第11話 決断の時 ①
1
突然、目の前から自分以外の全てが消え去った。
別に驚きはしない、既に何度も経験している事。
ほんの少し前まで、芝生の上で横になって星空を眺めていた。
いつ見ても変わらない星空は、まるでこの世界の時が止まっている事を示すように見えてしまう。
だから、星空を眺めるのはあんまり好きじゃなかった。
今、この地には何も残されていない。
始めから何もなかったかのような荒地がただ延々と広がっている。
建物が消え去り、人々も消え去り、草木までもが突然消えてしまった。
ただ一人、精神世界へ行く事が出来ないヴィクターだけを取り残して。
「やっぱり、こうなってしまったわ」
ヴィクターはため息交じりに呟いた。
彼女らは絶望しただろう、切り札と信じていた唄が招いた最悪の事態に。
唄の意味は知っていた、でも……決して嘘はついていない。
本気で世界を救うと考えるなら、唄は使わざるを得ないだろう。
恨まれようがどう思われようが関係ない。
ヴィクターはただ、全てに絶望していた。
もはや新たな戦士達に希望を託す事すらできず、ただひたすら現実を見せつけるだけだった。
世界は輪廻に捕らわれた、もはや逃れることが出来ない宿命……浄化プログラム。
ヴィクターの役割は、戦士達にプログラムを託す事。
そして、世界を継続させ続ける。
この狂った世界を保つ為には、狂った方法を使うしかなかったのだ。
「これで、よかったのよね」
ヴィクターは告げた。 それは独り言ではない、だけど決してもう届くはずのない言葉。
かつてアリサと名乗っていた自分が唯一絶対的に信じることが出来たアカシャの戦士『カズキ』に届けと願うように。
2
何が起きているのかわからない。
瑞葉達が苦労して手に入れた唄が引き起こしたのは最悪の事態だった。
ヴェノムに対抗するための唯一の切り札と信じていた唄が、想像とは全く逆の事態を引き起こしてしまったのだ。
ヴィクターに騙されたのか、はめられたのか?
だが、瑞葉は受け入れる事が出来なかった。
母親が残した唄が、こんな事態を引き起こした事実なんて、受け入れたくなかった。
「冗談じゃねぇぞ……やばい数のヴェノムが迫って来てやがる」
「狙いは私達? それとも……」
凜華は閉じられていたオルゴールに目を向けた。
先程の衝撃に紛れて閉ざされてしまったのだろう。
あの唄がヴェノムを呼び、街全体を精神世界へと引きずり込んだ。
今はっきりとわかる事実は、それだけだった。
「……クソッ、やるぞっ!」
丈一は瑞葉と凜華に向けて叫んだ。
「戦うの?」
「やるしかねぇだろ、むしろ逆にチャンスだと思うぜ?
こんだけ奴らが集まってくれてんだ、いちいち探しに行く手間が省けるだろ?
いずれにせよ俺達はヴェノムと戦う宿命にあったはずだ、なら今やるしかねぇだろっ!」
丈一の言う通りだ、そう思って瑞葉は立ち上がろうとした。
しかし、足が竦んでうまく立ち上がれない。
「……あれ?」
何かが変だ、身体が重い。 まるで全身が押さえつけられているかのように動けなかった。
手が小刻みに震えている、恐怖を感じているのか? 何に対して? ヴェノム? ヴィクター?
……違う、決断を迫られる時が、近づいているからだ。
「どうしたんだよ先輩、座ってないでさっさとアーシェスにっ!」
瑞葉はぐいっと腕を引っ張られると、そのまま力なく倒れてしまった。
結局、空回りし続けただけだった。
悩みに悩んで必死にあがいて、やっと手にした手掛かりが招いた悲劇。
唄は希望とはなりえなかった。
ただ単に、希望を絶望に染め上げただけだったのだ。
「アルマフォースが低下している……このままじゃ、合体もできないかもしれない」
「なっ……ど、どうすりゃいいんだよ?」
凜華は心配そうに瑞葉の事を見つめていた。
大丈夫だよ、と笑って返したかった。
だけど、笑う事すらできなかった。 いつものように空元気で乗り切る事も出来ずに、表情を歪めてただ涙を流す事しかできなかったのだ。
なんて自分は脆くて弱いのだろうか。
これほど自分の弱さを呪いたいと思った事はない。
そこにヴェノムが迫ってきているというのに、仲間が今戦おうと決意してくれたというのに。
瑞葉は身動き一つとれずに、ただ恐怖に襲われて震え上がる事しかできなかった。
「おい、どうしちまったんだよ……立てよ先輩、このまま俺達人類がヴェノムに負けちまってもいいのかよっ!?」
丈一が瑞葉に向かって叫んでも、何かが変わる訳ではなかった。
瑞葉は死んでしまったかのように横たわったまま、動かなかった。
「……先に行く。 俺達は、先に行くからなっ!」
丈一は自らの意思を示すように、瑞葉に向かって叫んだ。
「行ってくるね」
同時に凜華も、一言だけ伝えると部室から飛び出していった。
みんなと一緒に行かなければ、こんなところで寝ているわけにもいかない。
頭の中ではそう思っていても、身体は言う事を聞かずにせいぜい地べたを這いずる事しかできなかった。
やっとの思いで壁まで辿り着いても、それ以上は身動き一つ取る事が出来ず、せいぜい壁に背を預ける程度しかできなかった。
「――私はもう、戦えない、のかな」
こんな事態だというのに、皆をまとめられずに一人足を引っ張るというのか。
何となくだが、アルマフォースが自らを縛るように体を押さえつけようとしている、そんな感覚がしていた。
恐らく、無意識のうちに自分がそうしてしまっている。
瑞葉は薄々と悟ってしまったのかもしれない、ヴィクターの言葉が真実であったことを。
何をしても無駄だという事に気づいてしまったのかもしれない、と。
もう頑張らなくていい、必死にならなくていい。
どうせ全て無駄だったのだと、心のどこかで認めてしまいそうになっているのだ。
「――どうして、こんな事に」
瑞葉に今できる事は、せいぜい今この場で起きた事が夢だったと願うだけだった。
3
丈一と凜華は校庭へと飛び出すと、自らのフライターを呼び出した。
精神世界上であれば、アカシャの戦士は自在にフライターを呼び出すことが出来る。
二人は迷いなく、ほぼ同時にフライターに搭乗すると空高く浮上した。
「どうする、敵は複数だよな? 確かアーシェスは単体変形もできるはずだろ?」
「ううん、合体したほうがいいと思う。 その方がアルマフォースを効率よく使えるはずだから」
凜華は長期戦を想定した上でそう答えたのだろう。
丈一は少しゾッとしたが、今更退く理由もないと腹を括った。
「とにかく、ヴェノムの奴らを叩き潰すしかねぇんだろ?」
「うん、そうじゃないと……」
「いや、いい、 今は目の前の問題だけを片づけようぜ」
それ以上は聞きたくない、凜華も察してくれたようだ。
二機のフライターは宙で合体し、ビルブレイズの形態で地上へと着地した。
早速校庭にはウネウネと蠢く黒い物体が侵入していた。
恐らくヴェノムだろう、早速仕掛けようとビルブレイズが飛びかかった。
しかし、小型のヴェノムは素早く動きを上手くとらえることが出来ない。
タイミングを見計らおうと丈一は神経を集中させた。
「オラァッ!」
タイミングを計り飛び込んだビルブレイズは、見事ヴェノムを蹴りでぶっ飛ばすと
続いて2匹、3匹と湧いて出てきたヴェノム達を蹴散らしていく。
徐々にサイズの大きいヴェノム達がワラワラとビルブレイズを囲むように集い始めていた。
「囲まれたみたい、気を付けて」
「こんぐらい、屁でもねぇっ!」
丈一の華麗なコントローラー捌きに対応し、ビルブレイズは一体一体確実にヴェノムをなぎ倒していく。
正面から迫りくるヴェノムを殴り飛ばし、続いて隙をついて懐に飛び込んだヴェノムを踏みつける。
更に背後から不意打ちを仕掛けたヴェノムに対して回し蹴りを決めると、まとめてヴェノムが吹き飛ばされていった。
「ヘッ、なんだよ。 いつもの奴らより大した事ねぇんじゃねぇか?」
「待って、まだ反応が消えてない」
少し余裕を見せた丈一だが、凜華の一言を聞いてやっぱりかと舌打ちをする。
倒れていたヴェノムが一斉に立ち上がると、赤い光を灯しゆらゆらと気味の悪い動きでビルブレイズに近づいてきていた。
「な、なんだ?」
「アルマフォースの反応……高く上昇したほうが、いいかも」
「わ、わかった」
丈一も何か嫌な予感を察していたのか、凜華の指示に従い、空高く飛び上がった。
その瞬間、カッと真っ白な光が視界を覆った。 数秒後、凄まじい爆音が耳に飛び込んだ。
「な、なんだよっ!?」
一瞬爆発に気を取られた丈一は、下の様子を見ようとした瞬間に、ガァンッと何かが衝突したような音が耳に響く。
爆発に紛れて何かがぶつかったのかと思い確認しようとすると――ガァァンッ! と、激しい爆音と共にコクピットが激しく揺れた。
「うおぁっ!? なんだ、何が起きているんだよっ!?」
「ヴェノムがアルマフォースを暴発させてるみたい」
「おいおいシャレにならないぞ? どうすりゃいいんだ?」
もしや全てのヴェノムが自爆を仕掛けて来ようとしているというのだろうか?
どうやら何が何でもヴェノムはアーシェスをどうにかしたいと考えているようだ、人類がヴェノムを敵対視しているのと同じように。しかし、二人分の力ではヴェノムを完全に鎮圧する事ができないようだ。
せめて瑞葉の白の力があれば凌げたのかもしれないというのに。
「私に変わって、何とかできるかも」
「本当か? ま、任せちまうぞ?」
「うん」
凜華が何か策を思いついたのか、自信満々に答えた。
丈一はパイロットを交代させるために一度変形を解除し、サイティスへと変形させた。
凜華は黙々とキーボードをたたき続けていると、サイティスから黄色い光の輪がいくつか出現し始める。
すると、それらが一斉にヴェノムに向けて飛び交っていった。
光の輪は次々とヴェノムを拘束し、見事その動きを封じて見せた。
「おお? な、何したんだ?」
「今のヴェノムは、全て同質のアルマフォースだったの。
アルマフォースを極限まで解放させることによって暴発を引き起こすなら、強制的に別パターンに変換させて放出させるように仕向けた」
「そんな事できんのかよ?」
「ただ、その場凌ぎにしかならない。
サイティスではあれだけの数を制御しきれないし、波長パターンを変えられてしまえば再解析を行う必要がある。
それに一度に拘束できるのは同じアルマフォースの力だけ、つまり今は赤のアルマフォース」
サイティスはデータ解析に特化した形態ではあるが、凜華の応用次第で予想以上の力を引き出しているようにも思えた。
やはり英二と同等の知恵を持つ彼女は文字通り天才の類なのだろうと改めて丈一は思い知らされた。
「なら、その間にとどめをさしちまえばいいんだよな?」
「うん、ビルブレイズの火力があれば今度はきっと倒し切れるはず」
「なら、変形だっ!」
凜華が変形を解除すると、丈一はもう一度ビルブレイズへ戻ろうと合体し直そうとした。
その瞬間、銃声と共に青き一閃がフライターの間をすり抜けていく。
「この光……っ!」
丈一は勘付いた。
今の青き一閃は何度も見た覚えがある、自分の記憶を辿るまでもなく答えはすぐに出ていた。
「……テメェか、英二」
フライターに銃を向けていたのは、かつて同士だった、同じ目的を持った仲間だったはずの男が乗る『ブラックアズール』の姿があった。
「――これで、わかったよ」
英二は通信で低い声で呟く。
その声は震えている、恐怖や悲しみではない。
怒りに満ち溢れているように思えた。
「ヴィクターも君達も、誰一人世界を救う事が出来ない。 世界を救える可能性を握っているのは……僕達だってね」
「なんだ、お前も唄を手にしたのか? だけど、唄は――」
「唄? そうか、やはり君達が唄を使ったのか……唄の意味も知らずに」
「唄の意味、知っているの?」
凜華は丈一よりも先に尋ねた。
「何も知らずに唄の力を使おうとしたなんて……やはり君達は全くわかっていない。
唄なんて所詮、ヴィクターの罠だとも知らずに」
「ヴィクターの罠っ!?」
薄々勘付いていたが、英二の一言で確信した。
やはりヴィクターは、アカシャの戦士である瑞葉達に唄を使うように仕向けたのだ。
唄の事を隠していたのも、遠まわしにヒントを与えて唄に辿り着かせたのも。
全ては、ヴィクターの策略通りだというのか。
「そんなことない、唄はちゃんと世界を救える可能性を秘めている」
が、凜華は即座に否定した。
これだけの事態を引き起こしておきながら、ヴィクターを信用しようというのか?
認めざるを得ないはずだ、どんな意図があったにしても自分達が今の事態を引き起こしてしまった事に。
「違うわ、唄は切り札ではない。 あれはアカシャの戦士達がヴェノムを呼び寄せる為に作り出された最終兵器なのよ」
「ヴェノムを呼び寄せる為に?」
英二とは別にもう一人の搭乗者が続けていった。
恐らく英二を変える切っ掛けとなった『香奈』が一緒にいるのだろう、英二は事態を察して二人でここまで駆けつけたのだろう。
「そうだ、つまり君達は世界の命運をかけてヴェノムとの決戦へのゴングを鳴らしてしまったんだ」
「――ふざけんなっ!」
嘘だと言ってほしい、自分達が信じた唄は……ただそれだけの為に作られたものだというのか?
認めたくない、自分達が導き出した唯一の希望が、絶望に変わってしまうのを。
「もうすぐヴィクターが動くはずだ、君達に浄化プログラムを作動させようと。
だけどそうはさせない、ヴィクターが世界を破壊する前に……僕達が君達を止める」
「しょ、正気かっ!?」
「僕に迷いはない、かつての仲間だったと言えど……僕は世界の為なら、君達を撃つだけの覚悟はある」
英二の言葉に迷いはなかった。 それは同じアカシャの戦士でありながらも、敵対する事の意思表明だ。
英二は完全にヴィクターを敵対視していた、この結果から見れば明らかにヴィクターが信用できないのは事実としか言いようがない。だからこそ、凜華も丈一も彼を否定することが出来なかった。
「そんなの、おかしいよ」
凜華は英二に伝えた。 短い一言であったが、声は震えていて悲しみの籠った重みのある一言だった。
「今、私達がやるべき事はヴェノムをどうにかする事。 同じ目的を持って同じ敵と戦う事にあると思う。 違う?」
「……ダメだ」
「どうして?」
「君達がどう思おうと……ヴィクターが後ろにいる限り、僕は君達の事を完全に信用する事なんてできない。
君達がヴィクターと敵対する事を証明するか、それともヴィクターが正しい事を証明しない限り……」
「俺達が信用できねぇっていうのかっ!?」
「ああ、そうさ。 現に君達は、ここまで世界を追い込んだっ! 違うかっ!?」
丈一は英二の言葉を否定しようとしたが、出来なかった。
事実を突きつけられて、言葉を失ってしまった。
唄の力をわからずにヴィクターに上手く操られてしまったという事実を、どうしても認めたくなかったし、受け入れる事が出来なかったから。
「……戦えって言うのかよ、こんな状態でよ」
既にヴェノムは次々と姿を現し、学校周辺にはヴェノムによる包囲網が作られていた。
ヴェノムをどうにかしなきゃいけないのに、アーシェス同士なんかで戦っていたら世界は――
だけど、戦いは恐らく避けられないと悟った。
「丈一、わかってほしい。 僕も君達と戦うなんて真似はしたくない。
ただ、共に手を取り戦う為には……どうしてもケジメをつけなければならない」
「――なら、来いよ」
丈一はレバーを握りしめながら呟いた。
「いちいち考えるの面倒だ、こうなったら納得がいくまで……拳で語り合うまでだ。
テメェが負けたらさっさと退け、んで俺達が負けたら……とどめを刺せ、それでいいな」
「……それが君の答えか、丈一」
凜華はそれ以上、何も言わなかった。
こうなってしまっては止める事はできないだろう。
闘うしかないと悟ったか、或いは戦いの果てで何かが変わる事を期待したのか。
決して望まれた戦いではない、しかし互いにけじめをつけるためには避けることが出来なかった。
互いに強い目的を持ち、希望を信じて戦い抜いてきたのだ。
互いの命運をかけたアーシェス同士の戦いが今、始まろうとしていた。