先代の記録 ④
1
白い石板に記録されていたオルゴールの作り方は少々特殊だった。
そもそも唄自体はアルマフォースで構成されている事もあって、イメージ的にはアルマフォースを箱の中に蓄積させ、
その力を解放する事によって音が奏でられるという仕組みだ。
そのアルマフォースを蓄積させる作業というのを、凜華は一人で地道に続けていたという。
凜華は端末を操作し何やら高速でキーを叩いているが、正直瑞葉は何をやっているのかさっぱり理解できない。
元々PCが得意だった凜華だからこそ、ここまでスムーズに解析できたのだろう。
「石板に触れている間、私の中に唄が生成したアルマフォースが流れ込んでくる。
私がやっているのは、身体に流れ込んできたアルマフォースの力を分析し、箱の中で再構築する事で唄の持ち運びをできるようにしているの」
「でもそれって、音楽だけって事なんでしょ?」
「ううん、ちょっと違うかも。 アルマフォースが唄ってるというか、表現が難しいかもしれないけど」
唄を持ち運ぶ、今一この表現にピンとこない瑞葉であったが、あまり凜華の作業を邪魔してはいけないと思いそれ以上は聞かなかった。
しかし、これだけ特殊な方法で生成されている唄だ、間違いなく何らかの効果には期待できると思われた。
同時に瑞葉の中で不安が生まれる、ここまで厳重に封じられていた唄の力を使っていいのかどうか。
それだけではない、瑞葉のアルマフォースが唄の力をはじいている事も気になった。
確かに純真なる白は何者にも侵されず、全ての力を弾き返す力はある。
アルマフォースで生成されているのであれば理屈は通っているのだが、何故か引っかかるのだ。
「終わった、これで唄の持ち出しが可能になった」
「もう終わったの?」
「ほとんど徹夜で作業してたから、後は仕上げだけだったの」
目の下にクマが出来てたのはそういう理由だったのかと納得する。
凜華が一人になっても調査を続けていたのに自分が何をしていたのかを思い返すと、本当に申し訳ないと感じた。
「でも、多分唄の効力を引き出すには私達も歌わないといけないと思う。 今のうちに練習しないとね」
「う……あ、あんまり得意じゃないんだけどなぁ」
世界の為と言えど、人前で唄うのは気恥ずかしい。
瑞葉は未だにカラオケに行ったすらない程、唄うのが苦手だ。
「それじゃあ、続きは明日かな?」
「ううん、一旦部室へ戻った方がいい」
「え? どうして?」
「昨日からヴェノムの動きが活発化してるみたいなの。 きっと、唄のアルマフォースが原因だと思う」
凜華は深刻そうに告げた。
何故凜華にそんな事がわかるのだろうか、瑞葉はヴェノムが活発化しているだなんて言われても今一ピンとこないというのに。
「見て、あれを」
凜華は白い石板の近くに生える草を指差した。
よく見ると風もないのに草が揺れているし、少し黒い霧のようなものが目に見える。
あれは一体何なのだろうか?
「それと携帯の電波もさっきから安定していない。 多分、このまま電話を使うとヴェノムに襲われる可能性がある」
「た、確かに……何か嫌な予感しかしないわね」
「だから、急ごう。 できれば久原君も呼んだ方がいい」
「わ、わかった。 とにかく今はここを離れようよ」
凜華から丈一に連絡するよう提案された時は少し躊躇したが、今は迷っている場合ではないだろう。
瑞葉は凜華と二人で学校の部室へと戻っていった。
2
校門は既にしまっていた。
誰にも見られていない事を確認し、二人は正門をよじ登って潜り抜けていく。
薄暗い校内は今にもお化けが出てきそうな雰囲気であったが、凜華は平然と一人でとことこと先を歩く。
瑞葉は恐る恐るその後ろをついていった、年上だと言うのに情けない。
部室へ辿り着くと、何故か部室の鍵が開いていた。
瑞葉がカギをかけずに飛び出してしまったからだろう。
しかし、見回りの人が戸締りぐらい確認しても不思議ではないと思うが。
部室の引き戸を開き、瑞葉は電気をつけた。
すると……その先には並べられた机上で大の字になって寝ている丈一の姿が、何故かあった。
「え、じょ、丈一君っ!?」
瑞葉は慌てて丈一に駆け寄ったが、丈一はバッと起き上がると目を擦りながら大きな欠伸をした。
「うお、いけねぇ……寝ちまってたようだな、今何時だ?」
「い、今何時だ? じゃないでしょ?」
「ん……お、おおおおっ! そ、そうだそうだぁぁっ!」
丈一は何かを思い出したのか、飛び上がるかのように起き上がると
手に抱えていた分厚い古代文献を瑞葉へ押し付けるように渡した。
「な、何? どうしたのこれ?」
「ヘヘッ、俺がヴィクターを問い詰めて手に入れた貴重な手掛かりだぜ。 聞いて驚くなよ、こいつは……先代の記録だっ!」
「せ、先代の記録って?」
「こいつには細かく書いてあったぜ、俺達の前世代にあたる奴らがどんな戦いを繰り広げ、どんな最期を遂げたのかがよ」
瑞葉は驚きを隠せなかった。 凜華だけではなく、丈一も諦めずに一人で調査し続けていた事に。
皆、それぞれの思惑で独自の調査をし続けていたのだ。
そうだと言うのに瑞葉は何もできずに、ただ一人で何とかしようと抱え込んで、でも何も解決できなくて。
そう思うとますます自分が情けなく感じた。
「ごめん、私は何もできてないのに……皆はちゃんと調べ続けてくれたいたのに、私は――」
「おいおい先輩、勘弁してくれよ。 何も先輩が全てやりきろうとする必要はねぇだろ? 何もかも背負い込む必要はないさ」
「私達も世界を何とかしたい気持ちは同じ。 抜けていった英二君だって、同じ思いのはずだよ」
「……そうか、そうだよね。 ごめんっ!」
仲間の一言で目を覚ました瑞葉は、もう引きずったりはしないと誓った。
きっと瑞葉が一人で抱え込んでいた事を察してくれたのだろう、二人は。
「それによ、俺はどうしてもヴィクターの真意が気になって仕方がなかった。
あいつは世界をどうしたいのか未だにわかりゃしねぇ。 だから俺、あいつの事を探して問い詰めてやったんだ」
「ヴィクターと逢ったの?」
「ああ、そしたらよ。 こいつをヴィクターから受け取ったんだ。 本当はずっと隠しておきたかったけど、と一言添えてよ」
丈一が持っている古代文献は学校で管理されている古代文献と同じ様式に見えた。
だとすると、ヴィクターが学校から持ち去って隠してたという事になるが、一体何故?
「ヴィクターを完全に信用する事はできねぇ、この古代文献だってどーせあいつが俺達の手に渡らないように隠したんだろうよ。
でもな、これを知れば何となくわかったぜ、ヴィクターの事がよ」
「ヴィクターの事が、わかるって?」
「うまく言えねぇんだけどさ……なんつーか、先輩と同じ状態だったんじゃねーか?」
「へ?」
瑞葉は思わずきょとんとした。
一体どんな意味で丈一がそんな事を口にしたのか見当がつかなかった。
「まぁ、ざっくりと分かった事だけ伝えるぜ。 前世代のアカシャの戦士ってのは本当は三人いたらしい」
「三人? 私達よりも少ないのね」
「ああ、でも……最悪な事が起きちまったらしい」
丈一は表情を暗くすると、瑞葉もつられて不安に陥った。
「な、何があったの?」
「俺達のようなことが起きたんだ、ヴェノムがアカシャの戦士である俺達を乗っ取ってアーシェスを奪った。
だけど、先輩のように救えなかったらしい……ずっと、意識が戻らないまま寝たきりの生活を送っていたようだ」
「そんな……ヴェノムに支配されちゃったのっ!?」
「ああ。 先代はどうやら、アリサってヴィクターとたった一人で戦い続けてたらしいな。
だけどそいつは、凄まじいアルマフォースの持ち主だった。
浄化プログラムも一人で起動できるし、ヴェノムにだって容易に対抗できた。
当時のアリサって奴は、歴代最強と思っていたらしいしな」
「そ、そんなに強かったのに……それでも、勝てなかったの?」
「……ああ、そうらしいな」
やはり記録上も、先代は敗北という結末を迎えているようだ。
しかし、そこまで優れてるアカシャの戦士がいながらも負けてしまうとは、やはりヴェノムは一筋縄でいく相手ではないのだろう。 これから自分達が戦っていけるのかと不安に思う程だ。
「その時、アリサって奴はかなり協力的だった。
たった一人しか残らなかったアカシャの戦士を前にして絶望した彼女に希望をくれたのが、先代の色男らしいぜ」
「希望をくれた……そうか、確かヴィクターは言っていたよね。
歴代アカシャの戦士は、皆例外なく諦めなかったって。 その人の時もそうだったんだっ!」
「そういう事だな。 で、そいつが切り札に使ったのがやっぱり、唄だったらしい。
でもその唄は白のアルマフォースだとは力を弾き返してしまう問題があったらしい。
それを回避する策が確かか書かれてたはずだけど」
「それ、本当っ!?」
瑞葉はバッと丈一の両肩を強く掴むと、丈一はああ、と小さく返事をした。
「で、でも肝心の唄が手に入らねぇと何も意味がねぇだろ?」
「唄なら、ある」
凜華は小さく手に持った自作のオルゴールを見せつけた。
「……マジ?」
丈一は驚きのあまりに、瑞葉に小声で尋ねると、瑞葉は強く頷いた。
「よっしゃぁぁぁっ!」
「やった、揃ったっ! 揃ったんだ、条件がっ!」
丈一と瑞葉はほぼ同時に叫んだ。 ついに手に入れた、ヴェノムに対する切り札。
だが、忘れてはならない。 例え唄があったとしても、世界は例がなく浄化プログラムの発動を強要された事実を。
なら、この先にまだ何かが必要なのだ。 瑞葉は少し考え込んだ。
「……揃ったのはいいけど、どうして今までは失敗したのかな?」
「前回の失敗、記録されてないの?」
凜華が丈一に聞くと、丈一はちょっと待ってろと言い古代文献を捲った。
「んー、どうやらヴェノムが暴走しちまったらしい。 それで手が付けられなく――」
「ヴェノムが、暴走……?」
瑞葉の背中にゾクリと寒気が走る。
一体どういうことなのだろうか、ヴェノムに対する切り札を使用した状況下で、ヴェノムが暴走するというのは。
まさか、唄のせいで?
「……大丈夫なのかな、この唄って」
「わかんねぇな、とにかく今はこいつに頼るしかねぇだろ。 他に方法があるのか?」
「う、ううん。 でも、もしこの唄のせいで……もっとひどい事になったら――」
唄の力が何かもわからずに、使ってもいいのか。 瑞葉はふと不安に思った。
思えば唄が何の効果を持っているかはどの記録にも明記されていない。
もしかすると歴代アカシャの戦士達も、意味を分からずに使っていた可能性だってある。
なら、どうして切り札として残されていたのか?
「だったら、オルゴール聴いてみる?」
「……そうね、私も今のままだと唄を弾いてしまうし、回避策はあるんでしょ?」
凜華の提案に瑞葉も賛成した。
「ああ、こいつを使えば一発で解決だ」
丈一がドヤ顔で見せたのは、ヘッドフォンだった。
確かに曲を聴くならヘッドフォンかもしれないが、本当にそれで聴けるのかと瑞葉は思わず首を傾げてしまった。
「えっと、どうすればいいのそれを?」
「アルマフォースってのは普通、感情から生み出されるだろ?
本当はこいつを逆の事をやってアルマフォースを生成しない無防備な状態を作り上げるのが一番なんだけど、多分そんな事できないだろうしな」
確かに修行僧でもなければ、心を無にすることなんてできないだろう。
感情豊かな瑞葉なら尚更だ。
「そこでこいつの出番だ。 本に記載されてたんだけどよ、どうも何か媒体に通せば唄の力が音として生成されて、ちゃんと聞こえるらしいぜ」
「……で、でも本当にできるの? それに唄自身のアルマフォースを取り込まないとダメなんでしょ?
そんな方法で取り込めるのかな……」
「しょうがないだろ、先代の奴もこの方法で唄を使った実績があるらしいからな。 まぁ、まずは試してみようぜ」
丈一は瑞葉にヘッドフォンを渡すと、しぶしぶ瑞葉はヘッドフォンを身に着けた。
こんなので本当に聴けるようになるかどうかわからないが、実績があるのは確かだ。
「それじゃあ、開けてみる」
「あ、待ってっ!」
瑞葉はいざ唄を聞くとなると、何故か緊張してしまった。
かつて母親が子守唄として歌ってくれた事を思い返す。
やはり、当時のメロディーを一切思い出すことが出来ない。
母親と約束した、あの唄を忘れずに強く生きてと。
それなのに瑞葉は、未だに唄を思い出すことが出来ずにいた。
だけど、それも今日ここで終わり。
瑞葉は今、あの時のメロディーを耳にして思い出す。 母親の思い出と共に、忘れていた唄を。
「ごめん、いいよ」
瑞葉が伝えると、凜華はこくんと強く頷く。
そして静かにオルゴールを開いた。
バチバチンッ! 突如、電気が走るかのような衝撃が耳に襲い掛かり、瑞葉は思わずヘッドフォンを投げ捨てた。
「な、何っ!?」
二人と顔を合わせるが、どうやら何ともなさそうだ。
なら、瑞葉だけに何かが起きたのか?
ヘッドフォンからは煙が吹き出してしまっていた。
丈一には申し訳ないが、どう見ても壊れてしまったのだろう。
「うお? な、なんだ? 壊れちまったのか!? た、高かったんだぜあれ……」
「ご、ごめん。 私もなんだかよくわからなくて……唄は今、流れているの?」
「あ、ああ。 なんかどっかで聞いた懐かしいメロディーだな」
「……やっぱり、聞こえないの?」
凜華の悲しい顔を見ると、何故だか自分が悪い事をしているように思えてくる。
しかし、確かにアルマフォースが唄を弾いているという事は証明できた。
ただ、丈一が提案した方法で耳にすることは失敗に終わってしまったようだが――
ガァァンッ! 突如、外から大きな音が鳴り響くと同時に、部室が激しく揺れ始めた。
地震にしてはおかしい、何故か窓ガラスが全て割れる。
そして机がひっくり返り本棚が凜華と丈一に向かって倒れそうになっていた。
「あ、危ないっ! 離れてっ!」
瑞葉の叫びと同時に咄嗟に反応した丈一が、凜華を抱え込んで前へと思いっきり前転した。
ガシャンッ! 間一髪で本棚を二人は避けきった。 何とか机と机の間に滑り込めた丈一は、一大事を避けることが出来た。
「だい、大丈夫?」
「な、なんとかな」
いつものダメっぷりとは裏腹に、今回はしっかりと凜華を守ることが出来たようだ。
恐らく丈一の火事場の馬鹿力なのだろう。 そもそも、運動神経が実はいいのかもしれないが。
「……でも、一体何が起きたのかしら」
今のは地震というよりかは、もっと別の何かが起きているとしか思えなかった。
胸騒ぎが収まらなかった。 瑞葉達の身にとんでもない何かが起きている。 そんな予感がしていた。
「ねぇ、見て」
凜華は窓から見える空を指差した。 その空の色はどこかで見た覚えがある。
先程までの綺麗な星空ではなく、紫がかった奇妙な空の色。
「え、ここって――」
瑞葉は窓付近まで駈け込んで、そこから外の景色を見渡した。
見慣れた光景ではあるが、違和感がある。 あの空の色は――
突如、瑞葉の携帯が鳴り響いた。 慌てて瑞葉は電話を手にした。
「も、もしもし?」
「……貴方達、一体何をしたの?」
「へ?」
電話の相手はヴィクターだった。
言葉から焦りを感じ取れる、やはりよくない事態が引き起こされてしまったのだと察した。
「う、唄をただ確認しようと――」
「貴方達、唄の意味も知らず――いえ、それは私のせいね。 ……ごめんなさい、まさか唄の力がここまでとは――」
「ねぇ、何が起きたの? まさか、私達が唄を使ったせいで……何が起きたの?」
「……貴方達の街が全て、精神世界へ飛ばされたわ」
「―――え?」
思わず、瑞葉は固まった。 ヴィクターが何を言っているのかわからずに。
「――起きてしまった事を悔やんでも仕方ないわ。
それに唄を解放したせいで、ヴィクターは更に活動を活発化させるわ。 貴方達、戦う覚悟はあるのよね?」
瑞葉は窓の外に目を向けると、遠くから黒い何かがウジャウジャと学校へ向かってくる光景が目に入る。
あれはヴェノム……一体ではない、複数体のヴェノムだった。 瑞葉は膝をつき、携帯を落としてしまった。
「お、おい先輩っ!? どうしちまったんだっ!?」
「……ねぇ、丈一君……凜華ちゃん」
瑞葉は声を震わせながら、二人に告げた。
「私達……もしかして、世界を追い込んでしまったのかもしれない」
「ど、どういう事だよ?」
状況を理解できずに、丈一は電話を手に取った。
凜華は心配そうに瑞葉の傍へと寄って行った。
「誰でもいいから聞いて、ヴェノムの黒き力が暴走し始めているわ。
貴方達が解放した唄のせいでね。 もう、こうなってしまってはヴェノムを止める事はできない」
「おい……まさかテメェ、こうなる事をわかって俺達に唄を託したのかっ!?」
丈一はヴィクターに向かって叫んだ。 しかし、ヴィクターは何も答えなかった。
「――お前を少しでも信じようと思った俺が、バカだったぜ」
「私の事はどう思ってくれてもいい。 だけど、貴方達はもう選ばなければならない。
このまま限界が来るまで……あのヴェノム軍団と戦い続けるか、それとも――浄化プログラムを発動するか」
「うるせぇっ! ひっこんでろっ!」
丈一は電話を一方的に切り、携帯の電源を落とした。
緊迫した空気が走る、迫りくるヴェノムの軍団。
事態を察して、放心状態となった瑞葉。 ヴェノムの軍団を睨む凜華。
アカシャの戦士達が今、決断を迫られる。
世界の終わりか、はたまた希望を掴むか。
それとも――浄化プログラムによる世界救済、か。