に華麗なアッパーをクリーンヒットさせる。

爽快な効果音と共に、英二は妙に幸せそうな顔をしながらガクンッと気絶してしまった。


「や、やりすぎじゃないすか?」


「い、いいのよもうっ! こ、この方が休めるでしょ?」


丈一が英二を哀れむように見ているのを尻目に、瑞葉はレーダーを見て他にヴィクターがいないかどうかチェックした。


「うーん、周囲にはもういないようね。 凜華ちゃんをすぐ助け出したいけど……左京君を一旦元の世界に戻すべきかしら?」


「残念だけど、そんな時間はないわ」


「へ?」


ヴィクターが瑞葉に告げた瞬間、突如地上から地響きが鳴り始め機体がグラグラを揺れ始めた。

瑞葉は必死で操縦桿を握りモニターを凝視すると、地中から黒い何かが大地を破り地上へと顔を見せ始める。

それは、大きな花の蕾のように見えた。

黒い蕾からはギロリと大きな赤い瞳が現れ、瞳だけがギョロギョロと何かを探すかのように周囲を見渡すとピタリと瑞葉と目線が合う。

ゾクゾクッと背筋に寒気が走り、恐怖心のあまりに瑞葉は作り笑顔で乾いた笑いをした。


「……アハハ、こんにちは?」


休む間もなく、二体目のヴェノムが瑞葉達に襲い掛かってくるのであった。


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