第2話 純真なる白 アルヴァイサー ①
1
一週間後、ある程度解読が進んだ状態で瑞葉は議論の場を設けた。
これまで部員達で解読してきた古代文献の内容、アーシェス文明の技術力とは何か? それらの意見を出し合う事を目的にした会だ。
一応それっぽくなるように、瑞葉は4人の机で円卓を作りホワイトボードを用意し
『第1回 考古研ミーティング ~古代文献の謎に迫れ~』と、綺麗な字で書いた。
「とりあえず、やってみたのはいいけど……どうしよっか?」
第一声、部長らしかぬ発言をつい漏らしてしまった瑞葉。
妙な静けさを感じた瑞葉は慌てて空気を持ちなおそうと席から立ち上がりホワイトボードの前に立った。
「うん、そうね。 まずは私の解釈をみんなに披露しようか。
それでもし、自分の意見と違うところがあったら議論して指摘していく。 そんな形式でどう?」
「おう、そうだな。 何やら面白い事になってきたぜ」
「いいだろう、続けたまえ」
丈一と英二は了解したが、凜華は何故か鼻歌を交えて体を揺らしているだけだった。
いつものことだと気にせず、瑞葉は古代文献に出てきた重要な単語を板書していく。
「まず、アーシェス文明では今の人類では解析できない未知なるエネルギーが使われていた。
人の精神力に比例して生み出される力『アルマフォース』。
でも、それはかなり不安定で古代人ですらもまともに扱うのが難しい程のクセを持った力だった」
「現代で例えるなら核兵器のようなものだろうな。
恐らく力が強すぎるが故に多大なリスクも背負っていたに違いない、その副作用については書かれていないがな」
瑞葉の解説に、英は補足を付け加える。
確かに核兵器に近いというのは間違いないだろうと、瑞葉は納得した。
「だけど、古代人はそんな危険な力に手を出さなければならない状況に追い込まれていた。
突如世界に現れた未知なる生命体『ヴェノム』。 それと戦ったアカシャの戦士と呼ばれる英雄達。
古代人は人類をヴェノムの脅威から守る為にアルマフォースを動力源とした人型兵器を生み出した。
人型兵器は『アーシェス』と名付けられているみたいだし、きっとアーシェス文明における重要な物なはずよ」
「異論はない、が少し気になることがある。 ここで言う『兵器』は現代で言う戦車や戦闘機を意味する言葉と解釈するには早い。
むしろもっと古代的な、剣や槍といった武器の事を指す可能性も高いはずだ。 何故君は『人型兵器』と訳したのかね、音琴君」
とても後輩とは思えない英二の指摘に思わず瑞葉はたじたじとなる。
学年1位の座は伊達ではない事が証明された瞬間でもある、何故こんなエリートがあそこまで変態なのか理解に苦しむが。
勿論、瑞葉も最初は英二と同じ意見だった。
古代人の技術は優れているが、考古学上は戦闘機や戦車といった機械じかけの戦闘兵器は一切確認されていないのだから。
ここは先輩として負けるわけにはいかない、と無駄に闘志を燃えたぎらす。
「古代文献には、何度も『巨大な』って言葉が何度も使われているの。
もし、それが人間サイズに留まる武装であるならここまで大きさの強調はしないと思うの」
「ふむ、そういう解釈か。 なら次は、アカシャの戦士が英雄であるのは何処から読み取った?」
「元々アカシャって英雄を意味する言葉でしょ?
それに推測でしかないけど、きっとアカシャの戦士がアーシェスを使っていたんだと思うの。
つまり選ばれた人がアルマフォースという不思議な力を使って、アーシェスを動かしていたんだと――」
「ああ、違いねぇっ! 古代人の奴らは、巨大ロボットを開発してヴェノムと戦っていたんだろ?
クゥゥッ!! なんてロマンに溢れているんだ、古代人っ!!」
瑞葉が導き出した結論を先走って丈一が興奮気味に口に出してしまった。
丈一の場合は理論的にというよりかは自分の勝手な妄想を信じているだけかもしれないが。
だが、間違いではない。 信じがたい話ではあるが、古代の時代から既に巨大ロボットの類は存在していたと推測はできる。
「なるほど、一理ある。 いや、見事だ……流石この私が認めたライバル――ハッ!?
なんだ、不思議と込みあがってくるこの熱き思いは……こ、この感情は、あ――」
バギッ、鈍い音と同時に瑞葉の音速の鉄拳が英二に炸裂する。
これ以上続ければ服を脱ぎだしかねないという瑞葉の防衛本能が働いた結果だ。
一撃でぐったりと倒れた英二を呆れながら眺めると、瑞葉は深くため息をついた。
「というかヴェノムって何なんだろうな? 文章だけを見ても全然イメージできねぇよ。
何か精神体だとか人を支配するだとか不気味な事ばかり書かれてるんだろ?」
「うーん、確かにヴェノムに関する記述は曖昧過ぎるわよね。 もしかするとアルマフォースと関係があるのかな」
「それにもう一つ気になることは、後の人類に託したって最初に書いてあったことだな。
それってつまり、俺たちの世代にアカシャの戦士がいるって事なんじゃねーの?」
「血を引いている者はいるかもしれないけど、流石にそんなのわからないわよねぇ。
それにアルマフォースなんて単語聞いた覚えないし」
「いやでもよ、アルマフォースってアーシェス文明の軸になっていた力なんだろ?
よくわかんねぇけど、アーシェスって奴がそれらを引き出す道具だったりもするんじゃねぇか?
きっとその力を目覚めさせた奴がアカシャの戦士だったりしてんじゃねぇの?
で、そいつらがアーシェス使ってヴェノムって奴と戦ったんじゃね?」
「という事は、アーシェスはヴェノムと戦う為に用意された兵器という解釈で間違いなさそうね。
やっぱり何処かにアーシェスが眠っているのかな?」
「違いねぇ、俺なんかわくわくしてきたぜっ!
丈一と瑞葉は子供のように目をキラキラと輝かせながら二人で熱く語っていると、凜華がグイッと瑞葉の袖を引っ張り出した。
「な、何? どうしたの、凜華ちゃん?」
「これ」
凜華が手渡したのは、最近流行のタブレット端末だ。 映されていたのは学校周辺の地図、この地図を一体どうしろというのか。
「古代文献には、兵器が眠っている箇所が記されていたの」
「え、それ本当? も、もしかしてここに?」
「うん。 今日解読する予定のところに丁度、ここだって記述が」
いつの間にか一人で解読を進めていた凜華はタブレットを操作して自らが解読した文書を見せる。
『役割を終えたアーシェスは黒き石板の下で深い眠りにつく』、と書かれていたが、瑞葉は思わず首を傾げる。
「うん? どうしてこれだけで兵器の場所がここだってわかるの?」
「学園に保管されている古代文献は、全てこの地から発掘された物なの。
つまり地域が限定されているし、黒い石板がある場所を片っ端から探していけばいい。
該当データは六十件を超えたけど、たった一か所だけ黒き石板が古代遺産として厳重に管理されている。
小さな山の頂上にある社に黒き石板が祀られているみたいなの」
「黒き石板が祀られた神社? それって当たりなんじゃない? 凄いわよ、凜華ちゃんっ!」
「私、やればできる子なの」
えっへん、と言わんばかりに鼻を高くするが自分で言うのかそれと心の中でツッコミを入れる。
しかし、短期間でここまで調べ上げるとは凜華の情報収集力には驚きを隠さずにはいられない。
普段のほんわかとした凜華からは意外としか言いようがなかった。
「ふむ、古代の石碑が神社に祀られているのか。 もしやアーシェス文明には神の類がいたのかもしれないな、だからこそ祀られているのだろう。
しかし、正直古代兵器が眠っているとは信じがたいが……気になるな」
いつの間にか復帰していた英二は、何事もなかったかのように腕を組んで頷く。
「そうだ、今度の週末に俺達で発掘しにいくってのはどうだっ!?」
「え、ちょっと、ほ、本気?」
「あったりまえじゃないっすか、ロボットは男のロマンっ!
ここで発見したら奇跡の大発見になるぜ……うおおぉぉっ! テンションあがってきたぞぉぉっ!」
古代文献が示した地に眠りし古代兵器「アーシェス」、もし本当に実在するのだとしたら奇跡の大発見であることは間違いない。
だけど、そう簡単に古代兵器が発掘できるだろうかと不安を抱く。
そもそもその地は厳重に管理されているはずだ、発掘行為なんて絶対に許可されるはずもないだろう。
ここで問題を起こしたら全て責任は部長である瑞葉が取らなければならない。
「発掘作業、穴掘り……ふむ、悪くないな」
「あなほり、楽しい。 ざっくざく」
「ま、ままま待ってっ!」
乗り気になってきた部員達を必死で説得しようとするが、うまく言葉が浮かばない。
「なんだ、先輩は古代兵器に興味ないのか?」
「い、いや……すごく興味ある、けど」
目をそらしながら、瑞葉はついつい本音をこぼしてしまう。
歴史的価値のある発掘所の採掘作業が今年設立されたばかりの小規模部活に許可が下りるのかどうか。
だが、ここで中止の流れに持ち込むのも気が引ける。
少年のように目を輝かせる丈一、にやりと奇妙な笑顔を浮かべる英二、いつも以上にご機嫌そうにゆらゆらと揺れる凜華の目線がとても痛い。
「……わ、わかった。 い、一応先生の許可貰ってからね、な、何かあると怖いし」
――と、瑞葉は一時的にこの場を切り抜ける逃げの言葉を口にするだけだった。
部室から職員室までやってきた瑞葉は、入り口の前に立ちいつもの如く深呼吸する。
何度来てもここの空気には慣れない。 別に大人や教師が苦手と言うわけでもないのだが、目上の人間相手はどうしても緊張してしまう。
軽くノックをして職員室に入ると、自席でのんびりコーヒーを飲みながら資料を目に通している顧問の姿が目に入った。
辺りの様子を伺いながら、恐る恐る近づいていくと――
「何をしている、音琴」
「んぎゃっ!? び、ビックリした」
いきなり顧問に名を呼ばれて、素っ頓狂な声を出してしまった。
「どうした、また部活に関する相談か? 古代文献の解読は君達には難しかったかね」
「い、いえ。 何とか解読は上手く行ってるんですけど……色々とありまして」
「ほう、古代文献の解読が進んだか。 思ってたより順調なようだな」
「ええ、はい。 そこでちょっと、気になる記述があったと言います、か」
瑞葉は自らが導き出した結論『古代兵器』が存在するという事を顧問に告げようとしたが、果たしてそのまま伝えてしまってもいいのだろうかと躊躇してしまう。
もしかすると見当違いの解釈をしすぎていてこの場で大笑いされてしまうのでは、と思うとなかなか口に出せなかった。
「どうした、何を躊躇している?」
「え、えーっと……その、古代兵器が実在するか、確かめたいと、言いますか」
「古代兵器?」
「あーえーっと、実は――」
瑞葉は簡単に自分達で解き明かした古代文献の内容を顧問へと伝えると、顧問は興味深そうに頷く。
「ふむ、確かに古代に機械の類が存在したというのは事実だ。 古代兵器の存在は完全に否定されているわけではない」
「え、じ、実在するんですか?」
「アーシェス文明には機械の類がいくつも使われているからな、あくまでも可能性に過ぎないが。
しかし、発掘作業の件ははっきりと言えば難しい。 我々の高校はそこまで考古学に力を入れている訳でもないし部活も新設されたばかりだ。
いきなり許可を貰うという事は非常に難しいと思ってくれ」
やっぱりかと思い瑞葉は気を落とした。
どうにかして採掘作業を決行したいが、交渉の余地もなさそうだ。
「採掘にはどうしても文化財保護法が関連してくるからな。
土の中に眠っている古代遺産はどんな小さな物でもその当時の物を現す貴重な資料となる。
その貴重な資料を無暗に掘り起こされて破壊でもされてしまえば大問題だろう?
面倒な手続きもいくつか踏まなければならないし、発掘した遺産の数々は報告書として提示する義務もある」
「そ、そんな簡単にできそうにないんですね」
「それに君達が行こうとしている黒神社は市によって立ち入り区域に指定されている。
過去、あの場所で人が数名行方不明になっているらしいからな」
「立ち入り禁止? じゃあ、仮に許可をどうにかとったとしてもそこだけは無理って事ですか?」
「うむ、その通りだ。 どちらにせよ、まぁ発掘自体も難しかったわけだしこれで諦めがついたかね。
君達の夢を壊すようで悪いが、発掘の件は潔く諦めてくれないか。
ま、どちらにせよロボットの類は発掘できないと思うがね」
「それはまぁ、そうですよねー……」
瑞葉はアハハと冷や汗をかきながら笑った。
元々ロボットを発掘しようだなんて本気で思ってはいなかったが、立ち入り区域に指定されていたという事が気になる。
過去に人が行方不明になったというのはどういう事なのだろうか?
「そ、それじゃあ大人しく古代文献の解読でも続けます」
「すまんな、力になれなくて。 その埋め合わせについては別途考えておこう」
瑞葉は軽く一礼を済ませると職員室を出て行って静かに扉を閉めてため息をつく。
やっぱりダメかとしばらくその場で立ち尽くしていた。
「あら、部長さんどうしたの?」
「へっ!?」
突然声をかけられて驚いた瑞葉は、何故か背筋をシャキッとさせてしまった。
すると目の前には何処かで見た黒髪メガネの女子生徒が本を抱えて立っていた。
「貴方は確か、図書委員の?」
「ええ。 どう、解読は進んでる?」
「ま、まぁ進んでるんだけどさ。 実は発掘とかやってみようと思ったんだけど、先生に無理だってキッパリ言われちゃってね」
瑞葉は苦笑いをしながら図書委員の女子生徒に告げた。
すると女子生徒は怪しく微笑んだ。
「残念、貴方達ならきっとアーシェスを発掘してくれると思ったのに」
「へ? 古代兵器の事、知ってるの?」
「そうよ、だから貴方は気を落とす事ないわ。 だってちゃんと、アーシェスは存在するんだもの」
もしかして考古学に詳しい人なのだろうか、そうであれば部員に加わってくれれば非常に心強い。
しかし、彼女の何処か冷たい表情を見るととても誘う気には慣れなかった。
「うーん、何とか発掘作業できるようにできないかな? 貴方ならどうにかできちゃったりしない?」
「私にそんな権限はないわ」
そりゃそうだ、と瑞葉は自分が口にしたことに心の中でツッコミを入れた。
が、少女の話は終わりではなかった。
「どうしてもやってみたいというのなら、私ならこうするけどね。 管理を潜り抜けて、ばれないようにこっそり発掘する」
「な、な、ななななっ!? 何言ってんのよっ! そんな事したら大変でしょっ!?」
「あら、冗談じゃないわよ。 実は貴方が思う程厳重に管理されている訳でもないしね。
管理区域は厳重なバリケードに囲われているだけで、別に誰かが監視してる訳ではないの。
上手く侵入しちゃえば、ちょっとぐらいなら大丈夫だと思うわよ。
ま、流石に大掛かりにやろうとするとバレちゃうかもしれないけどね」
「こ、こっそり……ねぇ」
こんな大人しそうな女子生徒がまさか丈一みたいなことを言い出すなんて夢にも思わなかった。
だが、アーシェスが実在するという言葉が妙に引っかかる。
もし本当であれば、自分達が最初の発見者になるかもしれない。
ならば多少リスクを冒してでも……と、瑞葉は女子生徒の意見を本気にし始めていた。
「それとやるつもりなら忠告が一つある。 絶対にヴェノムにだけは気を付けてね」
「え? ヴェノムって?」
「貴方達、狙われているから」
「へ?」
女子生徒は背筋が凍りつくかのような冷たい眼をしながら、瑞葉にそう告げた。
2
週末、考古研メンバーは予定通り古代兵器の発掘を決行する事となった。
正直瑞葉は乗り気はあまりなかった。 許可なく発掘調査を行う上に、ぶっちゃけ不法侵入にあたる。
部員が猛反対したら諦めようと思って、ダメもとで口にしてみた結果。
こんな個性的な部員達にまともな意見を求めたのがバカだったと嘆いた。
「いいんじゃね? 立ち入り禁止区域って事は、逆に言えばそれ程すげーもんが眠ってるって事だろ?
むしろ歴史的大発見をして俺達の名を残そうぜっ!」
と意気込む丈一。 これは予想できていた事である。
「確かに本格的な発掘調査を行うには我々には知識も道具も何もかも足りないだろう。
だが、管理区域が無人であるという噂は私も知っている。
どーせまともな発掘なぞできないのだし、侵入だけやってみるのも面白いのではないかね」
と、無責任な事を言い出す英二。
「大丈夫、ここは曰く付きであんまり人が寄らない場所。
特に夜は危ないらしいから誰も近寄らないし」
最後にとても不安な事を言い残した凜華。
凜華の話によると昔ここで行方不明者が数名でた事件があったらしい。
顧問も口にしていた事だが、どうせ単なる噂にすぎないと瑞葉はそこまで深く考えていなかった。
こうして意見が出そろった結果、返って部員達は盛り上がってしまいむしろ未知なる地に足を運ぶという冒険心に駆られていた。
週末の昼、校門前で集合と約束してその日は解散となった。
そして今、瑞葉は猛ダッシュで自転車を漕いで校門前へと辿り着いた。
もうすぐ集合時刻である13時を回ろうとしていた。 まさに超ギリギリセーフである。
「ご、ごめーん、みんな待たせちゃった?」
「お、揃った揃った。 みんな今きたところだぜ」
「そ、そうなんだ。 じゃ、じゃあ行こうか」
実は昼まで寝ていたとは言えずに、瑞葉は遅れそうになった理由をつっこまれないうちに自転車に跨った。
すると、凜華が一人だけ自転車を持ってきていないことに気付く。
「あれ、凜華ちゃん電車通いだっけ?」
「おそらから、とんできたの」
「そ、空から?」
本気なのか冗談なのか、何て返せばいいのかわからず、瑞葉は苦笑いをしてしまう。
「ゆらゆらと心地よく眠っていて、気が付いたらここについていたの」
「よ、要は電車で眠りながら来たって事ね」
恐らくそういう事なのだろうと解釈すると当たっていたのか凜華は不機嫌そうに口を尖らせる。
もしかして本気で騙されると思っていたのだろうか。
「じゃあ左京くん、悪いけど凜華ちゃん後ろに乗せてくれない?」
「お安い御用だ、君の願いであればいくらでも叶えて見せよう」
「……絶対に、外で脱ぐのだけはやめなさいよ」
また例によって暴走し始める前に、と瑞葉は釘を刺した。
「ちょっと待て、何で俺じゃなくて英二なんだ? こういうのはインテリ担当より体育系の俺に任せるべきだろ!?」
「何言ってるの、アンタじゃ無理でしょ?」
「無理なわけあるかっ! おい夢咲、俺の後ろに乗れっ!」
英二を指名されたことに不満を抱いた丈一は、瑞葉に抗議すると凜華を自転車の後ろへと乗せた。
再度言っておくが丈一は見た目だけはスポーツマンではある。
中身はもやしと言っていい程ひ弱であり、体力も極端になく病弱な体である。 数秒後には――
「ゼェ……ゼェ……く、くそっ……流石に二人は無茶すぎた……」
と、早くも力尽きてしまい結局英二が凜華を後ろに乗せて黒神社へと向かった。
数分後、住宅街の中に聳え立つ小さな山の前に辿り着いた。
周囲には確かに厳重なバリケードで囲まれており、パッと見侵入できそうなところはないように見える。
「う、やっぱり簡単に入れそうにないわね。 や、やっぱり帰る?」
「ううん、あっちを見て」
何かを見つけたのか凜華が指さす方向を目にすると、そこは丁度人一人が潜り抜けられそうなスペースがあった。
明らかに故意で破壊した跡のように見えるが、直されていない辺り確かに厳重に管理されている訳ではないのだろうというのはわかる。
瑞葉は逆に不気味さを感じて不安になった。 できれば今すぐ帰りたいと願う。
「おっしゃ、ここから侵入しようぜっ!」
瑞葉の願いも虚しく、丈一は先走って潜り抜けていった。
瑞葉もため息をつきながら、丈一の後に続いた。
バリケードを潜り抜けると、見えてきたのは石造りの長い階段だ。
昼間だというのに妙に薄暗い森の中にある石段に不気味さを感じる。
恐らくそこから辿れば、『黒き石板』が祀られている社へ辿り着けるのだろう。
瑞葉はリュックの中にスコップや軍手といった発掘作業に使えそうな道具を片っ端から詰め込んできたが
何故か丈一と凜華は手ぶらであり、他に大掛かりな荷物を持ってきていたのは英二だけだった。
この時点で妙な不安を抱いてしまう。
「おっしゃぁぁっ! 今日はロボットを掘り当てるぞぉっ!!」
「おー」
息切れしていて疲れ切っていた丈一であったが、現場に辿り着くとテンションが上がってきたのか気合を入れて叫んでいた。
凜華もノリノリ、なのかわからないが天に拳を掲げて丈一に続く。
「お、夢咲俺と競争するか? ヘヘッ、どっちが先に上まで上るか勝負だっ!」
「あ、ちょっと久原く――」
「うおおおぉぉぉっ!!」
丈一は雄叫びに近い叫び声をあげながら全速力で階段を駆け上がっていく。
体力の消耗が激しい癖に回復は早いのかと呆れてしまう。
一方、凜華は階段を駆け上がっていく丈一の様子をボーッと見上げていた。
「やれやれ、丈一には呆れたものだな。 奴はもう少し自分というのを理解すべきだ」
「そういえば、左京君は久原君と仲いいの?」
「ふ、冗談は辞めたまえ。 私と彼では格が違う」
「ふ、ふーん、そう……」
その割には二人名前で呼び合って気がしたが。
そろそろ丈一がバテている頃だろうと、瑞葉は石造りの階段をゆっくりと上っていく。
案の定、今にも死にそうな顔をした丈一が行き倒れの旅人のように水を求めて倒れていた。
むしろ思っていた以上にのぼっていたことに驚く、実は言う程体力がないわけではないのか? と思ってしまう。
「全くもう、アンタって人は……待ってなさい、お茶汲んであげるから」
呆れながらも瑞葉は鞄から水筒を取出し、容器にお茶を入れると、丈一がバッと身を起こし目にも留まらぬ速度で容器を奪った。
「ぷはぁーっ! 生き返ったぁぁぁっ!」
「早っ!?」
瑞葉の拳を受けた英二の立ち直りに匹敵するほどの回復力に、つい言葉を漏らす。
瑞葉は先導して階段を更に上っていき、ようやく例の社の前に辿り着いた。
小さな社の中には確かに黒き石板があった。
表面がツルツルとしており、石板には古代文字が刻まれている。
毎日手入れがされているのか目立った汚れもなく文字もはっきり、瑞葉が読み取れるぐらいはっきりと見えていた。
後で何が記載されているか調べようと、一旦荷物をその場に置いた。
「さて、何だかすんなりと入れちゃったけど……あんまり騒がないようにこっそりと発掘作業やってみようか。
一応言っておくけど、派手な事だけはやらないでよね。 バレちゃったら本当にやばいんだから」
「OKだ、キャプテンっ! この俺が必ずロボットを掘り出してやるぜっ!」
「だ、誰がキャプテンよ?」
「いいではないか、部長がキャプテンでも不思議ではあるまい」
「な、何かムカつく」
瑞葉はボソッと吐き捨てると、プクーッと軽く頬を膨らませた。
「んじゃ、早速掘りまくるぜ。 さあ出てこいよ、古代兵器ィィッ!」
相変わらずテンションの高い丈一は、スコップも持たずに素手で土を掘り始める。
楽しそうで何よりだと瑞葉は暖かく見守ることを決め込んだ。
この後、どうなろうと見て見ぬふりをしよう。
「では、私はもっと下の方を探索してみるかね。 少し、気になるものもあったからな」
「気になるもの?」
「うむ、そうだ。 それと同じような石板が、あったようだからな」
英二は黒き石板を指さして告げるが、瑞葉は首を傾げながらそんなものあったっけと記憶を掘り起こす。
「凜華ちゃんはどうする?」
「私、つぶあんよりこしあんの方が好きなの」
「そ、そんな事誰が聞いたのよ」
凜華は石造りの階段に腰を掛け持ち歩いていたタブレット端末をいじり始める。
どうやら探索も何もする気はないようだ、何のためにここへきたのやら。
いや、もしかすると古代遺産解析のために何か調べているのかもしれない。
と思い瑞葉はこっそりと凜華の背後に周り、何をしているのか覗いた。
すると、端末に移っていたのは……何やら手書きで目が書かれているアイマスクをつけている人の写真が写っていた。
思わず吹き出しそうになったが、凜華に気付かれてはいけないと口を抑え込んだ。
しかしよく見ると、どこかで見たような――と、瑞葉は昨日の出来事を思い返す。
部室の入り口で待っていた凜華にアイマスクを渡された事を。
確かにその時、不自然なシャッター音が聞こえていたような――
「ちょ、ちょっと凜華ちゃんっ!? な、何撮ってるのよっ!?」
凜華はハッとタブレットを抱きかかえて隠す。
今まで見せたことがない本当に驚いた顔をしているのは新鮮ではあった。
「乙女の秘密、見た?」
「け、消しなさいよっ! 全く……油断も隙もないんだから」
「あ、あれ……」
「え、何?」
凜華が何かを見つけたのか空を指さすと瑞葉は視線を空に向ける。
しかし、そこには雲一つない真っ青な空が広がっているだけだった。
「何よ、何もないじゃない」
と呟くと……先程まで階段に座っていたはずの凜華の姿が消えていた。
まさか、こんな古典的な手に引っかかってしまったというのか。
「……もう、バカばっかりっ!」
急に恥ずかしくなってきた瑞葉は、自分が許せずに思わず怒声を上げてしまった。
気が付くと、既に日が落ちてきていて夕方を迎えようとしていた。
各自適当な手順で発掘してきたのは自転車のサドルやら空き缶やらと、どう見てもゴミとしか思えない物ばかりだ。
「つい最近、似たような光景を見たような」
もしかしてふりだしに戻っているのでは、と瑞葉は項垂れた。
いい加減疲れてきた瑞葉は少し休もうと地べたに座った。
「あ、そういえば」
座った拍子に目に入った黒き石板を見て瑞葉はそこに刻まれた古代文字の存在を思い出した。
試しに黒き石板に近づき、何が書かれているかを一人で解読を試みる。
「えーっと……滅亡の、危機……世界を、救うには……浄化?」
部分的に訳していっても意味がさっぱりと伝わらない。
少なくとも例の古代文献に記載されていた『アーシェス』に関する事は書かれていないようだ。
そうなると、実はここは無関係だったという事なのだろうか。
「これ、家で詳しく調べてみようかな。 えーっと、写真写真」
手書きよりも写真のほうが確実だろうと、瑞葉は携帯を手にしようとすると
「あちゃー、見事なまでにゴミが集まったな」
「いや、ゴミと決めつけるのは早い。 これらが古代遺産である可能性はゼロではない」
「ってことはこれ集めてきたの全部お前だったのか?」
どうやら男二人が帰ってきたようなので、瑞葉は出迎えようと重い腰を上げる。
「どう、収穫あった?」
「いんや、何も」
「全く出なかったわけではないがな」
あまり期待はしていなかったが、やはり何も見つけることが出来なかったようだ。
結局半日もかけたのに集まったのは、目の前のゴミの山だった。
「あーまぁ、まだ始めたばかりだしさ。 もしかしたら、いきなりアーシェスとか見つけられちゃうかもよー? アハハ」
フォローするつもりで言ったのだが、逆に空気が固まってしまった。
丈一は燃え尽きてしまったのか死んだ魚のような目をして俯いている、昼の元気はどこへ消えてしまったのやら。
遅れて、凜華が体をゆらゆらと揺らしながら帰ってきた。
手ぶらな辺り、何も見つける事はできなかったのだろう。
何故か鼻歌を交えてご機嫌そうだが、いつもの事であると瑞葉は流した。
「ど、どうする? このまま帰ろうか?」
「いや、待て。 その前に、私についてきてもらおうか」
英二は無駄にメガネを片手でクイッと持ち上げて、謎のポーズを決める。
「な、何? 何か見つけたの?」
「その通りだ、もしかすると我々の求めていた古代兵器のヒントに繋がるかもしれないぞ。
これは奇跡的な大発見に繋がるに違いない」
「だからって、脱ぐのは辞めなさい」
おもむろにワイシャツのボタンをはずし始めた英二に握り拳を見せながら告げると、ピタリとボタンを外すのをやめた。
よかった、これでやめなかったら間違いなくドM属性確定だった。 と、瑞葉は心の中で毒づく。
「なんだよ、ここに持ってこれなかったのか?」
「その通りだ、君の頭でも理解できたようだな」
「おいおい、こう見えても俺は成績優秀だぞ?」
何気に成績自慢をする丈一ではあるが、別に言うほど優秀ではない。
クラスで中くらいなだけであり、底辺にいないだけだ。
「何を見つけたのか知らないけど、とにかく見せなさいよ」
「ああ、ついてくるといい」
英二が階段を下りていくと瑞葉は英二の後に続いて階段を下りていく。
階段を離れて林の中を進み、足の場悪い獣道を進んでいくと、そこには奇妙な石板が置かれていた。
長い間放置されていたのか植物の弦が絡んでいた。
「何これ?」
「恐らく、古代遺産だ」
英二が真顔で瑞葉にそう伝えると、瑞葉は目を丸くして思わず生唾をゴクンと飲み込む。
しかし、見た感じではただの真っ白な石板にしか見えない。
かといって古代文字が刻まれているわけでもないというのにどうしてこれが古代遺産だと言えるのだろうか?
「階段を上るときに気になってな。 先程調べていたら、どうやらこれはコンピュータのようでな。
しかも、明らかに最近の造りとは異なっている、現に私が知るようなOSが使われているようには見えなかった」
「そ、それってパソコンってこと? こ、こういうのは凜華ちゃんが詳しいのかな」
正直瑞葉はあまり最新機器に詳しくもなく、むしろ苦手意識すらある。
強いて言えば携帯電話だけは常に最新の機種を買っているが別に使いこなせているわけでもない。
凜華は興味を持ったのか、石板のような機械を調べ始める。
するとブゥンッと電子音が響き、石板から細かい文字がずらりと出力され始めていた。
確かに出力されている文字は古代文字そのものだ。
しかし、だからといって本当に古代遺産である根拠にはつながらないはず。
長い間放置されているようには見えるが、英二がこれを古代遺産だというのはもっと大きな理由があるはずだ。
「なんだこりゃ? な、何て書いてあんだよ?」
「アーシェス文明の記録。 ヴェノムとの戦いの事が書かれてるみたい、それと古代兵器の事もね」
「え、うっそ……」
信じられない、まさか本当に巨大兵器がここに眠っているというのか?
そういえばあの図書委員も言っていたはずだ、アーシェスは本当に眠っていると。
「その古代遺産が何に使われていたかわからないが、少なくとも我々が調べた文献の内容と一致する事が記されている。
ただの偶然で片づけるには惜しいとは思うが」
「うん、そうだね。 この古代遺産について調べてみる必要があるわ」
「なぁなぁ、マジでロボット埋まってんのか? もしかしてこいつで呼び出せるのか?」
子供のように目をキラキラとさせた丈一は英二に尋ねるが、まだそうと決まったわけではない。
大体これだけ目立つ箇所に配置されているものだ、少なくとも瑞葉達が第1発見者にはなり得ないはず。
もしかすると現代の物である可能性も捨てきれないのだ。
「うーん、じゃあ発掘作業は中断してこれを調べてみちゃおうか? 勝手にいじっていいのかわからないけれど」
「いいのではないか、見る限り黒き石板のように管理されているようには見えないしな」
確かに整備をされているようにも見えないし、もしかするとまだ発見されていない可能性も考えられる。
しかしあり得るのか? こんなに堂々とここに立っている白き石板が誰にも見つからない事なんて。
「じゃ、じゃあ今日は帰ろうか? こ、こんな薄暗い中で色々調べるのは危ないと思わない?」
「何だ先輩、もしかして怖いの苦手?」
「そ、そそそそんなことないわよっ!」
図星をつかれて言い返すが、昼間でも林の中は薄暗く更に凜華が口にした曰く付きという話も気になる。
ひょっとしたら本当に幽霊が出るかもしれないと瑞葉は怖がっていた。
「うん、帰った方がいいかも。 何年か前にここで行方不明になった人も確認されてるし」
「ちょっ、は、はははは早く帰りましょっ!?」
追い打ちをかけるような一言を付け加えるな、と瑞葉は心の中でツッコミを入れる。
「じゃ、今日は解散ね! い、いいわね?」
「しょうがねぇなぁ――って、うお、いっけね……携帯どっかに落としちまったみてぇだ……」
「ちょ、ちょっと何してんのよ? どこで落としたの?」
「あークソッ、ちょっと上見てくるわっ!」
「あ、待ってっ!」
丈一は急ぎ足で階段を駆け上がっていた。 本当何処か抜けているな、と瑞葉は呆れた。
「全くもう、体力ない癖にすぐ突っ走るんだから……ちょっと久原君を追いかけてくるね。
左京君と凜華ちゃんはこの辺りに落ちてないか探してくれる?」
「仕方ない、協力しよう」
「ご、ごめんね、帰り際に変なことになって」
「気にすることはない、悪いのは全てあのアホ男だ」
アホは言いすぎじゃないか、と瑞葉は苦笑いをすると、丈一を追いかけようと階段を駆け上っていった。
3
どうせすぐばててその辺で休んでいるだろうと階段を駆け上がったものの、丈一の姿を見る事無く社のところまで上がってきてしまった。
少しは体力をつけ始めたのかと感心していると、不思議なことに頂上まで上っても丈一の姿がない。
「あれ、久原君?」
呼びかけてみるが返事はなかった。
さては瑞葉を驚かそうと隠れているのかと思い石社の裏や草の茂みの中と一通り探してみるが、丈一は出てこない。
「もう、ふざけるのはやめてよね。 携帯は見つかったの?」
探すのも面倒になってきた瑞葉は、とりあえず近くにいるであろうと信じて問いかけてみるがまだ姿を現すつもりがないのか返事は返ってこない。
もしかして本当にここにいない? しかし、明らかに階段を上って行ったはずだ。
考えられる可能性としては一旦上った後階段を使わずに山を下った可能性もあるが、携帯を探しに行ったというのにわざわざ人目を避けて降りる理由もないはず。
一応すれ違った可能性も考慮して瑞葉は英二に連絡を取ろうと携帯に手を取ると、突如バチンッと火花が散る音が耳に飛び込んだ。
「な、何?」
何の音か理解できなかった瑞葉は、とりあえず自分の携帯を確認すると……画面が急に真っ黒になってしまっていた。
「ちょ、ちょっと……壊れちゃったの? ま、まだ買い替えたばっかりなのに……」
買い替えて数週間、早くも寿命を迎えてしまった携帯に愕然としていると画面はすぐについた。
が、戻ったと思った画面には何故か古代文字が出力されていた。
「古代文字? え、どうして?」
瑞葉は古代文字の解読を行おうと筆と辞書をカバンから取り出し、一つ一つの言葉の意味を解読していく。
「裏の世界、封印は解かれた。 もうじき世界は、ヴェノムによって支配される……」
ヴェノム、古代文献に何度も出てきた単語だ。
古代人が長き間戦いを繰り返してきた正体不明の生命体。
だが、『裏の世界』や『封印』と言い、自分達が解読した内容には含まれていない単語がいくつか混じっていた。
そういえば前、図書委員の女子生徒が意味深な言葉を残していた。
貴方達はヴェノムに狙われていると。 あれは一体、何だったのだろうか。
それに何故このような文書が瑞葉の携帯に出力されたのか、考えていたその時。
突然、瑞葉の携帯が鳴り始めた。
「久原君、から?」
携帯には電話帳に登録した『エセ熱血君』と、画面に出ていた。
これは瑞葉が丈一の連絡先を確認した際に、あだ名のつもりで電話帳に登録した名だ。
「もしもし久原君? 電話は見つかったの?」
瑞葉は電話に出て確認するが、何故か丈一は黙ったままだ。
「ちょっと、悪戯はやめなさいよ? アンタ今、何処にいるのよ?」
「―――こ――は、ど――だ――」
「何? 途切れちゃって聞こえないわよ?」
ようやく返事をしたかと思うと、電波の調子が悪いのか声が聞き取りにくい。
「誰――か――聞こえな――のか――」
「聞こえるわよ、何? どうかしたの?」
途切れ途切れではあるが、丈一は何かを伝えようとしているのはわかる。
しかし、何処か様子がおかしい。 先程の古代文字といい、何か嫌な予感がする。
「―――助けて、くれ」
「え……」
はっきりと聞こえた丈一の一言を耳にして瑞葉は背筋が凍りつくかのような寒気を感じた。
いつも明るくて笑顔を絶やした事もなく、常に楽しそうにはしゃいでいた丈一からとは思えない、弱々しい一言が瑞葉の胸に突き刺さる。
冗談には聞こえなかった、間違いなく丈一の身に何かが起きていると。 そして、丈一は今、何かに苦しんでいる……
ふと凜華が話した噂を思い出した。 数年前、ここで行方不明者が出たという噂の事を。
「や、やだ……嘘でしょ? 冗談だと言ってよっ!?」
その後、丈一から反応は何もなく電話は切れてしまった。
もう一度丈一の携帯に書けるが電源が切れているのか電話が全く繋がらない。
これは、丈一が何かの事件に巻き込まれたとしか考えられなかった。
「け、警察っ! 警察に連絡しなきゃっ!」
瑞葉は急いで警察に通報しようと携帯を再度手に取るが、突如非通知で瑞葉の携帯が鳴った。
「こんな時に一体誰よっ!?」
相手に文句を言ってやろうと、カッとなった瑞葉は電話を手に息を大きく吸った。
『貴方のお友達を助けたければ、私の言う事を聞いて』
「へ?」
電話越しから聞こえてきたのは女性の声だった。
聞き覚えはある、そう……昨日瑞葉に連絡してきた謎の声と同じだ。
同時に、ゴゴゴと地響きが鳴り始めたかと思うと、黒き石板が一人でに動き始めていた。
「隠し、階段? 何でこんなところに……」
黒き石板の下に、地下へと続く階段が現れ始めたのだ。
一体この場で何が起きている? 瑞葉はただ、現状に混乱するだけだった。
『貴方のお友達は今、ヴェノムに捕らわれているわ』
「ヴェ、ヴェノムってそんなっ!?」
謎の声は、今確かにヴェノムという単語を口にした。
もしやあの警告は――真実だというのか?
しかし何故、自分達が古代人が戦っていたとされるヴェノムに狙われるのか?
そもそもヴェノムという存在が実在した事ですら驚きだというのに。
「ねぇ、何か知っているの? 貴方は誰? どうして私の番号を知っているの?」
「それよりも、助けるの? このまま放っとけばお友達はヴェノムに支配され、二度とこちらの世界に戻ってこれなくなってしまうわ」
「こちらの世界? どういう事? 久原君はどうなってしまうのっ!?」
「ヴェノムを人の心を支配する。 ヴェノムに支配された人間はやがて身体を乗っ取られて自分自身の存在を失う。
ヴェノムはそうやって地上を支配していく危険な存在、奴らに支配されるのは死よりも残酷な結末よ」
死、という単語を耳にして、瑞葉は言葉を失った。
未だにここで何が起きているかは理解できない。 しかし、彼女の言葉が全て嘘とは思えない。
今わかるのは、大切な部員の一人である丈一が、命の危機にさらされているという現実だけだった。
「……どうすれば、久原君を助けられるの?」
『簡単よ、貴方のお友達を支配しているヴェノムを倒せばいい。 そう、私達が残した最後の切り札『アーシェス』を使って』
「アーシェスってそれ、古代兵器っ!? 嘘でしょ、本当に……ロボットが?」
彼女の言葉が真実だとすれば、この地に古代兵器であるアーシェスが眠っているのも真実のはず。
やはり、古代文献は間違っていなかったという証明にもつながるはずだ。
「でも、忘れないで。 貴方にもそれなりのリスクを背負ってもらうわ。
下手すれば、貴方も彼と同じ目に逢う事になるかもしれない」
瑞葉は戸惑った。 もし、自分もヴェノムとやらに支配されてしまえば、一体どうなってしまうのか。
しかし、丈一が危険な目に逢っているというのなら助けたいに決まっている。
先程電話越しに聞いた丈一の助けを求める声が耳から離れない。
あんな弱々しく助けを求めていた丈一を、放っておけるはずがなかった。
「……久原君は、私に助けを求めていたのよ。 助けたいに決まってるじゃないっ!」
『本当に、いいのね?』
「早くしてよっ! こうしている間にも、久原君は苦しんでいるんでしょ?」
『なら、階段を降りて』
瑞葉は素直に従って、黒き石板の下に隠されていた階段を下った。
中は薄暗く、明かりなしじゃとても歩けそうにない。
一応持ってきておいた懐中電灯がこんなところで役立つとは思わなかった。
長い階段を降り切ると、広間へと出てきた。
真っ暗でよくわからないが、懐中電灯で照らしていると……何やら巨大な機械が目に留まる。
「これ……戦闘機?」
何故、こんなものが街中に眠っているのか?
まさか、これが古代文献に記されていた古代兵器なのでは――
『待って、この反応は……勘付かれたっ!?』
「え、どういう事?」
刹那、バチバチンッ!と火花が散った。
背筋に寒気が走ると、瑞葉は恐る恐る背後を振り返るとそこには信じられない光景が広がっていた。
紫色の輝く不気味な裂け目が生まれていた。
まるで空間が裂けてしまっているかのように……いや、その通りなのかもしれない。
恐怖のあまりに、身体をまともに動かすことが出来なかった。
すると、次元の裂け目から巨大な黒い手が伸ばされ、瑞葉は捕らわれてしまった。
「キャ、キャアアアアアアッ!」
瑞葉の悲痛な叫びが響き渡ると、一瞬にして瑞葉は次元の裂け目に呑まれてしまった。
4
暗い。 寒い。 息苦しい。 目を開けても閉じても、そこには光の類はなかった。
重力を感じないフワフワとした妙な感覚、無重力状態とはこのような状態なのだろうかとのんきなことを頭に過らす。
すると、ぼんやりと僅かな光が目についた。 体は自然にその光へと向かって進んでいく。
光の中には、何処かの病室が見えていた。
「あれ、ここ……知ってる」
そこは見覚えのある病室だった。 真っ白な布団に横たわる女性と、それを悲しそうに見守る茶色の長い髪の少女。
「これって――まさか」
間違いない、そこの病室にいる少女は『瑞葉自身』だ。
そこに映されている光景は、瑞葉が過去に見た光景と酷似していた。
いや、これは……間違いなく、『あの日』だと瑞葉は確信していた。
ガチャンッと病室の扉を開けて、慌てて駆け出してきた一人の人物……瑞葉の父親だ。
呼吸を乱しながら切羽詰った様子で、懸命にベッドに眠る女性に声をかけ続ける。
続いて医者、看護師が遅れて入ってくるが、特に何をするまでもなく悲しそうに横たわる女性を見つめるだけだった。
「どうして、どうしてあの時の事が?」
瑞葉は混乱していた、忘れたいが……決して忘れてはいけない、残酷な記憶。
何度見ても、何度思い返しても胸が苦しくなって、泣きたくなるあの時の事を。
まるで突きつけるかのように、目の前で再生されている。
そう、光の中に映されている病室は瑞葉の母親が入院していた病院の一室。
母親が、亡くなった時の事が、何故か映されていた。
重い病気に侵された母親は既に末期状態にあり、いつ亡くなってもおかしくない状態であると医者からは告げられていた。
しかし、まだ小学生だった瑞葉には身近な人物の死、ましてもそれが『母親』であるというのは受け入れ難い現実だった。
母親はいつも元気そうで優しかった。 病院で寝たきりの生活を送っていても、とても病気を抱えているとは思えないほど元気そうに見えた。
なのに、母親は逝ってしまった。
大好きだった母との死別、子供にとってはただでさえ『トラウマ』になりかねない程の辛い現実だった。
だが、それだけではない。 瑞葉はこの日、自分自身を許せないと思った。
それは瑞葉の事を長年苦しめ続けていた事。
瑞葉は自分が犯した過ちを忘れるべく、この日の出来事を自然と遠ざけて忘れ去ろうとしてしまっていた。
「やめて、やめてっ!」
思い出したくない、こんな記憶最初からなかった事にしたい。
今まで何度もそう思ったが、瑞葉にとっては忘れられない、決して消す事が出来ない記憶。
この後、母はどのようにして亡くなっていったのか瑞葉は鮮明に覚えていた。
だからこそ、見たくはなかった。
「瑞葉……」
「おかあ、さん……」
ベッドの横たわる母親のやせ細った弱々しい手を、瑞葉は握りしめる。
決して記憶と異なる事がない、まるで昨日の事のように記憶が蘇っていく。
母親はもうろくに話すこともできない状態に陥っていた。
瑞葉の名前を呼ぶだけでも、母親は懸命に喉から声を絞り出し苦しそうにしながらも微笑みだけは絶やさない。
そして、瑞葉に向かって、母親は最後の力を振り絞って、何かを告げた。
「ダメ……やめて、やめてぇぇぇっ!!」
瑞葉は悲鳴に近い叫び声をあげるのも虚しく、光の中の光景は続いた。 母親が懸命に声を絞り出し、懸命に伝えた。
「――これからどんな困難に陥ろうとも、あの歌を忘れないで……強く、生きて……」
「……うん、わかった」
母親は最後の言葉を伝えると最後に、満足そうに笑った。
瑞葉は、放心状態となってしばらく何も考えられなかった。
別に誰が悪いわけでもない、母親に罪はないのは勿論な事、瑞葉自身もここまで後ろめたく思う必要はなかった。
だけど、瑞葉はこの日自分自身が許せないと感じた。
瑞葉は、母親が言う『あの歌』が何か、思い出せなかったのだ。
幼いころに何度も何度も歌ってもらった歌があったことは覚えている。
しかし、それがどんなメロディーだったか、どんな歌詞だったのか、何も思い出せなかったのだ。
母親は自分が愛した夫を前にしてもそれよりもずっと瑞葉に伝えたかったのだろう。
死ぬ間際に苦しい思いをしながら懸命に言葉を絞り出そうと、母親は頑張っていたというのに……瑞葉は、その言葉の意味がわからなかった。
だけど、母親が一生懸命伝えた言葉をわからないだなんて言えなかった。
だから瑞葉は咄嗟に、あの歌か何かわかっているかのように頷いてしまった。
これが最善だったはず、と自分を正当化する事もあった。
母の歌をどうしても思い出せなくて、一日中考え込んだこともあったが結局わからずじまいにだった。
瑞葉にとってその嘘は、想像よりも遥かに重かった。
あれだけ信頼していた大好きな母親を、最後の最後に裏切ったような気がして。
あれだけ歌ってもらったのは、きっと母親にとって何か意味があった事なのだろう。
何か願いが込められていたのか、それとも瑞葉に対してのメッセージが込められていたのか。
今となってはもう、わかる者はいない。
この事を父親に相談したこともあった。
その時は瑞葉が悪く思う必要はない、亡くなった母さんもわかってくれるさ。
と慰めれくれたこともあったが、それでも罪の意識が消えたわけではない。
誰が悪くないにしろ何にしろ、瑞葉自身が思い出せないという事実は何も変わらないのだから。
「瑞葉」
「え……?」
瑞葉の背後から、何処か懐かしさを感じる優しい声が耳に入る。
恐る恐る振り返ると、そこには病気前のまだ元気だった頃の母親が何故か微笑んで立っていた。
「おかあ、さん……?」
もう二度と逢えないと思っていたはずの母親がどうしてここに?
だが、瑞葉はそんな疑問を抱く前に、ボロボロと目から涙が零れ落ちていた。
今すぐにでも母親を飛び込んで、謝りたい。 そう思って、瑞葉が一歩踏み出した瞬間だった。
「近寄らないで」
微笑んでいた母親が突如、今まで見せたことのない冷たい表情で告げた。 瑞葉は思わず体をビクつかせて、足を止めた。
「汚らわしい、貴方はもう私の娘ではありません」
「……おかあ、さん? な、何を言っているの?」
突如、別人にでも成り果てたかのような、記憶とは違う母親が瑞葉に冷たい言葉を突きつける。
だけど、その姿は間違いなく瑞葉の記憶にある母と同じであったし、声も間違いなく母親の声そのものだった。
「私は嘘が一番嫌いだと、貴方に教えてきたはずよ。 どうして、あんな嘘をついたの?」
「そ、それは……だって、そうじゃないと……」
「どうして、忘れてしまったの?」
「……っ!」
瑞葉の心に、母親の言葉が深く突き刺さる。
今まで散々、自分自身に突きつけてきた言葉であるはずなのに、今までとは比較的にならないほど、重い一言だった。
「私は貴方をあれだけ愛してあげたのに、いつもいつも歌ってあげて、優しくあげたのに。
私と貴方は家族だと思っていた、心まで繋がった本当の家族だと」
「……ごめん、なさい」
「謝っても、もう許しません。 私は貴方をそんな風に育てた覚えはない。
私の言葉を受け止めなかった……いえ、拒絶した挙句私の事まで否定した貴方を、私は一生許さない」
「え……違う、違うよ。 私は、お母さんの事大好きだし、尊敬しているよ?」
「ならば、どうして私の歌を忘れたの?」
「それ、は……」
「私、本当は貴方を生むことが出来て幸せだと思っていたのに。 最後の最後に、貴方は私を裏切った。
私の全てを、最後の最後に否定した」
「違う……違うのっ!」
どれだけ必死に訴えようと母親は決して耳を傾けなかった。
昔のように笑ってくれず、ずっと冷たい表情のまま、まるで赤の他人を見るかのような冷たい視線が突き刺さる。
「貴方なんて、生まれてこなければよかった」
「――そ、そんな……やめてよ、そんなことっ!」
何かの間違いだ、母親が決してそんな事を言うはずがない。
例え最後の言葉を聞けなかったとしても、ここまで娘の事を否定するはずない。
頭ではわかっているのに、母親の言葉はどれも真実に聞こえてしまい瑞葉のトラウマを刺激していく。
病室で母親が亡くなった瞬間、声を絞り出して微笑みながら亡くなったあの時の事が繰り返され続ける。
「さようなら」
最後に母親は冷たくそう言い放つ。
瑞葉は段々と不安が込みあがり闇の中に消え去って行こうとする母親の背中を追いかけようと走る。
だが、いくら走っても追いつくことはない。
手を伸ばしても走りを早めようと、距離は縮まるどころかどんどん遠くなるばかりだった。
瑞葉が最も恐れていた事、それは母親から拒絶される事。
瑞葉は昔、母親に依存し続けていた。
困ったときは母親に相談し宿題の手伝いをしてもらったり、料理を教えてもらったり時には叱られたり。
とにかく、母親の事が大好きだった。
「イヤ……いかないで、いかないでお母さんっ!」
弱々しく、瑞葉は声を震わせながら叫び、走った。
すると、ガシッと背後から右腕を掴まれる。
何かと思い振り返ると、そこには何故かニヤリと微笑む母の姿があった。
「いけない子、私が貴方に罰を与えなければ」
「な、何……お母さん、なの?」
「貴方は私にひどい事をした。 だから私は心に傷を負って、壊れてしまった。 貴方が私を、そうさせたのよ」
無機質な声で母親は瑞葉に告げると、瑞葉の周りには次々と『母親』が現れ、瑞葉の事を拘束し始めていた。
瑞葉は恐怖のあまりに言葉を失っていた。
「だからお母さんはね」
瑞葉を拘束する母親が、徐々に形を崩していき、黒い人影に姿を変えると、瞳を赤く光らせた。
「コンナスガタニ、ナッテシマッタノ」
「い、いや……そんな、嘘よっ!」
瑞葉は母親だった黒い影を振り払い、逃げ出そうとすると周囲には似たような影が瑞葉を取り囲むように集っていた。
「ツグナサイナサイ、アナタノツミヲ」
「アナタモオナジスガタニシテアゲル」
「ソウスレバ、スベテヲユルシテアゲル」
「な、何なのよこれ……誰か、誰か――」
瑞葉は助けを求めようと叫ぼうとした瞬間、闇に覆われたはずの周囲に僅かながら光が射しかかる。
瑞葉は無意識のうちに、その光へと手を伸ばした。
「惑わされないで、よく思い出して。 貴方の母が、貴方自身に告げてきた言葉を」
すると、何処からともなく女性の声が聞こえだした。
何処かで聞いた覚えがあるか、誰の声であるか思い出すことがない。
「お母さん……が?」
瑞葉は先程母親が告げてきた言葉を、思い返した。
決して耳にしたくはなかった、出来れば思い出す事さえしたくはない冷たい言葉の数々。
どれもこれもが、瑞葉自身を否定した言葉であったと同時に、決して母親らしくない……残酷な言葉であった。
「貴方の母親は、本当にそんな人? あれは、本当にあなたの母親だったの?」
「……本当、に?」
本当にアレは、母親だったのだろうか?
いくら瑞葉が遺言を聞き取れなかったからと言って、家族である事すらも否定する母親が、本当に『母親』であったのか?
あれは瑞葉を苦しめ続けていた『瑞葉の中』にだけ存在していた『母親』、最も瑞葉自身が恐れていた母親と全く同じ―――
「そうか、違うんだ……あれは―――私が生み出したっ!」
瑞葉は周囲の影を押しのけて、精一杯差し込んでくる光に向かって手を伸ばす。
「私、怖がりすぎちゃっていたんだ……お母さんの唄が思い出せないからって、自分の事をずっと責めていた。
なのに、私は罪の意識から逃れようと、忘れちゃいけないことを置き去りにしようとしたから……っ!」
周囲の影達はこうしている間も瑞葉に冷たい言葉を投げつけていたが、瑞葉はそれを振り払おうと精一杯手を伸ばし続ける。
だが、まだ光には届かない。
「貴方には立ち向かう力がある。 何者にも侵されず全てを跳ね返す純真なる白、白き力が。 貴方は、アカシャの戦士に選ばれた」
「アカシャの、戦士?」
謎の声は、瑞葉の知らない事を延々と語り続けていた。
不思議と敵意は感じない、しかし心の籠っていない無機質な声は、少し怖いと感じる。
「目覚めさせなさい、貴方の内なる力を……アルマフォースを」
「アルマ……フォース?」
古代文献に何度も出てきていた、不思議な力。
この声の主は一体何者なのか、今自身の身に何が起こっているかは、今は考えられなかった。
ただ夢中になって、瑞葉は目の前に差し掛かる希望の光に手を伸ばし続ける。
「お母さん、ごめんなさい。 私、ちゃんと思い出すから……」
去り行く母親の背中は、もうほとんど見えなかった。
だけど、もし先に行った母親に言葉が届くなら。 届かせることが出来るならと言葉を絞り出す。
「私、ちゃんとお母さんの唄……思い出すんだからっ!
だから、待ってて……もしその時が来たら、ちゃんと天国にまで届くように……大きな声で、歌うからっ!」
瑞葉の胸から暖かい白い光が灯った。
瑞葉は咄嗟に、その白き光が何なのか理解できた。
解き放つんだ、自分の内なる力を。
全ての闇を振り払い、何者にも侵されない絶対領域、白き力を。
「力だか何だか知らないけど、私の中にあるんなら……さっさと目覚めなさいよッ! 私の力……私の、アルマフォォーースッ!」
瑞葉の叫びと同時に、白き輝きが周囲一帯に広がると一瞬のうちに影は消え去った。
同時に、不意に光の中から真っ白な手が出てくると、瑞葉は無意識のうちにガッシリと手を握りしめた。
力強く手に引き上げられ、光の中に連れ込まれた瞬間……真っ白な光に身を包まれた。
ぼんやりと、再び母親が亡くなった時の病室の姿が映し出される。
そこには瑞葉の知っている顔の母親が、安らかに眠っていた。
そこで瑞葉の意識は再び途切れた。