第1話 考古研の日常
1
木造の校舎の一室に、4人の高校生が集まっていた。
机をいくつか並べて一つの巨大なテーブルを作り出し、その上には妙な物が乱雑に置かれていた。
サビついた自転車のサドル、車のタイヤ、壊れた電子レンジ、折れた傘。
並べられているのは明らかにガラクタとしか思えない物を前に、一人の女子生徒は呆然としていた。
女子にしては少し背が高めで、学校指定のセーラー服を着こなし、そこそこスタイルは良い。
腰まで届く長い後ろの髪をゴムで止めたポニーテールがよく似合っている学生だ。
彼女は長い髪を指でクルクルと回しながら、苦笑いをした。
「あー……うん、そうだよね。 私の言い方が、悪かったよね……」
あくまでも笑顔を保ったまま、テーブルを囲うように立つ3人の学生に告げた。
「お、先輩悪いな。 今日はこの後予定があるんだわ、また明日なっ!」
微妙な空気が漂う中、何故か学生服ではなく黒のタンクトップを着た男子学生がニカッと爽やかに笑うと、
鞄を片手に持ちそそくさと部屋を立ち去って行った。
「ふむ、なるほど。 古代人とは我々の文明に近い生活を送っていたに違いないな。 どれも日常的に見かける物と酷似している……実に興味深いとは思わないか?」
「え、ええ。 そうね」
メガネをかけた長身の学生は、先程帰って行った学生とは打って変わって、いかにも真面目かつインテリ感が漂う生徒だ。
「うむ、では明日からは詳しく調査を進めていくとしよう。 既に夕暮れも近いしな」
だが、この男子生徒もまた同じように、そそくさと荷物をまとめて出て行ってしまうのであった。
そして最後に残った一人は、制服がなければ小学生と間違えてしまうぐらいの小柄な少女だ。
黒いセミロングの髪をゆっさゆさと揺らしながら、指先を鼻の上にチョンと置いて考え事をしていた。
すると何か思いついたのか、両手を合わせて天井を見上げると……
「そうだ、今日はタイヤキにしよう」
と、短く呟いたかと思いきや、そのまま何も告げずに勝手に出て立ち去ってしまった。
一人残された女子高生は呆然と立ち尽くしていると、何処からともなく感情が込みあがってくる。
「――な、何でこうなるのっ!?」
誰に告げているわけでもない、とにかく今感じた心の叫びを率直に叫んだ。
しかし返って虚しくなり、ため息をつく。 木製の椅子へとドサッと座ると、額を手で押さえながらいわゆる考える人のポーズをとった。
かつて地球上には現代科学を遥かに上回るほどの古代文明が栄えていた。
その中でも、特に突飛した文明を誇っていたのが『アーシェス文明』と呼ばれる古代文明だ。
アーシェスは古代から英雄を意味した『アカシャ』から生み出された文明と伝えられており、一部では英雄文明と分類される事もある。
恐らくその名も、アカシャから派生してつけられた名ではないかと推測されている。
古代人が残した数々の遺産は現代の技術力では解明できない物も多く
むしろ現代における技術の発展を手助けするにまで至るほど、古代人の技術力は進んでいた。
しかし、有能すぎたが故なのか、アーシェス文明を始めとし数多くの古代文明は廃れていき、滅びの道を辿った。
古代文明が滅んだ原因を記す古代の文献は数多く存在する。
その中からいくつかの仮説は立てられているが、所詮仮説の域を出ずに何故廃れて滅んだ行ったのかは未だに解明されていたいのが現実だった。
彼女の名は『音琴 瑞葉』。 今年で2学年目を迎える現役女子高生である。
瑞葉が通う高校『埼玉県立川越並木高等学校』は、市内でも平均的な偏差値の普通科高校だ。
部活動もそこそこ盛んであったのだが、実は瑞葉は部活動にそれほど熱心に取り込んだことがなく、去年までは帰宅部だった。
中学時代は色々な部活の仮入部を繰り返していたが、どれも身が入らずにいた。
そんな瑞葉が今年になって、とある一つの部活を立ち上げた。
その名も、『考古学研究部』、通称『考古研』だ。
そう、今最も世間で注目を浴びているといっても決して過言ではない、『考古学』に特化した部活だ。
きっかけは単純だ、瑞葉の家は祖父の代から考古学に携わっており、瑞葉は昔から古代遺産をおもちゃのように触れていた事があった。
歴史が深い川越には古代文明に携わる建造物が非常に多く、国内からも考古学者が集まりやすい場所であり
瑞葉の祖父も都内からわざわざこの地にまで引っ越してきていた。
当時から古代遺産に触れるのは当時から好きだったし、それらを研究する部活があってもいいんじゃないかと思い立ち、すぐに行動を移した。
結果、瑞葉は大した苦労もなく部活を立ち上げる事に成功したのだが、ある致命的な問題点を抱えてしまっている。
実は、活動方針が全く定まっていないのだ。
具体的に何をどのように研究していけばいいのかさっぱりわからずに、勢いのまま部活だけ立ち上がってしまったというのが現状である。
せっかく立ち上げた部活だ、このまま何もしないというのもシャクだったこともあり、瑞葉は部員に対して指令を出した。
先祖代々から受け継がれたとか、それらしきものを見たとかそういうのでもいい、とにかく古代遺産と思われる何か持って来いとだけ告げた。
その結果、今瑞葉の目の前には明らかに現代における『ゴミ』以外何者でもない物が、一気に集められてきたのである。
瑞葉が想像したのは見るだけで古代人の技術力や神秘的な力を感じさせるような物を期待していたというのに。
瑞葉が部活を立ち上げて2週間、毎日がこんな失敗の連続だった。
初日は顔合わせで部室に集まってもらい挨拶、その日のうちに部員全員が考古学に全く触れたことがない事が判明。
次の日にもう一度集まって活動方針や活動日についての相談をするが、結果ただの雑談会になって何も定まらず。
三日目、暫定的に活動日だけを決めて部員に展開、再度部室に集まった時には今度は何故か皆でボードゲームを遊び始める。
更に次の活動日は皆がそれぞれ読書やらゲームやらをするだけして、解散。
これでは考古学とは名ばかりのダメダメな部活である。
「大体何なのよ、私はちゃんと古代遺産って言ったじゃない?
そ、そりゃみんながみんな私の家みたいに古代遺産を持っていないのはわかってるけど、
だからって明らかにゴミを持ち込むことないでしょ? それとも私が騙されると思ったわけ? もしかしてあいつらバカなのっ!?」
もし部員達に聞かれていたら、今後の関係に亀裂が生じてしまう事を平然と瑞葉は怒鳴り散らす。
ただ虚しく一人で荒ぶる瑞葉、そう思うと恥ずかしくなったのが深呼吸をして何とか気持ちを静めた。
「大体アイツ何よ、用事って。 どーせいつもみたいにゲーセンなんでしょっ?」
あまりにも上手くいかなかった衝動か、ついにはブツブツと部員の文句を垂れ流し始める。
一番最初に部屋を出て行ったタンクトップの男子学生。
名は『久原 丈一』、入部届の志望理由には「古代文明は漢のロマンを感じさせる」と書かれていた。
古代人の技術力に憧れるのはわからなくもないが、何処かずれてるような印象を受ける一言である。
小麦色の肌にタンクトップといかにもスポーツマンをイメージさせる外見ではあるが、実は彼はとんでもない虚弱体質でケンカもすごく弱い。
ちょっとはしゃいで走り回ると、すぐに息切れする残念な男子学生だ。
自称格ゲーマーではあるらしいが、腕については一切語られていない。
察するにどーせいつも顔真っ赤にして何千円も使い込んでいるんだろう、と瑞葉は想像している。
体が弱い癖に妙に熱血漢であるのも不思議ではある。
というかどうやったら虚弱体質でこんな性格になるのだろうとさえ感じてしまう。
「あのメガネもまぁ、黙ってればそれなりにイケてるんだけどねぇ」
遠い目をしながら、瑞葉はため息交じりで呟く。
丈一に続いて出て行った二人目の部員、メガネをかけた長身の男子学生。
名は『左京 英二』、志望理由には
『私はこれまで考古学という分野に興味を抱かなかった、だが貴方を見てから私の考えは一変した。 私はここまで自分を愚かだと感じた事が――』
と長々と書かれていたが、要は考古学に興味を持ったという事だろう。
思えば今の一文だけで、この男の本質が見えていたはずだが。
外見は瑞葉も認めざるを得ないイケメンであり、実際女子からも人気も高い。
クールで凛々しく、言動から何まで知的な雰囲気を漂わせており、いや頭がいいのは事実ではあるが……問題はその中身だった。
瑞葉は英二のとんでもない中身を思い出すだけでも寒気を感じてしまう程だ。
「一番わからないのは、あの子ね」
そして最後に登場するのが、不思議系少女で全ての説明がつく。
名は『夢咲 凜華』、志望理由には『ほっとけーき』、とひらがなで書かれていただけだ。
当時は思わず首を傾げて30分ほど意味を考えてしまったが、今思えばあれは単純に食べたい物を書いただけに違いないと確信が持てる。
小さい体のくせに食欲旺盛なのだろう、と自己解決した。
黒髪をカールで巻いているのと、本人がふらふらと体を揺らす癖が特徴的だ。
いつも無口でぼーっとしている事が多く、たまに口を開くと意味深な発言をしたり今晩のメニューをふと呟いたり、とにかくマイペースなのだ。
だが、決して集まった部員は嫌いではないし、全てを悪いと言うつもりはない。
ただ一つ、瑞葉はゴミを残された挙句、逃げるように部員が帰ってしまったという事実に腹を立てているだけだった。
「ま、でもしょうがないわね。 部長の私がしっかりしないでどうするのよ、このままじゃ先輩の威厳も何も立たないわ」
全て自分に責任がある、ようやく頭が冷えてきたのか瑞葉は自分を無理やり納得させた。
こうなったら奥の手を使うしかないと瑞葉は椅子から立ち上がり、ゴミと一緒に紛れていた部室のカギを手に取る。
そして開けっ放しだった部室のドアを通り抜け、丁寧に扉を閉めるとガチャンと鍵をかけた。
「困ったときは、大人の力よね」
我ながらナイスアイディアと言わんばかりに、瑞葉は誇らしげに鼻を高くすると職員室へと向かっていった。
2
部室から職員室までの距離は遠い。 校舎内は全4Fまであり、部室は4Fの端を位置する。
そこから職員室に行くには階段を下って1Fまで降りなければらなかった。
もう部室へ戻らないからいいものの、これを往復する事になればうんざりとしてしまう。
いや、実際そんな状況は何度もあったが、今日はこれっきりだろう。
職員室の前に立ち、瑞葉は立ち止まって背筋をビシッとする。
自分より身上の人と話すのは苦手であり、教師が集ま職員室へ入るときは度々緊張してしまうのだ。
少しだけ気分を落ち着かせると、よしと心の中で気合を入れて恐る恐るスライド式の扉を開く。
「おや、音琴くんかね?」
「ぎゃあっ!?」
ドアを開いた途端に瑞葉はビックリして悲鳴ではなく、怪獣の鳴き声のような声を上げてしまった。
慌てて口を塞ぎちらりと目の前の人物を確認すると、丁度お目当ての世界史担当の教師……つまり我が部活の顧問だった。
顔半分を埋め尽くすような黒髭が特徴である初老の教師だ。
ヒゲのせいか顔立ちに威厳があり、目つきも悪い事から怖い印象が根付くが見た目ほど厳しくはない。 むしろ優しい教師だ。
「ああ、すまんな。 別に驚かすつもりはなかったのだが」
「い、いえっ! わ、私がその、勝手に驚いただけです、から」
「そんなに緊張せんでもいいだろう、何度顔を合わせていると思っているのだね。
まぁいい、それよりも職員室に何か用があったのか?」
「え? あ、先生に相談があるんです。 ちょっと、部活のことで」
早速本題に入ろうと切り出そうとするが、ここでふと瑞葉は思い留まる。
考古研を立ち上げた当初、顧問は基本的に放任主義とする旨を瑞葉に伝えていた。
理由は顧問から直接何か指示をもらっていては授業と何ら変わりもなく、せっかくの部活動といえど堅苦しい物になってしまうからという事。
だがどうしても活動方針等が定まらずに、迷走し始めるようなら相談に乗ってやらなくもない。 と、言っていた。
今思えば顧問はこの状況になることをある程度推測していたのだろう。
だが、瑞葉はこうも簡単に助けを求めていいのだろうか?
もう少し自分で考えてから相談に持ち込むべきでは、と今更のように思い立ち始めた。
「ふむ、その様子だとやはりうまく行かなかったようだな」
「……ええ、まぁ」
瑞葉の葛藤も虚しくあっさりと現状を悟られてしまった。
こうなったら素直に頭を下げて大人の知恵を借りるしかないと、ビシッと背筋を伸ばす。
「このままではまともに考古研が機能しません、是非大人の知恵を私にくださいっ!」
「そこまで畏まるな。 確か音琴は考古学に興味はあったが、それ程詳しくはなかったはずだな。
一応聞くが、どんな活動をしようとしていた?」
「えーっと、とにかく古代遺産を実際に見てからこれは何のために使われていただとかそんな事をみんなで話し合おう、かと……」
「ふむ。 なら具体的に何の文明について調べるとか、そういうのは決めているのか?」
「え? ま、まだそういう段階でもなくて……その。 どういうのがあるのかも今一わかってないと言いますか……」
「古代文明にも種類があるからな、例えばエジプト文明やインダス文明と扱うものによって文化も異なってくる。
ま、今最も注目されているのはアーシェス文明であろうな、君も言葉ぐらいは聞いたことあるだろう」
「な、なるほど。 そ、そういえば日本にはアーシェス文明が栄えていたんですよね。 わ、私が集めようとしたのはその文明の古代遺産なんですよ、アハハ……」
何やら尋問されているみたいで、瑞葉は肩をすくめながら恐る恐る呟く。
何だか話せば話す程ボロが出てきて非常に心苦しくなってくる。
顧問はただ、うむと強く頷いた。
「着目点は悪くない、実際に古代遺産の数々を調べていくというのは活動方針の一つとしては正しいだろう。
しかし、君はあくまでも素人だし実際は古代遺産というのはそう簡単に手に入る物ではない。 やり方としては非現実的だ。
勿論私も専門家ではないから素人同然なのかもしれないが……少なくとも、知識はそれなりにある。
音琴にはそれ相応の知識は備わっていない。 部員に詳しい者がいれば話は別だが、恐らくいなかったのだろう?」
「あ、アハハ……面目ない、です」
今までずっと監視していたのではないか? と言わんばかりに、顧問の指摘点は的確だった。
思えば今日集まってきたゴミ達は、部員達が古代遺産をよくわかっていなかったという証明だったのかもしれない。
そうなってくると今度は、何故この部活に志願したのかという疑問点が湧き出てくるが、今は深く考えないことにした
。
「ということは、だ。 まずは知識をつけたらどうだ? 考古学とは何か、古代遺産とは何か?
基本中の基本ではあるが、重要な要素であることは間違いあるまい」
「……それは、その。 つまり、みんなで勉強しましょうって、ことですよね」
勉強が苦手な瑞葉は思わず苦笑いをしながら、顧問に尋ねると意外なことに首を横に振って否定した。
「部活動はあくまでも楽しむことが大事だ。 ただ勉強するだけであれば私が直に放課後勉強会を開いてやった方がよほど効果がある。
しかしこれでは授業と何ら変わらん。 どうせなら部活らしくしたいというのが音琴の希望なのだろう」
「ならば、どうすれば?」
「ここで、お前が求めていた大人の知恵が役立つということだ。
実はこの学校の図書館には古代人が残した文献が大量に残されている、特に君が言った通りこの辺りはアーシェス文明が栄えていたんだ。
アーシェス文明に関する古代文献は大量に残されている。 まずは古代文献を解読していくのをまず活動内容とするのはどうだ?」
「古代文献の解読? それって、私たちにもできるんですか?」
「解読は根気さえあれば誰にでもできるさ。 要は英文を辞書で読み解いていくのと変わりはない。 ま、ある程度『経験』も必要かもしれないがな」
「……なる、ほど」
古代文献の解読。 それは瑞葉には考え付かなかった発想であった。
勿論、古代文献の類は残されていることは知っているが逆にそれを自分達で読み解こうなんて、そんなのできるとは思っていなかったし、しようとも考えなかった。
顧問の話を聞く限り古代文献の解読は思っていたよりも難しくはないようだ。
流石は異なる時代を生きてきた大人だ、と思わず感銘してしまう。
「また何かあったら私を頼るといい、出来れば週に一度部活の様子を報告してくれ」
「わ、わかりました。 早速解読、やってみますっ! あ、ありがとうござましたっ!」
瑞葉は大きな声でお礼を告げて頭を深く下げると、いてもたってもいられずに廊下を走り出す。
1秒でも早く古代文献がどんなものかを見てみたい衝動に駆られていた。
「音琴、廊下は走るな」
と、顧問からの冷静な注意を受け、反射的に瑞葉は足を止めてしまうのであった。
3
学校の図書室はまだ解放されたままだった。
もう少し経てば閉められてしまうので今日はお目当ての古代文献を一つだけ借りて帰ろうと、広い図書室をキョロキョロと伺いながら歩き回る。
すると、何やら古びた本の類がショーケースに並べられているスペースがあった。
厳重に保管されているようだが、どうすれば中身を見せてもらえるのだろうと考えていると近くに張り紙が貼られていた。
そこには赤字でこう書かれている。
『古代文献については大変貴重な資料となっており、貸し出しは行っておりません。
中身の閲覧を希望する場合は、お近くの図書委員にご相談ください』
「そっか、歴史的に貴重な資料だもんね。 そりゃ、原本の貸し出しは行わないか」
むしろこの場に原本が置かれているという事実に驚くべきだろうか。
瑞葉は近くに図書委員、出来れば知り合いがいないかを探すが受付の図書委員以外誰もいない。
あまり知らない人と話すのは得意ではないのだが、仕方ない……と瑞葉は受付まで足を運んで、図書委員と目を合わせる。
「あの、古代文献を読みたいんだけど……どうすればいい、ですか?」
「あら、珍しいじゃない。 ひょっとして考古研の人?」
「え、ま、まぁ。 部長、してまーす……」
まさか名が知れ渡っているとは思わず、瑞葉は苦笑いをしながら告げた。
「ふぅーん、なるほど。 あ、古代文献はコピー本の貸出しか出来ないから注意ね。
原本のほうが雰囲気出るだろうけど、中身は一緒だし、別に構わないわよね? すぐ持ってくるから待っててね」
受付の図書委員は瑞葉にそう告げると、受付を離れて奥の部屋へと姿を消す。
親しみやすそうな雰囲気であったのは助かった、おかげでギクシャクせずに済んだと瑞葉は胸をなでおろす。
数分後、山のように積まれた文献の数々が次々と運ばれてきていた。
古代文献と言えど、どうやら一冊や二冊だけではないらしい。 今見るだけで軽く三十冊は超えていた。
「ごめんなさい、いっぱい種類がありすぎちゃって。 とりあえず適当に目についたのだけ持ってきたんだけど……まだ出す?」
「い、いやいやいいっ! な、なんか悪いし」
単純に古代文献、とだけ告げたのはまずかったのだろう。
親切すぎる図書委員の生徒はあるだけ古代文献のコピー本を持ち出してくれたようだ。
どうやらそこに展示されていたのはごく一部だったようだ。
表紙には日本語でタイトルが記載されている。 丁度お目当てのアーシェスという単語が書かれた古代文献もあった。
どれから手を付けていけばいいかと迷い、一番上に置かれていた本を手に取った。
「こ、これでいいよ。 他はまた今度借りに来るから」
「あら、そう。 それじゃ、手続きを済ませるわね」
瑞葉は図書カードに名前を記載し、手続きを済ませる。
最大で2週間までは借りていられるが、それまでに解読をできるかどうかはわからない。
しかし、これでようやく新たな一歩を踏み出せたと思うと瑞葉は嬉しくて顔がにやけてしまう。
「また来てね、部長さん」
「あ、ありがとね。 それじゃ」
恐らく同学年だろうとため口をきいてしまったが、もし3学年だったら失礼だなと今更気づく。
相手は気にしてないし多分大丈夫だろうと瑞葉は無理やり自分を納得させると、逃げるように図書室を後にしようとする。
「あ、待って」
「は、はい?」
「これ、貴方の携帯でしょ?」
受付の学生が片手に持っていたのは、全身ピンク色でウサギのアクセサリーがつけられた見覚えのある携帯、間違いなく瑞葉の持ち物だった。
「あ、わ、私のっ!?」
「ダメよ、自分の持ち物はしっかり管理しないと」
鞄にしっかりしまっていたはずなのに、どうして落としてしまったのだろうか。
とにかく拾ってもらったことにお礼を告げると、瑞葉は今度こそ本当に図書室を後にした。
4
長いようで短い1日だった。 瑞葉が自宅に帰る頃にはすっかり日も暮れており、夕飯の時間になっていた。
一戸建ての我が家に帰り簡単にシャワーだけ済ませると、ピンクの花柄がプリントされたパジャマを上半身だけ着込んで瑞葉は冷蔵庫の中を見て余った食材を取り出す。
即興で思いついた今日の晩御飯の支度をあっという間に済ませた。
食事は胃の中に詰め込むかのような早食いを発揮し僅か5分程で済ませて、自室へ向かうとふかふかのベッドに思いっきりダイブした。
ボフッと布団の心地よさを感じるとついつい夢の世界へ旅立ってしまいそうになる。
瑞葉は一人っ子であり兄弟はいない。
両親は母親が6年前に他界してしまい祖父と祖母も早いうちに亡くなっており、家族は父親だけだ。
母のことは尊敬していたし、大好きだった。
だからこそ、亡くなった当時はショックのあまりに1週間ほどろくな食事をとることが出来ずに病院に運ばれてしまった事があるぐらいだ。
父親はというと、実は母が亡くなる前までは嫌いだった。
父親の威厳もなく、何処か頼りなさが漂う父親をどうも好きにはなれず、いつもきつく当たって反抗ばかりしていた。
今はそれ程父のことは嫌いではない。 唯一の肉親であるし何よりも昔から優しかったのは事実ではある。
一方的に瑞葉が嫌っていただけだったのだ。
せめて母が生きてる間に父親のことを見直せれば、と後悔すらしているが、所詮子供というのはそんなものなのだろうと自分に言い聞かせている。
「瑞葉、今帰ったよ――」
ガチャリ、と扉が開くと同時に声がすると、瑞葉はハッとして思わず近くにあった雑誌を思いっきり投げ飛ばす。
ビタァンッ! と激しく雑誌が扉に衝突すると、開きかけた扉がそのまま半開きで停止した。
「う、うわ? な、何するんだ?」
「ちょ、ちょっとお父さんっ!? いつもノックぐらいしてって、言ってるでしょ? 私今、パジャマの下履いてないんだからっ!」
「そんなに気にするなら普段からちゃんと履きなさい、みっともないと思わないのか?」
「だって一人だったし……布団のひんやり感を楽しみたかったし」
「全く、仕方ない奴だな。 ご飯は?」
「もう、帰ってきてすぐそれ? ちゃんとテーブルの上に置いてある、さっき作ったばかりだから温めなくてもいいよ」
「ああ、わかった。 いつも悪いな」
ガチャンと扉をしっかり閉めると、父親はそのまま立ち去って行った。
瑞葉は恥ずかしくなったのか下半身に布団を巻くと、鞄から例の分厚い古代文献を取り出した。
「さて、まずはどんなものか私が実践してみないと」
事前の下調べのつもりで瑞葉は辞書を片手に古代文献を開くと、そこにはこれでもかと言わんばかりの古代文字がずっしりと並べられていた。
目がチカチカとしてくるが、我慢して瑞葉は最初の文書を読み解こうと、辞書を引いていく。
ちなみにアーシェス文明に使われていた古代文字はある程度解読が進んでいる。
だからこそ、高校生の部活程度のレベルでもできるのだが。
「えっと、これが……これ、で」
一つ一つの単語の意味を辞書で調べながらノートで訳した言葉を並べていく地味な作業。
古代文献の解読というのは、瑞葉が想像したよりも物凄く地味だった。
最初の数行を解読していくだけで既に三十分は経過している、このペースでは一冊の解読にどれだけかかるのやら……と先が不安になっていく。
「あれ、辞書に載っていない単語? まだ、解読されていないのかな……」
こういう時はどうすればいいのだろう、と瑞葉は首を傾げる。
そういえば顧問が言っていた、解読にはある程度経験が必要かもしれないと。
それが意味することはつまり――
「わからない言葉は、想像しろってこと?」
真意はどうにしろ、今はそれ以外に選択肢はない。
瑞葉はとりあえず訳せたところまでをまとめたノートの文書を読み上げてみた。
「私は後ろに生まれる人にそれに残す。 人類の英知で作られた鉄巨人。 不明な命と争うための精神力」
見事、ちんぷんかんぷんな文書が出来上がってしまった。
単語を直訳しただけなので、ちゃんと文章化が出来ていないのだろう。
この言葉を文書っぽく訳すとしたら……と、瑞葉はすらすらと筆を走らせた。
「我々は、後の世に生きる人類に託す。人類の文明力より生まれし、鋼鉄の巨大兵器を。 未知なる生命体と戦う為の力を……ってところかな?」
半分想像が入った文書ではあるが、いかにもそれっぽさが滲み出てくると思わず楽しくなってきた瑞葉は解読作業を続けていく。
「人の精神力をエネルギーに変換する、力……そうか、さっきの単語ってこの力を現す言葉なんだ。
ってことは、そのまま読むと……アル、マ、フォース?」
恐らくこの古文書独自の固有名詞であろうと推測した瑞葉は、記述されていた不思議な力の事をアルマフォースと訳した。
この言葉だけでは意味がさっぱりわからないが、解読を進めればそのうちわかるだろうと今は深く考えなかった。
「うん、コツも掴めてきたし今日はこれぐらいにしておこう。
それにしても、この鋼鉄の巨兵って……もしかして、ロボットの事なのかな」
古代人類の技術力は現人類を遥かに上回るのは事実ではある。
だからといって遥か大昔に機械の類……ましてはロボットまでもが作り上げられていたのかと言われると確かに疑問は残る。
アーシェス文明は何千年前から栄えていた現代技術を遥かに凌駕した超技術の塊だ。
しかし、ロボットが発掘されたという事は瑞葉は知らないし聞いたこともなかった。
「うーん、疲れてきたしここまでっ!」
今日の疲れがドッときたのか瑞葉は一気に睡魔に襲われて、そのまま枕に顔をうずめると……ブルルッと携帯のバイブレーションが鳴り始めた。
「何よ、一眠りしようと思ったところに?」
口を尖らせながらブツブツと文句を垂れ流し、瑞葉は着信を確認するとディスプレイには非通知と表示されていた。
不審な電話番号はとらないと決めている瑞葉は、携帯を放り出すとなかった事にして再び布団で横になる。 だが、携帯は鳴りやまない。
思わず電源を切ってやろうかと頭によぎるが、もし知り合いだったら後々面倒なことになると、仕方なく電話を取った。
「もしもし?」
恐る恐る瑞葉は小声で語りかけるが……おかしなことに反応がない。
電話が切れているのかと思いきやしっかりと繋がったままだ。
不気味に感じた瑞葉は電話を切ろうと耳から携帯を話そうとした瞬間――
「絶対に、その携帯を肌身離さず所持していてね」
「へ? あ、あの……どちら様?」
相手が一言だけ伝えると、電話は切れてしまった。
あまりにも謎すぎる電話に首を傾げるが、どうせ悪戯だろうと携帯をベッドに放り投げて枕に顔を埋めた。
数分もしないうちに、瑞葉は深い眠りについた。
5
放課後、今日は活動日ではなかったが瑞葉は部員全員に緊急招集をかけていた。
勿論、活動日ではないので参加を強制しているわけではないし最悪誰も来ないという可能性も十分にあり得る。
部長として遅刻は許されないと瑞葉は猛ダッシュで階段を駆け上がり、部室へと向かった。
ちなみに瑞葉の教室は2階ではあるが、意外と部室までの距離はある。
ようやく階段を登り終えるとまだ人の少ない廊下をダッシュで駆け抜けていき、突如急ブレーキをかけて足を止める。
部室の前に、既に先客がいたのだ。 ユラユラと体を揺らし、何処かご機嫌そうに鼻歌を口ずさんでいる……間違いなく「夢咲 凜華」だ。
慌てて呼吸を整えて汗を拭うと瑞葉は笑顔で肩に手をポンと置いて声をかけた。
ビックリしたのか、凜華は鼻歌を辞めて目を丸くしていた。
「あ、ごっめーん。 早かったね、凜華ちゃん」
「……りすとら?」
「へ?」
何のこと、と言わんばかりに瑞葉は目を丸くすると何故か凜華はシュンとして俯いてしまう。
ひょっとして、肩に手を置いたことを言っているのか。
どう反応していいかわからず苦笑いをしながら、瑞葉は必死で言葉を探した。
「あー、メール見たんだよね? 部員なんだし、ちゃんと部室の中で待っててくれればよかったのに」
それを聞くと凜華はクイッと瑞葉の袖を引くと引き戸式の部室の扉を指さす。
それでようやく凜華が何を言わんとしていたか理解した。
「あ、ああ鍵ね。 待っててね、今開けるから―――あ」
瑞葉は鞄を開こうとすると、ふと動きをピタリと止めて固まる。
よくよく自分の行動を思い返すと、一番乗りをしようとダッシュで階段を駆け上がってきていた。
しかし、部室は基本的に使用しない時は鍵をかけられていて、職員室から鍵を駆り出す必要がある。
つまり何を言いたいのかいうと、瑞葉は鍵を持たずに直接部室まで来てしまったということだ。
それはわざわざ1Fまで降りて職員室まで行って鍵を取りに行くという苦行を受けなければならない事を意味していた。
「うぎゃーっ! 私のバカーッ!!」
瑞葉は両手で頭を抱えて悲鳴に近い声を上げた。
すると、フルフルと凜華は首を振り瑞葉に何かを手渡す。
いきなり何を、と思いながらも流れで瑞葉は受け取るとそれはアイマスクだった。
「つ、つけろって?」
「秘密主義、なの」
何処か意味深な言葉を呟き、凜華はニヤリと笑う。 わからない、本当にこの子がわからない。
瑞葉は詮索するのはよそうと、言われるがままにアイマスクをつけた。
勿論、周りは真っ暗で瑞葉は今何も見えない状態である。
パシャッ、気のせいかシャッター音が聞こえた気がする、何故?
ガチャリ、今度は鍵の開いたような音が聞こえだした。
「終わったよ」
「終わった?」
凜華の合図を聞き多分アイマスクを外していいのだろうとずらすと、何故か鍵がかかっていたはずの入り口はしっかりと全開になっていた。
「な、何したの?」
「乙女はたくさんの、秘密を持っているの」
「ひ、秘密?」
「アイマスクはあげる、今度から持ち歩いといてね」
「あ、ありがと……」
鍵でも隠し持っていたのだろうかと結論付けて瑞葉は苦笑いをすると、何やら背筋から危機を訴えるかのように寒気が走る。
この気持ち悪い気配は……と瑞葉が振り返るとそこには、メガネをかけた細身の男子学生「左京 英二」の姿があった。
「ごきげんよう、音琴くん」
「さ、左京くん? 私、一応貴方の先輩なんだけど?」
あくまでも穏やかにやんわりと瑞葉は指摘する。
何が悲しくて年下の男から君付けされなければならないのだろうか、と心の中で深いため息をついた。
「フ、何を言うか。 確かに私は1年遅くこの世に生を授かったのかもしれない。
しかし何故私が1年遅く生まれたのか、そこには意味があるのだよ。 即ち、世界は君が中心になって回っているのだと」
「そ、そんなばかな、アハハ」
何を訳の分からないことを言い出すのかと、瑞葉は顔をひきつかせる。
あくまでも穏やかに、優しく、時にはちょっぴり厳しく、だけど暴力だけはダメ。
瑞葉は自らが決めた後輩に対する接し方のお約束を頭の中で繰り返す。
私は後輩に優しい、おしとやかなお姉さん。 決してガサツは女ではない、と呪文のように。
「そう、私は音琴くん……君に選ばれた騎士だったのだ。 私は君と強く結ばれる為にこの世に生まれてきたっ!
さあ、今日こそ確かめなければならない……私のこの――」
左京は長々と語りながら、おもむろに上着を脱ぎだした。
刹那、危険を察した瑞葉は音速の如く鉄拳をクリーンヒットさせ、ブボァッ! と血を噴きながら英二は宙を3回転して地面へと激しくたたきつけられた。
「だから、脱ぐなって言ってるでしょっ!?」
本能的に危険を察した瑞葉ではあるが、実は今回が初めてではない。
『左京 英二』、学年TOPの成績を抑えエリートの座を手にし、瑞葉もイケメンと認めざるを得ない外見を手にしたこの男は実はとんでもない欠陥を持ってしまっていた。
一つ、自ら鍛え上げた美しいボディをやたら人に見せたがる。
二つ、感情が高ぶると何故か脱ぎ始める。
三つ、瑞葉に惚れている。
四つ、最近分かったことだがドMの可能性あり。
天は二物を与えず、と言わんばかりの残念なイケメンだった。
どうして考古研の男性陣はろくなのがいないのだろうと瑞葉は嘆く。
「クッ……いい拳だ、君が男であれば拳で語り合うこともできたかもしれん」
ちなみにこの通り、どれだけクリーンヒットを受けようが物凄く立ち直りも早い。
「ご、ごめんね左京くん。 つい、本能的に危険を察しちゃって」
出来れば怖い先輩だと思われたくない為、一応瑞葉は一言だけ謝った。
その後、気にしなくてもいいと立ち上がりながら英二が脱ごうとし始めているのを見て
2発目の鉄拳が繰り出されると当たり所が悪かったのかしばらく起き上がってこなかった。
どうせ立ち直りは早いので、心を鬼にして瑞葉は無視を決め込んだ。
「ゼェ……ゼェ……ま、毎度毎度あの階段はきついぜ……」
一番最後にやってきたのは、なんちゃってスポーツマンこと『久原 丈一』だった。
何故かマラソンで何十キロも走ってきたかのように顔を青ざめさせながら、フラフラと部室に入るとガタンッと椅子の上に座った。
「ちょっと、大丈夫?」
「これくらいなんともねぇさ、先輩ッ!」
親指をグッと立て、爽やかな笑顔を見せるが、顔は青ざめているしどう見ても大丈夫には見えない。
一体どんな走り方をすればここまで死にかけるのやら。
「いつもより調子悪そうじゃない、一体何したの?」
「緊急招集だっつったから、ダッシュで駆け上がってきただけさ」
それだけで今にも死にかけそうに? と、瑞葉は思わず呆然としてしまう。
ちなみに瑞葉も全力で階段を駆け上がってきたが、息切れはしたものの丈一ほど死にかけてはいない。
というより、どんだけ体力がないのだろうこいつは、と内心呆れていた。
何はともあれ、無事部員が全員集まってくれたのは純粋に嬉しく思う。
多少クセが強いところはあるが、部活に対する情熱はやはり志願しただけあって持っているようだ。
「さてと、急に呼び出してごめんね。 実はちょっと、今後の活動とかについて話しておこうかなーって思って」
「活動? 今までちゃんと活動してきてるじゃないっすか」
「え、えーっと……まぁ、それはそうなんだけど」
丈一はあくまでも考古研としての活動を行っている認識だったらしい。
一番遊んでいた本人から面と言われるとグーで殴りたい衝動に駆られるが、何とかこらえる。
「昨日の古代遺産について何かわかったということか?
確かに興味深いところはあった、あれはどう見ても我々の時代のものとしか思えない物ばかりが――」
「あれってそもそも古代遺産かぁ? ぶっちゃけ俺、その辺のゴミにしかみえねぇんだよな」
「い、いいのいいの。 昨日のは忘れて」
この二人もしかしてわかっていてゴミを持ち込んだのではと思わず疑いたくなったが、昨日のことは忘れようと瑞葉は綺麗に流す。
そして鞄の中から例の古代文献のコピー本を取出し、ドンッと机の上に置いた。
「あのね、私達ってまだまだ昔のことをよく知らないと思うの。
だから、古代人が残した文献をみんなで力を合わせて解読していくって事をやっていこうと思うんだ」
「こ、古代文献の解読ぅ? そ、そんな本格的な事やっちゃうのかっ!?」
「ほう、興味深いな。 話したまえ、音琴くん」
「だからアンタ――いや……えっと、左京くん。 私に君付けは、どうかなーって」
思わず一瞬だけ素が出てしまったのを慌てて言い直したが、英二は強く頷くと、何故かニヤリと笑う。
「フ、ならば君も全てをさらけ出すといい。 いつまでその偽りの仮面をつけているつもりだね、音琴 瑞葉」
「い、偽りの仮面って……」
こいつ何を言い出すの? と、思わず口に出してしまいそうになったが、瑞葉は無理やり笑顔で誤魔化した。
「そうっすよ、先輩。 俺達はこれから長い付き合いになるじゃないっすか。
もっと開放的になれば、もっとこの部活よくなりますって」
「べ、別に私はその、真面目にやろうだとか、そんな事言ってるわけじゃなくて、ね」
「そうだ、全てを脱ぎ捨て……君の全てをさらけ出せっ!」
「アンタが言うといやらしく聞こえ――あ、いや、その……」
反射的につい、口を滑らせてしまう。
このままでは後輩に対して口の悪い最低な先輩になってしまうと、何とか誤魔化そうと頭の中をフル回転させた。
「そうだ、それでこそ君だ音琴 瑞葉っ!」
「先輩ってなんかぎこちないっつーかかたいんだよなぁ。 俺らの前だと無理してるってのがわかっちゃうんだって」
「な、何を言っているの? わ、私は後輩想いの優しい先輩なんだからっ! ね、そうだよね、凜華ちゃん?」
何か嫌な流れになってきたところ、全く話題に入ってこない凜華に助けを求めるが
「うん、トンカツでいいよ?」
「聞いちゃいなーいっ!?」
完全に自分の世界に入りきっている凜華に助けを求めるのが無駄たと気づいた頃には既に時は遅かった。
ついノリで突っ込みをいれてしまい、もはやこれ以上無理かと悟る。
こうして瑞葉は後輩想いの優しい先輩を演じることに失敗し、深いため息をついて落胆とした。
「あれ、どうしたんすか?」
「―――何でもないわよ、どーせ私はガサツな女なんだからっ!」
いっそ開き直ってしまえともはや瑞葉は自暴自棄になると、本題からかなりズレていたことに気付き
コホンと咳払いをして、仕切り直す。
「つまり、みんなで古代文献の解読を行って、知識を身に付けようかなって。
何冊か解読していけば、それを文化祭でも展示できるだろうし……地味かもしれない、けど」
「いいねいいね、古代文献の解読っ! ロマンに満ち溢れていて、俺のハートに熱き炎が焚き付けられてくるぜぇっ!」
「いい案だな、確かに我々は考古研を名乗っておきながら、あまりにもド素人すぎる。
ここで知識レベルを上げて行って、いずれは解釈について議論し合えるぐらいになればなおベストだろう」
「あ、いいね左京くん。 そういうのやりたいよねっ!」
流石は学年1位を位置するだけはあると褒めたいところではあったが、ここで褒めると脱ぎだしかねないので余計なことは口にしない。
ちなみに凜華も賛成を意思しているのか何処からともなくスケッチブックを持ち出し、可愛らしい文字で「のーぷろぶれむ」と、書かれていた。
何故その口で告げず、スケッチブックに書いたのだろうか、恐らく意味はないだろうが。
「とりあえずさ、私が試しにやってみたのを元に、早速皆でやってみない?
慣れてきたら担当分けとかもできたらいいと思うんだけど」
「先輩の優しい優しい指導があれば、みんなすぐ解読できるんじゃね?」
「そ、そう? わ、私はうん、ほら、優しい先輩、だもんね」
「うむ、是非私に全てを教えてくれ、音琴くん」
「だから「くん」は辞めなさいって、後その変態的な言い方もや・め・な・さ・いっ!」
反射的に瑞葉は左京をビシッと指すが、部員達は何故か目を丸くして、不思議そうな顔を見せている。
「な、何? ど、どうしたのよ?」
「おお、気のせいかいつもよりも音琴先輩が生き生きとしている!?」
「確かに、そう見えるな」
「……そうかも」
丈一や英二だけではなく無口で何を考えているかわからない凜華までもが同じことを言い出すと逆に瑞葉はポカーンと口を開けたまま立ち尽くしてしまう。
もしかしてこの3人には優しい先輩としての瑞葉ではなく、ちょっと棘の入った口の悪い先輩が求められているということなのだろうか?
「そういや音琴先輩、どうして夢咲だけ名前で呼んでるんだ? 俺らも名前で呼んでくれよ」
「え? だ、だって女の子同士だし、細かい事はいいじゃない」
「フ、これから共に活動していく仲間に男も女もあるまい。 時には性別の壁をぶち壊してしまうのも手の一つだ、異国の地では異性同士が――」
「これ以上続けると……な、殴るわよ」
「流石にあの拳を食らうのは、ノーセンキューだ」
何となく扱い方がわかってきた気がすると瑞葉は思わずにやけた。
活動方針も決まったし、部員との距離も何となくではあるが縮まった気がする。
この調子で活動を続けていけば、充実した日々が送れるんじゃないかと期待を抱いた。
「今日はとにかく、解読やってみよ。 ほら、みんな教えるから集まって」
瑞葉は古代文献を開き、その場で昨日自らがやった解読についてやり方を教える。
その際にみんなで解読法について意見を出し合ったりとしていき、順調に古代文献の解読が進められていく。
ようやく、本当の意味で考古研がスタートラインに立った瞬間だった。